陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・25 退場の時間

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ゆらり、彼の身体が傾いだ、刹那。



微かな風だけを残し、ヒューゴの姿は、その場から消えていた。







―――――俺はここにいる。







その気配を隠しもせず、ヒューゴはフィオナの横を通り過ぎ、壁を駆け上がった。

地上から呆然と見上げる視線を背に受けながら、どこまでも飄然とした態度で。



途中、悪魔の目がヒューゴを捕らえる。

気配を隠していないのだ、当然だろう。



にい、と悪魔が牙を剥いて笑った。



ヒューゴ程度が相手なら、勝てると思っているのだろう。端から、悪魔はヒューゴを侮っていた。その場から動く気配はない。





(そう、それでいい)





ヒューゴは囮。

完全に、悪魔の意識は彼に向いていた。





リヒトは易々とその背後に立つ。その手が、自然と腰に佩いた剣に伸びた。





ばさり、と悪魔の蝙蝠の翼が打ち広げられる。おそらく。

(嬲るつもりだな)



誰の邪魔も入らない場所で、悪魔はゆっくりと、ヒューゴを嬲るつもりだ。



冷静に判断しながら、ヒューゴは宮殿の上へ飛び上がる。直後。















「退場の時間だ」





乾いた声と同時に、その衝撃は、来た。















―――――音もなく。



ヒューゴの目の前で、巨体の悪魔の片腕が、一瞬で灰になった。

それは、ディランを掴んでいた腕。



リヒトの剣が、空に弧を描いた。



神聖力が為せるわざだ。気付いていたヒューゴは寸前で、余波を避けたが。

悪魔にとっては、完全に予想外だったろう。











ヒューゴは『陛下の奴隷』。



捕縛し、奴隷とした寵愛する悪魔が消滅するかもしれない危うい行動を、皇帝が取るとは思っていなかったに違いない。ただそれは、











(リヒトを、舐めてるな)



とはいえ。

鼻先を過った神聖力が、避けられなければ確実にヒューゴ自身を仕留めていただろう予感に、背中を冷たい汗が濡らした。



流れるように跳ねた剣筋が、月光に濡れたようなひかりを放つと同時に。





切っ先が、水にでも沈むように容易く、悪魔の肉体を貫いた。―――――神速、である。





腕を切り落とし、肉体を貫くまで、瞬きの間もあったかどうか。しかも。

悪魔の表皮は固い。骨などさらに。



簡単にできることではなかった。



そこで、ようやく。

痛みが神経に届いたか、悪魔の苦鳴が、夜空に轟き地を揺らす。



怒号とも言えるそれを掻い潜り、ヒューゴは落ちるディランに腕を伸ばした。

その背をかろうじで、攫う。

腕の中へ包み込んだ。



ぎゅうと胸に抱きしめた。命のぬくもりを確認。無事だ。ほっと、安堵の息をこぼす。



当然だ、神聖力がオリエス帝国の皇子を傷つけるわけがない。

ただ、屋根から落下し、地面へ落ちれば、さすがに人間が無事で済むとは思えない。



それを防ぐための、ヒューゴだ。







どのタイミングが間違っていても、危険だった。







視界の隅で、悪魔が、胴震いする。

力づくで、リヒトを引き剝がしにかかった。



そのためか、神聖力を流し込むタイミングが、狂ったらしい。

リヒトは素早く剣を引き抜き、悪魔から離れた。



とはいえ、その成り行き全てが計算の内、と言わんばかりにリヒトは涼しい表情。

思わず、ヒューゴはモノ申したくなった。



悪魔の巨体を挟み、向こう側に立ったリヒトに、ヒューゴは、







「リヒト」

ディランの意識がないのをいいことに、告げる。



「次こんな綱渡りしようとしたら、一晩中、おしゃぶりしてやるからな」







ヒューゴは自分を親指で示し、視線をリヒトの下半身へ向けた。

一瞬、リヒトはその特徴的な黄金の瞳を瞬かせる。直後。



そこに、蔑むような冷たい光がよぎった。



だがヒューゴはそんなことでへこたれはしない。どころか、胸を張る。

淫靡な挑発を口にしたとは思えない、子供じみた態度に、リヒトはいささか毒気が抜けたようだが。



…こんな態度であっても、彼は忘れてなどいまい。









いつだったか、ヒューゴが眠っている最中に。

リヒトは悪戯を始めた。

ヒューゴのイチモツに指を絡め。



果ては、ざらざらの舌で舐め上げ、プリプリとした唇で扱き出したことが。



悪魔に睡眠は必要ないものの、眠ることが趣味のヒューゴは、基本的に簡単には起きない。

とはいえ、相手はリヒトである。

リヒトの動きには、さすがに眠っていてもヒューゴは敏感にならざるを得なかった。



半分寝ぼけたまま、それでも反射で、無意識にだろうと、リヒトを構う動きをする。

その時、ヒューゴがしたことと言えば。







リヒトの下半身を顔の方へ引き寄せた。

その上で、強制的に顔を跨がせ、勃起していた彼の性器を咥え込んだ。



所謂シックスナインの体位である。



半ば無意識で、ヒューゴの両手は、丸い尻を揉みしだき。

その上で、ヒューゴはちゅうちゅうと一晩中吸い上げた。リヒトの性器を。



出されたものは素直にごくごく飲んだ気がする。

それは、容赦ない拘束だった。

逃れようにも快楽に力が入らず、リヒトは一晩中身体を震わせ続けた。

当然、ヒューゴの陰茎を咥える余裕など、リヒトからはなくなった。



しかし、硬いそこにうっとりと頬擦りし続けた結果。





朝になれば、リヒトの美麗な面立ちが、悪魔の精液でねっとりと汚れていた。





慌てたヒューゴに、すべてをきれいに拭われるまで、酔ったような表情で目を潤ませ、頬を上気させたさまは、非常に扇情的だったが。



リヒトは罪悪感で居たたまれなかった。



その朝、ヒューゴは何重にも驚かされている。





目が覚めれば、すぐ目の前に、朝陽に白く輝く臀部があった。

その上、すべらかな内腿が顔を挟み、リヒトの、ヒクつく桃色の蕾が見せつけるようにさらされていたわけだ。









なんにしたって、いい子は絶対、真似してはいけない。悪魔でなければ死んでいる。



知っている悪魔たちの話だが、十年くらい、その体位でずっと動かなかった連中がいた。

別に、儀式とか勝負とかではない。単に、気持ちが良かったのだろう。



周りでどんなことが起ころうと、そのままだったのだから、相当だ。





相性が良かったのだろうが、それにしたって、それでいいのかお前らと何人が突っ込んだことか。





そして十年後。









あまりにも満たされたため、一方が自然と浄化された。

結果、人間だったなら目を覆わずにいられない状況はなくなったわけだが。









…思えば、セックスってすげえな、とヒューゴは感心する。

なにせ、悪魔を浄化したのだ。



床の技は惑わしの手段として使われるが、危険でもあるのだとヒューゴはあの時悟った。



しかも今のヒューゴの相手は、神聖力に満ちた皇帝、リヒトだ。

(そう言えば…)



一晩吸い上げた時もそうだったが、限界以上に欲望を吐きださせすぎると、つまり、ヒューゴがやり過ぎると、―――――リヒトからいい香りがするようになる時がある。瑞々しい果実のような、香り高い花のような。



高貴で気高いが、少し冷たいような、そんな香りだ。

そうなると、体液まで甘く感じ始める。







ただ、そこにまで至ると、なんだか本能的に危険が迫っている気がして、ヒューゴはすっと行為を止めてしまうのだが。







…いけない、話が逸れた。



なんにしたって、今は怒っている暇などない。

リヒトと共にいれば、この程度の危険は序の口だ。



ヒューゴは屋根を蹴る。

本格的なリヒトの追撃が始まる前に、場を離れる必要があった。









悪魔にとって、神聖力は危険である。



だが、…少し、遅かった。





















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