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第5話 甘い思い出①
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耳が痛くなる風の冷たさは、いつの間にか柔らかく爽やかなものに変わってきていた。昼間には鉄板の前にいると汗ばむほどの日もある。
ようやく私も店に出せる程度のたい焼きが焼けるようになってきたのに、この気温では熱いものより冷たいものを食べたくなるのが人の心理というものだ。おかげで売上はじわじわと右肩下がり。
一方、お隣のクレープ屋『ちりめん』は、真昼くんもクレープを焼けるようになり、さらに手強いライバルへと進化した。おまけにアイスを包んだひんやりクレープを売り出し、いつも通りのほっくりたい焼きを売り出すこちょうでは全く勝負にならない日さえある。
「というわけで、こんなものを考えてみました」
和泉さんの前に出したのは、たい焼きの皮の中にソフトクリームを入れ、チョコスプレーでデコレーションしたパフェのようなたい焼きだった。夏のこちょうはソフトクリームを売っているため、その機械を例年より早く起動させたのだ。
「なんだこれ! 鯛が雲食ってるみてーだな!」
思いの外、和泉さんの反応はいい。温かい皮と冷たいクリームを一緒にすることで、いつもと違うたい焼きの触感が味わえる。皮もソフトクリームを受け止められるよう普段より厚めに焼いているため、いつもとは違うこちょうの味を楽しめるはずだ。
「底にはちゃんとあずきも入ってます。クリームとあずきは相性もいいですし、あずきがないとクレープの皮をたい焼きにしただけになっちゃうので」
「見た目も面白いし、いいんじゃねーの?」
そういうわけで、早速その日からパフェたい焼きは始動した。
嬉しいことに、予想以上に若者の食いつきがいい。ソフトクリームにかけたチョコレートスプレーのカラフルさや、たい焼きからはみ出るクリームのインパクトに惹かれる人が多かった。
おかげで商品を受け取った瞬間、スマホで写真に収めるという今まで見ることのなかったお客さんの姿が見られた。
今はソフトクリームがバニラ味だけだが、あんことの相性で言うなら抹茶味のソフトクリームをバリエーションとして追加するのもいいかもしれない。もしかしたら、他にも未知の組み合わせがあるかも、と思うと夢は広がっていく。
やっぱり、味の研究は楽しい。試行錯誤しても上手くいかない時の方が圧倒的に多いけれど、自信をもって出せるものが完成した時の嬉しさは、全ての苦労を昇華してくれる。
大学時代にそうした楽しさを見出して、会社でもそれができたら、とヤムヤミーに入社したけれど、現実はそう上手くはいかなかった。
だからこそ、このパフェたい焼きは自分の原点に立ち返れたようで、どうにかこちょうのメニューとして定着させられればと、密かな野望のようなものも抱いているのだった。
「和泉さん! SNSでも宣伝しましょう!」
たい焼きパフェを和泉さんに持ってもらい、それらしいアングルで写真に収める。バズった後も、地道に毎日発信をしていたおかげか、今ではそこそこのフォロワーが付いていた。そしてやはり、和泉さんが写真に現れると女性の反応がいい。
「今度こそ俺がいんふるえんざだな!」
「それを言うなら、インフルエンサーですね」
ようやく、ちりめんとまともに戦えるようになってきた時、一本の電話が鳴る。
『次の休み、ちょっと話せるかのぉ』
挨拶もそこそこにそう言ったおじいちゃんの声は、少し硬かった。
休みの日、和泉さんと一緒に祖父が入院している病院へと向かった。
電話越しの祖父の声に、まさか何か別の病気でも見つかったのか、と不安になりつつの訪問である。
「あの尭がそう簡単にくたばるわけねーだろ」
と和泉さんはからから笑っていたが、朝からいつもよりも落ち着かない様子だった。病院に来てからは目にするものすべてが珍しいのか、目を離すとふらふらとどこか違う場所へと歩いていこうとする。
「あんまりうろちょろしてると、変に思われますよ?」
「しょーがねーだろ。初めてきたんだから」
家でそわそわしている彼を見た時は、なんだかんだ言いつつ祖父を心配しているのかと思っていたが、実は初めて行く病院にテンションが上がっていただけかもしれないと思い直してしまう。
祖父の入院している部屋に辿り着き、恐る恐る扉に手をかける。すらっと開いた扉の先、四人部屋の右奥の窓際に面したベッドからこちらに気付いた祖父がひらりと手を振った。
「お、来たか」
少し、痩せた?
一番に浮かんだ感想に、ぎゅっと胸が縮み上がる。祖母の時は、最期がどうだったのかもうあまり覚えていない。ただ、そんなことを思い出してしまうくらいには祖父もいい年だ。
「ごめんね。しばらくお見舞い来られなくて……」
「それだけ代理店長を頑張ってくれとるんじゃろう? それに、儂は看護師さんとうはうはじゃからのぉ!」
にこにこと笑ういつも通りの祖父の明るい表情にほっとする。そして祖父の視線は隣にいる和泉さんへと移った。
「まさか和泉も来てくれるとは思わなんだ」
「何だよ、尭。ちょっと痩せたんじゃねーの?」
あまりにも直球に聞く和泉さんに、今は少しだけ感謝した。自分ひとりではどう切り出したものかと悩み続けていただろう。
「それが……」
和泉さんの声に、祖父の声がしゅんと小さくなる。先ほどまでの笑みが消えて、思わず身構える。昨日の夜、最悪の告白を何通りも考えてしまって寝つきは悪かった。それでも、直接聞くまではただの妄想だと自分に言い聞かせていたのだ。
ぎゅっと拳を握る。そして静かに、祖父の言葉の続きを待った。
ようやく私も店に出せる程度のたい焼きが焼けるようになってきたのに、この気温では熱いものより冷たいものを食べたくなるのが人の心理というものだ。おかげで売上はじわじわと右肩下がり。
一方、お隣のクレープ屋『ちりめん』は、真昼くんもクレープを焼けるようになり、さらに手強いライバルへと進化した。おまけにアイスを包んだひんやりクレープを売り出し、いつも通りのほっくりたい焼きを売り出すこちょうでは全く勝負にならない日さえある。
「というわけで、こんなものを考えてみました」
和泉さんの前に出したのは、たい焼きの皮の中にソフトクリームを入れ、チョコスプレーでデコレーションしたパフェのようなたい焼きだった。夏のこちょうはソフトクリームを売っているため、その機械を例年より早く起動させたのだ。
「なんだこれ! 鯛が雲食ってるみてーだな!」
思いの外、和泉さんの反応はいい。温かい皮と冷たいクリームを一緒にすることで、いつもと違うたい焼きの触感が味わえる。皮もソフトクリームを受け止められるよう普段より厚めに焼いているため、いつもとは違うこちょうの味を楽しめるはずだ。
「底にはちゃんとあずきも入ってます。クリームとあずきは相性もいいですし、あずきがないとクレープの皮をたい焼きにしただけになっちゃうので」
「見た目も面白いし、いいんじゃねーの?」
そういうわけで、早速その日からパフェたい焼きは始動した。
嬉しいことに、予想以上に若者の食いつきがいい。ソフトクリームにかけたチョコレートスプレーのカラフルさや、たい焼きからはみ出るクリームのインパクトに惹かれる人が多かった。
おかげで商品を受け取った瞬間、スマホで写真に収めるという今まで見ることのなかったお客さんの姿が見られた。
今はソフトクリームがバニラ味だけだが、あんことの相性で言うなら抹茶味のソフトクリームをバリエーションとして追加するのもいいかもしれない。もしかしたら、他にも未知の組み合わせがあるかも、と思うと夢は広がっていく。
やっぱり、味の研究は楽しい。試行錯誤しても上手くいかない時の方が圧倒的に多いけれど、自信をもって出せるものが完成した時の嬉しさは、全ての苦労を昇華してくれる。
大学時代にそうした楽しさを見出して、会社でもそれができたら、とヤムヤミーに入社したけれど、現実はそう上手くはいかなかった。
だからこそ、このパフェたい焼きは自分の原点に立ち返れたようで、どうにかこちょうのメニューとして定着させられればと、密かな野望のようなものも抱いているのだった。
「和泉さん! SNSでも宣伝しましょう!」
たい焼きパフェを和泉さんに持ってもらい、それらしいアングルで写真に収める。バズった後も、地道に毎日発信をしていたおかげか、今ではそこそこのフォロワーが付いていた。そしてやはり、和泉さんが写真に現れると女性の反応がいい。
「今度こそ俺がいんふるえんざだな!」
「それを言うなら、インフルエンサーですね」
ようやく、ちりめんとまともに戦えるようになってきた時、一本の電話が鳴る。
『次の休み、ちょっと話せるかのぉ』
挨拶もそこそこにそう言ったおじいちゃんの声は、少し硬かった。
休みの日、和泉さんと一緒に祖父が入院している病院へと向かった。
電話越しの祖父の声に、まさか何か別の病気でも見つかったのか、と不安になりつつの訪問である。
「あの尭がそう簡単にくたばるわけねーだろ」
と和泉さんはからから笑っていたが、朝からいつもよりも落ち着かない様子だった。病院に来てからは目にするものすべてが珍しいのか、目を離すとふらふらとどこか違う場所へと歩いていこうとする。
「あんまりうろちょろしてると、変に思われますよ?」
「しょーがねーだろ。初めてきたんだから」
家でそわそわしている彼を見た時は、なんだかんだ言いつつ祖父を心配しているのかと思っていたが、実は初めて行く病院にテンションが上がっていただけかもしれないと思い直してしまう。
祖父の入院している部屋に辿り着き、恐る恐る扉に手をかける。すらっと開いた扉の先、四人部屋の右奥の窓際に面したベッドからこちらに気付いた祖父がひらりと手を振った。
「お、来たか」
少し、痩せた?
一番に浮かんだ感想に、ぎゅっと胸が縮み上がる。祖母の時は、最期がどうだったのかもうあまり覚えていない。ただ、そんなことを思い出してしまうくらいには祖父もいい年だ。
「ごめんね。しばらくお見舞い来られなくて……」
「それだけ代理店長を頑張ってくれとるんじゃろう? それに、儂は看護師さんとうはうはじゃからのぉ!」
にこにこと笑ういつも通りの祖父の明るい表情にほっとする。そして祖父の視線は隣にいる和泉さんへと移った。
「まさか和泉も来てくれるとは思わなんだ」
「何だよ、尭。ちょっと痩せたんじゃねーの?」
あまりにも直球に聞く和泉さんに、今は少しだけ感謝した。自分ひとりではどう切り出したものかと悩み続けていただろう。
「それが……」
和泉さんの声に、祖父の声がしゅんと小さくなる。先ほどまでの笑みが消えて、思わず身構える。昨日の夜、最悪の告白を何通りも考えてしまって寝つきは悪かった。それでも、直接聞くまではただの妄想だと自分に言い聞かせていたのだ。
ぎゅっと拳を握る。そして静かに、祖父の言葉の続きを待った。
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