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第5話 甘い思い出③
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苦しそう、そんな発想はなかった。
しかし、たい焼きが好きでお店まで開いた祖父だ。和泉さんは『雲を食べてるみたい』と喜んでくれたが、祖父からしたら『クリームを無理やり口に詰め込まれた可哀想なたい焼き』に見えるのかもしれない。
店に戻ってからも、何か祖父を納得させられないかと首を捻っていた。
「単純にソフトクリームの量を減らしても、やっぱり口からはクリームがはみ出ちゃう。身体もパンパンになっちゃうし……」
「けど、苦しそうって案外尭も可愛いとこあるよな」
病院から帰る時も、和泉さんはそう言ってずっとニヤニヤ笑っていた。まぁ、確かに可愛いと言われれば可愛いかもしれない。
「俺はてっきり、四九〇円のたい焼きのことでなんか言われるのかと思ってたが……いやぁ、気付いてないようで助かった!」
「多分、おじいちゃんは四九〇円たい焼きのことも知ってると思いますよ」
「何!?」
「あれだけSNSを使いこなしてましたし、こっちも普通に宣伝してるので絶対に知ってると思います」
和泉さんによれば、たい焼きは安いからいいのだ、と祖父が入院前は絶対に高級たい焼きを許してくれなかったらしい。こうしてお目こぼしをもらえているのは、きっと祖父なりに信頼してくれている証だ。
それでも、今回のパフェたい焼きは認めてくれなかった。祖父の経営理念なのか、たい焼きへの信念というべきものなのか。何かしらそういう祖父の聖域を侵してしまったのだろうか。
「私、調子に乗ってた……」
たい焼きがうまく焼けるようになって、ヤムヤミーではできなかった商品開発に携われて、それでつい祖父の店であるのに祖父の気持ちを蔑ろにしてしまった。こちょうの商品として売り出すなら、もっと祖父に意見を仰ぐべきだったのに。
「根っこはこちょうのためだったんだろ?」
「え?」
「お前が調子に乗ってたって思うならそうかもしんねーけど、元々は暑さで売れないたい焼きをどうにか売ろうとしたからじゃねーのかよ。ちゃんとあんこも入れて、くれぇぷとは違う方法で魅せようと工夫したりさ。尭とは意見が分かれたが、美醜の感じ方なんて個人の問題だろ。たったの一言で何をうじうじしてやがる」
呆れ混じりに和泉さんが言い放ったその時だった。閉じたカーテンの隙間から、店の中を窺うようにちらちらと緋色が揺れる。カーテンを開けば、上品な笑みを湛えて手を振る宇迦さんの姿があった。
「たい焼きが食べたくて来てみたんだけど、今日は休みだったかな?」
定休日ではあったけれど、せっかく来てくれたのだから、と裏口に回ってもらい、店内に招き入れる。店にあるシンプルな丸椅子を勧めたものの、やはり神々しささえ感じる和装の宇迦さんにそのチープな椅子は似合わなかった。
「ごめんね、山の中で生活してると曜日感覚というものがなくなってしまって」
「いえ。今日は何にします? と言っても、普通のたい焼きか、宇迦さんの持ってきてくれた小豆の高級たい焼きしかないんですけど」
しかし、そんなことを言っている私の横で和泉さんはすでにたい焼きを焼き始めていた。しかもその作り方は、明らかにパフェたい焼きのもので思わずストップをかける。
「ちょ、ちょっと和泉さん……!」
「別にいいだろ。宇迦からは金を取るわけでもねーんだし」
「それは、そうかもしれないですけど……」
祖父にあんなことを言われながら、これをこちょうのたい焼きとして宇迦さんに出していいものか悩む。そうして和泉さんの横でおろおろする私に、宇迦さんは夕焼けのような緋色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「何かあったの?」
優しい声音での問いかけに、つい口が緩んでしまう。おずおずと事の顛末を話し始めると、宇迦さんは静かに聞いてくれた。
「──……ふぅ~ん、苦しそうか」
全てを聞き終えた宇迦さんは、しみじみと頷く。
「俺は雲食ってるみてーで気に入ってるんだけどな」
「和泉は雷神と喧嘩しに、雲に昇った時の自分と重ねてるからじゃない?」
「お、懐かしーな!」
雷神さまと喧嘩しに……?
「あの時は八つ裂きにされかけて危なかったねぇ」
「あぁ、三つ裂きで済んだからな。あの時の俺じゃなきゃ、そのままお陀仏だったぜ」
思い出話に花が咲いているが、明らかに内容が血生臭い。というか、三つ裂きにされたのに、なんで生きてるの?
久しぶりの神様全開トークに置いてけぼりをくらってしまう。そんな私をよそに、和泉さんは完成したパフェたい焼きを宇迦さんに差し出した。
「うわぁ、これはすごい迫力だね」
近所の女子大生よりも可愛らしい反応で宇迦さんがいろんな角度からパフェたい焼きを眺める。そして唐突に、くすくすと笑い始めた。
「なるほど、これは苦しそうだ」
「やっぱりですか……」
「あぁ、ううん。半分違って、半分正解ってところかな」
宇迦さんの言葉の意味が分からなかった。それは和泉さんも同じだったようで、むっと眉間に皺を寄せている。
「僕の友人の杏子さんも言ってたんだよ。苦しそうって」
「杏子さん……?」
聞き覚えのある名前に思わず復唱してしまう。そんな私の反応に、宇迦さんはにこっと目を細めた。
「そう、尭さんの奥さんで……君にとってはおばあちゃん、になるのかな? 家が近所でね、よくお参りに来てくれたんだよ。彼女にこちらの姿は見えなかったみたいだけど、尭さんや娘さんや、孫の君のことをよく話してくれてたんだ」
祖母と宇迦さんの間にそんな繋がりがあるとは知らなかった。確かに、初めて病院の前で会った時も知り合いが入院している、と言っていたが、もしかして祖父のことだったのだろうか。ただただ驚いてしまって、呆然と彼の話に耳を傾ける。
「それである時ね、杏子さんが尭さんと街で見たっていうたい焼きの話をしてくれたんだよ。ちょうどこんな感じで口からクリームが詰められてて、若い子たちが美味しそうに食べてたんだって。でも杏子さんは『苦しそうね』って言ったらしいんだよ」
「苦しそう、って言ったのは元々おばあちゃんだったんですか?」
しかし、たい焼きが好きでお店まで開いた祖父だ。和泉さんは『雲を食べてるみたい』と喜んでくれたが、祖父からしたら『クリームを無理やり口に詰め込まれた可哀想なたい焼き』に見えるのかもしれない。
店に戻ってからも、何か祖父を納得させられないかと首を捻っていた。
「単純にソフトクリームの量を減らしても、やっぱり口からはクリームがはみ出ちゃう。身体もパンパンになっちゃうし……」
「けど、苦しそうって案外尭も可愛いとこあるよな」
病院から帰る時も、和泉さんはそう言ってずっとニヤニヤ笑っていた。まぁ、確かに可愛いと言われれば可愛いかもしれない。
「俺はてっきり、四九〇円のたい焼きのことでなんか言われるのかと思ってたが……いやぁ、気付いてないようで助かった!」
「多分、おじいちゃんは四九〇円たい焼きのことも知ってると思いますよ」
「何!?」
「あれだけSNSを使いこなしてましたし、こっちも普通に宣伝してるので絶対に知ってると思います」
和泉さんによれば、たい焼きは安いからいいのだ、と祖父が入院前は絶対に高級たい焼きを許してくれなかったらしい。こうしてお目こぼしをもらえているのは、きっと祖父なりに信頼してくれている証だ。
それでも、今回のパフェたい焼きは認めてくれなかった。祖父の経営理念なのか、たい焼きへの信念というべきものなのか。何かしらそういう祖父の聖域を侵してしまったのだろうか。
「私、調子に乗ってた……」
たい焼きがうまく焼けるようになって、ヤムヤミーではできなかった商品開発に携われて、それでつい祖父の店であるのに祖父の気持ちを蔑ろにしてしまった。こちょうの商品として売り出すなら、もっと祖父に意見を仰ぐべきだったのに。
「根っこはこちょうのためだったんだろ?」
「え?」
「お前が調子に乗ってたって思うならそうかもしんねーけど、元々は暑さで売れないたい焼きをどうにか売ろうとしたからじゃねーのかよ。ちゃんとあんこも入れて、くれぇぷとは違う方法で魅せようと工夫したりさ。尭とは意見が分かれたが、美醜の感じ方なんて個人の問題だろ。たったの一言で何をうじうじしてやがる」
呆れ混じりに和泉さんが言い放ったその時だった。閉じたカーテンの隙間から、店の中を窺うようにちらちらと緋色が揺れる。カーテンを開けば、上品な笑みを湛えて手を振る宇迦さんの姿があった。
「たい焼きが食べたくて来てみたんだけど、今日は休みだったかな?」
定休日ではあったけれど、せっかく来てくれたのだから、と裏口に回ってもらい、店内に招き入れる。店にあるシンプルな丸椅子を勧めたものの、やはり神々しささえ感じる和装の宇迦さんにそのチープな椅子は似合わなかった。
「ごめんね、山の中で生活してると曜日感覚というものがなくなってしまって」
「いえ。今日は何にします? と言っても、普通のたい焼きか、宇迦さんの持ってきてくれた小豆の高級たい焼きしかないんですけど」
しかし、そんなことを言っている私の横で和泉さんはすでにたい焼きを焼き始めていた。しかもその作り方は、明らかにパフェたい焼きのもので思わずストップをかける。
「ちょ、ちょっと和泉さん……!」
「別にいいだろ。宇迦からは金を取るわけでもねーんだし」
「それは、そうかもしれないですけど……」
祖父にあんなことを言われながら、これをこちょうのたい焼きとして宇迦さんに出していいものか悩む。そうして和泉さんの横でおろおろする私に、宇迦さんは夕焼けのような緋色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「何かあったの?」
優しい声音での問いかけに、つい口が緩んでしまう。おずおずと事の顛末を話し始めると、宇迦さんは静かに聞いてくれた。
「──……ふぅ~ん、苦しそうか」
全てを聞き終えた宇迦さんは、しみじみと頷く。
「俺は雲食ってるみてーで気に入ってるんだけどな」
「和泉は雷神と喧嘩しに、雲に昇った時の自分と重ねてるからじゃない?」
「お、懐かしーな!」
雷神さまと喧嘩しに……?
「あの時は八つ裂きにされかけて危なかったねぇ」
「あぁ、三つ裂きで済んだからな。あの時の俺じゃなきゃ、そのままお陀仏だったぜ」
思い出話に花が咲いているが、明らかに内容が血生臭い。というか、三つ裂きにされたのに、なんで生きてるの?
久しぶりの神様全開トークに置いてけぼりをくらってしまう。そんな私をよそに、和泉さんは完成したパフェたい焼きを宇迦さんに差し出した。
「うわぁ、これはすごい迫力だね」
近所の女子大生よりも可愛らしい反応で宇迦さんがいろんな角度からパフェたい焼きを眺める。そして唐突に、くすくすと笑い始めた。
「なるほど、これは苦しそうだ」
「やっぱりですか……」
「あぁ、ううん。半分違って、半分正解ってところかな」
宇迦さんの言葉の意味が分からなかった。それは和泉さんも同じだったようで、むっと眉間に皺を寄せている。
「僕の友人の杏子さんも言ってたんだよ。苦しそうって」
「杏子さん……?」
聞き覚えのある名前に思わず復唱してしまう。そんな私の反応に、宇迦さんはにこっと目を細めた。
「そう、尭さんの奥さんで……君にとってはおばあちゃん、になるのかな? 家が近所でね、よくお参りに来てくれたんだよ。彼女にこちらの姿は見えなかったみたいだけど、尭さんや娘さんや、孫の君のことをよく話してくれてたんだ」
祖母と宇迦さんの間にそんな繋がりがあるとは知らなかった。確かに、初めて病院の前で会った時も知り合いが入院している、と言っていたが、もしかして祖父のことだったのだろうか。ただただ驚いてしまって、呆然と彼の話に耳を傾ける。
「それである時ね、杏子さんが尭さんと街で見たっていうたい焼きの話をしてくれたんだよ。ちょうどこんな感じで口からクリームが詰められてて、若い子たちが美味しそうに食べてたんだって。でも杏子さんは『苦しそうね』って言ったらしいんだよ」
「苦しそう、って言ったのは元々おばあちゃんだったんですか?」
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