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幕・77 壮麗な、異形の美
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まさか、魔塔の魔法使いの中で、竜の攻撃を予測した者などいないだろう。
それでも、外敵に対する守護と攻撃手段は備えているはずだ。
思う端から、建造物の壁を、青い文字が鎖のように縦横無尽に走り、強固な結界を構築―――――上下左右から、ギャギャギャッ、と耳障りな鳴き声を上げながら、石でできた人造怪物が、魔竜に襲い掛かってくる。作り物であるからこそ、恐れも怯えもなく。
魔竜の形態のヒューゴより、よほど悪魔に近い姿。
なんにしろ。
ヒューゴにとって、石人形など羽虫同然。
だいたい、自身の肉体の大きさとて、実のところ、これでもまだ小さめに設定している方なのだ。
この魔塔と同程度の大きさにだって余裕でなれる。
そうしない理由は、巨大な肉体であれば、少し動いただけでも周囲に及ぼす影響が甚大になるからだ。
考えてみてほしい。
都会でビルの合間、怪獣が盛大にくしゃみをすればどうなるか。
どれだけの被害規模となるか、想像もつかない。
それはともかく。
ガシッ。
頑丈な魔塔の壁を、ヒューゴは足で蹴りつけ、さらに加速。
上へ、上へ、―――――さらに上へ。
壁に穴が開き、破片が塊で地上へ落ちていく。中にいた魔法使いが、驚愕に騒ぎ立てた。
すべてを置き去りに、ヒューゴは人造怪物の群れに鼻先から突っ込んだ。
それらは、ヒューゴに触れることもできず、粉砕。ヒューゴが身にまとった魔素の衣は強力だ。
人造物程度では、超えられない。
残る人造怪物を、結局その速さで振り切った魔竜に、雨のように火球が降り注いだ。
量に少し面食らう。だが、
(遅い)
魔竜は、涼しい顔ですり抜けた。
時折、その身体の周囲で、白い輝きが鋭く閃き、弾ける。星の瞬きのように。
目に染みるほど深い漆黒の鱗が、炎の光を反射しているのだ。
その様は、しなやかな肉体、流麗な動きと相まって、息を呑むほど美しい。
壮麗な、異形の美だ。
ヒューゴは、猛スピードで避けきった炎が、背後、追尾する気配を感じた。
が、やはり、追い付けない。
続く刃のような風雨も、凍り付くほどの冷気も、魔竜の身体にかすりもしなかった。
なんにしろ、これらの攻撃を放っているのはおそらく。
(魔塔の者)
ただし、先ほど、ヒューゴを縛ろうとした者たちの攻撃ではない。
彼らでは、ここまでできない。単純な実力不足、且つ魔力量を考えれば、この規模の連撃は不可能だ。
そして。
(この攻撃、人の意思を感じる)
どういう事かと言うと。
敵性反応に対し、自動的に迎撃するよう組まれた術式でなく、脅威に対して、自発的に連撃を繰り返している感じがするのだ。
攻撃を避けながら、ヒューゴはその魔力の源泉を探る。と、案の定。
魔塔という建物が魔力を増幅する一種の装置となり、ある一点に力が集約されていた。
そこに座すのはおそらく。
(―――――塔主)
では今回ヒューゴが見たことは、すべて魔塔ぐるみの仕業か? ならば、彼がやることは一つだ。
魔塔の技術と力の粋を凝らした一連の攻撃を華麗と言えるほど一方的に蹴散らし、無傷の翼を、気持ちのまま、思うさま一打ちしてしまったヒューゴは。
―――――ヒュボッ。
瞬く間に雲の上へ至った。内心、冷や汗をかく。
やばいやばい、と真下へ方向転換。
した、と思った時には。
魔塔の頂上は、もう目の前だった。
そこには、先ほどの、魔法使いたちがへたり込んでいる。そして、他に、二人ほど。
若い男だ。
その内の一人が、真っ先にヒューゴの目に入った。
(…なんだ、アイツ)
広い肩幅に、均整の取れた体躯を、いかにも貴族然とした品ある衣服に包み、王侯のような雰囲気を漂わせた青年が一人。
黒髪。
鉄色の瞳。
…褐色の肌。
はじめて見る相手のはずだ。
しかし、何かが引っかかった。
「魔竜よ」
呼びかけてくる声は、周囲によく響き、ヒューゴの耳にもちゃんと届く。
耳を傾けなければいけない、ふと、そんな心地にさせる声だ。
「魔塔を敵に回すつもりか」
悪魔の身体は、毒である。
地獄の大地でもなければ、腐って崩れ落ちてしまうだろう。
ヒューゴは慎重に自分の身を魔素の衣で覆い、魔塔の縁に両足で捕まりながら、青年の鉄色の瞳を覗き込んだ。
「違う」
相手が口にした共用語に合わせ、否定を口にしながら、ヒューゴは臆さず魔竜の身と向かい合うその青年に答えた。
「潰すつもりだ」
魔塔程度、ヒューゴには敵になどなり得ない。
気に食わないから、滅ぼす。
それだけだ。
ただの事実だったから、世間話のように穏やかに言い放つなり。
目の前で、凛然と立つ青年の姿に、何かが重なった。わずかにしかめられた彼の顔に、見覚えを確かに感じた刹那。
「―――――あ!」
いきなり、ヒューゴは頓狂な声を上げる。
「お前、あの時の御使いじゃないか!?」
それは、普段のヒューゴらしい口調で。
寸前までのあまりの雰囲気の落差にか、目の前の青年はたじろいだようだ。
構わず、ヒューゴは続けた。
「やっぱりそうだ! 地獄でボロボロにされてた…色は違うけど、あの時の御使いだ」
髪も目も肌も、すべて、あの時と色が違う。
だが、間違いない。
―――――魂の香りが同じだ。
確信に、ヒューゴは嬉しくなった。
「ちゃんと楽園に戻れたんだな? 生きてたのか、良かったなあぁ…」
絶対者としての厳格さを宿していた魔竜の濃紺の瞳が、一度瞬きするなり。
無数の星が煌めくかのようにキラキラとした輝きを宿し、かつての御使い―――――サイファの姿を、無邪気な嬉しさを隠さず見つめた。
立ち向かうように真っすぐ魔竜に向き合っていた彼は、毒気を抜かれた表情を浮かべる。
次いで、観念した様子でゆっくり目を閉じた。
腹の底から、ため息を一つ。
「…ああ、そういうことだったのか」
そして、納得せざるを得なかった。
サイファには、ずっと疑問だったことがある。
分からなかったのだ。
かつて醜い悪魔が、どういうつもりでサイファを楽園へ投げ返したのか。
だが、今の反応で分かった。
悪魔がサイファに何を望んだのか。
…信じ難いことに。
―――――ただ、サイファが生きることを彼は望んだのだ。
それでも、外敵に対する守護と攻撃手段は備えているはずだ。
思う端から、建造物の壁を、青い文字が鎖のように縦横無尽に走り、強固な結界を構築―――――上下左右から、ギャギャギャッ、と耳障りな鳴き声を上げながら、石でできた人造怪物が、魔竜に襲い掛かってくる。作り物であるからこそ、恐れも怯えもなく。
魔竜の形態のヒューゴより、よほど悪魔に近い姿。
なんにしろ。
ヒューゴにとって、石人形など羽虫同然。
だいたい、自身の肉体の大きさとて、実のところ、これでもまだ小さめに設定している方なのだ。
この魔塔と同程度の大きさにだって余裕でなれる。
そうしない理由は、巨大な肉体であれば、少し動いただけでも周囲に及ぼす影響が甚大になるからだ。
考えてみてほしい。
都会でビルの合間、怪獣が盛大にくしゃみをすればどうなるか。
どれだけの被害規模となるか、想像もつかない。
それはともかく。
ガシッ。
頑丈な魔塔の壁を、ヒューゴは足で蹴りつけ、さらに加速。
上へ、上へ、―――――さらに上へ。
壁に穴が開き、破片が塊で地上へ落ちていく。中にいた魔法使いが、驚愕に騒ぎ立てた。
すべてを置き去りに、ヒューゴは人造怪物の群れに鼻先から突っ込んだ。
それらは、ヒューゴに触れることもできず、粉砕。ヒューゴが身にまとった魔素の衣は強力だ。
人造物程度では、超えられない。
残る人造怪物を、結局その速さで振り切った魔竜に、雨のように火球が降り注いだ。
量に少し面食らう。だが、
(遅い)
魔竜は、涼しい顔ですり抜けた。
時折、その身体の周囲で、白い輝きが鋭く閃き、弾ける。星の瞬きのように。
目に染みるほど深い漆黒の鱗が、炎の光を反射しているのだ。
その様は、しなやかな肉体、流麗な動きと相まって、息を呑むほど美しい。
壮麗な、異形の美だ。
ヒューゴは、猛スピードで避けきった炎が、背後、追尾する気配を感じた。
が、やはり、追い付けない。
続く刃のような風雨も、凍り付くほどの冷気も、魔竜の身体にかすりもしなかった。
なんにしろ、これらの攻撃を放っているのはおそらく。
(魔塔の者)
ただし、先ほど、ヒューゴを縛ろうとした者たちの攻撃ではない。
彼らでは、ここまでできない。単純な実力不足、且つ魔力量を考えれば、この規模の連撃は不可能だ。
そして。
(この攻撃、人の意思を感じる)
どういう事かと言うと。
敵性反応に対し、自動的に迎撃するよう組まれた術式でなく、脅威に対して、自発的に連撃を繰り返している感じがするのだ。
攻撃を避けながら、ヒューゴはその魔力の源泉を探る。と、案の定。
魔塔という建物が魔力を増幅する一種の装置となり、ある一点に力が集約されていた。
そこに座すのはおそらく。
(―――――塔主)
では今回ヒューゴが見たことは、すべて魔塔ぐるみの仕業か? ならば、彼がやることは一つだ。
魔塔の技術と力の粋を凝らした一連の攻撃を華麗と言えるほど一方的に蹴散らし、無傷の翼を、気持ちのまま、思うさま一打ちしてしまったヒューゴは。
―――――ヒュボッ。
瞬く間に雲の上へ至った。内心、冷や汗をかく。
やばいやばい、と真下へ方向転換。
した、と思った時には。
魔塔の頂上は、もう目の前だった。
そこには、先ほどの、魔法使いたちがへたり込んでいる。そして、他に、二人ほど。
若い男だ。
その内の一人が、真っ先にヒューゴの目に入った。
(…なんだ、アイツ)
広い肩幅に、均整の取れた体躯を、いかにも貴族然とした品ある衣服に包み、王侯のような雰囲気を漂わせた青年が一人。
黒髪。
鉄色の瞳。
…褐色の肌。
はじめて見る相手のはずだ。
しかし、何かが引っかかった。
「魔竜よ」
呼びかけてくる声は、周囲によく響き、ヒューゴの耳にもちゃんと届く。
耳を傾けなければいけない、ふと、そんな心地にさせる声だ。
「魔塔を敵に回すつもりか」
悪魔の身体は、毒である。
地獄の大地でもなければ、腐って崩れ落ちてしまうだろう。
ヒューゴは慎重に自分の身を魔素の衣で覆い、魔塔の縁に両足で捕まりながら、青年の鉄色の瞳を覗き込んだ。
「違う」
相手が口にした共用語に合わせ、否定を口にしながら、ヒューゴは臆さず魔竜の身と向かい合うその青年に答えた。
「潰すつもりだ」
魔塔程度、ヒューゴには敵になどなり得ない。
気に食わないから、滅ぼす。
それだけだ。
ただの事実だったから、世間話のように穏やかに言い放つなり。
目の前で、凛然と立つ青年の姿に、何かが重なった。わずかにしかめられた彼の顔に、見覚えを確かに感じた刹那。
「―――――あ!」
いきなり、ヒューゴは頓狂な声を上げる。
「お前、あの時の御使いじゃないか!?」
それは、普段のヒューゴらしい口調で。
寸前までのあまりの雰囲気の落差にか、目の前の青年はたじろいだようだ。
構わず、ヒューゴは続けた。
「やっぱりそうだ! 地獄でボロボロにされてた…色は違うけど、あの時の御使いだ」
髪も目も肌も、すべて、あの時と色が違う。
だが、間違いない。
―――――魂の香りが同じだ。
確信に、ヒューゴは嬉しくなった。
「ちゃんと楽園に戻れたんだな? 生きてたのか、良かったなあぁ…」
絶対者としての厳格さを宿していた魔竜の濃紺の瞳が、一度瞬きするなり。
無数の星が煌めくかのようにキラキラとした輝きを宿し、かつての御使い―――――サイファの姿を、無邪気な嬉しさを隠さず見つめた。
立ち向かうように真っすぐ魔竜に向き合っていた彼は、毒気を抜かれた表情を浮かべる。
次いで、観念した様子でゆっくり目を閉じた。
腹の底から、ため息を一つ。
「…ああ、そういうことだったのか」
そして、納得せざるを得なかった。
サイファには、ずっと疑問だったことがある。
分からなかったのだ。
かつて醜い悪魔が、どういうつもりでサイファを楽園へ投げ返したのか。
だが、今の反応で分かった。
悪魔がサイファに何を望んだのか。
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