上 下
6 / 49
第一章 騎士たちの邂逅

1-5 極彩色の獣

しおりを挟む
 冬の哭き声。血の道標。落ちゆく者の残り香。
 狩りが始まっている。

 陰鬱に沈みゆく夕陽に向かって、異彩を放つ極彩色の獣が馬を駆る。熊髭の大男、帝国軍第三軍団騎兵隊の将校、オッリ・ノーサー・ニーゴルドは、手勢の弓騎兵──馬賊ハッカペル──千騎を率いて、教会軍の第六聖女セレンを追っていた。
 他の馬賊ハッカペルの兵士よりも頭一つ大きく、頑強な体躯と古傷塗れの剥き出しの筋骨が極彩色の軍装に負けず劣らず目立つ。そしてその熊髭に覆われた顔は、狂猛な暴威を隠そうともしない笑みに満ち溢れている。
 馬賊ハッカペルに所属する兵士らは、オッリと同様に毛皮の服を野蛮人のように色鮮やかに装飾し、甲冑も鉄ではなくより軽装の革鎧をまとっている。全員が〈東からの災厄タタール〉とともに現れた〈最初の馬賊〉と呼ばれる部族の末裔であり、純粋な帝国人はいない。歩き始めるとともに馬を駆り、弓と手綱を手に生きてきた。今でこそ帝国軍の傘下に入っているが、オッリの先々代までは大陸中を荒らし回り、大陸東部を滅ぼした侵略者と恐れられた部族である。

 この戦争を〈大祖国戦争〉と呼んだ〈帝国〉の皇帝グスタフ三世は、ここエリクソン平原の雪原にて、ついに反撃に打って出た。
 そして大勢は決した。
 グスタフ三世自らが指揮を執ったエリクソン平原での会戦は帝国軍の圧勝である。動員兵力は五万と同等だったが、戦略的撤退により温存されていた帝国軍は兵の質、士気ともに精強であり、長期行軍により疲弊していた教会遠征軍など相手ではなかった。反攻の直前に到来した冬の雪も帝国軍に味方し、強襲を後押しした。
 だが何よりも、グスタフ帝が注力していた砲兵の力は圧倒的だった。
 鈍重な動きから野戦では運用が難しかった大砲をより軽量化。マスケット銃兵と長槍兵からなる歩兵隊に大量の野戦砲を随伴させることで、歩兵戦列の破壊力は飛躍的に増し、容易に敵陣を崩すことが可能になった。敵の戦列が崩れたあとは、そこに騎兵を投入し縦横無尽に斬り刻む。
 歩兵、騎兵、砲兵を一体化させ運用する三兵戦術と呼ばれる戦術思想を、皇帝はこの〈大祖国戦争〉で実践した。オッリは軍学には全くの無知だったが、それでもこの日グスタフ帝が披露した戦術には驚嘆するほかなかった。

 黒騎兵の突撃により敵の本陣は陥落したが、戦場には未だ混乱が渦巻いていた。
 教会遠征軍の総指揮官ヨハン・ロートリンゲン元帥はまだ見つかってはいないが、生死に関わらず態勢の立て直しは不可能であろう。組織的な抵抗はほとんどなく、帝国軍の多くの部隊が追撃戦へと移行している。
 戦火の中にあっても馬賊ハッカペルの兵士らは笑い声に包まれていた。逃げ回る敵の兜を馬上から叩き潰し、逃げ散るその背中に気の赴くまま矢を射込む。それは戦でも狩りでもなく、遊興だった。オッリ自身も指揮の合間を見つけては殺しを楽しんではいたが、あまりの刺激のなさに退屈もしていた。
 一見すれば笑顔溢れる和やかな戦場だが、兵士らは飢えていた──まだまだ戦い足りない。奪い足りない。殺し足りない。
 教会軍の野営地は燃えていた。誰かが火をかけたのだろう。背後では略奪も始まっているが、オッリは配下の兵らにはまだ略奪を禁じていた。
 略奪を解禁しないのは、まだ目の前に大きな獲物が残っているからだった。

 ──〈教会〉の第六聖女セレン。

 目的は女である。
 ヨハン・ロートリンゲン元帥のような騎士階級は身代金か射撃の的にしかならない、奴隷にも劣る畜生だが、女は違う。年端もいかぬ第六聖女親衛隊には、その身の回りの世話をする侍女や、身辺警護に携わる乙女騎士隊らの美しい子女が大勢いる。それらを捕らえ、嬲り、犯す。孕ませ、産ませ、その子らは〈最初の馬賊〉の子として育てる。オッリの母親も大陸東部の亡国の女、現在の妻も戦地で略奪した娘である。馬賊ハッカペルの男にとって略奪した女は最上級の戦利品であり、それがより高貴な者ならば尚更なのである。
 先ほどは三百ほどの僅かな手勢だけで突出したのが失敗だった。脅せば四散するかと思っていたが、意外にも頑強な抵抗に合い、第六聖女親衛隊を崩すどころか、月盾の旗を掲げる新手に逆に追い払われてしまった。

 沈む夕陽は影を増し、地を燃やす炎は宵闇を輝かさんと勢いを増している。日没が間近に迫っている。
 完膚なきまでの大勝利を得た以上、グスタフ帝は夜戦までは仕掛けないだろう。つまり日没までの残された時間で、もう一戦果、最上の獲物を仕留めたい。
 輿の上に乗せられた聖女を引きずり下ろす様を想像するだけで、オッリの全身は熱くなる──戦いはまだ終わっていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。もちろんがっつり性描写はないですが、GL要素大いにありです。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。  ●お気に入りや感想などよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...