圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

身内の配慮

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「寮長と話したい事があるから、旧館で待ち伏せる。飯までには済むと思う」

 嘘で誤魔化す余裕もなく、手帳の件は伏せて本当の事を簡潔に伝えると、皆元は「なら」と真剣な顔で助言をくれた。

「先に狭間の所へ行け。待ち伏せなんて回りくどい事せず、正面から会いに行け」

 狭間に頼んで取り次いで貰えって事か。確かにその方が確実だな。

 髭が面倒を見てやれと言ったせいで、執事モドキはやたらと狭間に絡んで……もとい世話を焼いている。本人的には後輩の指導と思っているらしいが、オレらから見れば、執事として絶対的に欠けている部分を狭間が補っているようにしか見えないのだが、とにかく狭間はオレが用のある連中と親しいので、それを利用させて貰う。

 目的地を変更して、隣りのクラスに寄ると、狭間は放課後の教室掃除に精を出していた。廊下から狭間を呼ぶと、他の奴、血の気の多い奴らが群がってきたが、狭間本人がそいつらを埃でも払うように簡単に散らせてくれる。

「わざわざ教室まで来るなんて珍しいね。どうかしたの?」

 オレの訪問を不思議に思っている狭間に、皆元にした説明をもう一度する。すると、狭間は理由も聞かず「少しだけ待ってて」と掃除道具を置き、教室から出て来てくれた。

 今日は寮長の部屋を掃除しに行くつもりだったので、一緒に行こうと快諾してくれる狭間。何の疑いもなく、同行させてくれる狭間に、少し罪悪感が湧く。

 オレは今から寮長と、盗った盗られたの話をしに行くのだ。どう考えても、友好的なムードにはなるまい。最悪、オレらの間で狭間が板挟みになる。

「連れて行って貰うのに悪いんだが、寮長と二人で話したいんだ。構わないか?」

 寮までの道中、迷った末にそう切り出すと、狭間は足を止めてジッとオレの方を見つめてきた。オレの素行を知り尽くしている狭間の不安は、我が事ながら痛いほど分かって申し訳なく思う。

「夕べ、何かあったの?」

 狭間は的確に尋ねてくる。夕べ睡眠薬で爆睡したオレを部屋に届けたのは寮長の従者だ。

「…………大事な物を……預かってもらってるんだ」

「返してくれそう?」

「…………分からない」

 盗まれたという事をオブラートに包んで言ってみたが、狭間にはお見通しのようで、心配そうな表情をさせてしまった。それから校舎を出るまで、狭間は黙ったままオレの横を歩く。

「ぼくに何か出来る事あるかな」

 旧館に向かう前に、狭間は確認するよう、そう聞いてきた。

「寮長の部屋に案内してくれるだけで十分だよ」

 二年の部屋には、行く理由もなければ手段もなかったのだ。旧館の玄関で待ち伏せは、人通りも多いので出来れば避けたいしな。道案内は本当にありがたい。

「ぼくなら……寮長に警戒されずに、部屋を物色でき、痛っ」

 狭間が言わんとしている事を理解し、オレは馬鹿な事を言う身内の額に手刀を食らわせた。

「痛いよ、夷川君」

 額を押さえながら、目で『どうして?』と訴えてくる。

 どうしても何もない。何が悲しくて、狭間に手帳を盗んで来いなんて言わなきゃならんのだ。仮に寮長との話合いが決裂して、盗み出す以外の方法がなくなったとしても、それをやるのはオレでいい。

「大切な物なんでしょう。絶対取り返したいなら、夷川君が行くより、ぼく一人の方が警戒されないよ」

 手刀にもめげず、狭間はずいと一歩踏み込んで来た。近づけば打たれないと思ったのかもしれないが、それは甘い。オレは再び容赦なく狭間に手刀を見舞う。

「ぼく……そんなに頼りないかな」

 確かな手応えは、狭間の額を赤く染め、目には涙を浮かばせた。

「お前には頼りっぱなしだろうが。狭間は誰よりも頼もしいよ」

「じゃあ、なんで言ってくれないの。ぼくだって夷川君の力になりたいよ。困ってるのを黙って見てるのなんて嫌だよ」

 オレに余裕がないせいか、狭間を追い詰めてしまったらしい。反省出来ればいいが、なんせオレにも余裕がない。

「オレを見くびるな。例えオレが死んだって、お前に空き巣の真似事なんてさせねぇよ」

「死んじゃうのが金城先輩でも同じ事が言えるの?」

 先輩の名前を出されて、カッと顔が熱くなった。狭間でなければ殴りかかっていたかもしれない。

「金城先輩の為……なんだよね。なら変なプライドは捨てて、確実な方法を選んだ方がいいと思う。葛見先輩は、夷川君が思ってるほど、融通の利く人じゃないよ」

 狭間の助言にオレは思わず呻きそうになる。事情を話せば、寮長なら手帳を返してくれるかもしれないと、楽観的な思惑もあったせいだ。

「例え、オレじゃなくて……それが先輩であっても同じだ。お前に馬鹿な事はさせない」

 甘い目論見を捨て、覚悟を決めて、もう一度同じ事を言う。目に浮かんだ涙を拭った狭間は負けじと「どうして?」と理由を聞いてくる。どうして分からないんだと、どうしての応酬をしてしまいそうになるが、オレは冷静に言葉を返す。

「手帳がなくなれば、部屋を自由に出入り出来るお前が一番に疑われるだろが。そうなれば、お前が築き上げてきた寮長たちの信頼は一瞬で消えてなくなる」

 旧館の部屋の扉に鍵はない。二年の部屋も当然ない……が手帳がなくなれば、まず真っ先にオレが疑われ、オレと身内である狭間が疑われるのは当然の流れだ。身内であるがゆえに『オレに脅され仕方なく』なんて言い訳も通じない。寮長が融通の利かない人なら尚更だ。

「そんなのどうだっていい。ぼくは君の為に何かしたいんだ。友だちが大変な時に、出来る事があるのに、それを、しないなんて……そんなの悲しいよ」

 一度は押さえたが、オレは狭間を殴りたくて堪らなくなった。そんな薄っぺらな友情を狭間には語って欲しくなかった。

「オレは自分で情けなくなるくらい、抜けていて……どうしようもない馬鹿だけどな、親友の大事なモンを食い物にして、自分の尻ぬぐいさせるなんて絶対に御免だ」

 手帳も先輩も今のオレには何より大切で、何より優先すべきなのは分かってる。でも、狭間だってオレにとって大事なんだ。

「いくら元がオレが持っていた物だったとしても、人の部屋を漁って勝手に持ち出したら立派な窃盗だ。そんな事をオレはお前にさせたくない。圏ガクではその程度だと思うか? 場所は関係ない。どんな場所であっても狭間は狭間だろ」

 今の狭間を形作っているモノを壊す行為は、例え実行可能であろうと『出来る』事じゃあないのだ。

「じゃあ、ぼくは、友だちの為に何が出来るの?」

 狭間は脱力し、投げやりに聞いてくる。

「オレを寮長の部屋まで連れて行ってくれ。それだけで十分だ。それなら、お前に迷惑……は、かけると思うけど、致命的ではない……と思う」

 偉そうな事を言っても、狭間にしっかり迷惑はかけるなと、だんだん声が小さくなった。寮長が何を考え手帳を盗ませたのか分からないが、狭間の言い方から素直に返してくれる人だとは思えない。

 最悪、車椅子の奴と取っ組み合いをする可能性もなくはない……うん、やっぱり狭間に案内させるのは止めた方がいいかもしれないな。オレを連れて行くってのは、寮長たちにしてみれば、爆弾を仕掛けに行くようなものだ。空き巣より質が悪い。

「狭間、やっぱり訂正だ。案内はいい。場所だけ教えてくれ。一人で行く」

 慌てて頼みを変更すると、パチンと両頬を軽く叩かれる。狭間の顔には、初めて見る不機嫌そうな、いや違うな、はっきりと怒りが表れていた。

「ぼくを見くびらないでね。夷川君が葛見先輩と話し合い出来るようお膳立てするくらいで、ぼくは揺らがないよ。例え、それでなくなってしまう信頼があろうと、それをぼくは重要だとは思わない」

「わ、悪い……なんか、偉そうに言い過ぎた」

 辛うじて謝罪すると、狭間は力を抜き、いつもの柔らかい表情に戻った。

「泥棒はしない。けど、これだけは譲らない。ぼくは夷川君が葛見先輩と話し合える場所まで、絶対に連れて行く。場所だけ分かっても、二年フロアを一人で突っ切って、無事にたどり着けるとは思えないから」

 穏やかに笑って、狭間は先に歩き出した。親友の言葉に甘えようと、後に続こうとした時、ふいに狭間が思い出したように振り返る。

「あのね、今は話せないかもしれないけど、いつか、聞かせて欲しいな。その……金城先輩との事とか」

「先輩の事か……」

 狭間たちに相談出来たら、どれだけいいだろう。そう思ったのだが、狭間は「金城先輩の事って言うか……」と、何故か少し意地の悪い顔を見せる。

「金城先輩と夷川君の事、かな」

 そして、割ととんでもない事を言ってのけた。もしかして、オレが先輩と、その、色々とヤってるのバレてる!?

「ち、違うからな! 狭間、おい聞けよ。それ誤解だから!」

 赤面するオレを見て、狭間は心底楽しそうに笑いやがった。その上、混乱させるだけさせて、ケロッとした顔で「急ごう」なんて言われたら、やっぱりちょっと怒っているのかなと、オレは感情的になった自分の言動を大いに反省した。

 狭間の後ろを歩き、旧館の二年フロアに足を踏み入れる。四人部屋がギュウギュウ詰めに並ぶ一年フロアと違い、旧館の二階三階を占める二年フロアには、学生寮の趣がある。

 春にスバルが破壊して、先輩と担任が夏に修繕した談話室を横切り、狭間は真っ直ぐ廊下を進み、一番端にある部屋の扉を叩いた。

「失礼します」

 ノックをしても返事はなく、狭間はそれでも礼儀正しく声をかけ、扉を開いた。オレも軽く頭を下げて、狭間に遅れず入室する。

「…………なあ、狭間。部屋、間違ってないか?」

 他の二年に見つかる前に、早く扉を閉めた方がいいと分かっていても、オレは扉を開けっ放しにしたまま尋ねた。どうせ出るなら、閉める必要はないと思ったのだ。けれど狭間はさっさと扉を閉めて「ここで合ってるよ」と言った。
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