圏ガク!!

はなッぱち

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蜜月

家庭教師の最後の務め

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 マグカップを手渡される。ふわりと漂うカフェオレの甘い匂いは、自然と頬を緩ませた。

「追試はなくなった。点数もあのままでいいらしい」

 先輩が事後報告をしてくれた。当たり前だと言いそうになったが、嬉しそうに懐から満点の答案を取り出した先輩を見て、必死で自分の中に押し込めた。

「試験も終わったし、冬休みも無事に確保出来た……けど、今日は部屋から出ない方がいいんだよな」

 何か欲しい物があれば買ってくるぞと、先輩は晴れやかな顔で言った。

「うん、でも丁度いいよ。今日は試験の復習しときたいし」

「え?」

 先輩の表情が固まる。

「セイシュン、お前は何を言ってるんだ? 試験は終わったんだぞ。もう冬休みが脅かされる事はなくなったんだ」

 理解出来ないと言いたげに後ずさる先輩。

「先輩こそ何言ってんの。試験、満点だったのは一教科だけだろ。他の教科では間違えてた問題あったじゃん。そこは先輩の苦手な部分なんだ、それを復習して完璧にするまでが試験だから」

「そ、そうなのか……知らなかった……」

 しょぼんとしてしまったが仕方がない。中途半端はよくない、しっかり勉強の仕方を教え込まねば。先輩は高校を卒業しても、学校と名の付く場所へ通うのだから。

「心配しなくても、今日一日あれば十分に終わるよ。あと少し、頑張ろうぜ」

 少し冷めたカフェオレを飲み干し、率先して布団を敷く。一日で終わらせる集中力を少しでも回復させる為、一晩中オレを待っていた奴を布団に寝かせる。オレの着ていたコートもかけてやると、先輩は観念したように大人しく目を閉じてくれた。

 三時間ほど睡眠を追加して、オレらは試験前と同じサイクルを繰り返す。食事は先輩に甘えて新館から調達してもらい、オレは土曜日だと言うのに一歩たりとも学校から出る事なく過ごした。試験が終わって気が抜けたのだろう、多少先輩の集中力は落ちていたが、なんとか夕方には復習を完了出来た。

「じゃあ、部屋に戻ってくる」

 夕食も一緒にと言われたが、狭間たちにも反省室から出た事を伝えておきたい。一度部屋に戻る事を断ると、先輩はぎゅっとオレの手を握った。

「……いつもの時間に迎えに行くから」

 ドキッとしたが、表には出さず「うん」と軽く返事をする。オレとしては、ここからが正念場と言った所か。今までは試験勉強が目的だったので意識せずにこれたが、今夜からは違うのだ。自分の煩悩と全面的に戦わねばならない。セックスが駄目でも、ちゅーくらいなら許してくれるかな……って駄目じゃん! 既に煩悩がダダ漏れだ!

 冷静になれと、呪文のように呟き、旧館へ戻る。食事と風呂をちゃっちゃと済ませ、部屋で皆元の追試対策に付き合っていたら、あっという間に消灯時間になった。ギリギリまで補習に追われそうな状況を思うと、明日は皆元に付き合ってやるべきな気もしたが、授業中に鼾を掻くほど爆睡する奴に与える情けはないなと、ノートを一式託す事で良しとする。

 明日は晴れて自由の身になった先輩のしたい事をしよう。とは言え、たぶんキャンプ道具探しの再開だと思うのだが、山センが補習で動けない今が絶好のチャンスでもある。気合いを入れて奪われた全ての道具を取り戻し、憂いなくキャンプの予定を立てたい。

 消灯後に合流した先輩の背中で揺られながら、オレの心は既に冬休みの事でいっぱいだった。インスタントの温かい甘い飲み物をご馳走になりながら、一人ニヤニヤしていると、不安にさせてしまったのか「セイシュン、少しいいか?」と先輩が緊張したような声で呼んだ。

 冬休みは夏休みと違い、最初から先輩が一緒なんだと思うと嬉しすぎて、顔がヤバかったのかもしれない。懸念だった先輩の補習もなくなり、全力の休みモードに入っているからな。一人で先走りすぎたと反省して、こちらも真面目な顔して頷く。

「あー、その……セイシュンはテストどうだった?」

「特に問題ないよ」

「そうか、じゃあ、明日からセイシュンも補習ないんだな。そうか、ん、よかった」

 明らかに本題ではない先輩の様子に首を傾げる。言いにくい何かがあるのだろうか。そう思い、じっと先輩の目を見つめると、先輩は何かに堪えるように口をつぐんでしまった。

「先輩、どうしたの? 何か言いたい事があるなら言ってくれよ。すげぇ気になるじゃん」

 マグカップを床に置き、先輩の元へ近寄る。まさか、また野村に難癖付けられたのではと、最悪の考えが過ぎった時、先輩はぎゅっと目を瞑って思い切るように口を開いた。

「セイシュン、俺にご褒美をくれ!」

 一瞬、何を言われたのか分からず、間の抜けた声が出てしまった。そんなオレを見て、先輩は開き直ったのか全力で拗ねだした。

「セイシュンのおかげで取れた満点だから、セイシュンに強請るのは筋違いかもしれないが、奇跡が起きたんだ。俺は祝ってもいいと思うぞ」

 確かに先輩の頑張りには、何かご褒美が必要だ。オレは腹を括り、仕送りの金に手を付ける事を決めた。

「先輩が満点取れたのはオレのおかげじゃあないよ。もちろん、野村が手ぇ抜いたせいでもない。先輩が本気で頑張ったからだよ」
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