陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・184 着替え中の日常風景

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「神殿は何を考えてるんだろ」



背中からリヒトの旅装を中途半端に解いた状態で、ヒューゴは唇を尖らせた。







「北部の空気のおかしさから考えて、…もしかすると手遅れかもしれない」







深刻、というよりも、子供が拗ねた語調。そして、寂しさが滲む声。

大事な友達がいなくなったような。





感じた寂しさを埋めるように、ヒューゴはぎゅうと背後からリヒトに抱き着いた。





「手遅れ…何が、だ」





リヒトはと言えば、頬は上気し、どこか上の空だ。

夢見心地な様子で、背後から腹と胸に回されたヒューゴの腕を、落ち着かせるように撫でる。



撫でる端から、改めてヒューゴの全身に、神聖力の鎖が巻き付いて行った。



それを感じ取っているだろうに、ヒューゴはリヒトを抱きしめたまま離れない。おとなしかった。

リヒトには、意外なほど。



なにせヒューゴは、自由を愛する。

抵抗するなり、不満を示すなり、して当然のことを、今のヒューゴは雰囲気にすら醸し出していない。



神聖力の鎖が全身に巻かれていては、彼は竜体になれない。

つまり、今回の北部への移動中、ヒューゴは神聖力の鎖から自由だった。





でなければ、ヒューゴは飛べない。





ただ、ヒューゴを信用しきれないリヒトは、その首に一筋だけ神聖力の鎖を巻いていた。飼い犬のように。

それは。







―――――何かあれば一瞬で、首を落とすぞ、という無言の脅しだ。







そのくせリヒトはと言えば、…不安で、何度も空を見上げてしまった。

ヒューゴは自由に焦がれている。それを、リヒトは縛り付けているのだ。



鎖が解けたのをいいことに、リヒトの下から飛び去ろうとヒューゴが考えたのは、つい先日の話である。



リヒトが賭けて負けたのは事実だ。

それでも、リヒトはヒューゴの竜体での移動など許したくはなかった。不承不承ながら、許可したのは。







…ヒューゴに変化を感じたからだ。この悪魔は、何かが変わった。



なにが、と聞かれたなら、巧く説明することはできないが、少なくとも。









解放と同時に地獄へ立ち去る、そのようなことはしないだろう。



その確信があるからこそ、鎖をほとんど解いた。それでも、落ち着かなかったのは、仕方がない。







―――――ようやく、また、この悪魔を縛り付けることができる。







やはり、雁字搦めにしている方が安心だ。

鎖が絡みついていくヒューゴの腕を、うっとり見下ろすリヒトの視界の隅に。



―――――丸出しになった彼自身の性器が映る。それは、とっくに腹まで反り返ってだらだら涎をこぼしていた。



うっかりすれば、リヒトの口からも唾液が滴りそうになる。

ズボンと下着は、脱ぎかけで、中途半端に腿の半ばで蟠っていた。

そして、見ることのできない、リヒトの『中』に。



ヒューゴがいた。



もう全身が心地よくて、内腿の痙攣がやまない。

鎖が絡んでいくのに、ヒューゴは離れるどころか、ますます強くリヒトを抱きしめた。

同時に、密着した腰を、リヒトの身体を持ち上げるように突き上げる。



「はぁっ」



心地いいとばかりに声を上げ、リヒトの顎が仰け反る。

床から浮いた両足、その足指が拳を握るように丸まった。



寒い北部というのに、リヒトの全身が汗で濡れている。





「北部には、山腹に精霊王がいる…それが怒り狂ってるってことだけど、…事情がなんなのか、状況からして、精霊王の存在自体が危ぶまれる」





つまり、手遅れなのは、―――――精霊王。その存在、ということだろうが。

「精霊王が、…消滅、する…など、有り得るの、か?」

「この地で、世界初の前例ができるかもね」

振り向かなくとも、リヒトには分かる。ヒューゴは渋面だ。



「結果として、これを神殿は放置したってことだ」



巨大な精霊が消滅などすれば、何が起こるのか。

リヒトが尋ねる前に。







…ぐちり。







ヒューゴの動きに合わせて、粘着質な音があがる。



「意図的かな、知らなかったのかな…まあ、いいか」



また、リヒトの足先が、床から離れた。ひぅ、と息を吸ったリヒトの喉が鳴る。

とたん、難しい顔をしていたヒューゴの眉間から皺が消えた。

はあ、と腰砕けになりそうな熱い息がその唇からこぼれ落ちる。







「リヒトのお腹の中、きもちいい。出たくない。ずっと犯してて、いい?」



「だ…っめ、だ…!」







リヒトは反射で厳しく言った。ずっと、だなんて、そんな。

(おかしくなる、狂う、何もできなくなる、コレしか考えられなくなって―――――)

すぐそばにある、ヒューゴの身体、体温、リヒトの内部を穿つ―――――ソレ。何もかもが最高だった。これ以上なく、リヒトを満たす。



嫌なわけがない。だからこそ、ダメだった。



リヒトは他の一切を忘れて溺れて死ぬだろう。なんて誘惑。

「…ふ、」

ヒューゴは後ろから、否定ばかりのリヒトの口の中へ長い指を突っ込んだ。その指で、舌を扱くように動かして。







「ああ、いいよ、答えなくて。いいって、中が言ってる。ほら」







ぐちゅ、くち。



「ぅ、く…っ」

ヒューゴが突き上げるたび、二人の結合部から、体液の雫が飛び散った。



止めなくてはいけないのに、こう、切羽詰まったような、落ち着かな気なヒューゴは珍しく、リヒトは懐いてくるのを突き放せない。

どころか嬉しいと思ってしまうリヒトは、突き放すふりをしながらも、宥めるようにご機嫌を取るしか方法がなかった。



悪魔でありながら、魔竜はどちらかと言えば、獣に…自然界に近い生き物だ。



そんなヒューゴが、このように落ち着きをなくすほど、北部には何か不自然なことが起きているのだろう。

それについても考えなくてはならないのに、思考がまとまらない。



この状況では、後回しにするほかなかった。



ヒューゴよりも、リヒトの方が、離れたくないという気持ちがきっと強いはずだ。

だがそれを知られたなら、このまま永遠に押し切られそうな心地もあった。

もうそれでいいじゃないか、と思う自身の気持ちから無理に目を逸らして、リヒトは悦楽に悶える。



ずっと、この腕の中にいたい。



だが、すぐにガードナー家の面々との対面が待っている。蕩けてはいられない。

…にもかかわらず。





口の中の、ヒューゴの指に、舌を懸命に絡めてしまう。溢れる唾液を啜った。





下から突き上げられる心地よさに、自然と腰を押し付けてしまう。

強請って媚びる動きになるのは、仕方がない。



特に、最近のヒューゴのやり方は―――――まるで、求めあって、愛し合っているようだ。



ヒューゴの声に、息に、今まで以上の、かつてない甘さが滲んでいた。

キスなどされたら終わりだ。すべてが、以前と完全に違っていた。

不意に、ヒューゴが口を開く。



「なあ、リヒト。お願いがあるんだけど」



今回の北部行きの件といい、―――――ヒューゴのお願いはろくなものではない。

まず聞きたくないと思うが、口の中にヒューゴの指がある状態では、何も言えない。噛んでやろう、とそれを実行する寸前。



「一回、地獄に帰ってもいいか? 悪魔が攫われる件を、そっちから調べてみたいんだ」









タイミングを見計らったように、ヒューゴが言った。













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