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36話 日英交渉 その2
しおりを挟むその日の午後4時 空港格納庫にて
格納庫内では、技術、整備スタッフ達は既に覚醒状態で、玲美からの指示を色々と受けていた。
今回、英国側のパイロットの手配が付かなかったため、C-2の副操縦士がF-1をテスト飛行させることとなった。
このテスト飛行前に、格納庫内に現れたのはエトレーヌ王女とチャールズ首相以下、英国軍幹部一行であった。
王女以下彼等は、格納庫内にあったC-2を見るなり、全員がその大きさに驚いていた。
「日本にはこれより大きい飛行機があるのですか?」
「ハイ、殿下。そうですね、これより二回りも大きいモノもありますよ」
「そ、そうですか?それは凄いことです。
それより、アレですか?あの鋭く尖った飛行機が戦闘機なのですか?」
「ハイ、そのとおりです。今からテスト飛行しますので、殿下は滑走路へ移動を願います」
滑走路に移動したF-1は既にエンジンが既に暖まっており、いつでも飛行可能な状況であった。
F-1に搭乗したパイロットは、三木の合図で離陸を開始した。
キ-ンという甲高いタービン音と、ボォーという重低音が複雑に融合して、それと劈くような爆音が大きく高まり、一気に滑走路を駆け抜けるように離陸して空に舞い上がった。
F-1のパイロットは元ブルーインパルス隊員で、F-1の兄弟機のT-2を使用した曲芸飛行していた強者であった。
そのため、宙返りや錐揉み飛行はお手の物であり、一通りのデモ飛行を見事にこなして無事着陸した。
「す、素晴らし過ぎる。コレならドイツ機に負けることは決してないぞ」
「しかし、あの馬鹿でかい飛行機もなかなか魅力的だがな」
「まあどちらにせよ、王女殿下と閣下次第だな」
「王女殿下、エトレーヌ王女様!」
「ハッ?あ!あの戦闘機の動きについ見とれてしまいましたわ」
「王女殿下、閣下と軍幹部の方々も宮殿に移動を」
「おお、そうでした。歓迎晩餐会があったのでしたね。
三木さん。日本の方々を歓迎するために、ささやかですが晩餐会を用意しております」
「分かりました。歓迎の宴を開いて下さる王女殿下のお持て成しに応えるために、この三木、不束者ではありますが是非に出席させて頂きます」
日本側関係者は王女一行と共に宮殿に向かい、晩餐会に参加した。
流石に歓迎晩餐会というだけあり、ドレスコードは男性がタキシード、女性はイブニングドレスであり、三木とパイロット2人は黒色タキシード、玲美はパープル色を基調したシックなパーティー系ドレスで、エトレーヌ王女はパステルピンク色を基調に仄かな妖艶さを湛えた豪華なドレスであった。
エトレーヌ王女は、外交交渉の相手である三木特使に積極的に対応すべきであったが、この日は完全にパイロット2人に心が奪われていた。
つまり、あのブルーインパルス仕込みの曲芸飛行に魅せられた女性の1人であった。
三木は、王女がパイロットに夢中になっていることで逆に周囲を見渡すことが出来る余裕が生まれ、晩餐会会場を一通り見渡すと、玲美が深酒したようで英国軍幹部に思い切り絡んでいた。
「ウィー、確かに私は機械女子だの、兵器オタクと呼ばれているのが何が悪いんだ!答えよ、軍人諸君!」
流石にコレは不味いと思い、王女に先に座を外す旨の許可を得、王女の相手をパイロット2人に任せて、泥酔している玲美のところに向かい、彼女を介抱する形で晩餐会会場を後にした。
三木は、会場から出る直前にアーノルド補佐官ことガヴリエルからウインクされたことが少々気になっていたのが、玲美を日本側一行が宿泊している部屋に連れて行くことに頭を働かしていて、その意味に気付かなかった。
泥酔中の玲美を肩に担ぎ、寝室まで運び込んでベッドに寝かせたところで、いきなり玲美に抱き付かれた。
「三木さん、私は酔っ払っていませんよ。
貴男と二人きりになるためのフリですから」
そういって玲美は三木に顔を近づけてキスを始めた。
後は三木は玲美の策略に乗せられ、まな板の鯉状態であった。
全裸になった玲美の美しさに惹かれ、一晩中彼女とセックスをしていた。
翌日、昼から王女とのランチを交えての外交交渉が開始された。
王女の服装は昨日とは打って変わって、爽やかさが漂うライトグリーン色の袖付きワンピースドレスであった。
「王女殿下。昨日は中途で退席してしまい、申し訳ございませんでした」
「三木さん、別に謝罪は必要ありませんよ。
私も曲芸飛行に魅入ってしまい、パイロット2人しか相手をしなかったのは反省していますから」
三木と王女が昨日の反省めいた会話が続いていた時、料理がテーブルに運ばれてきた。
「ほほう、中華とはこの英国では珍しいですね」
「英国は香港を統治していますので、それなりに伝手がありますから」
「ふむ、干しアワビに干しナマコ、干し椎茸に干しホタテとは干し食材のオンパレードですね」
「ハイ、この干した食材は全て日本産だと聞いております。
日本にはこの干すという素晴らしい保存技術の他に、冷凍技術があると小耳に挟んだのですが、本当ですか?」
「ハイ、王女殿下。日本には軍事技術だけに限らず、それらの技術も世界一であると自負しています。
どちらも英国との同盟関係が再成立したら、技術提供も可能です」
「私は日本と良い関係を結びたいと考えています。
折角の料理が冷めてしまいますので、この話はまた後で」
ランチが終了し、王女、チャールズ首相、三木と玲美は会議室のテーブルに着いていた。
「昨日の我々の飛行機は如何ですか?」
「三木さん、ズバリ言うと全部欲しいです」
「ウーン、全ていうのは少し難しいとは思いますが、戦闘機は日本国内の在庫全てを一掃する形になりますが、50機を提供出来ると思います。
C-2の輸送機は、我が国の最新型なので現段階では不可能ですが、代わりのモノを用意出来ると思いますよ」
「アレを50機ですか?素晴らしいです。チャーリーはどう思いますか?」
「殿下、あの戦闘機は実に素晴らしいです。
三木さん、他にはどんなモノを提供してくれるのですか?」
「閣下、英国はドイツのUボートに困っていませんか?」
「そのとおり、困っているのは確かだ。通商船団の邪魔者でしかない。
駆逐艦でソナー探索しているが、我が国の船がやられる場合が多いのだ」
「このUボートを効果的に退治する方法が、日本にはあるのですが」
「おお、それは是非伺いたいですね」
「だが、我が国が提供一方というわけには行きません。
外交の基本は、ギブアンドテイクですよね」
「まあ、確かにそうだが」
「まず、日本側の要求については、、、、、、」
三木は日本側の要求について、順に説明を開始した。
1 インドからビルマ州の独立承認、その後に同国は日本連邦に編入。
2 英領マラヤの放棄、軍撤兵後に日本連邦に編入。
3 シンガポールの英国と日本との共同統治。
ここまでの説明は、F-1戦闘機50機分無償提供での交換条件だった。
「我が国が失う部分が多い気がするが、ドイツに対抗するためには仕方がないの」
「次はUボート対策案について、コチラの要求条件に応えてくれれば、色々と協力出来ると思います」
「それじゃ、日本側の要求を聞かせてもらおうか」
「オーストラリア、ニュージーランドの両国を含むオセアニア諸国の日本への自治権移譲と日本連邦の編入です」
「それは出来ない。絶対無理な条件だ」
「そうですか、良い関係を貴国と築けると思ったのですが、それも無駄な徒労でした。
それでは、我々は全ての機材を回収して日本に帰国し、英国と国交を断絶せざるを得なくなりますね」
「そのような条件を出されたら、どの国だって断るぞ」
「そうですか?アーノルド補佐官。全ての技師と閣下、それと王女殿下が我々に会った記憶を全て消去して下さい。
天使の貴女ならば簡単なことでしょう」
「え?そのことは機密事項であるぞ」
「そうでしたか。確か1カ月前に貴国に女神ガイア様と天使ガヴリエルが降臨して、今も王女殿下の横でアーノルド補佐官として勤務しているじゃないですか」
「なぜ、一介の外交官がそこまでの機密事項を知っているのですか?」
「ハイ、それは私が中破総理、それに王女殿下とチャールズ閣下と同様に天使達に選ばれた存在であるとしか言いようが無いですね。
それと不躾ながら王女殿下に一つ忠告しておきますが、日本には天皇陛下というシンボル的な統治者が存在します。
残りの国民は皆平等であり、階級制度は旧日本に存在していましたが、今の新日本の体制に変わってからは階級制度は存在しません。
例え一介の平民として単なる外交官の身分であっても、政府から特使としての役割を与えられると、外交官の権限を遥かに超えて、外務大臣、否、相手国の国家元首と対等に交渉出来る権限を与えられています。
そのため、私の考え一つで外交交渉を中止する場合もありますし、今後の交渉次第で外務大臣を伴い、協定なり同盟等の締結に繋がることもあります。
以上の理由から、私を一介の外交官と軽く考えない方が貴国には得策であると思いますが」
「分かりましたわ、『三木特使』。改めて『サー』を付けた方が良いかしら?」
「いえ、『サー』の称号は必要ありません。何故なら今の日本には貴族は存在しませんので、普通に『三木』か、または『特使』で結構です」
「分かりました。私も特使と呼ぶのは堅苦しいので、『三木さん』とお呼びして宜しいですよね?」
「殿下の御随意に」
「それでは交渉再開としたいところですが、その前に貴国が機密事項と言われたことについて、女神様や天使達に守護されているのは英国に限らず、我が国日本も女神と天使達に守護されながら、この時代に国家転移したのです。
そして、現在の日本国総理である中破首相の前には5年前から女神や天使が現れていますし、私の横にいる秘書兼技術指導官は『大天使レミエル』なのですから」
「え?あ、そうでしたか。私は何処かの女性エンジニアと思っていましたわ」
「人を見た目で判断してはいけないというところですね。
玲美、改めて殿下に御挨拶を」
「初めまして、エトレーヌ王女殿下。
私は日本名で『高田玲美』と言い、本来の名は『天使レミエル』です。
訳あって三木特使の秘書を務めるとともに、技術指導官も兼ねています。
以後、お見知り置きを」
レミエルは挨拶時に、スッと席を立ち上がり、スカートではなくスラックスを履いていたため、男性貴族と同様に胸に手を当てて頭を下げた。
王女はその仕草を見て急に立ち上がり、頭を下げているレミエルの前に進み出てレミエルの前で跪き、レミエルの右手を取ってその甲にキスをし、そして彼女に謝罪を申し立て始めた。
「レミエル様、私の失言をお許し下さい。
何なりと私めに罰を与えて下さいませ」
「いえいえ、王女殿下。今の私は一介の技術屋の立場であり、そのような殿下からの謝罪は必要ありませんよ」
レミエルは、跪いていた王女を立たせる時、彼女の手を取った際に互いの顔が横に並んだ時、レミエルは王女に聞こえる程度の小声で呟いた。
「(殿下、あまりオイタをしちゃダメですよ。昨日はピンク色のフリルレースのブラとパンティー、今日はライトグリーン色の上下で、服装に合わせて下着を替えているのですね)」
エトレーヌ王女は、ハッとして一瞬レミエルの方を見て彼女に目を合わせたところ、レミエルは微笑みを返した。
王女はその微笑みに黒いモノを感じるとともに、彼女に言われた下着の色がピタリ合っていたため、一気に恥ずかしい思いが込み上げて、顔中を真っ赤にしながら自分の席に戻り、しばらくの間は俯いたままであった。
三木はもしかしてレミエルの奴が、我々に聞こえないようなことを王女殿下に何か言ったなと気付き、彼女の顔色を伺ったところ、レミエルは口笛を吹くように口をすぼめて、三木に目を合わせようとしなかった。
天使の心を読めるガヴリエルは、レミエルの心を操作しようとしたが、その前にレミエルの態度を見て若干切れ気味に直接文句を言い始めた。
「レミエル、貴女こそオイタが過ぎるでしょ。
仮にも王女殿下で、次期女王になられる方に失礼にも程がありますよ」
「だって私の愛しの上司が、身分なり出身等と出自を問われ、何処の馬の骨だと見下した態度で馬鹿にされたから、殿下に少しお灸を据えたのです」
「レミエル!例えそのような理由でもこれ以上の能力の乱用はダメですよ」
「ハイ、分かりました。
申し訳ございませんでした。ガヴリエル姉様」
「殿下、大丈夫ですか?能力ってレミエル殿、殿下に何をしたのですか?」
三木は気不味い空気感を瞬時に読み取り、チャールズ首相と玲美に席を外して別室に移動するように促した。
「アーノルド補佐官、殿下の介抱をお願い致します。
チャーリー卿、私と一緒に別室へ。玲美、一緒に来い」
三木はチャーリー卿と玲美を伴い、話し合いのために別室に向かった。
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