パーフェクトワールド

出っぱなし

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 ある日、学校から帰ってきたときのことです。

 空にはどす黒い分厚い雲が広がり、今にも大雨が来そうな気配でした。
 少年は雨には降られたくないので、急いで歩いていました。

 マンションの前にやってくると、パトカーが何台も止まり、救急車もやってきているのが見えました。
 野次馬ができ、カメラを持った報道陣も次々と詰め掛けていました。
 少年も何が起きたのか興味を引かれ、野次馬に混ざりました。

 その時です。

 担架に乗せられた男性が救急車に運ばれているのが見えました。
 始めは良く見えませんでした。

 その男性に気がつくと、少年は手に持っていたかばんを放り出し、救急車に駆け寄りました。
 すぐに警察に引き止められましたが、叫んでいることの意味が分かると救急車に乗せてくれました。
 担架で運ばれていた男性は、やはり伯父でした。

 少年は何度も話しかけましたが、伯父は目を固く閉じたままぴくりとも動きませんでした。
 そして、何も考えることもできないまま病院へと到着しました。
 しかし、手の施しようがなく、息を引き取りました。

 あっけなく、最も大切な人を失いました。
 天も少年に呼応して泣いているかのように、大雨が降り出しました。

 しかし、誰も少年をそっとしておいてはくれませんでした。

 まずはマスコミがインタビューを求め、好奇の目で少年を取り囲みました。
 少年は何も言わず、ただ黙ってにらみつけているだけでした。
 この無神経さに対して、もし凶器の一つでも持っていたら誰でもいいから襲いかかっていたでしょう。

 次に親類や各種関係者たちが、伯父の遺産や著作権をめぐって群がってきました。
 父親の時に知っている顔もありましたが、その何倍もの亡者が押しかけてきました。

 少年の目には誰も悲しんでなどいないように映りました。
 ただ単に、少しでも多く甘い汁にありつこうとしているようにしか見えませんでした。

 この亡者たちの浅ましさに、人間の本性を見た気がして吐き気しか感じませんでした。
 しかし、この程度のことはまだ序の口でした。

 事件のことで警察に呼び出されました。
 特にしつこく詮索されることはありませんでした。

 なぜなら、全容はすでに 分かっていたからです。
 隣りの主婦が事件の一部始終を目撃していました。

 あの頭のいかれた女が、突然伯父をメッタ刺しにし、13階から笑いながら飛び降りたということでした。
 少年は気が付きませんでしたが、つぶれたトマトのようになった女の死体も現場には転がっていたそうです。

 事件は犯人死亡で解決しました。
 しかし、少年にとっては永遠に終わることはないでしょう。

 刑事から、初めにあの女が来た日のことを話して欲しいと言われました。
 そして、少年は事細かに話しました。

 話の後、刑事は会ったのはその日だけかと聞かれました。
 少年はないときっぱりと言いました。

 刑事はそんなことはないだろう、会ったことがあるはずだとしつこく言いました。
 少年は憤慨しました。

 あんな女知らない、本当は自分の手で殺してやりたかったとまで言いました。
 それを聞いて、刑事は急に煮え切らない態度になりました。

 が、意を決したようにいいました。

『あの犯人は、君の母親だ』

 少年の煮えたぎっていた血の気は、一気に冷たく引いていきました。
 そんなことはないと大声で叫びたかったのですが、全身が突然震えてしまい、声など出てきませんでした。

 刑事もさすがに気の毒に思ったのか、調書にサインだけして帰っていいと言いました。
 少年は言われたとおりサインをしようとしたのですが、手が震えてペンも持てませんでした。

 少年はどうやってサインをしたのか、どうやって帰ったのか分かりませんでした。
 布団に包まって、ただぼうっとしていました。

 不意に思い立って、週刊誌を買ってきて読みました。
 何が正しくて、何が間違いなのか、何ももう分からなくなっていました。
 最後のわらにでもしがみつこうと必死になり、刑事の言ったことが間違いであることを祈りました。

 しかし、無駄な足掻きでした。
 やはり、あの女は母親でした。
 さらに事細かく、あることないこと好き勝手書いてありました。

 母親は家を出た後、簡単にあぶく銭を稼ぐと各地を渡り歩き、奔放に生きていたようでした。
 しかし、バブルも弾けるとそのツケを払わされることになり、身を売りながらあぶく銭をかせぐようになったそうです。

 とうとうそんな生活にも耐え切れず、覚せい剤に手を出し、頭が完全にショートしてしまいました。
 そして、どこからか伯父のことを知り、今回の事件に発展したそうです。

 同情の余地などない愚かな女の末路、と言ってしまえば簡単な話でしょう。

 しかし、少年にとっては簡単な話では済みませんでした。
 少年の中で何かが跡形もなく崩れ去りました。

 それからの少年は、その辺りにいる頭の弱い女子高生をかき集めました。
 見た目だけいい愚かな女など履いて捨てるほどいるので、簡単に集まりました。

 そして、売春組織を作り上げました。
 もちろん、ヤクザにも上納金を差し出し、根回しは忘れません。
 大手企業の役職にある人間も客になることもありました。
 その時は当然見逃さず、しっかりと見返りを得ました。

 ある時、手駒の女子高生の中に討論番組によく出ている、与党議員の姪がいました。
 金は間違いなく持っているはずでしたが、背徳行為のスリルか、一族への反発か、それともその両方かは分かりませんが、組織内に入りました。
 そして、その与党議員にも手が伸びていきました。

 この時には、この国を支配しているような気分になれました。

 この生活もしばらくは続きました。
 全てがうまくコントロールできていました。
 その間にマリファナの味を覚えました。
 学校へ行くことは、あの事件以来一度もありませんでしたから、当然退学になりましたが、気にもしませんでした。

 しかし、終わりの時が来ました。
 まだ、若すぎました。
 少し強引にやりすぎた時に、例の大物与党議員の圧力で、あっけなくつぶされました。

 上納金を差し出していたヤクザもあっさりと手を返し、おとなしくしていろと逆に脅されました。
 少年もバカではありませんでしたから、おとなしく従いました。
 大事になる前に、パスポートを作り、ありったけの金を集めました。

 そして、バックパックを背負い、世界中を歩き回りました。

 こうして日本に戻ってくることは、10年間一度もありませんでした」
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