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86話 アメリア降伏
しおりを挟むコロンビア特別区現地時間 1943年11月14日 17:00
日本軍は全ての州を制圧、一部の州では占領統治中であり、残す地域はコロンビア特別区(ワシントンD.C.)のみであった。
日本軍進攻部隊はアメリア政府に対して降伏勧告を出すため、全軍の進攻を特別区との境界手前1kmの地点で一旦停止していた。
「師団長、本当にアメリアが降伏すると思いますか?」
「ルーズベルトが生きている限りは、多分無理だろうな」
日本国市ヶ谷地区 国防総省総理執務室内
コロンビア特別区を取り囲んでいる前線部隊から、国防総省にいる総理大臣に降伏勧告の要請が来ていたため、中破はその要請に応じアメリア政府に対して形式上の降伏勧告を行っていた。
中破は中央指揮所前方スクリーンに映っている現場の状況を見ながら、隣にいる斉藤博士に話し掛けていた。
「斉藤博士、多分降伏勧告には応じないだろうな」
「ハイ、そのようですね」
「博士はどうしたら良いと思う?」
「以前、お話ししたアレを使わざるを得ませんね」
「あの新型爆弾を使うのか?」
中破のいう新型爆弾とは『サーモバリック爆弾』であり、この世界は核爆弾は存在せず、世界最強の爆弾と言えた。
「特別区内を無差別空爆するのも一つの手ですが、象徴的な建物を爆撃目標として空爆した方が効果があると思います」
「その爆撃目標は何か?」
「それは『アメリア合州国議会議事堂』ですね」
「ホワイトハウスを先に空爆した方が早いのでは?」
「いえ、議事堂という民主主義政治の象徴的存在を破壊した方が、国民に与えるインパクトが強いですし、ホワイトハウスは最終空爆目標ですから」
「分かった。それでは議事堂空爆作戦を進めてくれ」
「了解!直ちに取り掛かります」
斉藤は、バンクーバー駐留空軍基地に待機中のC-2改に空爆指令を出した。
C-2には、降伏勧告以外に最終局面で使用する予定のサーモバリック爆弾を事前に搭載しており、軍上層部からの命令が来れば何時でも離陸出来る態勢を取っていた。
「総理、現地時間の翌日6:00に爆弾投下予定になります」
「そうか、それと空爆と並行して例の作業を行っているが、おそらく空爆後に効果があるだろうな」
「例の作業とは情報省のアレですか?」
「うむ、上手く行けば我々の手を汚さずに済むか」
「そうですね。アレの前に降参してくれれば良いのですが」
翌日の15日6:00、C-2改に搭載されたサーモバリック爆弾はGPS誘導装置により、ピンポイントで議会議事堂に落下して、同議事堂の建物はおろか周囲150mのモノは爆風により一切のモノが地表から消えていた。
また、その爆弾が引き起こす衝撃波は議事堂から約2km離れていたホワイトハウスの窓ガラスを粉々に吹き飛ばしていた。
爆弾の衝撃波により、窓ガラスが粉々に壊れたホワイトハウスの住民であるルーズベルト大統領はまだ夢の中であったが、その音と振動で目が覚めてベッドから急ぎ車椅子に移り、ガラスが割れた窓から音がした南東方向を眺めると、そこにはキノコ状の雲が天高く昇っていく様子がルーズベルトの眼に映っていたのだった。
「ああ!一体何が起きたのだ?」
ハウス内には既に執事や側近の者が起床していたため、衝撃音がした後、即座に執事が大統領の安否を確認しに大統領の寝室にやって来た。
「大統領!大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だ。それより外を見たい」
「ハッ!直ちに」
執事はルーズベルトが乗っている車椅子を押して、テラスにルーズベルトを運ぶと、ルーズベルトは先程ベッドルームから見えた南東方向のキノコ雲が徐々に消えつつあり、視界がハッキリするにつれて議会議事堂があった地点には建物の姿が消えていた。
「セバスチャン!議事堂が無いぞ。一体どういうことなのだ?」
「それは私にも分かりかねます」
ホワイトハウスに陸軍長官が駆け付けたのは、ルーズベルトがテラスに出てから数分後であった。
「大統領、ご無事で」
「おお、長官。ワシは大丈夫だ。それより何が起きたか事態の把握に努めて欲しい」
「了解です、直ちに陸軍省に向かいます」
「セバスチャン、直ちに閣僚をホワイトハウスに呼び出してくれ」
「ハイ、直ちに」
ルーズベルトは執事のセバスチャンに閣僚を緊急呼出要請をするように命じ、セバスチャンはその指示に従いテラスから1階の電話交換室に向かった。
「ダダーン!」
「・・・」
「ダダダダ!ダーン!誰だ?ギャ!ダーン!」
「どうした?何で銃声が?一体何があった?セバス?いるのか?
誰か、ちょっと見てきてくれないか」
「分かりました、大統領。お前ら2人は残れ」
シークレットサービスのチーフは手下2人を連れてテラスから出て、ハウス内の様子見に向かった。
「ドドーン!」
外の様子を見に行ったシークレットサービスのチーフを含めた3人はテラスから廊下に出て間もなく手榴弾の爆風に巻き込まれて全員死亡していた。
「おい、大統領を守るぞ!」
テラス室のドアが手榴弾で爆破されたため、大統領の側近にいたシークレットサービスの2人はドア付近まで歩み寄り、1人は侵入者撃退のために出入口へ銃を向け何時でも撃てるよう拳銃を構えていた。
そして、もう1人は大統領を守るために出入口から少し離れて、大統領が乗る車椅子が隠れるように盾になる形で出入口に立ち塞がっていた。
「ダダ、ダダ、ダダダ!」
自動小銃の連続した銃声が聞こえたかと思うと、出入口を仁王立ちで立ち塞ぐように拳銃を構えていたシークレットサービスの1人が、拳銃を発射する前に自動小銃が繰り出す連続した弾丸の威力に耐えられず、ほぼ一瞬でその場に倒れ込んでいた。
次に大統領を覆う形で守っていたもう1人は、出入口から侵入してきた覆面を被った者の胴体に向けて拳銃を1発放ったが、どうやらその者は防弾ベストを装着しており、一瞬腹部が押され身体が少し揺らいだが、ほぼ変わらぬ様子で自動小銃の銃口を守っていた1人に向けて引き金を引いた。
「ダダ、ダダダ!」
覆面の侵入者が放った自動小銃の弾丸4、5発は最後の大統領ボディガードであるシークレットサービスの身体に当たり、一瞬で倒れ込み即死状態であった。
覆面の侵入者は全身黒装束に身を固め、全ての邪魔者がいないことを確認して車椅子に座っている大統領に近づいて行った。
「誰だお前は?」
その黒装束の覆面侵入者は大統領からの質問を受け、覆面を外して大統領に向けて語り始めた。
「ファ、ファ、ファ!お久しぶりです。大統~領!」
「き、貴様はクビにしたハル、コンラッド・ハル元国務長官じゃないか!」
「そのとおりです。私の人生を滅茶苦茶にしてくれたこの恨みを今日は晴らしに来ましたよ」
「その自動小銃でワシを撃つのか?誰かいるか?おーい!セバスチャン?」
「あの執事は真っ先にあの世へ行ってもらいましたよ。
それと、お付きのボディーガード3人は手榴弾で吹き飛びましたね。
それから、確か家族はキャンプデービッドに避難していて無事でしたか。
あ、私は女性と子供をあえて傷付けるような真似はしませんから、安心して下さい。今この場所にはルーズベルト大統領と私だけです。
覚悟は良いですか?大統領」
「はぁ?覚悟も何も無能なお前に殺される筋合いは無い。
日本軍に撃たれるか、捕らえられて軍事裁判で縛り首されるならば話になるが、大体お前にワシを殺す資格なぞ無い!」
「否、ありますね。貴男は散々私を使って日本を戦争に導くよう命令し、私が失策を犯すと全ての責任を私に押し付けてクビにし、その後は精神病院に幽閉する始末でした。
私は貴男と出会う前はエリート官僚で、人生も順風満帆でした。
だが、それも貴男に全て破壊された。否、破壊されたのは私だけで無い。
アメリアを攻撃しているのは日本ですが、国民の人生を破壊したのは大統領である貴男だ。
貴男が勝てると思い込んだこの戦争で、アメリアは初めて敗戦の屈辱を味わうと共に列強の干渉を受け、この国家がバラバラになるでしょう。
その国民の恨みを私が代わって晴らします。大統領、死んで下さい!」
「い、嫌だ!撃つのを止めろ!」
ルーズベルトの叫びは無駄な抵抗ともいえた。
ハルが思いの全てを言葉にしてルーズベルトにぶつけると同時に、自動小銃の銃口を彼の額に狙いを付け、一気に引き金を引いたところ、自動小銃から発射された弾丸は大統領に額の中心を貫いて、撃たれた反動で後ろに車椅子ごと倒れ込んだが、額から一気に血が噴き出していたものの、まだ身体は反射的にピクピクと動いていた。
ハルは残った弾丸を仰向けになった身体に目掛けて自動小銃の残弾の十数発を全て撃ち込み、その行動は自分の恨みを全てぶち込んでいるように思えた。
その後、弾丸を全て撃ち尽くし自分の恨みをルーズベルトにぶち当てたことで、ハルの心が晴れてスッキリしたのか、天を仰いで微笑みながら懐に入れていた拳銃の銃口を自分の頭に当てて引き金を引いて自殺した。
このやり取りは1、2分のほんの短い間であったが、議事堂に向かっていた副大統領のトルーマンは、ホワイトハウス方向から十数発の銃声が聞こえ、嫌な予感がしたため、急遽反転してホワイトハウスに戻った。
トルーマンはホワイトハウス内に入ると、シークレットサービスの殆どの者はスタンガンで失神されて倒れ込んでいた。
そのまま2階に進むと銃に撃たれている者が多くなり、殆どの者が死亡、若しくは瀕死の重体であった。
さらに廊下には何人か倒れており、テラス室のドアが吹き飛んでおり、急ぎテラス内に入ると、倒れた車椅子とその脇にルーズベルトが仰向けになって額の中央を撃ち抜かれていた。
「うう、大統領。多分死んでいるかも知れないが医者を呼んでくれ。大至急!」
トルーマンは、自分と一緒に行動していた別のシークレットサービス2名に医者を呼ぶよう指示を出し、その2人は急いでテラスを飛び出した。
1分もしないうちに2人はホワイトハウス付の医者を連れて来た。
医師はこの騒ぎで地下室に隠れていて無事だったらしい。
「医者を連れて来ました!」
シークレットサービスの2人はホワイトハウス付の医師を連れて来て、早速医師は倒れていた大統領を診た。
「既にお亡くなりになっています」
さらに大統領の近くに倒れていた男を診ていたが、大統領と同様に死亡状態であり、医師はその男の顔に気付いてトルーマンに問い合わせた。
「コレはもしかしてハル元国務長官ですか?」
トルーマンは医師からの質問で、犯人らしき男の顔を再確認すると、一昨年に日本との交渉で失脚したコンラッド・ハル元国務長官だと気付いた。
「(そうか、アンタが大統領を手に掛けたのか。アンタは相当大統領を恨んでいたよな。)」
トルーマンは独り言を呟きながら、別な意味で倒れていた彼に同情の念を抱いていた。
因みにこのハル元長官は、と或る精神病院に入院中であったものの、入院中は日本国情報省諜報部隊の手によって洗脳されていた。否、洗脳というよりも元々あった残虐性の感情を増幅させられていたと言う言葉が適切だろう。
というのも、ハル元長官が入院した当初は、自分の罪悪感と挫折感の塊に他ならない状態であった。
その後、医師と看護師に扮した情報省諜報部隊の懸命な治療(洗脳)の成果により大統領への恨みを増幅させ、さらに恨みを晴らすための戦闘訓練に励み、ヘタな特殊部隊兵士より数段優れた殺人鬼に仕上がっていた。
情報省は密かに彼に手榴弾や自動小銃、拳銃、サバイバルナイフ等の大統領を暗殺を行うことが出来るだけの武器を供給していた。
だが、いくら戦闘能力が優れた殺人鬼とて、ホワイトハウス周辺に約千人の制服シークレットサービスが取り囲むように警備し、ハウス内には常時500人前後の黒背広の私服警護員がいて、まともに1人が正面から侵入することは不可能に近かった。
そこで、情報省諜報部隊はステルスヘリを使用し、光学迷彩機能を働かせながらハウス中庭に着陸し、諜報部隊十数名と戦闘ロイドはハウス内までハル元長官を護衛しながら確実に大統領の元へ送り届けていた。
部隊員は光学迷彩を働かせているため、ハウス内にいる背広警護員に気付かれずに侵入し、仮に警護員に気付かれたとしてもスタンガン等で瞬時に気絶させる等の無力化して、元長官はポンチョタイプの光学迷彩機能カバーを部隊員から被せられ、部隊員と同様に見えない状態で行動していた。
元長官は、部隊員に2階まで送り届けられるとポンチョカバーが外されたため、周囲にいた警護員に気付かれると同時に手当たり次第手榴弾や自動小銃を使用して邪魔者を蹴散らしてテラス室まで辿り着き、大統領の暗殺に成功したわけである。
勿論、諜報部隊は気付かれることなく、大統領死亡を確認してステルスヘリでホワイトハウスから立ち去っていた。
数分後、ホワイトハウスには大統領の閣僚が緊急招集によって集まって来たもののホワイトハウスの惨状に驚き、大統領の安否を確認のために急いで中に入り、大統領は2階の寝室に横たわって顔に布が掛けられていた。
「誰ですか?犯人は?」
陸軍長官は副大統領に問い合わせたところ、トルーマンはテラスに倒れている武装していた男を指差しながら、男の名前を語った。
「そこに倒れているコンラッド・ハル元国務長官だ」
「分かりました。この緊急時に対応するため、ルーズベルト大統領の代理として副大統領の貴男を臨時大統領に任命します。
コレは大統領権限継承順位の規定事項であります」
「分かった、謹んで大統領の任に就こう」
「早速ですが、この後の指示を願います」
「分かった、次は、、、、、、」
臨時大統領になったトルーマンは、閣僚達に次のことを指示していた。
・コンラッド・ハル元長官によるルーズベルト大統領暗殺事件により、大統領死亡の国民への発表。
・大統領死亡により、トルーマン副大統領が臨時大統領に就任。
・日本国に対しアメリア合州国の無条件降伏の受け入れ。
「(ふふっ。やっとあの人からの呪縛から逃れることが出来たが、さて、私は何処まで戦争責任を取らされるかな?)」
トルーマンはルーズベルトからの解放による喜びと同時に、日本側による戦争責任の追及について当人は半ば諦めの心情で既に覚悟が出来ていた。
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