陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・92 その場で処刑

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× × ×









「大丈夫だ、皇帝としての役目はすべてすんだ」



「夫としての役目はまだじゃないのか…?」

ホールを後にして随分進み、それでもリヒトが止まらないからどこへ行くのかと聞けば―――――もう部屋に戻るという返事。



ヒューゴから見れば、あり得ない。皇后と皇子はまだ、宴の場にいる。







皇帝は、パートナーの皇后を宴の初めに迎えに行ったはずだ。

となれば、帰りは宮殿まで送らなければならない。



放置して帰れば、後々逞しい妄想の混ざった噂になってしまう。







今から戻れば、まだ取り繕えるだろう。







本日の戦勝の宴、主役はリカルドであり、彼はまだホールに残っていたことは、視界の隅でで確認しているし、パートナーのシンディもいた。

皇帝が途中で退席しても問題はないだろうが。



皇帝のパートナーは皇后だ。それを放ったらかして、退席は、ナイ。



ゆえに、部屋へ戻ると告げたリヒトを、途中、人目がない時を見計らって、ヒューゴは空き部屋へ連れ込んだ。

使用しない衝立を、いっとき、おさめた部屋のようで、乱雑に並んだその隙間を縫って、リヒトを奥まで連れて行き、周囲に消音の魔法を張った。室内の、二人の周辺、一部にだけだ。



これは、外の音を聞こえなくするのではなく、中にいる者の声や立てる音を周囲に聴こえなくする魔法だ。





もちろん、ヒューゴとて、グロリアに思うところはある。

あそこまでされて何も思わない方がおかしい。



幸い、あの場でコトはおさまったものの、グロリアには、無用な騒動を起こした責任を取ってほしいところだ。



(それに、リヒトをグロリアのそばに置いておくのは不安でもあるし)





だがこのような形で放り出していくのは、女性を侮辱するようなものではないだろうか。

相手が何かしたにせよ、同じ形で返すのは、品性を問われる。





ヒューゴのような悪魔なら、目には目を、で返すのは当たり前だが、リヒトは皇帝だ。





果たして、リヒトは平然と答えた。

「グロリアとは話をつけてある」

そう言えば、先ほど二人は少し話をしていた、とヒューゴはぼんやり思い出す。



リヒトは投げ出すように付け加えた。

「以前から、僕とグロリアの不仲は取り上げられている。取り繕ったところでいまさらだ」





それに、リヒトが気を使ったところで、グロリアが後ろ足で砂をかけるのなら、うんざりするのも仕方がない。





ヒューゴもこれ以上は引き留めにくかった。

「それとも」



リヒトは挑戦的に言って、ヒューゴへ一歩踏み出す。









「また、説教をするか? 皇后を宴のパートナーにしろと言った時のように」





「………やっぱり、根に持ってるな」









ヒューゴが言えば、リヒトは鼻を鳴らす。

彼の高貴さは生まれ持ったものだが、今はそこに子供のように拗ねた表情が浮かんでいた。



室内に人がいると悟られないよう、部屋の明かりはつけていない。

外からの光だけが、ほのかに相手の輪郭を認識させる程度だが、悪魔であるヒューゴの目には、はっきりとリヒトの表情が見えた。



「こんなことしたら、グロリア令嬢が素直に従わなくなるぞ」

「それこそ今更だ」



リヒトの頑なな態度に、ヒューゴも言い返せない。



グロリアの普段の態度が態度である以上、ヒューゴも庇えないのだ。







なにより、ヒューゴ自身、彼女を好ましいと感じたことがない。驚異的だが、一度もない。







ただしそれにはきちんとした理由がある。











グロリアは、リヒトの兄、セイゲルの許嫁だった。

である以上、幼い頃の彼女の、リヒトへの対応がどうだったか。



…説明するまでもない。



そして、グロリアはセイゲルが好きだった。その理由は、簡単。

セイゲルが、単純で、思慮が浅く、すぐ調子に乗るような―――――即ち、ひどく操りやすい人間だったからだ。

チェンバレン家は全力でセイゲルをサポートした。



結果、セイゲルはチェンバレン家の権力を自分のモノと勘違いした、ただの案山子になった。



だがセイゲルが追い込まれ、逆にリヒトが有力な皇太子候補となった頃。

チェンバレン家はセイゲルをサポートしつつも、密かにリヒトへすり寄ってきた。

一族揃って、権力の匂いには敏感なのだ。



そして、セイゲルが不名誉な死を遂げるなり、態度を一変、リヒトへ娘を差し出した。



リヒトにとっては、兄の婚約者だった女を、だ。





…そういう経緯の一族だからこそ、信用はできないが、利用できる部分もある。ゆえの、婚姻だった。











「リヒトのパートナーとして立つなら、俺としても本当はフィオナが…んん、皇妃殿下が一番なんだけどさ」

それでも皇后はグロリアだ。



ヒューゴの弱気に付け込むように、リヒトは強い口調で言った。







「とにかく今回、グロリアはやり過ぎた。少なくとも今日、僕はこれ以上彼女と共にいる気はない」







向けられたリヒトの黄金の目をじっと見返し、ヒューゴは肩から力を抜く。

これは、本気だ。



「ヒューゴが、宴の場へ僕を連れ戻したりすれば、その場でグロリアを処刑する」





「おいおいおい…」











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