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幕・122 嵐を作るか、踏み潰すか
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クレトは正直に答える。
「魔塔の魔法使いに、汚い手段で無理やり拘束されたようでな。望みもしていないことに協力させられていたようだ」
ヒューゴは彼の言葉に頷きながら、目を細めた。
クレトがいうドワーフはまず間違いなく、あの時魔塔に捕らわれていたドワーフだ。
呆れた態度で、クレトが首を横に振った。
「容体に支障はないが、やせ衰えている。竜を見た、などとばかげたことを言い出す始末だ」
―――――あ、それ、俺。
などと言えるわけもなく、ヒューゴはただ神妙な顔で耳を傾ける。
クレトはやれやれと疲れたような息を吐きながら言葉を続けた。
「しばらく、故郷近くへ戻ろうと思う」
先ほどは店を移ると言ったが、町から離れるつもりのようだ。
ヒューゴは、魔塔にいたドワーフを思い出す。
身体を癒し、魔塔の外へ逃がすことで彼への借りは返したつもりだが。
「いつ出発するの、クレトさん」
自然とヒューゴは尋ねていた。
―――――あのドワーフは、ヒューゴに何か望んでいた。
声も目も、その時の所作すべてが切実だった。
あのとき、ヒューゴ自身、余裕がなかったため、以後、捜しもしなかったが。
今ここで、クレトと顔を合わせたのも、ひとつの縁だろう。
「さてな、一週間後か、一月後か」
豊かな髭を扱き、考え深げな表情になるクレトに、
「…見送るよ。以前と同じ場所にいる?」
そっと言えば、
「今は違う。だが、三日後にはあそこに移るつもりだ。それから、皇都を出立する」
簡単に答えは返った。
だが、彼は気紛れで、誰かに予定を合わせるということがない。出発したければ出発するだろう。
たとえ見送ると言ったヒューゴがやってこなくても。
「さて、わしはもう行くぞ。こんな場所に長居はできん」
「同感だ。もう近づかない方がいい。なにせここには」
うんうん、同意を示し、ヒューゴは続けた。
「――――――悪魔の死体が詰め込まれているんだから」
先ほど、クレトは毒素、と言った。それは正しい。
ここにはしばらく息をしているだけで病気になる空気が充満している。なにせ。
―――――悪魔の身体は、それ自体が猛毒なのだから。
「…なんだと?」
ぴたり、足を止めるクレト。扉の近くで、店主が低く唸る。
「ばかなことを」
道理が分からない悪戯な子供を見る目で、彼はヒューゴに言った。
「悪魔の死体が、地上に残るわけがないでしょう。あれらは死ねば地獄へ還る」
クレトと話すヒューゴの気安い雰囲気に、彼の態度にまた侮りが生じている。
懲りない男だ。
騎士たちは何も言わない。黙って成り行きを見守る姿勢。
「悪いがヒューゴ、店主の言うとおりだ。しかも、この工房の中のどこに、そんなものがあるというのだ」
言いながらも、クレトは店主からヒューゴを庇うような位置に立った。小声で言う。
「関わってもろくなことにはならん。一緒に、出るぞ」
ヒューゴとて、放っておきたいというのが、本音だ。
面倒ごとはごめんだった。
自滅するなら、したいだけするといい。ただ。
ここは、オリエス帝国だ。リヒトたちが治める国。
大半の民が、日々働いて、笑顔でお疲れさまと言って、また明日、と何の不安もなく挨拶できる場所だ。
不穏の火種があるのなら――――――さて、嵐を作るか、踏み潰すか。
いずれにせよ発生源まで根絶やしにする必要がある。
義務や役目というのではない。
ヒューゴは、もはやそうしないと落ち着かないのだ。
「実はね、クレトさん」
言いながら、ヒューゴは決めた。
よし、嵐を作ろう。
「昨今、地獄では、悪魔が攫われているそうなんだ」
「…なんじゃと?」
「つまり、地上に生身の悪魔がいてもおかしくないってこと」
「でたらめを」
店主が言いさす言葉を遮って、ヒューゴ。
「誰がやったか、この工房の中央に、悪魔の死骸が押し込められてる」
ヒューゴ以外の目が、床に向かった。遺体は埋められるもの。そう考えるのは自然だろう。
「だが、誰かが床板をはがしたなら、他が気付かないことなどないだろう」
工房にいたクレトが言えば、店主が便乗する。
「しかも、床板をはがしたような痕跡もない」
「何言ってるの?」
ヒューゴは微笑んだ。
「悪魔の身体は猛毒だよ。地中に埋められるわけがない」
埋めたりすれば、この辺り一帯が、隕石でも落ちたかのように陥没し、毒沼が発生しているだろう。
からかうような、謎かけのようなヒューゴの台詞に、店主は鼻白む。
「仰る通りですよ、だからこそここに、悪魔の死体などあるわけがない」
「だが、ヒューゴはあるというのだな」
クレトは言って、降参するように手を挙げた。
「この工房内の、どこにあるというのだ?」
「ここ」
ヒューゴは気楽な態度で、空中を指さす。何もない空間を。
にもかかわらず、再度言い切った。
「ここにあるよ」
「…なにもないが?」
「空間を少し弄っているんだ」
にこにこと笑い、何でもないように続ける。
「工房の真ん中に堂々と、悪魔の死体をまとめてる、なんて…やった奴は相当いい性格してるね」
クレトはいっとき、ぽかんと口を開ける。
閉じるなり、警戒するように一歩後退した。
「言いがかりも大概にしてほしいですね。何もないじゃないですか」
趣味の悪い冗談、と店主は額に青筋を浮かべる。
ただし、ヒューゴの言葉に難癖をつけたのは彼だけだ。
クレトも騎士たちも、ただ警戒を強めた。
「おいおい、アンタらまさか、信じてるのか?」
店主が、バカにしきった声で言って、鼻を鳴らす。
それを尻目に、ヒューゴは騎士の一人に目を合わせた。
「こういう、『これ見よがしに』隠したものを暴いた時、…何か仕掛けが施されてるもんだ。悪いけど、―――――備えるよう、外に伝えてきてくれないか。もし店に客がいたなら、店から出るように誘導を」
「は」
短く言った騎士の一人が身を翻すのに、店主は肩を竦める。
「何が起こるというんです?」
「魔塔の魔法使いに、汚い手段で無理やり拘束されたようでな。望みもしていないことに協力させられていたようだ」
ヒューゴは彼の言葉に頷きながら、目を細めた。
クレトがいうドワーフはまず間違いなく、あの時魔塔に捕らわれていたドワーフだ。
呆れた態度で、クレトが首を横に振った。
「容体に支障はないが、やせ衰えている。竜を見た、などとばかげたことを言い出す始末だ」
―――――あ、それ、俺。
などと言えるわけもなく、ヒューゴはただ神妙な顔で耳を傾ける。
クレトはやれやれと疲れたような息を吐きながら言葉を続けた。
「しばらく、故郷近くへ戻ろうと思う」
先ほどは店を移ると言ったが、町から離れるつもりのようだ。
ヒューゴは、魔塔にいたドワーフを思い出す。
身体を癒し、魔塔の外へ逃がすことで彼への借りは返したつもりだが。
「いつ出発するの、クレトさん」
自然とヒューゴは尋ねていた。
―――――あのドワーフは、ヒューゴに何か望んでいた。
声も目も、その時の所作すべてが切実だった。
あのとき、ヒューゴ自身、余裕がなかったため、以後、捜しもしなかったが。
今ここで、クレトと顔を合わせたのも、ひとつの縁だろう。
「さてな、一週間後か、一月後か」
豊かな髭を扱き、考え深げな表情になるクレトに、
「…見送るよ。以前と同じ場所にいる?」
そっと言えば、
「今は違う。だが、三日後にはあそこに移るつもりだ。それから、皇都を出立する」
簡単に答えは返った。
だが、彼は気紛れで、誰かに予定を合わせるということがない。出発したければ出発するだろう。
たとえ見送ると言ったヒューゴがやってこなくても。
「さて、わしはもう行くぞ。こんな場所に長居はできん」
「同感だ。もう近づかない方がいい。なにせここには」
うんうん、同意を示し、ヒューゴは続けた。
「――――――悪魔の死体が詰め込まれているんだから」
先ほど、クレトは毒素、と言った。それは正しい。
ここにはしばらく息をしているだけで病気になる空気が充満している。なにせ。
―――――悪魔の身体は、それ自体が猛毒なのだから。
「…なんだと?」
ぴたり、足を止めるクレト。扉の近くで、店主が低く唸る。
「ばかなことを」
道理が分からない悪戯な子供を見る目で、彼はヒューゴに言った。
「悪魔の死体が、地上に残るわけがないでしょう。あれらは死ねば地獄へ還る」
クレトと話すヒューゴの気安い雰囲気に、彼の態度にまた侮りが生じている。
懲りない男だ。
騎士たちは何も言わない。黙って成り行きを見守る姿勢。
「悪いがヒューゴ、店主の言うとおりだ。しかも、この工房の中のどこに、そんなものがあるというのだ」
言いながらも、クレトは店主からヒューゴを庇うような位置に立った。小声で言う。
「関わってもろくなことにはならん。一緒に、出るぞ」
ヒューゴとて、放っておきたいというのが、本音だ。
面倒ごとはごめんだった。
自滅するなら、したいだけするといい。ただ。
ここは、オリエス帝国だ。リヒトたちが治める国。
大半の民が、日々働いて、笑顔でお疲れさまと言って、また明日、と何の不安もなく挨拶できる場所だ。
不穏の火種があるのなら――――――さて、嵐を作るか、踏み潰すか。
いずれにせよ発生源まで根絶やしにする必要がある。
義務や役目というのではない。
ヒューゴは、もはやそうしないと落ち着かないのだ。
「実はね、クレトさん」
言いながら、ヒューゴは決めた。
よし、嵐を作ろう。
「昨今、地獄では、悪魔が攫われているそうなんだ」
「…なんじゃと?」
「つまり、地上に生身の悪魔がいてもおかしくないってこと」
「でたらめを」
店主が言いさす言葉を遮って、ヒューゴ。
「誰がやったか、この工房の中央に、悪魔の死骸が押し込められてる」
ヒューゴ以外の目が、床に向かった。遺体は埋められるもの。そう考えるのは自然だろう。
「だが、誰かが床板をはがしたなら、他が気付かないことなどないだろう」
工房にいたクレトが言えば、店主が便乗する。
「しかも、床板をはがしたような痕跡もない」
「何言ってるの?」
ヒューゴは微笑んだ。
「悪魔の身体は猛毒だよ。地中に埋められるわけがない」
埋めたりすれば、この辺り一帯が、隕石でも落ちたかのように陥没し、毒沼が発生しているだろう。
からかうような、謎かけのようなヒューゴの台詞に、店主は鼻白む。
「仰る通りですよ、だからこそここに、悪魔の死体などあるわけがない」
「だが、ヒューゴはあるというのだな」
クレトは言って、降参するように手を挙げた。
「この工房内の、どこにあるというのだ?」
「ここ」
ヒューゴは気楽な態度で、空中を指さす。何もない空間を。
にもかかわらず、再度言い切った。
「ここにあるよ」
「…なにもないが?」
「空間を少し弄っているんだ」
にこにこと笑い、何でもないように続ける。
「工房の真ん中に堂々と、悪魔の死体をまとめてる、なんて…やった奴は相当いい性格してるね」
クレトはいっとき、ぽかんと口を開ける。
閉じるなり、警戒するように一歩後退した。
「言いがかりも大概にしてほしいですね。何もないじゃないですか」
趣味の悪い冗談、と店主は額に青筋を浮かべる。
ただし、ヒューゴの言葉に難癖をつけたのは彼だけだ。
クレトも騎士たちも、ただ警戒を強めた。
「おいおい、アンタらまさか、信じてるのか?」
店主が、バカにしきった声で言って、鼻を鳴らす。
それを尻目に、ヒューゴは騎士の一人に目を合わせた。
「こういう、『これ見よがしに』隠したものを暴いた時、…何か仕掛けが施されてるもんだ。悪いけど、―――――備えるよう、外に伝えてきてくれないか。もし店に客がいたなら、店から出るように誘導を」
「は」
短く言った騎士の一人が身を翻すのに、店主は肩を竦める。
「何が起こるというんです?」
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