圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

私塾はじめました

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 ちなみにスバルは、放課後になるや一目散に教室を出て行ったので、恐らく寮長の優雅なティータイムの邪魔をしに行ったと思われる。こうなると五分五分で秘密基地には来ないのだが……いいだろう。先にコウスケに説明しておかないと、オレの苦肉の策が無駄になってしまう。

 考えれば考える程に溜め息ばかり出る状況だが、そのおかげで冷静さは取り戻せた。まあ髭と仲良く手をつないで歩かれた日には、冷静さなんぞ全力で地面に叩きつけ先輩に突撃するだろうが、今はただ静かにその日を、試験が無事に終わる日を待つだけだ。

「あ、バルちん。めっちゃ待ってる」

 新館も何回か通っている内に、すっかり緊張感がなくなり、食堂を覗く余裕すら出て来てしまった。緩みすぎると後で痛い目に遭いそうだが、食堂内にある自販機でコウスケが飲み物を奢ってくれると言うので、今から付き合わされる事を思えば、これくらいの役得があってもいいだろうと、つい足を向けてしまう。

「あんま寮長の邪魔すんなよ」

 見るとスバルは、隅の方にある一席で行儀良く座っていたので、軽く声をかけておいた。けれど、オレなど眼中にないのか、それとも気付いていないのか、スバルはピクリとも反応しなかった。

「えべっさん、何にする?」

 駆け寄って来られても面倒なので、コウスケの方へ視線を戻す。『スバルも大人しく座っていると普通に見えるな』などと一瞬思いもしたが、寝ぼけていたのか授業中にうなじを噛まれた事を思い出し、寮長に迷惑をかけないか、やはり不安は拭えなかった。

 コウスケから温かいココアを買って貰い食堂を後にする。秘密基地は冷蔵庫と同じで冷房が下限で固定されていて寒いのだ。

「オレ先に入っちゃっていい?」

 甘い報酬をちびちび飲みながら部屋に入ると、コウスケは自分のカップを机に置いて、どこかに行こうとしやがった。オレとしては今から説明会を開こうとしていたので「おい、ちょっと待て」と言いかけて絶句する。

 何故お前は服を脱いでいるのか。

 問い質す前に無意識だろうが、手がコウスケの飲みかけカップを掴んでいた。そして裸の上半身、コウスケの背中に向けて全力で投げつけた。

「うわっ! な、なになに、え、何?」

 カップはちゃんと変態にブチ当たったが、残念な事に中身はすでに腹の中だったらしく、何一つダメージを与えられなかった。

 自分の手の中にあるココアを投げるべきか迷ったが、溢れ出そうな罵詈雑言を流し込む為に諦める。意味不明な現実を洗い流してはくれない甘さが舌に染み込む。

「え、ほんと何? 先にシャワー使いたいってこと?」

 何故お前はシャワーを浴びようとしているのか。それが問題だ。

「……っ、それとも……一緒に入りたいとかって……えべっさん、なんでいきなり帰ろうとしてんの!」

 甘い汁を投げ捨てられない自分が悔しくて、現実から物理的に逃避しようとしたら、変態に腕を掴まれてしまった。

 開けかけた窓から手を離し、変態の腕を振り払いながら現実に向き合う。

「なんで、風呂に入る必要があるんだ?」

 感情を極力消して尋ねる。すると、いやらしくニヤッと笑いやがったので、その横っ面を思い切り叩いてやった。「酷いよッ!」と当たり前な顔して抗議してくるので、飲み終わったココアのカップもぶん投げてやる。

「いいから服着ろ。風呂に入る必要はない! 今後、オレの前で脱いだら、二度と手伝わねぇから覚えとけ」

「そ、それじゃあ話が違うじゃない」

 オレはコウスケが余裕を取り戻す前に、畳みかけるよう、今からやる事を説明した。

「えぇ~、なんかぬるくなーい? もっと過激なのがいいんだけど~」

 予想通りブーブー文句を言うコウスケ。用意してきたプリントを分けながら、変態の弱点を突く。

「スバルとヤリたいだけなら、オレは必要ないだろ。今まで通り、スバルが盛るまで黙って待ってろよ。ケツ掘られるだけが生き甲斐になってもいいならな」

 オレが差し出すプリントを受け取り、コウスケは口を閉じた。ようやく、本来の目的を思い出せたようだ。

 ホモになりたくない……ってのは建て前で、本音の所はスバルとの関係を正常化(と言っていいのか、そもそも男同士だから分からないのだが)したいって所だろう。

 オレとしては、コウスケの本音が『ホモになりたくない』の方だと思いたかったが、ここ数日で悟ったのだ。こいつはただスバルとヤリたいだけだと。

 そのくせ、オレにまで噛ませようとする。異常としか思えないコウスケの嗜好に辟易とするが、腐った本性を知っていながら弱みを見せてしまった自業自得と、懸命に考えた案がコレだった。

 用意したのは授業内容を復習する小テスト。これを使ってスバルとコウスケにはオレ主催の補習を受けてもらう。

 その結果が良ければ褒美をやる。とは言え、オレは金も物も持っていないので、褒美はオレが出来る事に限られる。小テストで良い点を取れば、オレがそいつの希望を叶えてやる。そういう捨て身の仕組みだ。

「えべっさんがバルちんとヤってる所を見学出来る……ってこと?」

 手にしていたプリントを丸め、全力でコウスケの頭を叩く。威力がないので、コウスケは避けもしなかった。

「そんなクソみたいな状況にはしない。オレが約束したのは、お前がスバルと楽しく遊ぶお膳立てだろ。それじゃあ意味ねぇだろ」

「いやいや、それぜんぜんアリだと思う! バルちんに掘られるえべっさんに掘られるなんて、考えただけで勃っ」

 気色の悪いテンションで、世にもおぞましい事を言いやがるので、今度は顔面に向けてプリントを叩きつけた。

 どうなってるんだ、こいつの頭の中。オレの手に負えないレベルなのは間違いない。生徒会に入門したら、柏木と良い勝負するんじゃないか。あぁ、ヤバイ……一瞬想像してしまって思わず蹲る。いつかの衝撃的な映像が倍の威力になって襲って来た。全裸でブランコにぶら下がる変態二人。圏ガク地獄絵図だな。それに組み込まれようとしているのか……最低な気分だ。

「えーっと、つまり……バルちんがえべっさんお手製のテストで良い点を取ったら、ご褒美にえべっさんをゲットできるってかんじ?」

「まあ、そういう事だな」

「それは……オレに旨みはない……ってことでもある?」

 元はスバルを構ってやれという希望を口にしていたはずだが、そんな建て前は捨てたのかコウスケの顔には不満がありありと見える。そこで、最後に大事な提案をしてやった。

「オレの代役をお前がやればいいだろ」

 オレは先輩以外の奴と乳繰り合う気はない。スバルがもっと別な、健全な願いを口にするなら問題ないが、普段の奴を見るにコウスケと同レベルだと思っていいだろう。なら、そこを繋いでやればいい。

「スバルには目隠しでもしてもらって、オレの代わりにお前が相手してやればいい。何か問題あるか?」

 コウスケはようやくからくりを理解したらしく、一人でブツブツ言い始めた。

「でも、やっぱ顔が見えないのは、もったいないよなぁ」「いや目隠し程度なら口元は見えるな」「まあ、普段は畳に押しつけられてバルちん全然見えないから当然アリか」「最小限、目だけを隠せば、あの鼻も口も顎も頬も丸出しだもんなぁ、ぜんぜんアリだな」

 自分の中でのクソみたいな会議が終わったらしく、コウスケは改めるようご丁寧にベッドの上で正座して「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 居残り常連の成績アップも多少は見込める。コウスケの煩悩は凄まじいが、スバルを納得させられたら、割と健全な放課後を送れるだろう。

 先輩を待っている間の虚無期間はこうして苛烈に幕を開けたのだった。
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