夜が明けるまで嘘を抱く

第三章

3-9 誕生日祝い

　6月1日火曜日、俺の誕生日の放課後、壱星に連れて来られたのは小洒落たレストランだった。店名はフランス語みたいだったけど、内装は和風モダンという感じで、何だかよくわからない。

　受付で名前を告げるとすぐに小さな個室に通され、他にどんな客がいるのかも確認できなかった。俺達のような男子大学生2人が来るのは珍しいことなんじゃないかとソワソワしてしまう。

「20歳のお誕生日おめでとう、智暁君」

　そう言うと壱星は、どことなく手慣れた様子でノンアルコールカクテルの入ったグラスを掲げた。俺は酒にするかと尋ねられたが、家系的に酒に強いとも思えず、せっかくの料理が台無しになると嫌だからやめておいた。

　それに……20歳になって初めて酒を飲むのは、3日後に誕生日を迎える蒼空と一緒がよかったから。

　ふとよぎった考えを振り払うため小さく咳払いをすると、改まった感じを装って壱星を真っ直ぐ見つめた。

「ありがとな、壱星。わざわざ嬉しいよ。俺、こういうちっちゃい部屋がある店で飯食うの初めて。なんかソワソワすんな」
「そうなの？せっかくだし、この方が落ち着けると思ったんだけど。ホテルとかの方がよかったかな」
「……ホテル？いや、全然、ここでいいよ。こっちのがいい」

　きっと壱星の選ぶ店は俺にとってはどこも場違いだろうから……。そんなことを考えながら目の前にあるコースの品書きを眺める。味噌とか麹とか知っている単語もあるが、やはりベースはフランス料理らしくて見慣れない横文字が並んでいる。あ、伊勢海老の……テルミドール？何かわからないけど、これは楽しみかも。

「壱星はさ、この店来たことあんの？」
「あるよ。お父さんとね」

「ふーん、なるほどなぁ……。そん時も伊勢海老食った？」
「食べてないよ。それはお誕生日だから特別に。智暁君好きでしょ？」

「うん。すげぇ楽しみ。確かに伊勢海老ってお節とかでしか食べないから特別感あるなぁ。子供の頃は海老フライがごちそう的ポジションで……」

　そんなどうでもいい俺の好物の話を壱星は嬉しそうに聞いてくれた。

　運ばれてくる料理はどれも初めて食べる味だったけど旨かった。パッと見は少なく見えても、ちょこちょこと食べているせいか、デザートが出てくる頃にはすっかり満腹だった。

　デザートの皿には「Happy Birthday」と書かれており、蝋燭とチョコレートケーキがのっている。それを運んできた店員は「おめでとうございます」と控えめに言ってすぐに立ち去ったが、それでも少し気恥ずかしい。

「改めておめでとう、智暁君。はい、これプレゼント」

　促されて蝋燭を吹き消した俺に対して、壱星は少し照れた顔をしながらリボンの掛かった小さな箱を手渡してきた。

「おう、そんなんもあるのか。サンキューな」

　何気なく受け取ってみて、それが高そうなブランド品であることに気が付く。

　あぁ、やっぱりそうか。食べ物なら俺も素直に喜べるけど、これはどうだろう……。

　だけど、少し身を乗り出してニコニコとしている壱星の手前、何が出てきても大袈裟なくらい反応してやろうと心に決め、リボンを解いて箱を開ける。

「おぉっ、これは……これは、何だろ。ね、ネックレス？」
「うん。色々悩んだんだけど。智暁君、ピアスはしないでしょ？だからペンダントにしてみた。似合うと思って」

　予想していなかった物に少し面食らってしまった。男の俺が男にアクセサリーを貰う日が来るなんて、正直夢にも思わなかった。

　だけど、俺のために悩んで買ってくれたんだ。壱星とちゃんと付き合っていくには、こういうのも慣れていかなくちゃ。

「ありがとな！すげぇ嬉しい」
「ふふ。智暁君に喜んでもらえてよかった」

　口元を押さえて心から嬉しそうに笑う壱星を見て安心しながらも、こんなチャラチャラしたものが自分に似合うとは思えず、鳥肌の立った二の腕をそっと擦った。