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第6話 祭り前夜の焦燥②
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私の返事を最後まで聞くことなく、真昼くんは腕を掴み、ぐいぐいと引っ張っていく。急に住宅街へと入り込んだかと思うと、ジグザグと道を進み、気付いたら大学の門前へとやってきていた。
橘樹大学芸術学部のキャンパスは、まだあちらこちらに学生たちが残っている。サークル活動中なのか、友達とおしゃべりを楽しんでいるのか、和気藹々としていた。
学校という以前は日常だったものが、すでに自分の中で非日常へと変わっていることにふと思い至り、感慨深く辺りを眺めてしまう。
どこか緩くて、でも何かに熱中する青い勢いが詰まった空気感。だらりとあてもなく紡がれ続ける友人との会話。
すべてが瑞々しくて、ここにいる自分の異物感に縮こまってしまう。だが、大学と言う雑多な空気感のせいか、私を気に留める人もいなかった。隣を堂々と歩く真昼くんがいるせいかもしれない。
そんな彼に引っ付くようにして辿りついたのは、とある教室だった。ここを稽古場として借りているようで、端に長机たちが寄せられている。巨大なホワイトボードの前は、舞台のセットなのか、岩のようなオブジェたちが組まれていた。
「これも出し物に使う道具なの?」
「そうそう、この辺は俺も作るの手伝ったんだ」
「でも、誰もいないみたいだけど……」
教室を見回しても私と真昼くんしかいない。真昼くんにステージ前の椅子を勧められる。彼と並ぶように座ると、教室の扉の前からそわそわとした気配を感じた。
「自己紹介とかは後! まずは見てもらいましょう!」
「えっ、前情報とか何もなしに?」
「じゃ、お願いしまーす!」
私の戸惑いを振り切るように真昼くんは扉の向こうへと声をかけた。同時にスマホで曲を流し始めると、その曲に合わせるように扉が開く。
扉の隙間からは、空中を泳ぐように棒で操られた黒い龍が現れた。龍に怯えるように舞台端へと走りこんできた初老の男に扮した演者は、演説でも始めるように客席へと向かい合う。
「『千年以上前、この土地には龍がおったそうな。その龍は水を司り、村を襲っては困る村人を見て笑う。そんな、どうしようもない乱暴者であった』」
出し物というのはどうやら神話か何かを元にした演劇のようだ。龍の作りは凝っていて、演じる人も声が朗々と響いて聞き取りやすい。
初老の男は語り部なのか、彼の語りに合わせ黒子に操作される龍はぐるぐると宙で暴れる。ふらついて倒れた語り部に寄り添うように、ひとりの女性が現れた。
「『私が生贄となりましょう。さすれば、かの龍も怒りを鎮めるはずです』」
「『待ちなさい、みすず!』」
みすず?
その名前には聞き覚えがあった。確か、以前和泉さんが倒れた時、熱に浮かされながら呟いた名前ではなかっただろうか。
龍と、みすず……偶然とは思えない組み合わせに、その黒い龍をじっと見つめてしまう。
龍は自分の元へ来たみすずさんに対し、生贄などいらないと突っぱねる。しかし、徐々にみすずさんの優しさに触れ、生贄ではなく友人として、やがて恋人として閉ざしていた心を許し始めた。
彼女と寄り添うため、龍は美しい装束を纏った人の形へと姿を変える。若い男の姿を取った彼からは、それまでの暴虐が鳴りを潜め、ふたりの間を穏やかな時間が流れていく……
ただ、それも一瞬のこと。
人と神の寿命はあまりにも違いすぎた。
「『こんな気持ちだけ俺に遺して逝ってしまうのか! みすず!』」
龍役の鬼気迫った演技に、びりびりと肌が震えた。力なく布団に横たわるみすずさんの慈愛に満ちた表情と、そんな彼女に向ける龍の切なげな表情に鼻の奥がツンと染みる。
「『私は十分、あなたに愛してもらえた。だから次は、私の大好きだった村を守ってあげて』」
「『みすず……俺にはお前だけだ、村なんて関係ない……!』」
「『お願い、ね……』」
死に際のみすずさんの言葉はどこまで龍神に届いたのだろう。彼女の亡骸を抱えながら叫んだ彼の咆哮により、次の瞬間には龍の姿へと戻っていた。
そのまま村へと飛び立っていった彼は、みすずさんを失った悲しみという激情をぶつけるように、川の水を巻き上げて暴れ始める。
そこへ、地を震わすような雷鳴と共に雷神が舞い降り、龍と対峙した。
「『愛するものを亡くした悲しみは理解しましょう。しかし、これ以上の狼藉は許しません!』」
雷神が巨大な矛をひと振りすると、龍の抵抗も空しく、身体は三つに裂けてしまう。断末魔の叫び声と共に、龍は地へと落ちていった。
再び平穏が戻った村で、語り部は静かに語り始める。
「『裂けた身体は巨大な石となり、その石をご神体として、龍の怒りを鎮めようと三つの社が建てられ、龍神として祀られました。そのひとつが、このたちばな商店街にある神社です』」
この地にいた龍と、みすずさん。そして以前、和泉さんが宇迦さんと冗談混じりに話していた、雷神さまと喧嘩して三つ裂きにされた話。
どれも和泉さんにまつわることが、この劇の中で語られていた。
これはきっと、和泉さんの話だ。
「『しかし社は、街の発展と共に取り壊されてなくなってしまい……』」
「なくなってない……!」
咄嗟にそんな言葉と共に立ち上がっていた。
和泉さんの社は無くなってなんかいない。
そんな感情が先走って、思考よりも何よりも先に言葉が出てしまった。語り部の彼は虚を突かれたのかそのまま固まってしまう。止まってしまった舞台上では、役者さんたちが不安げな顔を私に向けていた。
「あ、ご、ごめんなさい……!」
「あはは! もう、結貴さん感情移入しすぎー! それだけ劇の完成度が高かったってことだよね?」
フォローするかのように、真昼くんが大きな口を開けて笑う。そんな彼の明るさが伝わったのか、少しずつ役者さんたちがほっとしたように表情を緩めていった。
「ほ、本当にごめんなさい! 舞台の途中だったのに……」
「いえ、もうほぼラストだったので。それだけ真剣に見てもらえたなんて、嬉しいです。むしろ、当日の方が屋外ですし、今みたいな突然の声援にも応えられるような心構えは必要かもしれませんね」
みすずさん役の女の子が、劇中の彼女と同じか、それ以上におっとりと優しい声音で教えてくれる。彼女につられるように役者さんたちがうんうん、と頷き合って舞台から降りてきた。
そんな彼らと私の間に真昼くんが割って入る。
「こちらは、たちばな商店街のたい焼き屋で働いてる結貴さん! 結貴さん、いきなり見てもらってありがとう。今演じてたのは地域伝承研究部という何ともニッチなサークルの面々です!」
「ニッチは余計だろ」
龍役の子が苦笑しながら真昼くんの脇を小突く。改めて人数を確認すれば、真昼くんを含めても五人しかいない。
「こんな少ない人数でできてる劇とは思いませんでした、すごいですね」
「真昼が人数少なくても派手に見せる工夫とかいろいろ考えてくれて、あとは各個人でギリギリ頑張ってます。例えば、龍役の羽鳥くんなんてこうすると……」
みすずさん役の子がくすくすと笑いながら、龍役の彼の衣装をぺらりと捲る。すると、一瞬でその姿は龍を棒で操っていた黒子へと姿を変えた。
「えっ、あの黒子と龍って一人でやってたんですか!?」
「まぁ……部員がこの四人しかいないので。真昼にも頼み込んで裏方をやってもらってる状況でして」
羽鳥くんと呼ばれた彼は、舞台上ではピンと伸ばしていた長身を小さく丸めて呟く。そんな彼の背を、隣から雷神役だった女の子がバシンッと叩いた。
「ほら、また姿勢悪くなってる! そういうの舞台でも出ちゃうんだから、しっかりしてよ」
「うぅ……猪川さん、スパルタ……」
「あれ、もしかして……猪川さんって雷神さまだけじゃなくて、途中のモブ役とか全部やってました?」
私が尋ねると猪川さんはにこっと可愛らしい笑みを浮かべた。
「はい。雷神役は最後の大立ち回りだけなので、それ以外の場面ではアンサンブルとして出てます」
「すごい! 見てる時は雰囲気が違いすぎて同じ人だと思いませんでした!」
「猪川さんはこの中で唯一の演劇学科の学生なので、私たちもおんぶにだっこって感じで演技指導も全部、彼女にしてもらってます」
申し訳なさそうに囁くみすずさん役の彼女は、やはり素から劇の中のみすずさんに似ていた。おっとりとしているけど、瞳に宿る光は芯の強さを感じさせる。
「確かに指導はしたけど、卯野ちゃんの努力あってだよ! 今ではすっかりみすずさんが板についたって感じ!」
みすずさん役の彼女は卯野さんというらしい。褒められて恥ずかし気に顔を俯ける彼女を微笑ましく見ていると、ずいっと語り部役の彼が私に詰め寄った。
「それで、どうでしょう? 俺たちの舞台は世に出せるものでしょうか?」
「えっ……」
「ちょっと、急に近いよ、牛尾!」
真昼くんに押し留められ、牛尾くんは小さく咳払いした。まだ白髪のウィッグを被っているせいで目はよく見えないが、ものすごく真剣な眼差しを向けられている気がする。
世に出していいか、なんて言い回しで聞かれると思わず、つい言葉に迷ってしまう。
「えっと……素人意見ですが、お話も分かりやすくて、迫力もあって面白かったと思います!」
「そ、そうですか……っ!」
私の言葉を聞いた瞬間、牛尾くんはその場にしゃがみこむ。
「えっ、どうしたの!?」
「あぁ、気にしないでください。牛尾が企画から脚本まで全部やってるので、ようやく身内以外に褒められてほっとしたんですよ」
羽鳥くんがポンポンと牛尾くんの肩を叩くと、ずびっと鼻をすする音まで聞こえてきてしまった。
何かに向けて全力を傾けてきたからこその感情の昂り。純粋な心の欠片を見せつけられ、その熱さが胸に染みていく。
祭りまでまだ時間があることを思うと、彼らはきっと今以上の舞台を商店街で見せてくれるだろう。それはもしかすると、和泉さんへの信仰と何か繋がるものがあるかもしれない。
「地域伝承研究部、と聞いたんですけど、どうしてこの龍神さまの話をしようと思ったんですか?」
素朴な疑問を口にすると、ばっと牛尾くんが顔を上げる。
「実は俺、龍神さまを見たことがあるんです!」
「えっ!?」
橘樹大学芸術学部のキャンパスは、まだあちらこちらに学生たちが残っている。サークル活動中なのか、友達とおしゃべりを楽しんでいるのか、和気藹々としていた。
学校という以前は日常だったものが、すでに自分の中で非日常へと変わっていることにふと思い至り、感慨深く辺りを眺めてしまう。
どこか緩くて、でも何かに熱中する青い勢いが詰まった空気感。だらりとあてもなく紡がれ続ける友人との会話。
すべてが瑞々しくて、ここにいる自分の異物感に縮こまってしまう。だが、大学と言う雑多な空気感のせいか、私を気に留める人もいなかった。隣を堂々と歩く真昼くんがいるせいかもしれない。
そんな彼に引っ付くようにして辿りついたのは、とある教室だった。ここを稽古場として借りているようで、端に長机たちが寄せられている。巨大なホワイトボードの前は、舞台のセットなのか、岩のようなオブジェたちが組まれていた。
「これも出し物に使う道具なの?」
「そうそう、この辺は俺も作るの手伝ったんだ」
「でも、誰もいないみたいだけど……」
教室を見回しても私と真昼くんしかいない。真昼くんにステージ前の椅子を勧められる。彼と並ぶように座ると、教室の扉の前からそわそわとした気配を感じた。
「自己紹介とかは後! まずは見てもらいましょう!」
「えっ、前情報とか何もなしに?」
「じゃ、お願いしまーす!」
私の戸惑いを振り切るように真昼くんは扉の向こうへと声をかけた。同時にスマホで曲を流し始めると、その曲に合わせるように扉が開く。
扉の隙間からは、空中を泳ぐように棒で操られた黒い龍が現れた。龍に怯えるように舞台端へと走りこんできた初老の男に扮した演者は、演説でも始めるように客席へと向かい合う。
「『千年以上前、この土地には龍がおったそうな。その龍は水を司り、村を襲っては困る村人を見て笑う。そんな、どうしようもない乱暴者であった』」
出し物というのはどうやら神話か何かを元にした演劇のようだ。龍の作りは凝っていて、演じる人も声が朗々と響いて聞き取りやすい。
初老の男は語り部なのか、彼の語りに合わせ黒子に操作される龍はぐるぐると宙で暴れる。ふらついて倒れた語り部に寄り添うように、ひとりの女性が現れた。
「『私が生贄となりましょう。さすれば、かの龍も怒りを鎮めるはずです』」
「『待ちなさい、みすず!』」
みすず?
その名前には聞き覚えがあった。確か、以前和泉さんが倒れた時、熱に浮かされながら呟いた名前ではなかっただろうか。
龍と、みすず……偶然とは思えない組み合わせに、その黒い龍をじっと見つめてしまう。
龍は自分の元へ来たみすずさんに対し、生贄などいらないと突っぱねる。しかし、徐々にみすずさんの優しさに触れ、生贄ではなく友人として、やがて恋人として閉ざしていた心を許し始めた。
彼女と寄り添うため、龍は美しい装束を纏った人の形へと姿を変える。若い男の姿を取った彼からは、それまでの暴虐が鳴りを潜め、ふたりの間を穏やかな時間が流れていく……
ただ、それも一瞬のこと。
人と神の寿命はあまりにも違いすぎた。
「『こんな気持ちだけ俺に遺して逝ってしまうのか! みすず!』」
龍役の鬼気迫った演技に、びりびりと肌が震えた。力なく布団に横たわるみすずさんの慈愛に満ちた表情と、そんな彼女に向ける龍の切なげな表情に鼻の奥がツンと染みる。
「『私は十分、あなたに愛してもらえた。だから次は、私の大好きだった村を守ってあげて』」
「『みすず……俺にはお前だけだ、村なんて関係ない……!』」
「『お願い、ね……』」
死に際のみすずさんの言葉はどこまで龍神に届いたのだろう。彼女の亡骸を抱えながら叫んだ彼の咆哮により、次の瞬間には龍の姿へと戻っていた。
そのまま村へと飛び立っていった彼は、みすずさんを失った悲しみという激情をぶつけるように、川の水を巻き上げて暴れ始める。
そこへ、地を震わすような雷鳴と共に雷神が舞い降り、龍と対峙した。
「『愛するものを亡くした悲しみは理解しましょう。しかし、これ以上の狼藉は許しません!』」
雷神が巨大な矛をひと振りすると、龍の抵抗も空しく、身体は三つに裂けてしまう。断末魔の叫び声と共に、龍は地へと落ちていった。
再び平穏が戻った村で、語り部は静かに語り始める。
「『裂けた身体は巨大な石となり、その石をご神体として、龍の怒りを鎮めようと三つの社が建てられ、龍神として祀られました。そのひとつが、このたちばな商店街にある神社です』」
この地にいた龍と、みすずさん。そして以前、和泉さんが宇迦さんと冗談混じりに話していた、雷神さまと喧嘩して三つ裂きにされた話。
どれも和泉さんにまつわることが、この劇の中で語られていた。
これはきっと、和泉さんの話だ。
「『しかし社は、街の発展と共に取り壊されてなくなってしまい……』」
「なくなってない……!」
咄嗟にそんな言葉と共に立ち上がっていた。
和泉さんの社は無くなってなんかいない。
そんな感情が先走って、思考よりも何よりも先に言葉が出てしまった。語り部の彼は虚を突かれたのかそのまま固まってしまう。止まってしまった舞台上では、役者さんたちが不安げな顔を私に向けていた。
「あ、ご、ごめんなさい……!」
「あはは! もう、結貴さん感情移入しすぎー! それだけ劇の完成度が高かったってことだよね?」
フォローするかのように、真昼くんが大きな口を開けて笑う。そんな彼の明るさが伝わったのか、少しずつ役者さんたちがほっとしたように表情を緩めていった。
「ほ、本当にごめんなさい! 舞台の途中だったのに……」
「いえ、もうほぼラストだったので。それだけ真剣に見てもらえたなんて、嬉しいです。むしろ、当日の方が屋外ですし、今みたいな突然の声援にも応えられるような心構えは必要かもしれませんね」
みすずさん役の女の子が、劇中の彼女と同じか、それ以上におっとりと優しい声音で教えてくれる。彼女につられるように役者さんたちがうんうん、と頷き合って舞台から降りてきた。
そんな彼らと私の間に真昼くんが割って入る。
「こちらは、たちばな商店街のたい焼き屋で働いてる結貴さん! 結貴さん、いきなり見てもらってありがとう。今演じてたのは地域伝承研究部という何ともニッチなサークルの面々です!」
「ニッチは余計だろ」
龍役の子が苦笑しながら真昼くんの脇を小突く。改めて人数を確認すれば、真昼くんを含めても五人しかいない。
「こんな少ない人数でできてる劇とは思いませんでした、すごいですね」
「真昼が人数少なくても派手に見せる工夫とかいろいろ考えてくれて、あとは各個人でギリギリ頑張ってます。例えば、龍役の羽鳥くんなんてこうすると……」
みすずさん役の子がくすくすと笑いながら、龍役の彼の衣装をぺらりと捲る。すると、一瞬でその姿は龍を棒で操っていた黒子へと姿を変えた。
「えっ、あの黒子と龍って一人でやってたんですか!?」
「まぁ……部員がこの四人しかいないので。真昼にも頼み込んで裏方をやってもらってる状況でして」
羽鳥くんと呼ばれた彼は、舞台上ではピンと伸ばしていた長身を小さく丸めて呟く。そんな彼の背を、隣から雷神役だった女の子がバシンッと叩いた。
「ほら、また姿勢悪くなってる! そういうの舞台でも出ちゃうんだから、しっかりしてよ」
「うぅ……猪川さん、スパルタ……」
「あれ、もしかして……猪川さんって雷神さまだけじゃなくて、途中のモブ役とか全部やってました?」
私が尋ねると猪川さんはにこっと可愛らしい笑みを浮かべた。
「はい。雷神役は最後の大立ち回りだけなので、それ以外の場面ではアンサンブルとして出てます」
「すごい! 見てる時は雰囲気が違いすぎて同じ人だと思いませんでした!」
「猪川さんはこの中で唯一の演劇学科の学生なので、私たちもおんぶにだっこって感じで演技指導も全部、彼女にしてもらってます」
申し訳なさそうに囁くみすずさん役の彼女は、やはり素から劇の中のみすずさんに似ていた。おっとりとしているけど、瞳に宿る光は芯の強さを感じさせる。
「確かに指導はしたけど、卯野ちゃんの努力あってだよ! 今ではすっかりみすずさんが板についたって感じ!」
みすずさん役の彼女は卯野さんというらしい。褒められて恥ずかし気に顔を俯ける彼女を微笑ましく見ていると、ずいっと語り部役の彼が私に詰め寄った。
「それで、どうでしょう? 俺たちの舞台は世に出せるものでしょうか?」
「えっ……」
「ちょっと、急に近いよ、牛尾!」
真昼くんに押し留められ、牛尾くんは小さく咳払いした。まだ白髪のウィッグを被っているせいで目はよく見えないが、ものすごく真剣な眼差しを向けられている気がする。
世に出していいか、なんて言い回しで聞かれると思わず、つい言葉に迷ってしまう。
「えっと……素人意見ですが、お話も分かりやすくて、迫力もあって面白かったと思います!」
「そ、そうですか……っ!」
私の言葉を聞いた瞬間、牛尾くんはその場にしゃがみこむ。
「えっ、どうしたの!?」
「あぁ、気にしないでください。牛尾が企画から脚本まで全部やってるので、ようやく身内以外に褒められてほっとしたんですよ」
羽鳥くんがポンポンと牛尾くんの肩を叩くと、ずびっと鼻をすする音まで聞こえてきてしまった。
何かに向けて全力を傾けてきたからこその感情の昂り。純粋な心の欠片を見せつけられ、その熱さが胸に染みていく。
祭りまでまだ時間があることを思うと、彼らはきっと今以上の舞台を商店街で見せてくれるだろう。それはもしかすると、和泉さんへの信仰と何か繋がるものがあるかもしれない。
「地域伝承研究部、と聞いたんですけど、どうしてこの龍神さまの話をしようと思ったんですか?」
素朴な疑問を口にすると、ばっと牛尾くんが顔を上げる。
「実は俺、龍神さまを見たことがあるんです!」
「えっ!?」
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