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幕・92 その場で処刑
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「大丈夫だ、皇帝としての役目はすべてすんだ」
「夫としての役目はまだじゃないのか…?」
ホールを後にして随分進み、それでもリヒトが止まらないからどこへ行くのかと聞けば―――――もう部屋に戻るという返事。
ヒューゴから見れば、あり得ない。皇后と皇子はまだ、宴の場にいる。
皇帝は、パートナーの皇后を宴の初めに迎えに行ったはずだ。
となれば、帰りは宮殿まで送らなければならない。
放置して帰れば、後々逞しい妄想の混ざった噂になってしまう。
今から戻れば、まだ取り繕えるだろう。
本日の戦勝の宴、主役はリカルドであり、彼はまだホールに残っていたことは、視界の隅でで確認しているし、パートナーのシンディもいた。
皇帝が途中で退席しても問題はないだろうが。
皇帝のパートナーは皇后だ。それを放ったらかして、退席は、ナイ。
ゆえに、部屋へ戻ると告げたリヒトを、途中、人目がない時を見計らって、ヒューゴは空き部屋へ連れ込んだ。
使用しない衝立を、いっとき、おさめた部屋のようで、乱雑に並んだその隙間を縫って、リヒトを奥まで連れて行き、周囲に消音の魔法を張った。室内の、二人の周辺、一部にだけだ。
これは、外の音を聞こえなくするのではなく、中にいる者の声や立てる音を周囲に聴こえなくする魔法だ。
もちろん、ヒューゴとて、グロリアに思うところはある。
あそこまでされて何も思わない方がおかしい。
幸い、あの場でコトはおさまったものの、グロリアには、無用な騒動を起こした責任を取ってほしいところだ。
(それに、リヒトをグロリアのそばに置いておくのは不安でもあるし)
だがこのような形で放り出していくのは、女性を侮辱するようなものではないだろうか。
相手が何かしたにせよ、同じ形で返すのは、品性を問われる。
ヒューゴのような悪魔なら、目には目を、で返すのは当たり前だが、リヒトは皇帝だ。
果たして、リヒトは平然と答えた。
「グロリアとは話をつけてある」
そう言えば、先ほど二人は少し話をしていた、とヒューゴはぼんやり思い出す。
リヒトは投げ出すように付け加えた。
「以前から、僕とグロリアの不仲は取り上げられている。取り繕ったところでいまさらだ」
それに、リヒトが気を使ったところで、グロリアが後ろ足で砂をかけるのなら、うんざりするのも仕方がない。
ヒューゴもこれ以上は引き留めにくかった。
「それとも」
リヒトは挑戦的に言って、ヒューゴへ一歩踏み出す。
「また、説教をするか? 皇后を宴のパートナーにしろと言った時のように」
「………やっぱり、根に持ってるな」
ヒューゴが言えば、リヒトは鼻を鳴らす。
彼の高貴さは生まれ持ったものだが、今はそこに子供のように拗ねた表情が浮かんでいた。
室内に人がいると悟られないよう、部屋の明かりはつけていない。
外からの光だけが、ほのかに相手の輪郭を認識させる程度だが、悪魔であるヒューゴの目には、はっきりとリヒトの表情が見えた。
「こんなことしたら、グロリア令嬢が素直に従わなくなるぞ」
「それこそ今更だ」
リヒトの頑なな態度に、ヒューゴも言い返せない。
グロリアの普段の態度が態度である以上、ヒューゴも庇えないのだ。
なにより、ヒューゴ自身、彼女を好ましいと感じたことがない。驚異的だが、一度もない。
ただしそれにはきちんとした理由がある。
グロリアは、リヒトの兄、セイゲルの許嫁だった。
である以上、幼い頃の彼女の、リヒトへの対応がどうだったか。
…説明するまでもない。
そして、グロリアはセイゲルが好きだった。その理由は、簡単。
セイゲルが、単純で、思慮が浅く、すぐ調子に乗るような―――――即ち、ひどく操りやすい人間だったからだ。
チェンバレン家は全力でセイゲルをサポートした。
結果、セイゲルはチェンバレン家の権力を自分のモノと勘違いした、ただの案山子になった。
だがセイゲルが追い込まれ、逆にリヒトが有力な皇太子候補となった頃。
チェンバレン家はセイゲルをサポートしつつも、密かにリヒトへすり寄ってきた。
一族揃って、権力の匂いには敏感なのだ。
そして、セイゲルが不名誉な死を遂げるなり、態度を一変、リヒトへ娘を差し出した。
リヒトにとっては、兄の婚約者だった女を、だ。
…そういう経緯の一族だからこそ、信用はできないが、利用できる部分もある。ゆえの、婚姻だった。
「リヒトのパートナーとして立つなら、俺としても本当はフィオナが…んん、皇妃殿下が一番なんだけどさ」
それでも皇后はグロリアだ。
ヒューゴの弱気に付け込むように、リヒトは強い口調で言った。
「とにかく今回、グロリアはやり過ぎた。少なくとも今日、僕はこれ以上彼女と共にいる気はない」
向けられたリヒトの黄金の目をじっと見返し、ヒューゴは肩から力を抜く。
これは、本気だ。
「ヒューゴが、宴の場へ僕を連れ戻したりすれば、その場でグロリアを処刑する」
「おいおいおい…」
「大丈夫だ、皇帝としての役目はすべてすんだ」
「夫としての役目はまだじゃないのか…?」
ホールを後にして随分進み、それでもリヒトが止まらないからどこへ行くのかと聞けば―――――もう部屋に戻るという返事。
ヒューゴから見れば、あり得ない。皇后と皇子はまだ、宴の場にいる。
皇帝は、パートナーの皇后を宴の初めに迎えに行ったはずだ。
となれば、帰りは宮殿まで送らなければならない。
放置して帰れば、後々逞しい妄想の混ざった噂になってしまう。
今から戻れば、まだ取り繕えるだろう。
本日の戦勝の宴、主役はリカルドであり、彼はまだホールに残っていたことは、視界の隅でで確認しているし、パートナーのシンディもいた。
皇帝が途中で退席しても問題はないだろうが。
皇帝のパートナーは皇后だ。それを放ったらかして、退席は、ナイ。
ゆえに、部屋へ戻ると告げたリヒトを、途中、人目がない時を見計らって、ヒューゴは空き部屋へ連れ込んだ。
使用しない衝立を、いっとき、おさめた部屋のようで、乱雑に並んだその隙間を縫って、リヒトを奥まで連れて行き、周囲に消音の魔法を張った。室内の、二人の周辺、一部にだけだ。
これは、外の音を聞こえなくするのではなく、中にいる者の声や立てる音を周囲に聴こえなくする魔法だ。
もちろん、ヒューゴとて、グロリアに思うところはある。
あそこまでされて何も思わない方がおかしい。
幸い、あの場でコトはおさまったものの、グロリアには、無用な騒動を起こした責任を取ってほしいところだ。
(それに、リヒトをグロリアのそばに置いておくのは不安でもあるし)
だがこのような形で放り出していくのは、女性を侮辱するようなものではないだろうか。
相手が何かしたにせよ、同じ形で返すのは、品性を問われる。
ヒューゴのような悪魔なら、目には目を、で返すのは当たり前だが、リヒトは皇帝だ。
果たして、リヒトは平然と答えた。
「グロリアとは話をつけてある」
そう言えば、先ほど二人は少し話をしていた、とヒューゴはぼんやり思い出す。
リヒトは投げ出すように付け加えた。
「以前から、僕とグロリアの不仲は取り上げられている。取り繕ったところでいまさらだ」
それに、リヒトが気を使ったところで、グロリアが後ろ足で砂をかけるのなら、うんざりするのも仕方がない。
ヒューゴもこれ以上は引き留めにくかった。
「それとも」
リヒトは挑戦的に言って、ヒューゴへ一歩踏み出す。
「また、説教をするか? 皇后を宴のパートナーにしろと言った時のように」
「………やっぱり、根に持ってるな」
ヒューゴが言えば、リヒトは鼻を鳴らす。
彼の高貴さは生まれ持ったものだが、今はそこに子供のように拗ねた表情が浮かんでいた。
室内に人がいると悟られないよう、部屋の明かりはつけていない。
外からの光だけが、ほのかに相手の輪郭を認識させる程度だが、悪魔であるヒューゴの目には、はっきりとリヒトの表情が見えた。
「こんなことしたら、グロリア令嬢が素直に従わなくなるぞ」
「それこそ今更だ」
リヒトの頑なな態度に、ヒューゴも言い返せない。
グロリアの普段の態度が態度である以上、ヒューゴも庇えないのだ。
なにより、ヒューゴ自身、彼女を好ましいと感じたことがない。驚異的だが、一度もない。
ただしそれにはきちんとした理由がある。
グロリアは、リヒトの兄、セイゲルの許嫁だった。
である以上、幼い頃の彼女の、リヒトへの対応がどうだったか。
…説明するまでもない。
そして、グロリアはセイゲルが好きだった。その理由は、簡単。
セイゲルが、単純で、思慮が浅く、すぐ調子に乗るような―――――即ち、ひどく操りやすい人間だったからだ。
チェンバレン家は全力でセイゲルをサポートした。
結果、セイゲルはチェンバレン家の権力を自分のモノと勘違いした、ただの案山子になった。
だがセイゲルが追い込まれ、逆にリヒトが有力な皇太子候補となった頃。
チェンバレン家はセイゲルをサポートしつつも、密かにリヒトへすり寄ってきた。
一族揃って、権力の匂いには敏感なのだ。
そして、セイゲルが不名誉な死を遂げるなり、態度を一変、リヒトへ娘を差し出した。
リヒトにとっては、兄の婚約者だった女を、だ。
…そういう経緯の一族だからこそ、信用はできないが、利用できる部分もある。ゆえの、婚姻だった。
「リヒトのパートナーとして立つなら、俺としても本当はフィオナが…んん、皇妃殿下が一番なんだけどさ」
それでも皇后はグロリアだ。
ヒューゴの弱気に付け込むように、リヒトは強い口調で言った。
「とにかく今回、グロリアはやり過ぎた。少なくとも今日、僕はこれ以上彼女と共にいる気はない」
向けられたリヒトの黄金の目をじっと見返し、ヒューゴは肩から力を抜く。
これは、本気だ。
「ヒューゴが、宴の場へ僕を連れ戻したりすれば、その場でグロリアを処刑する」
「おいおいおい…」
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