原初の魔女と雇われ閣下

野中

文字の大きさ
上 下
36 / 79
第2章

幕25 お祝い=猫

しおりを挟む




とたん、クロエは目を瞠る。
期せずして、同じような視線が他からもオズヴァルトに集中。
構わずオズヴァルトは続けた。…静かに。ただ。
「他の誰が何と言おうとも」

クロエの目をまっすぐ見返し、しっかりと心の奥底まで刺さるようにと祈りながら。

なにせ、クロエはおそらく、オズヴァルトが感じた限りでは、他者から信じられないことに慣れている。
彼女の心に届いたかは、外から見ただけではわからない。

人形のような無表情で、クロエはただオズヴァルトを見返していた。

諦めて視線を切り、オズヴァルトはクロエの向かいにあるソファの前に回り込むと、

「座りたまえ」
クロエに、低くソファへの着席を促す。
彼女は、なにやら所在なげにソファに腰かけた。淡々と呟く。

「わたしはオズヴァルトさまに憎まれていると思っていました」

「なぜ?」
「それは」

クロエはうつむきがちに、唇を尖らせた。

「『あの時』わたしが、無理やり行動したから、…あなたはここに」

なるほど、クロエが言っているのは、ヴィスリアの元で、オズヴァルトの肉体に『冬見一平』の魂を送ったことだ。
「ああ」


そういえばそれが始まりだった、と懐かしい気分でオズヴァルトは思い出す。


ここのところ、目の前のことをこなすのに精いっぱいだったから、もう一年以上前のことを思い出すような心地だ。
確かに、あの時のことを思い出せば、オズヴァルトの肉体に『冬見一平』の魂を送り、本来のオズヴァルトの魂の消滅を促したのは女帝ということになる。
ただ、始まりを考えれば。

良かれと思うまま考えなしに行動し、オズヴァルトの肉体と『冬見一平』の魂の状態で、天人の資格を得たことに問題がある。

オズヴァルトは考え考え、口を開いた。

「気にしていないとは言えない。恨んでいないとも言えない。だが」

クロエは、唇を真一文字に引き結んだ。覚悟は決めていた、と言った態度。そこへ、オズヴァルトは一言。


「そこは、現状の始まりではない。…そうだろう?」


言いたいところが伝わったか、クロエは目を瞠った。
この場で、事情を正しく知っているのはクロエだけだ。

ビアンカも、察してはいるだろうが、推測の域を出ないだろう。

真剣な顔をしている彼女ら二人以外が、なにがあったのか、という表情ながら、神妙な顔をして控えているのは、オズヴァルトの言葉が彼等にとって絶対だからだ。
使い魔の猫二匹は我関せずといった態度で眠そうにくつろいでいる。

それを横目に、オズヴァルトは静かに続けた。


「こうなった以上、今の状態は必然なのだろう」


むしろ、オズヴァルトの肉体に、本来の魂が戻れば何が起こったか。
それは誰にも予測できない。

穏やかにオズヴァルトがクロエを見遣れば、彼女は静かな顔で座っていた。

―――――これでようやく、話を進められそうだ。



「それで、今日は」



テーブルの上に、何もないな、と視線を落とすと同時に、タイミングを見計らったかのように茶器を乗せたカートを押した侍女たちが三人、室内へ入ってきた。
「私の状態を確認しに来たのかね」

整然と、速やかに、豪奢で繊細な細工のテーブルの上に、美しい茶器が並べられていく。

これは高価そうだなと頭の片隅で思いながら、オズヴァルトは向かいのクロエに目を向けた。
とたん、真っ先に心に去来するのは、―――――…感動だ。


うつくしい。


容姿はもちろんのこと、その生命力が内側から放つ輝きが尋常ではない。

ただ、室内や茶器から、控えた執事や侍女たちに至るまで、『冬見一平』の感覚では中世の色彩も濃厚なクラシカルな雰囲気というのに、ただ一人、クロエだけがスーツ姿というのが違和感甚だしい。
しかも彼女が一番、ここが異世界であるという感覚を強めてくる存在だというのに、慣れ親しんだ存在、とも思わせてくるのだ。

「もちろん、それもありますが」

仕事が良くできる女性、と言った態度で、クロエは物静かに敬語で言う。
侍女たちが刹那にぎょっとした反応を見せたが、さすがは玄人、あとは何の動揺も見せずに席のセッティングを完璧に終える。


「お祝いのために、お邪魔致しました」


「祝い、か」

オズヴァルトは内心面食らったが、…確かに。
彼は今、天人となった立場だ。歴史を紐解いても、数人しか存在しない、偉大なる者。

王や皇帝よりも尊重されるべき存在。

不意に、クロエは自信満々に微笑んだ。
「きっと、わたしが一番乗りでしょう?」

クロエは存在そのものが美の結晶のような女性だ。微笑むと、ひかりの花が開いたようで、眩いばかりだった。

内心、苦笑し、オズヴァルトは気のない声で応じる。



「祝いも何も、この世界において、オズヴァルト・ゼルキアンは―――――悪党だろう?」



控えていた魔人たちが身じろいだが、その程度はオズヴァルトだって察していた。
事実がどうあれ、オズヴァルトがその手で妻子を殺害したのは事実だ。
魔族に憑依された時点で、もう死んでいたとはいえ、目に見えた真実が他人の目にどう映ったか。

災厄の一部を滅し、天人となったとはいえ、人々はオズヴァルトを、諸手を挙げて迎えることなどないだろう。
人間の情として、肉親を手にかける存在は、受け入れがたいものだ。
手にかけられた側が、どんな人間だったかは問題にならない。

「悪党、と申しますか」

クロエの瞳から、ふっと一瞬輝きが消える。
考え込むような態度で、一拍黙り込んだ。たちまち、雰囲気が怜悧になる。
「まあ…歪んだ見方をする愚か者がおりますが、オズヴァルトさまが気に留める価値もございません」
女帝がこの調子なら、相当言われている気がした。

いったい、どこまでどのように噂されているものやら。


とはいえ、実際、そんなことを気にしても仕方がないし、逆にこれ以上悪くなることもないのだから、もう好きなように動けるという解放感もあった。


オズヴァルトは注がれた紅茶がいい匂いと湯気を上げるのに目を細め、それを女帝に勧めた。
「…まずは、どうぞ」

「ありがとうございます」
テーブルの上、上品な皿にきれいに並べられたとりどりのクッキーを一番に見遣ったクロエに、オズヴァルトは何とはなしに尋ねる。
「ところで、この世界で、リクルートスーツはそぐわないと思うが」


「そうですが、オズヴァルトさまは真面目で礼儀正しいのがお好きかと」


彼女の台詞に、改めてクロエを見遣るオズヴァルト。
なるほど、『冬見一平』の感覚に合わせたのか。クロエの表情は真剣だ。

確かに礼儀正しいのは好ましいが、TPOというものがある。

それにしたって、クロエの発言は、不思議とオズヴァルトに阿るようなものだ。
クロエがそうする理由は、オズヴァルトにはわからない。

なにか事情はあるようだが、彼女は話そうとしないのだ、今、これはスルーしておくのでいいだろう。
オズヴァルトはどうにか一言絞り出す。
「…そうかね」

「では、お祝いを」

気になっていたのか、真っ先にアーモンドが乗ったクッキーをつまみながら、クロエは彼女の右側にいた白猫の首根っこを掴んだ。




「お受け取り下さい」




―――――…?

幸か不幸か、オズヴァルトは表情の変化がほぼない。

だが、テーブル越し、鼻先に突き付けられた白猫は、素直にきょとんとした表情でオズヴァルトを見つめていた。

その丸く愛らしい紅の瞳と、目が合う。とたん、ぼんっと白猫の体毛が膨らんだ。
間違いない。オズヴァルトに怯えている。

小さくてかわいらしい生き物に怯えられるのはいささか傷つく。






「あ、ああああああ主さまぁ…っ?」








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

処理中です...