Another Dystopia

PIERO

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2032年8月 理不尽な引っ越し(上)

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アダムの頭部を完成させて数週間、俺は目の前の問題に対して何とか解決しなければと目の前の老人に交渉していた。

「あと数週間でいいんです!お願いします!」

「そうは言っても…私としても困るんですよ。わかってください弁田さん」

「この通り!土下座でも何でもしますので!」

「無理なものは無理です。むしろ、これでもかなり猶予を与えたんだが…近所の人が許さなくてね。悪いけど、荷物を纏めて部屋から出て行ってくれ」

 こうして、俺は家を失った。何故、こんなことになったのかは7月中旬にまで遡る。

 事が発覚したその日、俺はアダムと一緒に外出を終えた俺は最初に外出した時の問題点を解消しようと今日もソースコードを打ち込んでいた。あの時アダムと一緒に外出した時は電波が悪く、途中途切れ途切れになってしまう問題点があったからだ。こればかりはプログラムで何とかなる問題ではない。そこで中田と堀田にスマホの代用になる小型のカメラを作成することになった。
 二人が新しいカメラを開発している間、俺は新しいプログラムを開発しようとしてた。しかし、それは突如起きた。インターホンが鳴り響き、作業中の手を止め扉のレンズを見る。そこに立っていたのは俺が住んでいるマンションの大家さんであった。
 俺は扉を開け、大家さんに話しかけるとすぐに事務室に来てくれと言われたので俺は事務室に向かった。一体何の話なのかと軽い気持ちで事務室に向かうとそこで衝撃の事実を知らされる。

 曰く、部屋から色んな音が響きわたりご近所の苦情があるらしい。だが、その苦情をしてきたのはよく菓子折りなどや謝罪して回っているご近所ばかりであり、ある程度は目を瞑ってくれたと思っていた。

 しかし、大家さんの話を聞く限り開発に生じる音や俺自身が苦情の原因ではなく、堀田や中田がの行動が主な原因であった。中でも酷かったのが突如叫ぶ奇声や、近所に対して卑猥な視線で観察している男性がいる、挙句の果てにはその不審者をマンションに連れ込んでいるというものだ。

 一部誤解があるものの、大体が本当であったため、俺は何とか誤解を解こうとしたが、結局ご近所の団結力が強かったために追い出されることになってしまった。

 このことを既に嘉祥寺に相談したが、「我が戦友よ。新たな居住を手に入れるにはしばし時間がかかる」と言って三週間ほど連絡がこない。あの組織のこともあって最低限の荷物は準備していつでも引っ越しできる準備はできるようにはなったが肝心な家が決まっていない。そのために引っ越しができない状態が続いていた。

 そして現在、大家さんの宣告期限が迫り一週間以内に引っ越ししなければならなかった。

「何故某が呼ばれなければならないざんす?
引っ越しの手伝いなんてできないざんすよ?」

「堀田の言う通りだ。
それに俺様たちはあくまでエンジニアとして雇われているのであって、引っ越し業者じゃない」

「黙れ。誰の原因で俺が家から追い出されなきゃいけないと思っているんだ?」

 その言葉に中田と堀田は沈黙する。少々どころではなく怒髪天になってもおかしくない怒りを俺は溜め込み、嘉祥寺に連絡をする。しかし、不在着信の通知音ばかりスマホに流れ、俺のストレスは限界を超えようとした。

「あーくそ!全く仕方ないなんて誰が言うか!?
なんでこの馬鹿どもせいで家を追い出されなきゃいけないんだよ!」

 幼稚な八つ当たりと嘲笑ってもいい。それほどまでに今の自分の状況は無様である。しかし、問題は一切解決していない。このままでは怒りのあまり自我を失いようになったその時、スマホの着信音が鳴り響く。画面を見ると嘉祥寺からだった。

「もしもし!?」

『ずいぶん荒れているなベクター。
だが待たせたな。
戦友に相応しい居城を索敵していた分、時間がかかってしまった。
全ての支度が終えたらまた連絡を
「もうとっくに完了してるわ!てか、遅ぇよ!」
…そうか、流石我が戦友。
既にそこまで予知していたとは』

「とりあえず住所を教えろ。じゃないと引っ越しも何もできん」

『了解した。
ではまた後でな』

 電話が切れ、しばらくするとラインで俺の新しい家の住所が送られた。場所はここから若干遠いが、そこまでではない。だが、問題は部屋に置いてある家具や機材の運搬である。運転できる人物がいれば話は別だが、この場に運転できるものは一人もいない。

 俺が知っている仲だと唯一運転免許を持っている白橋だけだ。だが彼女は仕事中であり、呼び出すことはできない。できるだけ費用は削減したかったが仕方ない。掛かってしまうがやはり運搬業者を呼ぶことにする。

「弁田氏、某はもう帰っていいざます?」

「帰ってもいいが、私物は持ち帰れよ。今日中に持ち帰らなかったら全部捨てるからな。あと、持ち帰りたい機材とかがあったら持ち帰ってもいいが、ちゃんとこのリストに書いておけよ。後であれがないとかって騒がれると面倒だからな」

 俺は簡単なリストを堀田に渡し、近所の引越センターへ向かおうとする。たった一週間で仕事をしてくれるだろうかと不安を感じるが、出来なかったら最後の手段で親の力を借りることにする。そう決めた俺は早速新しい家を確認するため足を運ぼうと行動する。一瞬、ほんの気の迷い程度だったが、この二人も連れていくべきかと考えたが面倒ごとが発生するかもしれないと予感を感じて俺はこの家を後にした。



 新しい家は現在住んでいる新宿から少し離れた場所に存在する秋葉原の近くである。正確には上野と秋葉原の中間ぐらいだが。

 道中、嘉祥寺に連絡を済ませ、秋葉原駅で待ち合わせをする手筈になっていたが未だ姿を現さない。どこか寄り道をしているのか、あるいは電車が遅延しているのかと思い、もう一度連絡する。
 案の定、電話に出ることがなかった。今まで嘉祥寺が約束を破ることはなかったために少しだけ困惑するが、その感情は目の前の光景を見て呆れへと変わった。

「あいつ…何しているんだ?」

 十メートル先の建物から嘉祥寺がリュックを背負って階段から降りていた。そしてその扉の前で手を振っている人物はメイドだった。視線を変え俺はそのお店の看板を見る。謎の看板とその文字は横からだと読めなかったが、明らかにメイド喫茶の類であることが理解できた。
 そんなところを見られていると知らずに嘉祥寺はスキップしながら俺の前に現れた。

「待たせたな戦友!
さあ、貴様の新たな城へ向かうとしようか!
…どうしたさっきから我の顔ばかり見て?
何かついているのか?」

「嘉祥寺。お前、あのメイド喫茶に行っていたのか?」

「ほう、我が憩いの里を発見するとは。
あれは我が高校の時から通っていたメイド喫茶である。
学業という不要な束縛があったため、あの時は週に二回しか行けてなかった。
がしかし、今の我にその束縛はない。
故に毎日あの地に通っているのだ」

 ただの常連じゃん、という突っ込みを心の中にしまいこむ。確かに高校の時は嘉祥寺はやけに休日の付き合いが悪く一緒に遊ぶことが少なかった。当時は何かやっているのだろう程度しか考えなかったが、この幸せそうな表情を見て納得した。
 本当にどうでもいい長年の謎が解明したところで俺と嘉祥寺は新しい家へと向かっていった。
 線路沿いに歩くこと十五分ぐらいに新たな家があった。
 一見、八階建てのマンションだがつい最近建築が終わった後だったのか、傷一つない新築である。ここの一室をどうやって嘉祥寺のコミュニケーション能力で手に入れたのか謎だが、ありがたいことには変わりなかった。

「随分ときれいなマンションだな。ありがとうな嘉祥寺。
これで路上生活は何とか回避できそうだ」

「感謝など愚問だな。
だが、その念があるならばニューマンの完成を急いでほしい。
さて、早速だが居住区を決めるがいい」

「居住区?つまり住む場所だよな?
そうだな…って、俺の家ってどこだ?」

「どことはなんだ?
ここが戦友の家だぞ?」

 俺と嘉祥寺の会話がいまひとつ噛み合っていない。俺は会話を整理して言葉の意味を一つずつ解読する。嘉祥寺の言った居住区とはおそらく俺の住む場所のことだろう。そこまではいい。問題はそのあとの嘉祥寺の言葉だ。
 ここが戦友の家。嘉祥寺の言葉から察するにつまり…。

「嘉祥寺。まさかとは思うがこのマンション全部が俺の家なのか?」

「フフフ、察しがいいな我が戦友。
だが、流石に気付くか。
その通り、我が戦友はこれぐらいの居住区がなければ話にならないと思ってな。
故にこの居城を買った」

「阿保か!?こんな巨大なマンションを運営できるわけがないだろう!?
第一、金はどうするんだよ!?こんな無駄に広い土地とか払えないぞ!?」

「金の問題は心配するな。
そこは我が全面的に負担するからな。
それに我らの計画ではニューマンを大量に生産するならばそれに応じた居住区も必要だろう。
後、我もここに住むことにしたからよろしく頼む」

 嘉祥寺の言葉の一つ一つのスケールが大きすぎて理解ができなくなりそうだった。確かに嘉祥寺の言葉にはある程度の理解はできたが、誰にも相談しないでここまでのことをすると頭が痛くなる。
 興奮しすぎたせいか、あるいは多少頭に血が上ったせいか少しフラフラする。嘉祥寺に心配させるわけにはいかないため、何とかこらえてその場で深呼吸する。少しずつ落ち着きを取り戻し、改めて話に戻る。

「勝手にしろは言ったが、せめて一言ぐらい言ってくれ」

「言うわけないだろうベクター。
これはサプライズだ。
ならヴぁ、言わぬが花という奴よ」

「使う意味がまるで違うわ。
一応確認だが、俺はどこにでも住んでいいんだよな?」

「無論だ。
だが一階は神聖な客間故に人が住むことは許されぬ。
地下には駐車場や倉庫がある。
そこに住みたいというのであれば構わんが、おすすめはできん」

「住むわけないだろ…。
だけどせっかくだし、最上階の中でも一番いいところの部屋にするさ。案内してくれ」

 嘉祥寺は無駄なセリフを吐いた後、マンションの案内を始めた。扉を開けると目の前に広がった光景は先ほど嘉祥寺が言った通り客間がある。しかしその広さは尋常ではなくまるで一流のホテルのようだった。

「…………」

 ただ茫然とするしかなかった。床に敷き詰められた大理石のタイルは反射してまるで鏡のようだった。受付に飾られている花瓶も立派な花は素人の俺から見ても上物であることがわかる。外装から見ても立派なマンションだとは思っていたがまさかここまでとは想像すらしていなかった。いや、マンションは訂正するべきだ。この一流ホテルはもはや一等地の住人が住むレベルの代物だ。

「嘉祥寺。本当にこのホテルをどうやって手に入れたんだ?」

「手に入れたのではない。
購入したのだ。
高校に通っていたときから既に計画を立てていたのだ。
我が学生の頃から株やFXに手を出していたことは知っていただろう戦友よ」

「それは知ってる。だが、それを踏まえてもこれほど立派な建物を手に入れることがおかしいんだよ。なあ、本当にどうやって…」

 すると嘉祥寺は俺の唇に人差し指で軽く押さえる。嘉祥寺のルックスも相まって相手が女性ならばきっと変な感情が芽生えるに違いない。だが目は笑っておらず、真剣な眼差しで小声で呟く。

「弁田、悪いが手段は後で別室で話そう」

「理由は?」

「察してくれ。お前の命に係わることだ」

 真剣な嘉祥寺の態度に俺は頭を抱えて大きな溜息を吐く。ここまでお願いされたなら無理やり聞く必要はない。本題に戻ろうとしよう。

「わかった。それじゃあ、さっさと部屋に案内してくれ。そろそろ自宅に帰らない残したあいつらが次は何をやらかすかわかったもんじゃない」

「了解した。
では案内しようベクター。
確か最上階だったな。
ではついてこい」

 エレベーターに乗った俺は目的のフロアに向かうために最上階、八階のボタンを押す。しばらくして目的の階に到着すると足元には立派な絨毯が敷かれていた。いわゆるレッドカーペットという奴だろう。嘉祥寺はそれを気にせず堂々とホテル内を歩き俺も遅れて嘉祥寺の後を追う。しばらく歩くと先ほどのエレベーターと違った別のエレベーターがあった。

「珍しいな。わざわざ分けているのか?」

「これから上の階は一般人は入ることが許される禁断の領域。つまり、我々だけのフロアである。無論、ベクターはその領域に入る資格はある。さあ、このエデンに繋がる梯子へ乗りたまえ」

 そのエレベーターに乗るとボタンが三つあり、一つはこの八階を示すボタンともう一つ上の階であろう十階のボタン、そして最上階の十一階のボタンであった。何故九階が存在しないのか嘉祥寺に尋ねると、九階はまだ完成しておらず、予定ではニューマンのための娯楽施設を作成するつもりらしい。

 嘉祥寺は十階のボタンを押し、目的の階に降りる。そこで俺たちを待ち受けていたのは巨大なガラスだった。隙間一つなく、ちょっとやそっとでは罅一つ入らないであろう頑丈なガラスは頼もしく思えた。

「嘉祥寺。ここまで頑丈にする必要があるのか?」

「当然だ。
戦友ベクターは我が会社のブレインである。
故に、厳重に守って損はないだろう」

 嘉祥寺の言葉はありがたいが、少し過剰ではないかと思ってしまう。すると嘉祥寺は突然ガラスに手を当てた。しばらくしてガラスが青く光り扉が開いた。そのガラスを超えて歩くこと数十歩ようやく俺の部屋に辿り着いた。

「さて、部屋はこれからだぞベクター。
そして驚くがいい」

 期待を込めたそのセリフは自然と俺の気分を期待と高揚に満ちさせていた。
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