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第3章
幕8 魂の真実
しおりを挟む―――――危険すぎて役立たずの地として見捨てられてきた大地を入手し、そこでシューヤ商団が手掛けている活動は様々だが。
一部を語れば、そこを、ノウハウを持った民に貸し出し、農作物の改良・栽培に専念させていると聞く。
噂では、穀倉地帯で働く者たちに、その技術を提供したと言われていた。
同時に、その地にしかない知識も、シューヤ商団の地で働く農家と共有していると聞く。
そうやって、たった数年の内に、数多の経済活動に未だ若いはずのシューヤ商団は噛み始めていた。
しかしそのあたりは、婦人たちの夫の領域だ。
彼女たちはのんびりと会話を交わす。
「新作も並ぶと聞いております。今日がとても楽しみで」
「見た目がかわいらしく美しいですもの」
「宝石のような食べ物だなんて」
「評判が上がって以降、各家門のシェフたちもこぞってスイーツの開発をするようになったとか」
それはおそらく女主人の意向だろう。
「そういえば、お聞きになられております?」
「いったい、何を…ああ、もしかして」
この話の流れで言えば、何を聞いているのかと聞かれたなら、ひとつしかない。
「シューヤの経営者もこの宴に呼ばれているという噂ですわね」
「…つまり、ヴィスリアの魔人が、皇女殿下誕生の宴に、ですか?」
いつの間にか会話に混ざっていた貴婦人たちの顔には、幾分かの蔑みが浮かぶ。
魔人など、魔族の奴隷同然だ。卑しい者としか思えない。
「よく、陛下のお許しが出ましたね」
「陛下は皇女殿下に甘いので…どちらかと言えば、貴族議会に参加される厳格な方々がよく承認されたものだといったところでしょう」
「まったく、奴隷と同席など…不快ですわ」
その事業が生み出すものには肯定的であっても、ほとんど姿を見せないとはいえ、正体を隠してはいない魔人たちと同席するのは貴族にとって、拒否感が強かった。
それでも今日の宴に参席した一番の理由は。
他の誰でもない、皇帝の愛娘たる皇女殿下の誕生祭だからだ。
招待を受けながら、断るなど政治的感覚が死滅しているとしか思えない。
「なぜ議会で、魔人を招待することを承認したのでしょう」
「理由ははっきりしておりますわ」
ねえ、と同意を求めるように視線を向けられた貴婦人は、ああ、と頷いた。
「確かにヴィスリアの魔人たちはとても美しいと聞きますが…」
奴隷と同じ立場で同席するのは業腹だが、噂に上がるほどのその美貌には誰しもが興味を持っている。
それがよくわかる好奇心の発言に、
「いいえ、そこではなく…それもありますけれど、二週間ほど前に」
そっと促すような台詞に、相手も、ようやく合点がいった態度で頷いた。
「オズヴァルト・ゼルキアン公…いえ、卿が天人への位階を上ったと聞きましたわね」
オズヴァルト・ゼルキアンは、公爵だ。
だが今、その地位を与えた国はない。
同じ爵位を与えるという国は多いかもしれないが―――――厚意などではなく打算の結果―――――今のところ、彼は地位のない男である。
ただ、騎士であることは失われない。
彼女は卿と呼び直したわけだ。
霊獣の末裔たるその男に対し、世間は未だ、畏れに近い敬意を抱いていた。
「その通りです」
得たり、と貴婦人が扇を閉じる。
「その魂が魔族であれ、本人であれ、…それが事実なら、―――――魔人たちに対する前提が、すべてひっくり返りますわ」
確かに、と婦人たちは一斉に頷いた。
主人が魔族ではなく天人であるならば、同じく隷属する者であったとしても、いささか趣が異なってくる。
彼女たちは、事情を悟った。
貴族議会がヴィスリアの魔人に宴への招待状を送ることをよしとしたのは、それが原因だろう。
無論、オズヴァルト・ゼルキアンという人物には、よくない噂が多い。
守護者と呼ばれながら、自身一人生き残り、王国を守れなかった負け犬。
災厄を滅したという名声を得るためだけに、妻子を手にかけた狂人。
ばかりか、自身に憑依した魔族が一門のものを魔人へ堕とすことを傍観した冷血漢。
一方で、この数年のうちにシューヤという事業を多角的に展開し、豪商という地位に立ち、大陸全土に情報網を張り巡らせた凄腕、という評価も切り離せない。
ただ、今の彼は昔の面影などなく、肉袋のように醜い姿になり果てていると聞いていた。
それでも、彼は最終的に災厄の一部をただ一人で滅し、天から権能を授けられた。
今や時の人だ。
ただしその魂が魔族か本人かは、まだ誰も確かめていない。
肝心の魔人たちが、主のことを黙して語らないのだから、仕方がない。
「そう言えば」
婦人の一人が、ふと思いだした様子で口を開いた。
「どなたかお聞きになられております? ゼルキアン卿が帝国のホテルに現れたという噂」
一人が言うのに、初耳とばかりに、他の貴婦人たちが首を横に振った。
「まさか。そんなことになれば、夫がおとなしくしておりませんわ」
「この宴など、とっくに大騒ぎになっているはずですわよ」
「そもそも、肉袋が堂々と世間に姿を現わせますかしらね?」
ほほほ、と優雅な笑いが場を満たす。その話題は、一笑に付されて終わった。
「ところで」
潜められた声に、周囲の貴婦人たちは、耳を澄ませるように口を閉ざす。
「ヴィスリアの魔人の招待を提案したのは、どなたですの?」
「今夜の宴の主人公ですわ」
―――――即ち、皇女殿下というわけだ。ならば誰も文句は言えない。
聡明と噂の第二皇子、その彼の唯一、母親が同じ兄妹。そして、皇帝の寵愛を受ける皇女。
別の貴婦人が、思わせぶりに言葉を続ける。
「ええ、…表向きは」
「本当は違うのですか? ではまさか」
貴婦人たちが、複雑な視線を見かわした、その時。
妙に周囲が静かになった。
何事かと顔を上げれば、周りの目が、会場の入り口に向いている。
つられる形でそちらを見遣った彼女たちもまた。
現れた複数の人影に、唖然と目を瞠った。
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