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幕・70 もしもの時の保険、別名悪ノリ
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× × ×
間近で見る側に回るとは思わなかった。それがヒューゴの正直な感想だ。
ツクヨミの<鉄槌>。
結界を把握する感覚が、少し薄れたことから、ツクヨミが起こされたことは察していたが。
―――――まさか、<鉄槌>を落とすとは。
皇宮の結界を構築するとき、内部の敵を駆逐する攻撃手段を入れようと提案したのは、ちょっとしたヒューゴの慎重さの現れだった。
もしもの場合の、保険だ。
別名を悪ノリという。
揺れる地面を感じながら、心の底から思う。…反省している。やり過ぎた。
―――――それは唐突だった。
騎士たちが速やかな撤退をはじめ、しばらくして。
日は暮れたが、晴れ渡った空の一角で、何かがぴかっと光った。直後。
―――――巨大な雷が闇をジグザグに引き裂き、過たず、地下牢から這い出してきた異形たちの真上に降った。
その時の轟音を、何に例えればいいのか。直後に改良の余地ありと思う。製作者として、これはない。
(音やばいって…っ)
ぎりぎりでそれに気づいたヒューゴは、退き、騎士棟前へ集合していた騎士たちの周辺に消音の結界を張った。間に合ってよかったと思う。
(ほんとに間に合った…よな?)
皆の鼓膜は大丈夫かと周りを見渡せば、頭や耳を押さえている人間はいない。
落雷に伴う相応の衝撃はあったようだが、誰にも致命傷がないのは、不幸中の幸いだ。
(騎士の大半が鼓膜の裂傷により戦闘不能なんてことになったら笑えない)
ようやく地揺れめいた衝撃が地面から去った後には―――――心臓を潰すまでもない。
焦げ跡すら残さず、異形の半分が消失していた。
ただ、アレでもおそらく、<鉄槌>の出力は最低だったはず。
瞬間的な無音状態に、何事かと周囲を見渡している幾人かの騎士の様子に、ヒューゴは結界を解いた。直後。
「―――――一帯の、魔力を封じます!」
可憐だが、凛とした声が飛んだ。刹那。
(…おー)
上等な薄布のように広がった神聖力に、ヒューゴは目を瞠った。
リヒトとは違い、どこまでも繊細だが、確かに『魔力封じ』の力が一帯に広がる。
リヒトの神聖力を知っている分、頼りないと感じてしまうが、敵の数は減った。
これなら問題あるまい。
聖女の到着だ。
彼女が、今回の宴に参席すると聞いて、正直ヒューゴは驚いた。なにせ、今回の宴は。
大きな戦争は半年前に終わっているが、各地の小競り合いは続いている、そのひとつが無事片付いた祝いの宴の席だ。
聖職者が、数多の命が失われる戦争の勝利を祝した席に参加するとは、あまり推奨される話ではないだろう。
それに。
―――――神殿の人間が来るのか? だったら俺は参席しない方がいいんじゃ。
―――――今回ばっかりはもう仕方ないよ。ヒューゴはリヒトから絶対離れないでね。
リヒトが強くヒューゴの参加を望み、いわば今回は、ヒューゴが騎士になったお披露目でもある。
知った上で、神殿側も参加するのだろうが。
―――――…じゃあできるだけ早めに俺は退散した方がいいよな。
そうするからな、と尋ねる口調で決定事項を告げたヒューゴに、リヒトは―――――無言だった。
嫌な予感がする。なんにせよ、そこはその場で何とかしのぐしかない。
ひとまず。
主従の儀式の後、騎士は今後仲間になる騎士たちの元へ向かい、祝辞を受ける、その形式を行うため、儀式の後にヒューゴは騎士棟へ来ていたわけだが。
このような事態になり、宴の参席が遅れることに、神殿の人間と顔を合わせる時間が少なくなっていいんじゃないかとすら考えていたのに。
(聖女サマが、結局、こっちに来るなんてな)
この後、宴に参席するのだ。
そのつもりでいることはいたのだが、戦闘の心躍る気配に、知らず、前へ出ていた。
服は汚さなかっただろうか。ふと不安になったが、もう後の祭りだ。
それでもこれ以上、前へ出るのは避けた方がいいだろう。
思いながら、一歩後退し、血のりを払って、剣を鞘へ納めた。
肉体の不死の源となる魔力が封じられたなら、理性なく、働かせる知恵もない異形の集団など、烏合の衆も同然だ。
後は一方的な殺戮になる。
騎士たちにとっては、気分の悪いことだろうが、仕事だ、仕方なかった。
それにしても。
(結界がある以上、外部からの侵入じゃない。エイダンの証言から察するに…)
ヒューゴは周囲を見渡す。
クライヴの姿は見えない。第一騎士団の騎士なら、幾人かいるようだが…。
(なんらかの薬物を摂取した捕虜の成れの果て、なんだろうが)
捕虜であったからこそ、異形たちはオリエス帝国の騎士を敵と見做しているだろう。そこは納得いくのだが。
(人間をあんな風に、異形へ変貌させる薬物が存在するなんて)
しかも、奇妙なことに、あれらからは悪魔の気配がするのだ。
服用した薬物には、悪魔の身体の一部が使われた可能性が高い。
それに、魔力の源が心臓に集まったということは、薬は主に血液に作用していたのではないか。
そんなものを作成できるとすれば、それはおそらく。
(―――――魔塔)
「ヒューゴさん、ヒューゴさん」
考え込むヒューゴの方へ、一人の騎士が走ってきた。第五騎士団所属の騎士だ。
戦場ではよく、斥候に走っていた青年である。目端が利き、はしっこい。
見れば、その手に、背負い籠を掴んでいる。
「見つけましたよ、これでしょう?」
背負い籠を示し、騎士は、ニカッと少年みたいな顔で笑った。
途中で投げ捨ててきたというエイダンの背負い籠を探してくれ、と伝えていた内の一人だ。
「お、ご苦労さん」
ヒューゴも笑い返す。
「きっとそれだな。よし、副将軍のところへ持って行ってくれ」
「はいっ」
エイダンが見たという薬包紙が入っていれば、何らかの手掛かりになるかもしれない。
副将軍のところにもっていけば、然るべき手段を取ってくれるだろう。
見渡せば、騎士たちの気持ちも、惑乱を通り過ぎ、あとは掃討のみ、という雰囲気になっている。
これなら、ヒューゴはもう、宴の席へ向かっても問題ない。
そう、思った矢先。
「きゃあぁ!」
思わぬほど近くで、少女の悲鳴が聴こえた。
面食らう。女でも、騎士ならこんな無防備な声は上げない。なら。
―――――聖女?
ぎょっと振り向けば。
清楚なドレス姿の聖女が、戦線近くにいた。
間近で見る側に回るとは思わなかった。それがヒューゴの正直な感想だ。
ツクヨミの<鉄槌>。
結界を把握する感覚が、少し薄れたことから、ツクヨミが起こされたことは察していたが。
―――――まさか、<鉄槌>を落とすとは。
皇宮の結界を構築するとき、内部の敵を駆逐する攻撃手段を入れようと提案したのは、ちょっとしたヒューゴの慎重さの現れだった。
もしもの場合の、保険だ。
別名を悪ノリという。
揺れる地面を感じながら、心の底から思う。…反省している。やり過ぎた。
―――――それは唐突だった。
騎士たちが速やかな撤退をはじめ、しばらくして。
日は暮れたが、晴れ渡った空の一角で、何かがぴかっと光った。直後。
―――――巨大な雷が闇をジグザグに引き裂き、過たず、地下牢から這い出してきた異形たちの真上に降った。
その時の轟音を、何に例えればいいのか。直後に改良の余地ありと思う。製作者として、これはない。
(音やばいって…っ)
ぎりぎりでそれに気づいたヒューゴは、退き、騎士棟前へ集合していた騎士たちの周辺に消音の結界を張った。間に合ってよかったと思う。
(ほんとに間に合った…よな?)
皆の鼓膜は大丈夫かと周りを見渡せば、頭や耳を押さえている人間はいない。
落雷に伴う相応の衝撃はあったようだが、誰にも致命傷がないのは、不幸中の幸いだ。
(騎士の大半が鼓膜の裂傷により戦闘不能なんてことになったら笑えない)
ようやく地揺れめいた衝撃が地面から去った後には―――――心臓を潰すまでもない。
焦げ跡すら残さず、異形の半分が消失していた。
ただ、アレでもおそらく、<鉄槌>の出力は最低だったはず。
瞬間的な無音状態に、何事かと周囲を見渡している幾人かの騎士の様子に、ヒューゴは結界を解いた。直後。
「―――――一帯の、魔力を封じます!」
可憐だが、凛とした声が飛んだ。刹那。
(…おー)
上等な薄布のように広がった神聖力に、ヒューゴは目を瞠った。
リヒトとは違い、どこまでも繊細だが、確かに『魔力封じ』の力が一帯に広がる。
リヒトの神聖力を知っている分、頼りないと感じてしまうが、敵の数は減った。
これなら問題あるまい。
聖女の到着だ。
彼女が、今回の宴に参席すると聞いて、正直ヒューゴは驚いた。なにせ、今回の宴は。
大きな戦争は半年前に終わっているが、各地の小競り合いは続いている、そのひとつが無事片付いた祝いの宴の席だ。
聖職者が、数多の命が失われる戦争の勝利を祝した席に参加するとは、あまり推奨される話ではないだろう。
それに。
―――――神殿の人間が来るのか? だったら俺は参席しない方がいいんじゃ。
―――――今回ばっかりはもう仕方ないよ。ヒューゴはリヒトから絶対離れないでね。
リヒトが強くヒューゴの参加を望み、いわば今回は、ヒューゴが騎士になったお披露目でもある。
知った上で、神殿側も参加するのだろうが。
―――――…じゃあできるだけ早めに俺は退散した方がいいよな。
そうするからな、と尋ねる口調で決定事項を告げたヒューゴに、リヒトは―――――無言だった。
嫌な予感がする。なんにせよ、そこはその場で何とかしのぐしかない。
ひとまず。
主従の儀式の後、騎士は今後仲間になる騎士たちの元へ向かい、祝辞を受ける、その形式を行うため、儀式の後にヒューゴは騎士棟へ来ていたわけだが。
このような事態になり、宴の参席が遅れることに、神殿の人間と顔を合わせる時間が少なくなっていいんじゃないかとすら考えていたのに。
(聖女サマが、結局、こっちに来るなんてな)
この後、宴に参席するのだ。
そのつもりでいることはいたのだが、戦闘の心躍る気配に、知らず、前へ出ていた。
服は汚さなかっただろうか。ふと不安になったが、もう後の祭りだ。
それでもこれ以上、前へ出るのは避けた方がいいだろう。
思いながら、一歩後退し、血のりを払って、剣を鞘へ納めた。
肉体の不死の源となる魔力が封じられたなら、理性なく、働かせる知恵もない異形の集団など、烏合の衆も同然だ。
後は一方的な殺戮になる。
騎士たちにとっては、気分の悪いことだろうが、仕事だ、仕方なかった。
それにしても。
(結界がある以上、外部からの侵入じゃない。エイダンの証言から察するに…)
ヒューゴは周囲を見渡す。
クライヴの姿は見えない。第一騎士団の騎士なら、幾人かいるようだが…。
(なんらかの薬物を摂取した捕虜の成れの果て、なんだろうが)
捕虜であったからこそ、異形たちはオリエス帝国の騎士を敵と見做しているだろう。そこは納得いくのだが。
(人間をあんな風に、異形へ変貌させる薬物が存在するなんて)
しかも、奇妙なことに、あれらからは悪魔の気配がするのだ。
服用した薬物には、悪魔の身体の一部が使われた可能性が高い。
それに、魔力の源が心臓に集まったということは、薬は主に血液に作用していたのではないか。
そんなものを作成できるとすれば、それはおそらく。
(―――――魔塔)
「ヒューゴさん、ヒューゴさん」
考え込むヒューゴの方へ、一人の騎士が走ってきた。第五騎士団所属の騎士だ。
戦場ではよく、斥候に走っていた青年である。目端が利き、はしっこい。
見れば、その手に、背負い籠を掴んでいる。
「見つけましたよ、これでしょう?」
背負い籠を示し、騎士は、ニカッと少年みたいな顔で笑った。
途中で投げ捨ててきたというエイダンの背負い籠を探してくれ、と伝えていた内の一人だ。
「お、ご苦労さん」
ヒューゴも笑い返す。
「きっとそれだな。よし、副将軍のところへ持って行ってくれ」
「はいっ」
エイダンが見たという薬包紙が入っていれば、何らかの手掛かりになるかもしれない。
副将軍のところにもっていけば、然るべき手段を取ってくれるだろう。
見渡せば、騎士たちの気持ちも、惑乱を通り過ぎ、あとは掃討のみ、という雰囲気になっている。
これなら、ヒューゴはもう、宴の席へ向かっても問題ない。
そう、思った矢先。
「きゃあぁ!」
思わぬほど近くで、少女の悲鳴が聴こえた。
面食らう。女でも、騎士ならこんな無防備な声は上げない。なら。
―――――聖女?
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