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第十四章 鬼ごっこ
14-2 教えて
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「貴様。何故ここにいる」
「あ――か、がね……まる、さん」
腕を引いてきたのは、怪訝そうに眉を寄せた朱金丸だった。思わず、ほぅと息を吐く。
「良かったぁ」
「なにが良かったんだ」
ますます顔を険しくする朱金丸に、美邑は「えっと」と言葉を探す。
「あたし、朱金丸さんを追いかけてたんですけど」
「俺を……?」
怪訝と言うよりは不思議そうに首を傾げる朱金丸に「はい」と頷く。
「そしたら、途中で見失っちゃうし。帰り道もどっちか分からなくなっちゃって。どうしようかなってところで」
「――何故、俺を探していた」
表情をふっと無に変え、朱金丸が訊いてきた。淡々とした声音も相まって、酷く冷たく感じられる。
「えっと……それは」
「共に来る、覚悟がついたか」
「それはっ」と、美邑は慌てて首を横に振った。
「全然違くてっ! むしろっ、やっぱり鬼になんて、成りたくないし。だから」
ちらりとも変わらない表情に、言葉が小さくなりかける。だが、唇をきゅっと一度引き結び、意を決して続ける。
「だから。教えてほしいんです。朱金丸さんの知っていること」
紅い瞳が、一瞬歪んだのは気のせいだろうか――朱金丸は表情のないまま、「前にも言ったが」と口を開いた。
「変化を止めることはできない。それは摂理だ」
「だからって、なにも分からないまま、鬼に成るのも、今の生活を諦めなきゃいけないのも、嫌です」
言いながら、美邑自身の心に、その言葉はすとんと降りた。
(そうだよ。そんな簡単に諦められるくらい、あたしのこれまでの十六年は、どうでも良いものじゃない)
だが、それを聞くなり朱金丸は、美邑の心を見透かしたかのように「本当か?」と訊ねてきた。
「そんなに諦められないようなものか? 友人たちには化け物と恐れられ、家族からは腫れ物のような扱いを受ける。そんな居場所が、本当に心地よいか?」
「そんなの……」
ぎくりと。身体が一瞬、強張るのか分かった。先程までの強気は、まるで尖端がひしゃげてしまったかのように、みるみる力を失っていく。
「そんなの……あなたには、関係ない」
「だが、図星だろう」
探していたはずの朱金丸から、気づけば一歩、もう一歩と、足が遠ざかっていた。ぐっと奥歯を噛み締め、無表情の相手を睨みつける。
「あなたに……あなたに、なにが分かるっていうのっ?」
「……おおよそは、分かっているはずだ」
言うなり、朱金丸はぷいと反対を向き、歩き出した。「ちょっと」と、美邑も慌ててその後を追う。
朱金丸の歩みに、迷いはなかった。同じに見える景色の中、ぐんぐん前へと進んでいく。
「要は、貴様が忘れていて、俺が知っていることを教わりたいのだろう」
振り返りもせずに、朱金丸が訊ねてくる。そう訊かれると、確かにその通りな気がして、美邑は「はい」と返事をした。
「きっと、そうなんだと思います。たぶん……」
「煮えきらん奴だ」
きっぱりと言い切られ、さすがにムッとする。だが、なんと言い返したら良いものか。
悩んでいるうちに、さっと視界が開けた。同時に、朱金丸の歩みが止まる。
そこは、まるで舞台かなにかのようだった。生い茂る木々もそこには生えず、丈の短い草に覆われて小高い丘のようになっている。中央には慎ましく、なにやら植物が一株植わっている。
とくりと、心臓が鳴る。
(あたし……知ってる)
なにかが違うが、確かにこの景色を、美邑は知っているはずだった。来たことも、ないのに。
――眠り塚。
理玖が言っていた、本殿代わりの神域。かつて神として崇められていた、蛇鬼の眠る場所。おそらく、ここがそのはずだ。そう、美邑は知っている。
「あたし……」
「貴様は、ここに来たことはない」
美邑の心を見透かしているかのように、朱金丸は言った。じっと、美邑の顔を見つめながら。
「貴様が行ったのはここではなく、ここの『裏側』だ」
「うら、がわ?」
ゆっくりと首を傾げると、朱金丸が一つ、息を吐いた。飲み込みが悪い、とでも美邑のことを考えての溜め息かと邪推するが、表情を見るにそうではなく――深く、肺を空にするためのような、深呼吸のような息だった。
「……この神社に奉られた神鏡。そこに封じられた世界は、ほとんどこの世界と変わらない。『裏側』とでも言うべきものだ」
なんと返したら良いか分からす、美邑は黙って聞いていた。
「かつてこの地を護っていた、ヒトならざるモノたちは、この神社の神主との約定により、神鏡の中に封じられた」
「それは……聞きました。ちょっとだけ、ですけど」
「なら、話は早い」
頷き、朱金丸は続ける。
「十年ほど前。その『裏側』の世界に、貴様は迷い込んだ」
きっぱりと告げられた言葉に、美邑はどきりとした。「神隠し」という単語が、脳裏に浮かぶ。
だが、朱金丸はそれ自体は大したことでもないように、話を続けた。先程よりも、ずっと深刻な色を浮かべて。
「そして、『裏側』にあるこの眠り塚で、貴様は食ったのだ」
その声は、酷く淡々として美邑には聞こえた。
「鬼へと変ずる、カガチの実を」
「あ――か、がね……まる、さん」
腕を引いてきたのは、怪訝そうに眉を寄せた朱金丸だった。思わず、ほぅと息を吐く。
「良かったぁ」
「なにが良かったんだ」
ますます顔を険しくする朱金丸に、美邑は「えっと」と言葉を探す。
「あたし、朱金丸さんを追いかけてたんですけど」
「俺を……?」
怪訝と言うよりは不思議そうに首を傾げる朱金丸に「はい」と頷く。
「そしたら、途中で見失っちゃうし。帰り道もどっちか分からなくなっちゃって。どうしようかなってところで」
「――何故、俺を探していた」
表情をふっと無に変え、朱金丸が訊いてきた。淡々とした声音も相まって、酷く冷たく感じられる。
「えっと……それは」
「共に来る、覚悟がついたか」
「それはっ」と、美邑は慌てて首を横に振った。
「全然違くてっ! むしろっ、やっぱり鬼になんて、成りたくないし。だから」
ちらりとも変わらない表情に、言葉が小さくなりかける。だが、唇をきゅっと一度引き結び、意を決して続ける。
「だから。教えてほしいんです。朱金丸さんの知っていること」
紅い瞳が、一瞬歪んだのは気のせいだろうか――朱金丸は表情のないまま、「前にも言ったが」と口を開いた。
「変化を止めることはできない。それは摂理だ」
「だからって、なにも分からないまま、鬼に成るのも、今の生活を諦めなきゃいけないのも、嫌です」
言いながら、美邑自身の心に、その言葉はすとんと降りた。
(そうだよ。そんな簡単に諦められるくらい、あたしのこれまでの十六年は、どうでも良いものじゃない)
だが、それを聞くなり朱金丸は、美邑の心を見透かしたかのように「本当か?」と訊ねてきた。
「そんなに諦められないようなものか? 友人たちには化け物と恐れられ、家族からは腫れ物のような扱いを受ける。そんな居場所が、本当に心地よいか?」
「そんなの……」
ぎくりと。身体が一瞬、強張るのか分かった。先程までの強気は、まるで尖端がひしゃげてしまったかのように、みるみる力を失っていく。
「そんなの……あなたには、関係ない」
「だが、図星だろう」
探していたはずの朱金丸から、気づけば一歩、もう一歩と、足が遠ざかっていた。ぐっと奥歯を噛み締め、無表情の相手を睨みつける。
「あなたに……あなたに、なにが分かるっていうのっ?」
「……おおよそは、分かっているはずだ」
言うなり、朱金丸はぷいと反対を向き、歩き出した。「ちょっと」と、美邑も慌ててその後を追う。
朱金丸の歩みに、迷いはなかった。同じに見える景色の中、ぐんぐん前へと進んでいく。
「要は、貴様が忘れていて、俺が知っていることを教わりたいのだろう」
振り返りもせずに、朱金丸が訊ねてくる。そう訊かれると、確かにその通りな気がして、美邑は「はい」と返事をした。
「きっと、そうなんだと思います。たぶん……」
「煮えきらん奴だ」
きっぱりと言い切られ、さすがにムッとする。だが、なんと言い返したら良いものか。
悩んでいるうちに、さっと視界が開けた。同時に、朱金丸の歩みが止まる。
そこは、まるで舞台かなにかのようだった。生い茂る木々もそこには生えず、丈の短い草に覆われて小高い丘のようになっている。中央には慎ましく、なにやら植物が一株植わっている。
とくりと、心臓が鳴る。
(あたし……知ってる)
なにかが違うが、確かにこの景色を、美邑は知っているはずだった。来たことも、ないのに。
――眠り塚。
理玖が言っていた、本殿代わりの神域。かつて神として崇められていた、蛇鬼の眠る場所。おそらく、ここがそのはずだ。そう、美邑は知っている。
「あたし……」
「貴様は、ここに来たことはない」
美邑の心を見透かしているかのように、朱金丸は言った。じっと、美邑の顔を見つめながら。
「貴様が行ったのはここではなく、ここの『裏側』だ」
「うら、がわ?」
ゆっくりと首を傾げると、朱金丸が一つ、息を吐いた。飲み込みが悪い、とでも美邑のことを考えての溜め息かと邪推するが、表情を見るにそうではなく――深く、肺を空にするためのような、深呼吸のような息だった。
「……この神社に奉られた神鏡。そこに封じられた世界は、ほとんどこの世界と変わらない。『裏側』とでも言うべきものだ」
なんと返したら良いか分からす、美邑は黙って聞いていた。
「かつてこの地を護っていた、ヒトならざるモノたちは、この神社の神主との約定により、神鏡の中に封じられた」
「それは……聞きました。ちょっとだけ、ですけど」
「なら、話は早い」
頷き、朱金丸は続ける。
「十年ほど前。その『裏側』の世界に、貴様は迷い込んだ」
きっぱりと告げられた言葉に、美邑はどきりとした。「神隠し」という単語が、脳裏に浮かぶ。
だが、朱金丸はそれ自体は大したことでもないように、話を続けた。先程よりも、ずっと深刻な色を浮かべて。
「そして、『裏側』にあるこの眠り塚で、貴様は食ったのだ」
その声は、酷く淡々として美邑には聞こえた。
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