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第5話 甘い思い出④
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たい焼き屋を始めたのも、祖父が家でたい焼き作りにはまって祖母がその味を気に入ってくれたからだと以前聞いたことがある。店の始まりのきっかけである祖母が言ったのなら、祖父がその気持ちを大事にしているのも、何となく分かる気がした。
「でもね、杏子さんは『食の細くなった私が食べきるには苦しそうね』ってつもりで言ったらしいんだよ」
「え?」
「尭さんは『苦しそう』とだけ聞いて『確かに鯛が苦しそうだなぁ』って受け取ったらしいんだけど、その誤解が可愛いものだから杏子さんは訂正しなかったんだって」
つまり、先ほどの宇迦さんの『半分違って、半分正解』とは祖父と祖母の両方の視点から見ると、ということらしい。
「何だよ、尭の勘違いかよ」
「でも、おじいちゃんが実際に苦しそうって思ってるなら、やっぱりこの形はこちょうには合ってないのかも」
祖父母のほろ甘い思い出話を聞いたせいだろうか。確かにパフェたい焼きについやした努力は報われなくなってしまうけれど、祖父の思い出は私も大事にしたいと思った。
いや、もしかすると、全てが報われないわけではないかもしれない。思いついたアイデアに、勢いよく和泉さんを振り返る。
「和泉さん、ちょっと試してみたいことがあるんです! ちょっと買い出し行ってきますね!」
以前、フルーツどら焼きというものを食べたことがある。しっとりもちっとした生地と瑞々しいフルーツとクリームの相性がよく、また断面の見た目も可愛いと話題になっていたのだ。
それをもし、たい焼きでもできたら……
閃いてからは、相性のいい果物や生地の水分量など和泉さんと試行錯誤を繰り返しつつ、何度も試作品を作っては食べてを繰り返した。
「うん、さすがにお腹いっぱいになったから帰るよ」
と試食を手伝ってくれていた宇迦さんが帰ってからも、研究は続いた。
そしてついに、翌日の営業時間が迫ってきた頃……
「和泉さん、これ……!」
差し出した一つのたい焼き。水で舌をリセットした和泉さんが、ぱくりとそれを頬張る。
「んー……」
目を閉じたまま、もぐもぐと和泉さんが咀嚼する。ごくりと飲み込んで、ゆっくりと人並外れた美しい瞳が開かれた。
「悪くねぇかもな」
「本当ですか!?」
あんこの間に果物を入れ、たい焼きの生地で挟む。生地はパフェたい焼きの応用だ。普段よりも少し厚めに作ってそれを冷蔵保存すると、焼き立てよりもしっとりとした触感に生まれ変わり、果物の瑞々しさにマッチするのだった。
「これだけでも美味しいですけど、ソフトクリーム別添えで販売したらクリーム感も楽しめていいかもしれないです」
「そうしたら、どっちの意味でも苦しくねーもんな」
ほとんど寝ずに迎えた日の光に目がしぱしぱする。ぐうっと伸びをしていた和泉さんが、突然、あっと声を出した。
「カナエちゃーん! 新作食べてってくれよ!」
こちょうの常連客、カナエさんがちょうど目の前のスーパーから出てきたのを目敏く見つけたらしい。ぶんぶんと和泉さんが手を振ると、カナエさんは今日も綺麗にまとめた銀髪のお団子髪を揺らしながらやってくる。
「和泉ちゃん、元気ね。新作?」
「そうなんだよ、今日できたて!名付けて……冷やしふるーつたい焼き!」
「おやおやまぁ」
カナエさんなら、こちょうの味もよく分かっているし、素直な感想をくれるかもしれない。
「ぜひ、カナエさんに食べてほしくて! お代は、美味しかったらで結構です!」
そう言いつつたい焼きを渡すと、なぜか和泉さんが得意げに鼻を鳴らした。
渡されたたい焼きと私を見比べて、カナエさんはにっこりと頷き返してくれる。
カナエさんが店の横の椅子に座って、袋から出した冷やしたい焼きをまじまじと眺めた。
「あら、本当にひんやりしてるのねぇ」
第一印象は悪くなさそうなカナエさんの様子を和泉さんと店の中から固唾を飲んで見守る。
見た目は普通のものよりちょっとお腹が膨れており、食べ始めも果物に辿りつくまではしっとりと冷えた普通のたい焼きだ。しかし、果物に辿り着いた瞬間、一気に瑞々しいスイーツへと変化する。
「っ、……!」
カナエさんの頬が落っこちてしまいそうなほどにとろんと緩んだ。そこからは果物が零れ落ちないよう大事に食べ進め、やがてすくっと椅子から立ち上がる。
「ふふっ、おいくらかしら?」
「あ、そうだ値段はえっと……五四〇円です! プラス五十円でソフトクリームも付けられます!」
果物が安くないから、どうしても値段は上がってしまう。けれど、その分の価値は十分にあるはず……と唾を飲み込みながらカナエさんを見遣る。
「あら、そうだったの? 次はソフトクリームもお願いしようかしら」
ふふっと笑いながらカナエさんは五百円玉と五十円玉を一枚ずつ出した。お釣りで十円玉を一枚返すと、店頭に置かれた鳥居の奥へと手を伸ばす。そこに構える段ボール箱の賽銭箱へと十円玉を入れた。
「お釣りは和泉ちゃんのお駄賃であげるわ」
「ありがとう! カナエちゃん!」
和泉さんがうきうきと声を弾ませていると、カナエさんは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
「新作って聞いて、あのぱふぇをもらっちゃったらどうしようって思ってたのよ」
「そうだったんですか?」
「えぇ。私には少し、苦しそうだったから」
和泉さんと顔を見合わせて笑ってしまう。
果たしてそれはどちらの意味だったのか。どちらの意味でも、浮かぶのは微笑ましい祖父母の姿だ。
散々、試食であんことフルーツを食べ続けた口の中はびっくりするほどに甘い。この甘さはきっと、ずっと忘れないだろう。
「でもね、杏子さんは『食の細くなった私が食べきるには苦しそうね』ってつもりで言ったらしいんだよ」
「え?」
「尭さんは『苦しそう』とだけ聞いて『確かに鯛が苦しそうだなぁ』って受け取ったらしいんだけど、その誤解が可愛いものだから杏子さんは訂正しなかったんだって」
つまり、先ほどの宇迦さんの『半分違って、半分正解』とは祖父と祖母の両方の視点から見ると、ということらしい。
「何だよ、尭の勘違いかよ」
「でも、おじいちゃんが実際に苦しそうって思ってるなら、やっぱりこの形はこちょうには合ってないのかも」
祖父母のほろ甘い思い出話を聞いたせいだろうか。確かにパフェたい焼きについやした努力は報われなくなってしまうけれど、祖父の思い出は私も大事にしたいと思った。
いや、もしかすると、全てが報われないわけではないかもしれない。思いついたアイデアに、勢いよく和泉さんを振り返る。
「和泉さん、ちょっと試してみたいことがあるんです! ちょっと買い出し行ってきますね!」
以前、フルーツどら焼きというものを食べたことがある。しっとりもちっとした生地と瑞々しいフルーツとクリームの相性がよく、また断面の見た目も可愛いと話題になっていたのだ。
それをもし、たい焼きでもできたら……
閃いてからは、相性のいい果物や生地の水分量など和泉さんと試行錯誤を繰り返しつつ、何度も試作品を作っては食べてを繰り返した。
「うん、さすがにお腹いっぱいになったから帰るよ」
と試食を手伝ってくれていた宇迦さんが帰ってからも、研究は続いた。
そしてついに、翌日の営業時間が迫ってきた頃……
「和泉さん、これ……!」
差し出した一つのたい焼き。水で舌をリセットした和泉さんが、ぱくりとそれを頬張る。
「んー……」
目を閉じたまま、もぐもぐと和泉さんが咀嚼する。ごくりと飲み込んで、ゆっくりと人並外れた美しい瞳が開かれた。
「悪くねぇかもな」
「本当ですか!?」
あんこの間に果物を入れ、たい焼きの生地で挟む。生地はパフェたい焼きの応用だ。普段よりも少し厚めに作ってそれを冷蔵保存すると、焼き立てよりもしっとりとした触感に生まれ変わり、果物の瑞々しさにマッチするのだった。
「これだけでも美味しいですけど、ソフトクリーム別添えで販売したらクリーム感も楽しめていいかもしれないです」
「そうしたら、どっちの意味でも苦しくねーもんな」
ほとんど寝ずに迎えた日の光に目がしぱしぱする。ぐうっと伸びをしていた和泉さんが、突然、あっと声を出した。
「カナエちゃーん! 新作食べてってくれよ!」
こちょうの常連客、カナエさんがちょうど目の前のスーパーから出てきたのを目敏く見つけたらしい。ぶんぶんと和泉さんが手を振ると、カナエさんは今日も綺麗にまとめた銀髪のお団子髪を揺らしながらやってくる。
「和泉ちゃん、元気ね。新作?」
「そうなんだよ、今日できたて!名付けて……冷やしふるーつたい焼き!」
「おやおやまぁ」
カナエさんなら、こちょうの味もよく分かっているし、素直な感想をくれるかもしれない。
「ぜひ、カナエさんに食べてほしくて! お代は、美味しかったらで結構です!」
そう言いつつたい焼きを渡すと、なぜか和泉さんが得意げに鼻を鳴らした。
渡されたたい焼きと私を見比べて、カナエさんはにっこりと頷き返してくれる。
カナエさんが店の横の椅子に座って、袋から出した冷やしたい焼きをまじまじと眺めた。
「あら、本当にひんやりしてるのねぇ」
第一印象は悪くなさそうなカナエさんの様子を和泉さんと店の中から固唾を飲んで見守る。
見た目は普通のものよりちょっとお腹が膨れており、食べ始めも果物に辿りつくまではしっとりと冷えた普通のたい焼きだ。しかし、果物に辿り着いた瞬間、一気に瑞々しいスイーツへと変化する。
「っ、……!」
カナエさんの頬が落っこちてしまいそうなほどにとろんと緩んだ。そこからは果物が零れ落ちないよう大事に食べ進め、やがてすくっと椅子から立ち上がる。
「ふふっ、おいくらかしら?」
「あ、そうだ値段はえっと……五四〇円です! プラス五十円でソフトクリームも付けられます!」
果物が安くないから、どうしても値段は上がってしまう。けれど、その分の価値は十分にあるはず……と唾を飲み込みながらカナエさんを見遣る。
「あら、そうだったの? 次はソフトクリームもお願いしようかしら」
ふふっと笑いながらカナエさんは五百円玉と五十円玉を一枚ずつ出した。お釣りで十円玉を一枚返すと、店頭に置かれた鳥居の奥へと手を伸ばす。そこに構える段ボール箱の賽銭箱へと十円玉を入れた。
「お釣りは和泉ちゃんのお駄賃であげるわ」
「ありがとう! カナエちゃん!」
和泉さんがうきうきと声を弾ませていると、カナエさんは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
「新作って聞いて、あのぱふぇをもらっちゃったらどうしようって思ってたのよ」
「そうだったんですか?」
「えぇ。私には少し、苦しそうだったから」
和泉さんと顔を見合わせて笑ってしまう。
果たしてそれはどちらの意味だったのか。どちらの意味でも、浮かぶのは微笑ましい祖父母の姿だ。
散々、試食であんことフルーツを食べ続けた口の中はびっくりするほどに甘い。この甘さはきっと、ずっと忘れないだろう。
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