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新学期!!
突撃!
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その『助けられない』って寮長の事だよな。コンタクト程度で簡単に出戻ろうとしてる辺りと言い、ちょっと会長に同情してしまう。
うむ、オレの直感は当たっていたようだ。性悪は正真正銘の性悪だ。
「下らない事ばっか言ってないで、早く行けば。今日は廊下で扉を拝み倒さなくても大丈夫なんでしょ?」
多分、大丈夫だ。オレにそう答える間すら与えてくれず、性悪はメイド服のスカートの裾を小さく揺らし、迷いのない足取りで今度こそ新館を出て行った。その場に残ったのは、会長の性悪への信頼の証である鍵と、頭の悪いオレだけ。
「でっかい借りが出来ちまったな」
それを返す為に、オレは遠慮なくカードキーを使いエレベーターに乗り込んだ。
色んな奴が同じ事を想ってる。先輩の背負ってるモンの一部を知っている奴らが、オレと同じ気持ちなんだと知れたのは大きい。それに甘えて、オレはオレのやり方で先輩と話す……まあ、上手くいかなかったら、押し倒してリセットしよう。
馬鹿な事を考えながら、緊張を誤魔化す。頭の中はまとまらず、色んな奴の言葉が浮かんでは消える。どれを選んで先輩に伝えたらいいのか、答えは出ないままエレベーターは最上階に到着してしまった。
考えなくても分かる事が一つ。単純に先輩の顔が見たい。それに気が付くと、足は自然と前に出た。
前回、律儀に押したインターホンは無視する。
「あれ……何も反応しないな」
カードキーを使って部屋の鍵を開けようとしたが、よく見れば使用可能を示すランプすら灯っておらず、鍵は必要なさそうだった。ここまで来る道中、エレベーター自体がこの部屋の鍵のような物なのかもしれない。スケールが違いすぎて、笑うしかなかった。
会長が私室として作らせたのだろうが、その本人が卒業した後はどうするつもりなのやら。
「よし、行くか」
詮無い事を考えてしまい苦笑する。仕切り直しに気持ちを声に出すと、本当に気持ちが切り替わった気がした。扉を叩こうと、ノックしようとしたが止める。お行儀良く入った所で、やる事は真逆なのだ。
オレは遠慮なく、扉を開け放った。バーンと景気よく、壁にはね返るくらいの勢いで開けたかったのだが、質素な作りからは想像出来ない重さの扉は(前回来た時には気にならなかったが)ゆっくりと開く。
「ッ!? な、なんだ、この音!」
先輩の驚いた顔が出迎えてくれる、そう思っていたのに、オレの訪問を迎え撃ったのは、カバを絞り上げているような奇っ怪な騒音だった。
怪音としか言い様のない音の正体にはすぐに気が付いた。それは異常に馬鹿デカイ鼾だった。初めて聞く先輩の鼾……では勿論なく、この部屋の、いやもう非常識なこの学生寮の主とでも言うべき会長が、鼾の発生源として、全裸で寝ていた。
「やる事やったらって、これじゃあ何も出来ないだろが。あの性悪、会長が部屋に居るの知ってて鍵寄越しやがったな」
部屋の両サイドに置かれた大きめのベッドは、サイズが多少大きいとは言え、十分に学生寮に相応しく意外ではある。
右側に見えるベッドに全裸の会長が寝ている。なら、もう片方のベッドに先輩の姿を探すが、そちらは空っぽで、オレはぼやきながらも改めて部屋を見渡す。
備品はベッドと机、あとクローゼット。内装のグレードは別次元としても、内容は旧館の二人部屋と似ている。違いはベッドが二段ではなくなった点とクローゼットの有無くらいか。
「いや、違うな。自室に便所やシャワーがある」
会長を起こさないよう(多分絶対に起きないだろうが)静かに部屋を歩き、目に付いた扉をどんどん開けていくと、旧館との違いがどんどん増えた。けれど、ホテル並に整った設備を興味深く覗くが、先輩の姿は見つからない。
ベッドの下やクローゼットの中まで見たが、先輩は部屋のどこにもいなかった。
「まさかあの刑事! 会長が寝てる隙に先輩を連れて行ったのか!」
ついさっき食堂から見えた久保の姿を思い出して、オレは会長を気遣う事なく先輩の姿を捜す。焦りで視界が狭くなっているのが自分でも分かる。今すぐ部屋を飛び出して久保の後を追うべきか、咄嗟に判断する事が出来ず、オレは床を這いながら旧館にはないカーテンのある窓までたどり着いた。
「先輩っ!」
祈るような気持ちで、思いきりカーテンを開ける。鼾の爆音の中でも、その音は響いたが、目の前にある大きな窓の外に目的の奴を見つけて、オレは安堵でその場に蹲ってしまった。
窓の外は広々としたベランダになっており、会長特権としか言い様のない贅沢な空間だった。優雅にティータイムなどしてそうな悪趣味な椅子とテーブルが見えるが、先輩はそこには座らず、ベランダの隅で叱られた子供のように膝を抱えて地べたに腰を下ろしていた。
顔を膝に埋めたまま眠っているのか、ピクリとも動かない先輩は、窓から差す部屋の灯りにも気付かない。その姿は真っ暗な夜の中で一人、何かにただひたすら耐えているように見えた。
そんなもん見せられたら、もう一秒だってジッとしているのは不可能だった。オレは力任せに、これまた無駄に重い窓を開けてベランダに飛び出す。
「先輩!!」
眠っていた訳ではないようで、オレの声を聞き先輩は即座に顔を上げた。けれど遅い。オレは既に小さく丸くなっていた先輩に問答無用で飛び掛かっていた。
暗くてよく見えず、広げた手や肘がぶつかり、近くにあった鉢植えか何かが派手な音を立てて割れる。その破片に勢い余ってダイブしないよう、先輩が痛いくらい強く、その場で抱きしめてくれた。
「ごめん、失敗した。会長には後でちゃんと謝る」
先輩の腕に締めつけられ、酸欠になりそうだったが、必死に顔を上げ、本題に入る前に気まずさを誤魔化す。怒られるつもりだったが、先輩は今にも泣き出しそうな表情で、オレを力一杯抱えたままだった。
「せんぱい…………痛いよ、先輩」
抱き返してやろうと思ったが、背骨が折れそうだったので、バシバシと腕を叩く。本気で背中がバキバキにされそうだったので、全力で叩いて止めた訳だが、先輩は戸惑いがこちらに伝わってくるようなぎこちなさで、時間をかけてオレを解放した。
「……なんでここに?」
捻りのない第一声だが、それには答えず、今度はオレの方から先輩を抱きしめてやる。
「会いたかったから来た。それだけ」
情けないかな、座っていても身長差は存在していて、抱きしめているつもりなのに先輩の胸に顔が埋まってしまっている。空調の効いた室内ではなく、ずっと外にいたのか、先輩からは少し汗の匂いがした。
いつものように全力で匂いを嗅いでしまいそうになるが全力で自制する。何も考えずに飛び込んだせいで、同じ全力でも自制の方がちょい負けてしまった。オレが汗の匂いを堪能していると、さっき抱擁と称して背骨をへし折ろうとした奴とは思えない弱々しい手つきで、先輩がオレの背中に触れた。
「一年が新館に入ったら駄目だ」
「じゃあ、ちゃんと学校に居ろよ。オレが会いに行けないだろ」
必死で汗の誘惑を振り切り、先輩の胸から自分を引き剥がす。至近距離で先輩を見つめると、怯えたような目がふいと逸らされる。
その態度から、どう考えても後ろ向きな思考が居座っているとしか思えず、オレは一瞬迷ったがガブッと先輩の鼻先を噛んでやった。
「セイシュン! 何するんだ、痛いぞ」
続けて、文句を言う先輩の口を吸う。怯えが消え、揺れていた視線が真っ直ぐ自分に向いている事を確認して、遠慮なく舌を絡ませた。弱々しく添える程度だった先輩の手は熱くなり、受け入れるようにオレを強く引き寄せる。
先輩はそのまま、オレを押し倒そうとしてきた。強引にではなく、まるで縋るような力加減立ったので、オレは主導権を握り先輩を押し返す。
まだ何もしていない内から、リセットさせる気はない。それに部屋の中には会長が寝ているのだ。色気の欠片もないBGMの中で盛れるほど欲求不満ではない……はず。窓を閉めればセーフかなとか、一瞬考えてしまったが、考える程度ならば変態を隔てる大事な一線は越えていない…………はず。
オレは盛り上がってしまった気持ちを静め、仕切り直しに咳払いを一つして、先輩の目を見て聞く。
「目ぇ覚めたか?」
「別に寝てた訳じゃない。少し、考え事をしてただけだ」
心底疲れ切った顔で笑おうとする先輩は痛々しかった。オレが噛んで赤くなった鼻先を撫でてやると、ちょっとムッとした顔をして真顔で「人の鼻は噛んだら駄目だ」と少しだけいつもの調子が戻ってきた。嬉しくなってオレが笑うと、疲れに強ばっていた部分が脱力して先輩も笑ってくれる。
「何を考えてたの?」
オレの一言で、緩んだ先輩の頬がまた強ばる。先輩は後ろめたいのか少し目を伏せた。オレは、ただ黙って待つ。
学校を覆う木々がざわめき、少し肌寒いくらいの風が吹いた。昼間は夏の名残か暑さが居座っているが、夜は過ごしやすい。夏が終わり秋が来る。
「色々……ありすぎて、混乱してる」
先輩がゆっくりと、迷いながら、探しながら、口を開いた。けれど、また重い沈黙が先輩の口を閉じさせる。
オレに会うまでの先輩を少し知った。ほんの一部に触れただけで、オレの頭は何度も思考停止した。
それだけで、今の先輩の状態を『分かる』なんて絶対に言えないが、オレが過ごした先輩との時間が奇跡的なモノである事は十分すぎるくらいに分かるのだ。
だから、オレは全身全霊で先輩を引っ張り上げる。
「先輩、オレの事、好き?」
黙ってしまった先輩に、恋人らしい甘ったるい言葉を投げかけると『いきなり何言ってるんだ?』と、不思議そうな顔をされてしまった。
改めて、こういう、端から見たら阿呆にしか思えない発言は、男としてのプライドみたいなのを確実に破壊しようとしてきて嫌なのだが、難しく考える余裕がないのでド直球で攻める。が、何度も口にするのは恥ずかしいので、答えの催促は視線だけでやった。
「ん……好きだ。俺はセイシュンが好きだぞ」
「オレとちゅーしたい?」
先輩の答えに即行で次を重ねる。ついさっき、その答えは貰っているのだが、しっかりとその欲求を自分で肯定させる。
「したい……と、思う」
うむ、オレの直感は当たっていたようだ。性悪は正真正銘の性悪だ。
「下らない事ばっか言ってないで、早く行けば。今日は廊下で扉を拝み倒さなくても大丈夫なんでしょ?」
多分、大丈夫だ。オレにそう答える間すら与えてくれず、性悪はメイド服のスカートの裾を小さく揺らし、迷いのない足取りで今度こそ新館を出て行った。その場に残ったのは、会長の性悪への信頼の証である鍵と、頭の悪いオレだけ。
「でっかい借りが出来ちまったな」
それを返す為に、オレは遠慮なくカードキーを使いエレベーターに乗り込んだ。
色んな奴が同じ事を想ってる。先輩の背負ってるモンの一部を知っている奴らが、オレと同じ気持ちなんだと知れたのは大きい。それに甘えて、オレはオレのやり方で先輩と話す……まあ、上手くいかなかったら、押し倒してリセットしよう。
馬鹿な事を考えながら、緊張を誤魔化す。頭の中はまとまらず、色んな奴の言葉が浮かんでは消える。どれを選んで先輩に伝えたらいいのか、答えは出ないままエレベーターは最上階に到着してしまった。
考えなくても分かる事が一つ。単純に先輩の顔が見たい。それに気が付くと、足は自然と前に出た。
前回、律儀に押したインターホンは無視する。
「あれ……何も反応しないな」
カードキーを使って部屋の鍵を開けようとしたが、よく見れば使用可能を示すランプすら灯っておらず、鍵は必要なさそうだった。ここまで来る道中、エレベーター自体がこの部屋の鍵のような物なのかもしれない。スケールが違いすぎて、笑うしかなかった。
会長が私室として作らせたのだろうが、その本人が卒業した後はどうするつもりなのやら。
「よし、行くか」
詮無い事を考えてしまい苦笑する。仕切り直しに気持ちを声に出すと、本当に気持ちが切り替わった気がした。扉を叩こうと、ノックしようとしたが止める。お行儀良く入った所で、やる事は真逆なのだ。
オレは遠慮なく、扉を開け放った。バーンと景気よく、壁にはね返るくらいの勢いで開けたかったのだが、質素な作りからは想像出来ない重さの扉は(前回来た時には気にならなかったが)ゆっくりと開く。
「ッ!? な、なんだ、この音!」
先輩の驚いた顔が出迎えてくれる、そう思っていたのに、オレの訪問を迎え撃ったのは、カバを絞り上げているような奇っ怪な騒音だった。
怪音としか言い様のない音の正体にはすぐに気が付いた。それは異常に馬鹿デカイ鼾だった。初めて聞く先輩の鼾……では勿論なく、この部屋の、いやもう非常識なこの学生寮の主とでも言うべき会長が、鼾の発生源として、全裸で寝ていた。
「やる事やったらって、これじゃあ何も出来ないだろが。あの性悪、会長が部屋に居るの知ってて鍵寄越しやがったな」
部屋の両サイドに置かれた大きめのベッドは、サイズが多少大きいとは言え、十分に学生寮に相応しく意外ではある。
右側に見えるベッドに全裸の会長が寝ている。なら、もう片方のベッドに先輩の姿を探すが、そちらは空っぽで、オレはぼやきながらも改めて部屋を見渡す。
備品はベッドと机、あとクローゼット。内装のグレードは別次元としても、内容は旧館の二人部屋と似ている。違いはベッドが二段ではなくなった点とクローゼットの有無くらいか。
「いや、違うな。自室に便所やシャワーがある」
会長を起こさないよう(多分絶対に起きないだろうが)静かに部屋を歩き、目に付いた扉をどんどん開けていくと、旧館との違いがどんどん増えた。けれど、ホテル並に整った設備を興味深く覗くが、先輩の姿は見つからない。
ベッドの下やクローゼットの中まで見たが、先輩は部屋のどこにもいなかった。
「まさかあの刑事! 会長が寝てる隙に先輩を連れて行ったのか!」
ついさっき食堂から見えた久保の姿を思い出して、オレは会長を気遣う事なく先輩の姿を捜す。焦りで視界が狭くなっているのが自分でも分かる。今すぐ部屋を飛び出して久保の後を追うべきか、咄嗟に判断する事が出来ず、オレは床を這いながら旧館にはないカーテンのある窓までたどり着いた。
「先輩っ!」
祈るような気持ちで、思いきりカーテンを開ける。鼾の爆音の中でも、その音は響いたが、目の前にある大きな窓の外に目的の奴を見つけて、オレは安堵でその場に蹲ってしまった。
窓の外は広々としたベランダになっており、会長特権としか言い様のない贅沢な空間だった。優雅にティータイムなどしてそうな悪趣味な椅子とテーブルが見えるが、先輩はそこには座らず、ベランダの隅で叱られた子供のように膝を抱えて地べたに腰を下ろしていた。
顔を膝に埋めたまま眠っているのか、ピクリとも動かない先輩は、窓から差す部屋の灯りにも気付かない。その姿は真っ暗な夜の中で一人、何かにただひたすら耐えているように見えた。
そんなもん見せられたら、もう一秒だってジッとしているのは不可能だった。オレは力任せに、これまた無駄に重い窓を開けてベランダに飛び出す。
「先輩!!」
眠っていた訳ではないようで、オレの声を聞き先輩は即座に顔を上げた。けれど遅い。オレは既に小さく丸くなっていた先輩に問答無用で飛び掛かっていた。
暗くてよく見えず、広げた手や肘がぶつかり、近くにあった鉢植えか何かが派手な音を立てて割れる。その破片に勢い余ってダイブしないよう、先輩が痛いくらい強く、その場で抱きしめてくれた。
「ごめん、失敗した。会長には後でちゃんと謝る」
先輩の腕に締めつけられ、酸欠になりそうだったが、必死に顔を上げ、本題に入る前に気まずさを誤魔化す。怒られるつもりだったが、先輩は今にも泣き出しそうな表情で、オレを力一杯抱えたままだった。
「せんぱい…………痛いよ、先輩」
抱き返してやろうと思ったが、背骨が折れそうだったので、バシバシと腕を叩く。本気で背中がバキバキにされそうだったので、全力で叩いて止めた訳だが、先輩は戸惑いがこちらに伝わってくるようなぎこちなさで、時間をかけてオレを解放した。
「……なんでここに?」
捻りのない第一声だが、それには答えず、今度はオレの方から先輩を抱きしめてやる。
「会いたかったから来た。それだけ」
情けないかな、座っていても身長差は存在していて、抱きしめているつもりなのに先輩の胸に顔が埋まってしまっている。空調の効いた室内ではなく、ずっと外にいたのか、先輩からは少し汗の匂いがした。
いつものように全力で匂いを嗅いでしまいそうになるが全力で自制する。何も考えずに飛び込んだせいで、同じ全力でも自制の方がちょい負けてしまった。オレが汗の匂いを堪能していると、さっき抱擁と称して背骨をへし折ろうとした奴とは思えない弱々しい手つきで、先輩がオレの背中に触れた。
「一年が新館に入ったら駄目だ」
「じゃあ、ちゃんと学校に居ろよ。オレが会いに行けないだろ」
必死で汗の誘惑を振り切り、先輩の胸から自分を引き剥がす。至近距離で先輩を見つめると、怯えたような目がふいと逸らされる。
その態度から、どう考えても後ろ向きな思考が居座っているとしか思えず、オレは一瞬迷ったがガブッと先輩の鼻先を噛んでやった。
「セイシュン! 何するんだ、痛いぞ」
続けて、文句を言う先輩の口を吸う。怯えが消え、揺れていた視線が真っ直ぐ自分に向いている事を確認して、遠慮なく舌を絡ませた。弱々しく添える程度だった先輩の手は熱くなり、受け入れるようにオレを強く引き寄せる。
先輩はそのまま、オレを押し倒そうとしてきた。強引にではなく、まるで縋るような力加減立ったので、オレは主導権を握り先輩を押し返す。
まだ何もしていない内から、リセットさせる気はない。それに部屋の中には会長が寝ているのだ。色気の欠片もないBGMの中で盛れるほど欲求不満ではない……はず。窓を閉めればセーフかなとか、一瞬考えてしまったが、考える程度ならば変態を隔てる大事な一線は越えていない…………はず。
オレは盛り上がってしまった気持ちを静め、仕切り直しに咳払いを一つして、先輩の目を見て聞く。
「目ぇ覚めたか?」
「別に寝てた訳じゃない。少し、考え事をしてただけだ」
心底疲れ切った顔で笑おうとする先輩は痛々しかった。オレが噛んで赤くなった鼻先を撫でてやると、ちょっとムッとした顔をして真顔で「人の鼻は噛んだら駄目だ」と少しだけいつもの調子が戻ってきた。嬉しくなってオレが笑うと、疲れに強ばっていた部分が脱力して先輩も笑ってくれる。
「何を考えてたの?」
オレの一言で、緩んだ先輩の頬がまた強ばる。先輩は後ろめたいのか少し目を伏せた。オレは、ただ黙って待つ。
学校を覆う木々がざわめき、少し肌寒いくらいの風が吹いた。昼間は夏の名残か暑さが居座っているが、夜は過ごしやすい。夏が終わり秋が来る。
「色々……ありすぎて、混乱してる」
先輩がゆっくりと、迷いながら、探しながら、口を開いた。けれど、また重い沈黙が先輩の口を閉じさせる。
オレに会うまでの先輩を少し知った。ほんの一部に触れただけで、オレの頭は何度も思考停止した。
それだけで、今の先輩の状態を『分かる』なんて絶対に言えないが、オレが過ごした先輩との時間が奇跡的なモノである事は十分すぎるくらいに分かるのだ。
だから、オレは全身全霊で先輩を引っ張り上げる。
「先輩、オレの事、好き?」
黙ってしまった先輩に、恋人らしい甘ったるい言葉を投げかけると『いきなり何言ってるんだ?』と、不思議そうな顔をされてしまった。
改めて、こういう、端から見たら阿呆にしか思えない発言は、男としてのプライドみたいなのを確実に破壊しようとしてきて嫌なのだが、難しく考える余裕がないのでド直球で攻める。が、何度も口にするのは恥ずかしいので、答えの催促は視線だけでやった。
「ん……好きだ。俺はセイシュンが好きだぞ」
「オレとちゅーしたい?」
先輩の答えに即行で次を重ねる。ついさっき、その答えは貰っているのだが、しっかりとその欲求を自分で肯定させる。
「したい……と、思う」
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