圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

罰ゲーム?

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 怠い授業が終わり、土曜に割り振られた掃除当番をこなし、念入りに体を洗い、自室で消灯を今か今かと待っていた時、部屋の扉が乱暴に開かれた。壁にぶつかりはね返る扉を足で押さえ、部屋の中を睥睨する上級生に驚き、由々式と狭間は小さく悲鳴を上げて硬直してしまう。

「夷川、ちと面貸せや」

 本当ならノックもなしに部屋を訪ねる、顎で人を動かそうとする奴相手に従ってやる必要はないのだが、オレは素直に立ち上がった。敷こうとしていた布団のシーツを握り締めて、心配そうな顔を向けてくる狭間に「大丈夫だ」と声をかけ、部屋を出る。

「どうしたの、こんな時間に。珍しいね」

 パタンと扉を閉めて、壁に背を預け遠巻きに見ている一年を威嚇している矢野君へ声をかけた。

 顔を合わせば挨拶する程度には、夏休みで深めた親交も継続中なのだが、わざわざ部屋まで、一年のフロアまで矢野君が出向いてくるなんて初めての事だ。

 まあ、山センは頻繁に人の部屋にやって来ては、腹の減る時間帯にラーメンや菓子を見せびらかして食い散らかすんだが……矢野君がそんな事を理由に訪ねて来るとは思えない。

「金城先輩が下に来てる。早く行け」

「え、なんで?」

 消灯後に部屋まで迎えに来ようとして、矢野君に見つかったのか? てか、早すぎんだろ。先輩も待ちきれなかったのかな。

「知らねぇよ、んなもん本人に聞け。わざわざ呼んで来いって言うくらいだ、何か用があんだろ。分かったらオラ、早く行けや」

 人のケツを蹴って走らせようとする矢野君の言い分を聞くに、自発的にオレを呼びに来たのではなく、先輩からお願いされて来てくれたらしい。

「消灯まで時間ねぇから早く行ってやれ」

 気遣ってくれる矢野君に礼を言って二年のフロアで別れ、いつも待ち合わせる自販機のある一角に向かうと、ぼんやりとベンチに座る先輩の姿を見つけた。

「どうしたんだよ……こんな時間に」

 なんとなく予感しながらも、オレから声をかける。

「もうすぐ消灯だぞ。話なら今じゃなくてもいいだろ」

 オレに気付いて顔を上げた先輩の表情で、予感が的中している事に気付いてしまう。

「ん、悪い……あー……あのな……今夜の約束なんだが」

 周りに人がいない事を確認しながら、先輩は小声で言った。「駄目になった」と。

「明日、朝一から補習になっちまった」

 気まずそうに言った後、先輩はバッと頭を下げ「すまん」と潔く謝った。オレは先輩の隣へぞんざいに腰を下ろし、微動だにしない後頭部を睨み付けてやる。

「補習ってなんだよ。真面目に授業受けてたら、そんなもん必要ないだろ」

 苛ついた気持ちが声に滲む。

「ん、元々の出来が悪いからな……ちょっと気を抜くと、ついて行けなくなるんだ」

 後頭部を見せたまま、先輩は言いにくそうに続ける。

「浮かれすぎてた。つい授業中だろうと、その……セイシュンの事ばっかり考えてたら、試験の結果が悲惨だった」

「人のせいにすんな!」

「すまん! でも、お前のせいじゃない。浮かれてた俺が悪いんだ」

 後頭部がしゅんとしてしまった。全く世話の焼ける先輩だ。襟ぐりを引っ掴んで、思い切り引き上げてやると、ギュッと目を瞑った先輩が露わになった。

「明日が補習で潰れたのは分かった。明日一緒に遊べないのは分かったよ。でも、夜は関係ねぇだろ。なんで駄目なの?」

「……少しでも復習しておきたい。どこが分からないのか……くらいは、知っておきたくてな」

 このクソ真面目がッと、罵れたら気分は晴れるだろうか。目を瞑ったままの横顔をジッと見つめていると、そんな馬鹿な考えも萎んでいく。

「怒ってないから、目ぇ開けろよ」

 ベンチの上で膝を抱え、クソ真面目に「もういい」と伝える。オレの許しを受け、恐る恐る目を開けた先輩は、膝に顎を埋めた後輩へ困ったような笑みを浮かべて見せた。

「補習……何時くらいに終わる?」

「分からん。でも、早く終われるように努力する」

 撫でろとばかりに頭を向けると、先輩は宥めるようにオレの頭に手をやった。

「補習終わったら、ちょっとでもいいから、一緒にいてくれる?」

 返事のように頭ごと先輩へ引き寄せられ、今夜一緒にいられない寂しさが込み上げてくる。

「久し振りにジュース飲むか」

 オレが泣き言を漏らしそうになる寸前、先輩は唐突にオレを引き剥がし、自販機の前に仁王立ちした。

「いいよ……ジュースって気分じゃない」

 気分が乗らず、いらないと断ったのに「久し振りにコレやろう」と一人で盛り上がる先輩は、自販機に小銭を飲み込ませるや二つのボタンを同時に押した。

「セイシュンの分も俺が押すぞ、いいな」

 ベンチで体育座りをしたまま動かないオレに、先輩は苦笑しつつもテンションを保ったまま、再度二つのボタンを同時に押す。

「よし、運試しだ。恨みっこなしだぞ、お前が人任せにしたんだからな」

 自販機の前にしゃがみ込み、楽しそうに取り出し口に手を入れた先輩が急に静かになった。

「…………ん、これは、矢野と稲継にやろう」

 ボソッと呟く理不尽発言に、呆れて顔を上げる。振り返った先輩の手には、見慣れた毒ジュースの紙パックが二つ握られていた。

「地味にキツイ嫌がらせだからな、それ」

 無自覚な圏ガク最上級生らしい言動を指摘して、先輩の手から毒ジュースを引ったくってベンチに戻る。自分でやらかしたクセに微妙な表情を見せる先輩は「今度は遊ばず普通に買おう」と贅沢を抜かしやがったので、オレが素早く二本ともストローをさしてやった。

「責任持って自分で飲め」

 隣に先輩の分のジュースを置き、自分の分を手に取り毒としか形容出来ない液体を一口吸う。オレにも先輩を止めなかった責任がある。ナチュラルに矢野君たちをいびる先輩くらいは止めなければ。

「……美味いか?」

「一瞬で舌がバカになった」

 気持ち悪さを感じる前に飲みきってしまおうと思ったが、先輩が投げてくれた言葉が助け船となり、オレはストローを放棄して、へどろのような甘臭い息を吐いた。

 先に撃沈したオレを横目に、先輩もストローに口を付ける。約束が駄目になった事や後輩に後始末をさせようとしたのが後ろめたいのか、いつもは吸う振りだけなのに、先輩の喉がゴクゴクと勢いよく毒を飲み干していく。

「どういう意図があって、こんな味の飲み物を販売しようと思ったんだろうな、この会社」

 どれだけ勢いをつけようが、一気に飲み干すのは無理だったらしく、オレと同じく甘臭い息を吐きながら、先輩はジッとジュースのパッケージを見つめ、しみじみと言う。

「ジャンクフードばっか食ってる奴の舌には、堪らない味だからな。常習性を利用して儲ける為だろ。悪徳会社だぞ絶対」

 今では、普通に一気飲みしてた自分が信じられない。人って変わるもんだな、本当に。

「んー……舌に味が染み込んでる気がする」

 顔を顰める先輩が妙におかしくて「あぁーあ」とオレは盛大に肩を落とした。

「そうなったら最後、ずぅーっと口の中その味のままだよ。何倍もの野菜ジュースで相殺しないと、何食っても毒の味しかしなくなる」

 大袈裟に言ってからかってやると、先輩はある種の覚悟を思わせる表情を見せて、勇敢にもう一度ストローに口を付けた。紙パックがペコッとへこむくらい、最後の一滴まで吸い上げると、オレが見ないようにしていた飲みかけのジュースにも手を伸ばし、半分以上残っていた中身をこれまた一気に飲み干した。
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