陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・187 見せつけたい

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「ほんっと、失礼だな」



すぐ、リヒトの口元からヒューゴの手が離れた。





「―――――はぁ…っ」





リヒトの頭から被せられていた外套が床へずり落ちる。



霞みがかったようなリヒトの目に、周囲の光景が映った。離れた床の上に、白い羽が見える。

…本当に、いたのだ。リヒトが思うなり、それは光の粒になって消えた。同じものを見ながら、



「今度からもっと、頑丈に作らねえとなあ…結界」



ヒューゴがボヤく。

どこか不機嫌そうなのは、自身が作った結界を破られたせいだろう。



「そう…しろ、見られる趣味は、ない」

言いながらも、リヒトは同時に、見せつけたいとも思う。どちらも本当で、リヒトは首を横に振る。

いざとなったら自身がどう出るか、彼にも分からなかったからだ。



知ってか知らずか、



「だよな、俺も見せたくない」

ヒューゴが後ろから、頬を擦り付けてきた。

相変わらず、獣が甘えかかるのに似た姿だが、気のせいか、伸し掛かる力が、前より強い気がする。



二人きりだ。

どうしたって、ホッとする。勿論、ヒューゴに対する恐ろしさは消えない。

それでも。







この世の誰より、リヒトにとって、ヒューゴは安心できる相手だ。







リヒトは目を閉じる。

とたん、体内の感覚がより鮮明になった。

中に埋まっているヒューゴ自身は、まだ大きく硬い。



どうしても腰が蠢いてしまう。それを止めようとしながらも、





「夢見…とは、あれか、現在や過去、未来を、…見通す、という」





体内のものに意識を半ば以上攫われ、うわごとのようにリヒトが言うのに、

「そう」



肯定すると同時に、ヒューゴはリヒトの粘膜の中のしこりを突き上げた。







「…ぅ、ソコ、ばかり…!」







射精が近い感覚に、思わず、強くリヒトは自身の内腿同士を打ち付けてしまう。腰が躍った。

勝手にヒューゴに操作されているような感覚に、リヒトは憤然と声を上げる。



「よ、せ…っ」



他人の身体で遊ぶな、とリヒトは吐き捨てた。

ヒューゴの動き一つで、リヒト自身、自分の身体がどう動くか分からないのに、ヒューゴには分かっているようなのだ。



悪びれなくヒューゴは言った。





「だってリヒト、二、三回も奥突くとメロメロになるじゃんか」





こうもしつこく前立腺を押し揉まれては、既に腰砕けなのだが、そこはいいのか。

リヒトの制止に気づきながらも、ヒューゴは動きを止めない。

どころかリヒトの耳元で、







「女の子みたいに後ろ突かれてるのに、男として腰振っちゃってるの、可っ愛い」







屈辱的な囁き。

とはいえ、ヒューゴが本気でそう思っているのは、弾む声でよくわかった。どちらにせよ、腹立たしい。



「…この…!」

思わずリヒトは、身体の前に回ったヒューゴの腕に爪を立てた。



とたん、楽しげな、それでいて物騒な笑みが、ヒューゴの唇の端に浮かぶ。

「だめだよ、逆らったらさ…言うなりになってくれなきゃ、俺がイくまで」

どこまでも自分勝手なことを、ヒューゴが言うなり。





「…ぁ、ひ!」





腫れあがったように敏感になっている内側のソコを、もっと強くこすり立てられ、刹那。

リヒトは大きく、腰を前へ突き出した。

濃い桃色に染まった性器の先端から、びゅぅっと精子が噴きあがる。



「んっ、あー…、すごい、締め付け…っ」



ヒューゴの、色香が滴るような声が熱い息と共に、リヒトの耳朶を濡らした、と思うなり。

ヒューゴがリヒトの中から自身を引き抜く。



猛烈な喪失感に、一瞬、リヒトは泣きたくなった。直後。

ぬるい体液が、背にかかる。それは重力に従って、リヒトの身体を伝い落ちて行った。





「なんで、中に、…しない?」





息も絶え絶えに、腰砕けになりながら、リヒトは猛烈に不機嫌な声を放つ。

ヒューゴは苦笑をこぼした。



「休憩も兼ねたこの、着替えが終わったら、すぐガードナー家側の歓迎会、兼、食事会だろ」



結構、時間がないのだ。

そんな中で、リヒトの体内へ放つわけにはいかない。







それなら手を出すなと言われそうだが、長いこと触れられず、悶々としていたのは、リヒトもヒューゴも同じだった。







「ほら、さっさと着替えるぞ」



旅装を片付けながら、てきぱきリヒトの身体にヒューゴは衣服をまとわせていく。

まるで何事もなかったような態度。



やはりヒューゴは、リヒトを単にはけ口として使っているのだろうか。それはそれで、かまわないのだが。

リヒトだけが振り回されているようで、気に入らない。

ムッとした表情でヒューゴをにらんでいると、



「それからさっきの話だけど」



ヒューゴがふと目を上げた。

視線がかち合った途端、微笑んでくる。





たちまち、寸前までのいら立ちはリヒトの中から消えた。

ちょろいと言われようがどうだろうが、そうなってしまうものはもう仕方がない。





「…さっきの?」

本当に何も思い出せず、首を傾げれば。



「ほら、夢見の能力の話」



寸前までの会話の流れが飛んでいたリヒトは、ようやく思い出して頷いた。

感じていた疑問が再度浮かび上がるままに口にする。



「先ほどのヒューゴの言い方だと、その能力はまるで楽園では排斥されているような感じがあったがどういうことだ? 優れた能力だと思うが」



「すべてを見通せる力があったら、そりゃ無敵だろって思うよな。でも楽園ではちょっと事情が違うんだ」

まだ快感の名残が濃い身体を持て余しながら、リヒトは話に耳を傾ける。

身体ではなく、そちらに意識を集中させた。



「神殿の連中が良く言うだろ? ―――――すべて、神の思し召しって」

「…時に鬱陶しい、アレだな」



「連呼するのはどうだってヤツだよな」

ヒューゴはうんうん頷く。

「言葉は、時に使い古されるものだから、一番効果的なときに、そっと滑り込ませるのが一番…って、それはともかく」

リヒトのシャツのボタンを止めながら、ヒューゴは続けた。



「だからだよ」



「…だから?」

「すべては神の思し召しなんだから、事前に知ったり、あとから覗き見するのは礼儀に反するってこと」



本気だろうか? リヒトはあきれた。

「神に対して?」



「そう。だから」

ヒューゴは肩を竦める。





「楽園ではその能力持ちは多いんだけど、蔑まれるから、隠す御使いの方が多いんだ」





「ばかばかしい」

察したリヒトは、内心ウンザリした。



神殿にもうかがえるそういう姿勢が、彼はあまり好きではなかった。

起こるすべてをただ無抵抗に受け入れろ、というのは―――――諦めではないのか。

そしてリヒトがすべてを受け入れていれば、待っていたのは、ただ、『死』だった。



生き残るために抗うことすら許さないというのか。



「だろ? しかも、表向き排斥しながら、完全に始末したりしない。生かしておくんだ。いいわけができる都合のいい時には、利用するためにな」

表向きをきれいごとで固めたがる組織の裏側が、どんな闇より深いというのは、ありがちな話だ。



「まあそんな能力を持ってる御使いだから、堕天したアイツとの付き合いも切れなかったんだろうな」

「楽園ですら、一枚岩ではない、ということか」



「そういうもんだ。…っと、よし」

きれいに帯を巻き、ヒューゴは少しリヒトから距離を取る。





全体を見て、満足そうに頷いた。





「完璧。軽く掃除したら、そろそろ出るか」

リヒトは、正装ではあるが、少しラフな格好だ。正式な訪問ではない、身内に近い立場での私的な訪問という形式を主張している。





ガードナー家には、さかのぼれば、皇室の人間が降嫁していたりするから、身内と言っても差し支えはなかった。





リヒトを座らせ、手際よく軽く掃除をして汚れ物をまとめるヒューゴを見ながら、リヒトは首を傾げる。

「ヒューゴはその恰好で向かうつもりか」

「近衛騎士の制服って、正装でしょ。これで十分」

リヒトは舌打ちした。

不満を察したヒューゴが降参するように両手を挙げる。



「礼装は持って来てるから、何か儀式があったらそのとき、そっちを着るよ」

なんにしたって、ヒューゴにとってはリヒトが優先、という姿勢。



てきぱき動く姿は、立派な主婦である。

「よし、―――――結界を解くよ。何が起こるか分からないから、気を引き締めて」



ヒューゴが告げるなり、ドアがノックされた。





「誰だ」

リヒトの誰何の声に、冷静な声が帰る。







「ジョシュア・スレイドです。陛下、そろそろガードナー辺境伯と、お食事の時間ですが準備はよろしいでしょうか」







リヒトはヒューゴを一瞥。ヒューゴは皇帝陛下に対する騎士の態度で、一歩引き、一礼した。

「では、向かいましょうか、陛下」



リヒトは少し息を吐き、立ち上がる。







「出るぞ」



















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