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第4話 憧れのカタチ②
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店の裏にある階段の下。一日中、日の差さないその小さな路地裏には、ひっそりと隠れるように和泉さんの社が壁に埋め込まれている。そんな社の前にしゃがみ込んで、肺に溜まった息を思い切り吐き出した。
「今日も合格もらえなかった……」
尻尾の先が黒く焦げたたい焼きを一口頬張る。まずくはないが、和泉さんの作るたい焼きと比べたら、この焦げから生まれる雑味が明らかに質を落としていた。
原因は分かっている。落とす生地の量が均一じゃなかったり、焼き型を合わせる時に勢いが足りなかったり……そんな細かなエトセトラが重なって、あんこが生地からはみ出して、他の部分よりも早く焦げてしまうのだ。
「はぁ……」
聞こえてきた私よりも重たい溜息。階段の方を見れば、その隙間から見覚えのある姿が目に入った。
「丹後さん……?」
呼びかけてしまってからはっとする。
彼と私の間にほとんど面識はない。名前も和泉さんから聞いただけで、自己紹介をされたわけではないのに、不審に思われてしまっただろうか。
そんな頭の中をぐるぐると思考が回り続けて硬直する私に、いかつい身体で彼は折り目正しくお辞儀してくれる。
「お疲れ様です」
「あ、えと……お疲れ様です」
ものすごくビジネス的な対応は、まさに大人の振る舞いだった。そこでようやく、自分が言うべきことがぐしゃぐしゃになった思考の中から浮かび上がってくる。
「ご挨拶が遅れてすみません。祖父に代わり、こちょうの代理店長をしております、今川結貴です」
「祖父、ということは……お孫さんでしたか。では、二〇一号室に最近住まわれているのも?」
二〇一号室と相変わらずの重低音ボイスで囁きながら階段の上を指差す。確かに同じ建物内の店で働いていれば、この階段から降りてくる私を見ることもあるだろう。しかし、二〇一号室、と部屋番号も当てられてしまい、つい警戒してしまう。
「あぁ、急にプライベートなことをすみません。私、二〇二号室に住んでいるので」
「えっ」
居候を始める前、和泉さんが散らかしまくった二〇一号室に上がったことがある。その時、和泉さんと言い合いになって思わず大きな声を出してしまい、隣から壁ドンをされたことがあった。
「す、すみませんでした……! いつもうるさくしてしまって!」
「いえ、ここは木造で壁も薄いですし。あと、あなたが来る前からそれなりに賑やかなお隣さんだとは知っていたので」
「賑やか……」
これは嫌味? それとも素?
分からないけれど、できるだけ声は響かせないようにしようと決意した瞬間だった。
しかし、そこで会話のキャッチボールも終わってしまい無言の間が流れる。先ほどの溜息の重さは気になるものの、隣で働いているとは言え、赤の他人である私が口を出すことではないだろう。
ただ、こちらから話を切り上げる勇気もなく、そしてなぜか彼もこちらをじっと見つめたまま動こうとしなかった。
彼が動かない理由を探ろうと階段の隙間越しに彼をこっそり観察していたその時、きゅうぅ、と可愛らしい音が鳴る。
「……失礼」
「もしかして、お腹空いてます?」
ピンクの可愛らしいエプロンといい、お腹の虫の可憐さといい、丹後さんはギャップが尽きることがない。
「あの、良かったらたい焼き食べますか? 私の失敗作なんですけど、いっぱいあって……あ、でも食べられないほどじゃないんです!」
そう言って、紙袋に個包装されたたい焼きの入ったビニール袋を掲げる。すると、また丹後さんがじっと見つめてくるだけの無言の間が続いて、やがて静かに頷き返した。
「今日も合格もらえなかった……」
尻尾の先が黒く焦げたたい焼きを一口頬張る。まずくはないが、和泉さんの作るたい焼きと比べたら、この焦げから生まれる雑味が明らかに質を落としていた。
原因は分かっている。落とす生地の量が均一じゃなかったり、焼き型を合わせる時に勢いが足りなかったり……そんな細かなエトセトラが重なって、あんこが生地からはみ出して、他の部分よりも早く焦げてしまうのだ。
「はぁ……」
聞こえてきた私よりも重たい溜息。階段の方を見れば、その隙間から見覚えのある姿が目に入った。
「丹後さん……?」
呼びかけてしまってからはっとする。
彼と私の間にほとんど面識はない。名前も和泉さんから聞いただけで、自己紹介をされたわけではないのに、不審に思われてしまっただろうか。
そんな頭の中をぐるぐると思考が回り続けて硬直する私に、いかつい身体で彼は折り目正しくお辞儀してくれる。
「お疲れ様です」
「あ、えと……お疲れ様です」
ものすごくビジネス的な対応は、まさに大人の振る舞いだった。そこでようやく、自分が言うべきことがぐしゃぐしゃになった思考の中から浮かび上がってくる。
「ご挨拶が遅れてすみません。祖父に代わり、こちょうの代理店長をしております、今川結貴です」
「祖父、ということは……お孫さんでしたか。では、二〇一号室に最近住まわれているのも?」
二〇一号室と相変わらずの重低音ボイスで囁きながら階段の上を指差す。確かに同じ建物内の店で働いていれば、この階段から降りてくる私を見ることもあるだろう。しかし、二〇一号室、と部屋番号も当てられてしまい、つい警戒してしまう。
「あぁ、急にプライベートなことをすみません。私、二〇二号室に住んでいるので」
「えっ」
居候を始める前、和泉さんが散らかしまくった二〇一号室に上がったことがある。その時、和泉さんと言い合いになって思わず大きな声を出してしまい、隣から壁ドンをされたことがあった。
「す、すみませんでした……! いつもうるさくしてしまって!」
「いえ、ここは木造で壁も薄いですし。あと、あなたが来る前からそれなりに賑やかなお隣さんだとは知っていたので」
「賑やか……」
これは嫌味? それとも素?
分からないけれど、できるだけ声は響かせないようにしようと決意した瞬間だった。
しかし、そこで会話のキャッチボールも終わってしまい無言の間が流れる。先ほどの溜息の重さは気になるものの、隣で働いているとは言え、赤の他人である私が口を出すことではないだろう。
ただ、こちらから話を切り上げる勇気もなく、そしてなぜか彼もこちらをじっと見つめたまま動こうとしなかった。
彼が動かない理由を探ろうと階段の隙間越しに彼をこっそり観察していたその時、きゅうぅ、と可愛らしい音が鳴る。
「……失礼」
「もしかして、お腹空いてます?」
ピンクの可愛らしいエプロンといい、お腹の虫の可憐さといい、丹後さんはギャップが尽きることがない。
「あの、良かったらたい焼き食べますか? 私の失敗作なんですけど、いっぱいあって……あ、でも食べられないほどじゃないんです!」
そう言って、紙袋に個包装されたたい焼きの入ったビニール袋を掲げる。すると、また丹後さんがじっと見つめてくるだけの無言の間が続いて、やがて静かに頷き返した。
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