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幕・1 欲に満ちた会議室
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「では、閉会」
有無を言わさぬ強い口調。
その声だけで、人体を頭から一刀両断にしたような迫力があった。
放ったのは、青年。
感情の薄そうな黄金の瞳が、無感動に場を一瞥した。
黄金の双眸。それは、この国の、皇族の特徴だ。
艶のある漆黒の髪。白皙の肌。
それぞれがどうしても冷酷な印象を与えるのは、整いすぎたその顔に、表情がないからだ。
彼の名は、リヒト・オリエス。
神聖力が強く、神の子孫と呼ばれる皇族の中でも頭ひとつ飛び抜けた成果を歴史に刻んだ彼は、オリエス帝国の現皇帝だ。
御年23。
面立ちにはまだ、少年の面影が残っている。
だが、十代の頃とはけた違いの威厳が、年ばかり重ねた貴族たちに自然と頭を下げさせた。
血みどろの後継者争いを生き残った皇帝は、今や名実ともにこの帝国の主人だ。
反論の余地なく、筋書き通りに会議を進めた彼は、声をかける隙も残さず立ち上がる。
退室する彼のために、控えていた騎士が慌てて扉を開いた。
恭しく頭を下げる。その間を、他の何にも興味を示さず、皇帝は立ち去った。
深く頭を下げていた貴族たちが、彼の背中が消えるなり、脱力した風情で揃って椅子に腰を落とす。
何も知らない侍従やメイドたちは、ウチのトップは皆気が合うんだな、と思ういつもの光景だ。
貴族の彼らは、ようやく緊張が解けた、似たり寄ったりの表情で、
「いやはや、いつもながら、あの威圧は」
白髪頭の大臣が生え際の後退しだした額の汗をぬぐうのに、
「数ヶ月前まではほぼ毎日戦場におられたから、無理もありませんが」
同調ともフォローとも取れない中年太りの文官が、疲れた態度で腹を撫でる。
常から隙一つない彼らの皇帝は、一年の大半を戦場で過ごしていた。
だからこそ、隙がないとも言えるが。
そのように、戦争が続いた理由は。
一時、後継者争いから生じた内戦で不安定だった皇室と、その支配の弱体化のためだ。
好機と見て、周辺各国が良からぬ気を立て続けに起こすのは自然な流れだったろう。
ところが、それを逆手に取り、新皇帝リヒト・オリエスは周辺諸国を制圧。
武力を武力で、政治を政治で、瞬く間に平らげ、支配下に置いた。
そんなわけで今、領土が広がったオリエス帝国は戦争の後始末に追われている。
各々の、賠償問題、領地問題、褒章問題、etc…。
内政においても、貴族たちとの神経戦を、確実な根回しと、圧倒的カリスマで皇帝は制圧した。
これ以上彼に、否を唱えるものは命知らずなバカ者としか言いようがない。
腹の中はどうあれ、貴族たちは、全員が一丸となって後始末に取り組んでいる。
旗頭は皇帝で間違いないが、その懐刀たちも一筋縄ではいかない。
比較的若い貴族が、重い声で呟いた。
「次はノディエ宰相閣下がどのような難題を吹きかけてくるか、ですな…」
大きく頷いた近い席の貴族は、また別の名を囁く。
「パジェス将軍もどのように動かれることか」
双方とも、若い皇帝と同年代で、ここに集った貴族たちより、はっきりと年下だ。
だが彼らの顔には、若い者たちに使われることに対して、あまり悔しさと言った暗い影はない。
自分たちの国の前途は明るいのだ。
なに、今はうまくいかなくても諦めなければまた甘い蜜を吸える。
我が国は、確実に富むのだから。
誰かが、楽観的な声を上げた。
「なんにせよ、しばらく戦争はないでしょう、となれば」
相槌を打つように、含み笑いが返る。
「皇后陛下や皇妃様方…後宮が華やぎそうですな」
それぞれに、一人以上、皇帝が迎えた女性たちは既に子を産んでいた。
すべて、政治の関係である。
よって、貴族たちが注視するのは、皇帝の寵愛もさることながら、我が子を押す女性たちと彼女たちの実家を巻き込んだ権力争いだ。
「しかし陛下はご自身が苦労されたせいか…」
「ええ、身内の争いを毛嫌いなさっているように見受けられる」
「そのためでしょうか? 皇后陛下とは一段と不仲であられるとか…おっと」
皇室の噂話は、下手をすれば不敬罪で首が飛ぶ。
だが貴族たちの顔は、先ほどの会議の時より真剣で、楽しそうだ。
ひとつ問題が終われば、その次。
未だ帝国に平和は縁遠そうであった。
有無を言わさぬ強い口調。
その声だけで、人体を頭から一刀両断にしたような迫力があった。
放ったのは、青年。
感情の薄そうな黄金の瞳が、無感動に場を一瞥した。
黄金の双眸。それは、この国の、皇族の特徴だ。
艶のある漆黒の髪。白皙の肌。
それぞれがどうしても冷酷な印象を与えるのは、整いすぎたその顔に、表情がないからだ。
彼の名は、リヒト・オリエス。
神聖力が強く、神の子孫と呼ばれる皇族の中でも頭ひとつ飛び抜けた成果を歴史に刻んだ彼は、オリエス帝国の現皇帝だ。
御年23。
面立ちにはまだ、少年の面影が残っている。
だが、十代の頃とはけた違いの威厳が、年ばかり重ねた貴族たちに自然と頭を下げさせた。
血みどろの後継者争いを生き残った皇帝は、今や名実ともにこの帝国の主人だ。
反論の余地なく、筋書き通りに会議を進めた彼は、声をかける隙も残さず立ち上がる。
退室する彼のために、控えていた騎士が慌てて扉を開いた。
恭しく頭を下げる。その間を、他の何にも興味を示さず、皇帝は立ち去った。
深く頭を下げていた貴族たちが、彼の背中が消えるなり、脱力した風情で揃って椅子に腰を落とす。
何も知らない侍従やメイドたちは、ウチのトップは皆気が合うんだな、と思ういつもの光景だ。
貴族の彼らは、ようやく緊張が解けた、似たり寄ったりの表情で、
「いやはや、いつもながら、あの威圧は」
白髪頭の大臣が生え際の後退しだした額の汗をぬぐうのに、
「数ヶ月前まではほぼ毎日戦場におられたから、無理もありませんが」
同調ともフォローとも取れない中年太りの文官が、疲れた態度で腹を撫でる。
常から隙一つない彼らの皇帝は、一年の大半を戦場で過ごしていた。
だからこそ、隙がないとも言えるが。
そのように、戦争が続いた理由は。
一時、後継者争いから生じた内戦で不安定だった皇室と、その支配の弱体化のためだ。
好機と見て、周辺各国が良からぬ気を立て続けに起こすのは自然な流れだったろう。
ところが、それを逆手に取り、新皇帝リヒト・オリエスは周辺諸国を制圧。
武力を武力で、政治を政治で、瞬く間に平らげ、支配下に置いた。
そんなわけで今、領土が広がったオリエス帝国は戦争の後始末に追われている。
各々の、賠償問題、領地問題、褒章問題、etc…。
内政においても、貴族たちとの神経戦を、確実な根回しと、圧倒的カリスマで皇帝は制圧した。
これ以上彼に、否を唱えるものは命知らずなバカ者としか言いようがない。
腹の中はどうあれ、貴族たちは、全員が一丸となって後始末に取り組んでいる。
旗頭は皇帝で間違いないが、その懐刀たちも一筋縄ではいかない。
比較的若い貴族が、重い声で呟いた。
「次はノディエ宰相閣下がどのような難題を吹きかけてくるか、ですな…」
大きく頷いた近い席の貴族は、また別の名を囁く。
「パジェス将軍もどのように動かれることか」
双方とも、若い皇帝と同年代で、ここに集った貴族たちより、はっきりと年下だ。
だが彼らの顔には、若い者たちに使われることに対して、あまり悔しさと言った暗い影はない。
自分たちの国の前途は明るいのだ。
なに、今はうまくいかなくても諦めなければまた甘い蜜を吸える。
我が国は、確実に富むのだから。
誰かが、楽観的な声を上げた。
「なんにせよ、しばらく戦争はないでしょう、となれば」
相槌を打つように、含み笑いが返る。
「皇后陛下や皇妃様方…後宮が華やぎそうですな」
それぞれに、一人以上、皇帝が迎えた女性たちは既に子を産んでいた。
すべて、政治の関係である。
よって、貴族たちが注視するのは、皇帝の寵愛もさることながら、我が子を押す女性たちと彼女たちの実家を巻き込んだ権力争いだ。
「しかし陛下はご自身が苦労されたせいか…」
「ええ、身内の争いを毛嫌いなさっているように見受けられる」
「そのためでしょうか? 皇后陛下とは一段と不仲であられるとか…おっと」
皇室の噂話は、下手をすれば不敬罪で首が飛ぶ。
だが貴族たちの顔は、先ほどの会議の時より真剣で、楽しそうだ。
ひとつ問題が終われば、その次。
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