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蜜月
一番風呂
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時刻は午後三時を少し回ったところ。普段よりも一時間以上は早めに風呂の準備は整った。
「一時間はゆっくりと風呂に入れそうだ。逆上せないように注意しないとな」
下山組の帰校時間を逆算すると、確かに一時間は余裕だろう。普段の風呂が五分かその程度なので『一時間』なんて聞くと大丈夫かなと一瞬不安になったが、服を脱いで改めて寒さを実感すると、一刻も早く湯船に飛び込みたくなった。
もちろん、そんなバカな事はしない。せっかくキレイにしたのだから、少しでもキレイに使いたい。
オレたちはガタガタ震えながらも入念に体の隅々まで洗った。風呂上がってからの予定(今夜こそ決行する冬休み初のセックス)の為と思えば、寒さなど二の次……な訳だが、先輩の背中を流してやるとか、そういう所までは余裕がなく、あまり普段と変わらなかった。
「ん、セイシュンも準備出来たな……じゃあ入るか」
普段は甲斐甲斐しくオレの世話を焼く先輩も、今日は自分の事で精一杯ならしい。オレはちょっと待てと声をかけ、桶に湯を溜める。そして、先輩の頭から湯を浴びせてやり、背中や髪に残っていた泡を洗い流してやった。
「よし! 先輩『せーの』で一緒に入ろうってッ言ってる最中に入るなよ!」
地味にオレよりも自分が湯船に浸かりたかったんじゃあないのかコイツ。今日の成果をしっかり噛みしめ、湯の気持ちよさを一緒に味わいたかったのに、先輩は一人で「あぁぁー」なんて声を上げてやがる。
薄情な奴に水飛沫を浴びせてやると、わざと勢いよく湯に足を突っ込む。飛び込むくらいの勢いで突撃したのに、肌を襲う感覚に驚き、続く一歩はそろりと恐る恐るになってしまった。
「うっわ……すげぇ、足じわじわする」
自分が思っている以上に体は冷えていたらしく、熱い湯に浸けると痺れのようなむず痒い感覚が体全体に広がる。氷が溶けるみたいに、体の芯に染みついた冷えがゆっくり消えていくのが分かった。
「きもちいぃ……」
掃除で水を触りっぱなしだったかじかんだ指先も柔らかくなる。肩までしっかり湯の恩恵を受けようと、体をぐんと伸ばせば、全身が湯に包まれる感覚に先輩と同じような声が自然と漏れた。
「風呂掃除、やってよかったな」
「うん……よかった」
呟くような先輩の声に同意する。体に溜まっていた疲れが、全部溶け出しているに違いない。凝り固まった体が緩んでいく。
ちょっとした広さがあるので、泳いでやろうと思っていたのだが、至福の時間を浪費したくなくて、先輩の隣で大人しく湯に浸かってしまった。
一時間はあっと言う間で、湯に浸かったり、余裕が出て来て背中の流し合いをしたりしていると、色っぽい展開には微塵もならずに過ぎ去ってしまう。
浴場で欲情するなど、あってはならない事だと思うし、平穏に過ぎてよかった訳だが、好き合う者同士がマッパで一時間も一緒にいるのに、全くそれっぽい空気にならないのは問題じゃあないかと、思わなくもない。
部屋に戻ったら容赦なくヤルつもりなので、予定としては問題ないが、どうにもモヤモヤした気持ちが付きまとう。この場ではなにもしないが、もっと……雰囲気的なものくらいあってもバチは当たらないぞと先輩に言いたくなった。
「セイシュン、下山してた奴らが戻ってくる前に上がるか」
一時間の入浴で、火照った満足そうな顔をした先輩が言う。この気持ちよさを下山組と共有する事で相殺したくない。名残惜しさはあるが、先輩に同意する。
「うわっ、上がっても気持ちいいなぁ」
湯から上がり脱衣所に移動しても感動があった。思わず声を上げてしまうくらい、火照った体に外の空気が冷たくて気持ちよかった。
これは湯上がりのコーヒー牛乳ならぬ、カフェオレも期待出来る。一人ほくそ笑みながら手早く着替えていると、隣からゴンとにぶい音が聞こえ、振り向くと先輩が壁に頭をぶつけていた。
「大丈夫か先輩! 逆上せた? 気持ち悪い?」
慌てて先輩の体を支えようとすると、逆に腕を掴まれる。そして、何故か無言で予備に持って来ていたタオルを頭から被された。ご丁寧に顎の下でタオルは結ばれ、火照った頭から湯気を上げる阿呆に変身させられる。
「おい……なにすんだよ。心配しなくても、ここまで温まったんだ。そんな即行で湯冷めなんてしねぇよ」
「いや、駄目だ……これは、駄目だ……」
先輩は壁から頭を離しはしたが、依然として壁を真っ直ぐ見つめたまま、要するにこちらを見ずに独り言のように呟いた。
「お、おい、ちょっ、先輩!? 本気でどうしたんだよ!!」
駄目だ駄目だと繰り返し、またぞろ壁に頭をぶつけだした先輩。一時間も風呂に入っていたせいで、頭がおかしくなったのかと、とにかく壁から先輩を引き剥がすべく腕を引っ張っていると、下山組の帰校を告げるバスの悲鳴、もといエンジン音が聞こえてきた。同時にオレは問答無用で先輩に担ぎ上げられる。
「うわッ! 先輩! ほんと何ッ!?」
訳の分からない状況に抗議してみるが「黙ってろ。舌噛むぞ」と冗談を挟めない雰囲気で言われた後、先輩はオレを抱えたまま本気で走り出した。
「一時間はゆっくりと風呂に入れそうだ。逆上せないように注意しないとな」
下山組の帰校時間を逆算すると、確かに一時間は余裕だろう。普段の風呂が五分かその程度なので『一時間』なんて聞くと大丈夫かなと一瞬不安になったが、服を脱いで改めて寒さを実感すると、一刻も早く湯船に飛び込みたくなった。
もちろん、そんなバカな事はしない。せっかくキレイにしたのだから、少しでもキレイに使いたい。
オレたちはガタガタ震えながらも入念に体の隅々まで洗った。風呂上がってからの予定(今夜こそ決行する冬休み初のセックス)の為と思えば、寒さなど二の次……な訳だが、先輩の背中を流してやるとか、そういう所までは余裕がなく、あまり普段と変わらなかった。
「ん、セイシュンも準備出来たな……じゃあ入るか」
普段は甲斐甲斐しくオレの世話を焼く先輩も、今日は自分の事で精一杯ならしい。オレはちょっと待てと声をかけ、桶に湯を溜める。そして、先輩の頭から湯を浴びせてやり、背中や髪に残っていた泡を洗い流してやった。
「よし! 先輩『せーの』で一緒に入ろうってッ言ってる最中に入るなよ!」
地味にオレよりも自分が湯船に浸かりたかったんじゃあないのかコイツ。今日の成果をしっかり噛みしめ、湯の気持ちよさを一緒に味わいたかったのに、先輩は一人で「あぁぁー」なんて声を上げてやがる。
薄情な奴に水飛沫を浴びせてやると、わざと勢いよく湯に足を突っ込む。飛び込むくらいの勢いで突撃したのに、肌を襲う感覚に驚き、続く一歩はそろりと恐る恐るになってしまった。
「うっわ……すげぇ、足じわじわする」
自分が思っている以上に体は冷えていたらしく、熱い湯に浸けると痺れのようなむず痒い感覚が体全体に広がる。氷が溶けるみたいに、体の芯に染みついた冷えがゆっくり消えていくのが分かった。
「きもちいぃ……」
掃除で水を触りっぱなしだったかじかんだ指先も柔らかくなる。肩までしっかり湯の恩恵を受けようと、体をぐんと伸ばせば、全身が湯に包まれる感覚に先輩と同じような声が自然と漏れた。
「風呂掃除、やってよかったな」
「うん……よかった」
呟くような先輩の声に同意する。体に溜まっていた疲れが、全部溶け出しているに違いない。凝り固まった体が緩んでいく。
ちょっとした広さがあるので、泳いでやろうと思っていたのだが、至福の時間を浪費したくなくて、先輩の隣で大人しく湯に浸かってしまった。
一時間はあっと言う間で、湯に浸かったり、余裕が出て来て背中の流し合いをしたりしていると、色っぽい展開には微塵もならずに過ぎ去ってしまう。
浴場で欲情するなど、あってはならない事だと思うし、平穏に過ぎてよかった訳だが、好き合う者同士がマッパで一時間も一緒にいるのに、全くそれっぽい空気にならないのは問題じゃあないかと、思わなくもない。
部屋に戻ったら容赦なくヤルつもりなので、予定としては問題ないが、どうにもモヤモヤした気持ちが付きまとう。この場ではなにもしないが、もっと……雰囲気的なものくらいあってもバチは当たらないぞと先輩に言いたくなった。
「セイシュン、下山してた奴らが戻ってくる前に上がるか」
一時間の入浴で、火照った満足そうな顔をした先輩が言う。この気持ちよさを下山組と共有する事で相殺したくない。名残惜しさはあるが、先輩に同意する。
「うわっ、上がっても気持ちいいなぁ」
湯から上がり脱衣所に移動しても感動があった。思わず声を上げてしまうくらい、火照った体に外の空気が冷たくて気持ちよかった。
これは湯上がりのコーヒー牛乳ならぬ、カフェオレも期待出来る。一人ほくそ笑みながら手早く着替えていると、隣からゴンとにぶい音が聞こえ、振り向くと先輩が壁に頭をぶつけていた。
「大丈夫か先輩! 逆上せた? 気持ち悪い?」
慌てて先輩の体を支えようとすると、逆に腕を掴まれる。そして、何故か無言で予備に持って来ていたタオルを頭から被された。ご丁寧に顎の下でタオルは結ばれ、火照った頭から湯気を上げる阿呆に変身させられる。
「おい……なにすんだよ。心配しなくても、ここまで温まったんだ。そんな即行で湯冷めなんてしねぇよ」
「いや、駄目だ……これは、駄目だ……」
先輩は壁から頭を離しはしたが、依然として壁を真っ直ぐ見つめたまま、要するにこちらを見ずに独り言のように呟いた。
「お、おい、ちょっ、先輩!? 本気でどうしたんだよ!!」
駄目だ駄目だと繰り返し、またぞろ壁に頭をぶつけだした先輩。一時間も風呂に入っていたせいで、頭がおかしくなったのかと、とにかく壁から先輩を引き剥がすべく腕を引っ張っていると、下山組の帰校を告げるバスの悲鳴、もといエンジン音が聞こえてきた。同時にオレは問答無用で先輩に担ぎ上げられる。
「うわッ! 先輩! ほんと何ッ!?」
訳の分からない状況に抗議してみるが「黙ってろ。舌噛むぞ」と冗談を挟めない雰囲気で言われた後、先輩はオレを抱えたまま本気で走り出した。
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