322 / 386
蜜月
家庭教師の最後の務め
しおりを挟む
マグカップを手渡される。ふわりと漂うカフェオレの甘い匂いは、自然と頬を緩ませた。
「追試はなくなった。点数もあのままでいいらしい」
先輩が事後報告をしてくれた。当たり前だと言いそうになったが、嬉しそうに懐から満点の答案を取り出した先輩を見て、必死で自分の中に押し込めた。
「試験も終わったし、冬休みも無事に確保出来た……けど、今日は部屋から出ない方がいいんだよな」
何か欲しい物があれば買ってくるぞと、先輩は晴れやかな顔で言った。
「うん、でも丁度いいよ。今日は試験の復習しときたいし」
「え?」
先輩の表情が固まる。
「セイシュン、お前は何を言ってるんだ? 試験は終わったんだぞ。もう冬休みが脅かされる事はなくなったんだ」
理解出来ないと言いたげに後ずさる先輩。
「先輩こそ何言ってんの。試験、満点だったのは一教科だけだろ。他の教科では間違えてた問題あったじゃん。そこは先輩の苦手な部分なんだ、それを復習して完璧にするまでが試験だから」
「そ、そうなのか……知らなかった……」
しょぼんとしてしまったが仕方がない。中途半端はよくない、しっかり勉強の仕方を教え込まねば。先輩は高校を卒業しても、学校と名の付く場所へ通うのだから。
「心配しなくても、今日一日あれば十分に終わるよ。あと少し、頑張ろうぜ」
少し冷めたカフェオレを飲み干し、率先して布団を敷く。一日で終わらせる集中力を少しでも回復させる為、一晩中オレを待っていた奴を布団に寝かせる。オレの着ていたコートもかけてやると、先輩は観念したように大人しく目を閉じてくれた。
三時間ほど睡眠を追加して、オレらは試験前と同じサイクルを繰り返す。食事は先輩に甘えて新館から調達してもらい、オレは土曜日だと言うのに一歩たりとも学校から出る事なく過ごした。試験が終わって気が抜けたのだろう、多少先輩の集中力は落ちていたが、なんとか夕方には復習を完了出来た。
「じゃあ、部屋に戻ってくる」
夕食も一緒にと言われたが、狭間たちにも反省室から出た事を伝えておきたい。一度部屋に戻る事を断ると、先輩はぎゅっとオレの手を握った。
「……いつもの時間に迎えに行くから」
ドキッとしたが、表には出さず「うん」と軽く返事をする。オレとしては、ここからが正念場と言った所か。今までは試験勉強が目的だったので意識せずにこれたが、今夜からは違うのだ。自分の煩悩と全面的に戦わねばならない。セックスが駄目でも、ちゅーくらいなら許してくれるかな……って駄目じゃん! 既に煩悩がダダ漏れだ!
冷静になれと、呪文のように呟き、旧館へ戻る。食事と風呂をちゃっちゃと済ませ、部屋で皆元の追試対策に付き合っていたら、あっという間に消灯時間になった。ギリギリまで補習に追われそうな状況を思うと、明日は皆元に付き合ってやるべきな気もしたが、授業中に鼾を掻くほど爆睡する奴に与える情けはないなと、ノートを一式託す事で良しとする。
明日は晴れて自由の身になった先輩のしたい事をしよう。とは言え、たぶんキャンプ道具探しの再開だと思うのだが、山センが補習で動けない今が絶好のチャンスでもある。気合いを入れて奪われた全ての道具を取り戻し、憂いなくキャンプの予定を立てたい。
消灯後に合流した先輩の背中で揺られながら、オレの心は既に冬休みの事でいっぱいだった。インスタントの温かい甘い飲み物をご馳走になりながら、一人ニヤニヤしていると、不安にさせてしまったのか「セイシュン、少しいいか?」と先輩が緊張したような声で呼んだ。
冬休みは夏休みと違い、最初から先輩が一緒なんだと思うと嬉しすぎて、顔がヤバかったのかもしれない。懸念だった先輩の補習もなくなり、全力の休みモードに入っているからな。一人で先走りすぎたと反省して、こちらも真面目な顔して頷く。
「あー、その……セイシュンはテストどうだった?」
「特に問題ないよ」
「そうか、じゃあ、明日からセイシュンも補習ないんだな。そうか、ん、よかった」
明らかに本題ではない先輩の様子に首を傾げる。言いにくい何かがあるのだろうか。そう思い、じっと先輩の目を見つめると、先輩は何かに堪えるように口をつぐんでしまった。
「先輩、どうしたの? 何か言いたい事があるなら言ってくれよ。すげぇ気になるじゃん」
マグカップを床に置き、先輩の元へ近寄る。まさか、また野村に難癖付けられたのではと、最悪の考えが過ぎった時、先輩はぎゅっと目を瞑って思い切るように口を開いた。
「セイシュン、俺にご褒美をくれ!」
一瞬、何を言われたのか分からず、間の抜けた声が出てしまった。そんなオレを見て、先輩は開き直ったのか全力で拗ねだした。
「セイシュンのおかげで取れた満点だから、セイシュンに強請るのは筋違いかもしれないが、奇跡が起きたんだ。俺は祝ってもいいと思うぞ」
確かに先輩の頑張りには、何かご褒美が必要だ。オレは腹を括り、仕送りの金に手を付ける事を決めた。
「先輩が満点取れたのはオレのおかげじゃあないよ。もちろん、野村が手ぇ抜いたせいでもない。先輩が本気で頑張ったからだよ」
「追試はなくなった。点数もあのままでいいらしい」
先輩が事後報告をしてくれた。当たり前だと言いそうになったが、嬉しそうに懐から満点の答案を取り出した先輩を見て、必死で自分の中に押し込めた。
「試験も終わったし、冬休みも無事に確保出来た……けど、今日は部屋から出ない方がいいんだよな」
何か欲しい物があれば買ってくるぞと、先輩は晴れやかな顔で言った。
「うん、でも丁度いいよ。今日は試験の復習しときたいし」
「え?」
先輩の表情が固まる。
「セイシュン、お前は何を言ってるんだ? 試験は終わったんだぞ。もう冬休みが脅かされる事はなくなったんだ」
理解出来ないと言いたげに後ずさる先輩。
「先輩こそ何言ってんの。試験、満点だったのは一教科だけだろ。他の教科では間違えてた問題あったじゃん。そこは先輩の苦手な部分なんだ、それを復習して完璧にするまでが試験だから」
「そ、そうなのか……知らなかった……」
しょぼんとしてしまったが仕方がない。中途半端はよくない、しっかり勉強の仕方を教え込まねば。先輩は高校を卒業しても、学校と名の付く場所へ通うのだから。
「心配しなくても、今日一日あれば十分に終わるよ。あと少し、頑張ろうぜ」
少し冷めたカフェオレを飲み干し、率先して布団を敷く。一日で終わらせる集中力を少しでも回復させる為、一晩中オレを待っていた奴を布団に寝かせる。オレの着ていたコートもかけてやると、先輩は観念したように大人しく目を閉じてくれた。
三時間ほど睡眠を追加して、オレらは試験前と同じサイクルを繰り返す。食事は先輩に甘えて新館から調達してもらい、オレは土曜日だと言うのに一歩たりとも学校から出る事なく過ごした。試験が終わって気が抜けたのだろう、多少先輩の集中力は落ちていたが、なんとか夕方には復習を完了出来た。
「じゃあ、部屋に戻ってくる」
夕食も一緒にと言われたが、狭間たちにも反省室から出た事を伝えておきたい。一度部屋に戻る事を断ると、先輩はぎゅっとオレの手を握った。
「……いつもの時間に迎えに行くから」
ドキッとしたが、表には出さず「うん」と軽く返事をする。オレとしては、ここからが正念場と言った所か。今までは試験勉強が目的だったので意識せずにこれたが、今夜からは違うのだ。自分の煩悩と全面的に戦わねばならない。セックスが駄目でも、ちゅーくらいなら許してくれるかな……って駄目じゃん! 既に煩悩がダダ漏れだ!
冷静になれと、呪文のように呟き、旧館へ戻る。食事と風呂をちゃっちゃと済ませ、部屋で皆元の追試対策に付き合っていたら、あっという間に消灯時間になった。ギリギリまで補習に追われそうな状況を思うと、明日は皆元に付き合ってやるべきな気もしたが、授業中に鼾を掻くほど爆睡する奴に与える情けはないなと、ノートを一式託す事で良しとする。
明日は晴れて自由の身になった先輩のしたい事をしよう。とは言え、たぶんキャンプ道具探しの再開だと思うのだが、山センが補習で動けない今が絶好のチャンスでもある。気合いを入れて奪われた全ての道具を取り戻し、憂いなくキャンプの予定を立てたい。
消灯後に合流した先輩の背中で揺られながら、オレの心は既に冬休みの事でいっぱいだった。インスタントの温かい甘い飲み物をご馳走になりながら、一人ニヤニヤしていると、不安にさせてしまったのか「セイシュン、少しいいか?」と先輩が緊張したような声で呼んだ。
冬休みは夏休みと違い、最初から先輩が一緒なんだと思うと嬉しすぎて、顔がヤバかったのかもしれない。懸念だった先輩の補習もなくなり、全力の休みモードに入っているからな。一人で先走りすぎたと反省して、こちらも真面目な顔して頷く。
「あー、その……セイシュンはテストどうだった?」
「特に問題ないよ」
「そうか、じゃあ、明日からセイシュンも補習ないんだな。そうか、ん、よかった」
明らかに本題ではない先輩の様子に首を傾げる。言いにくい何かがあるのだろうか。そう思い、じっと先輩の目を見つめると、先輩は何かに堪えるように口をつぐんでしまった。
「先輩、どうしたの? 何か言いたい事があるなら言ってくれよ。すげぇ気になるじゃん」
マグカップを床に置き、先輩の元へ近寄る。まさか、また野村に難癖付けられたのではと、最悪の考えが過ぎった時、先輩はぎゅっと目を瞑って思い切るように口を開いた。
「セイシュン、俺にご褒美をくれ!」
一瞬、何を言われたのか分からず、間の抜けた声が出てしまった。そんなオレを見て、先輩は開き直ったのか全力で拗ねだした。
「セイシュンのおかげで取れた満点だから、セイシュンに強請るのは筋違いかもしれないが、奇跡が起きたんだ。俺は祝ってもいいと思うぞ」
確かに先輩の頑張りには、何かご褒美が必要だ。オレは腹を括り、仕送りの金に手を付ける事を決めた。
「先輩が満点取れたのはオレのおかげじゃあないよ。もちろん、野村が手ぇ抜いたせいでもない。先輩が本気で頑張ったからだよ」
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる