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第三章
3-2 流されないように *
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クチュクチュという水音と、肌を打ちつるける音、それから俺たち2人分の荒い息遣いが壱星の部屋に響く。
「智暁君っ、ねえっ……もっと、激しくしてっ……」
自ら腰を揺らして上ずった声を出しながら、壱星は白くて細い腕を俺の首に絡めてきた。
「いっ、壱星……」
「智暁君、ここっ……ここ噛んで」
壱星の肩に押し付けられた頭を上げることができない。いつの間にこんなに力が強くなったのかと驚くが、恐らく今までは俺が気が付かなかっただけだろう。
薄く口を開いて甘噛みのようなことをしてみるが、壱星は満足してくれない。
「お願いっ……もっとっ……」
もう二度とこんなことしないって決めたばっかりなのに……。
ぐっと歯を食い込ませると、壱星の爪が俺の首へと立てられる。
「ああっ……智暁君っ」
薄い爪が刺さって痛い。でも、気持ちがいい。壱星の脚が俺の腰に巻き付き、さらに奥へと誘導される。繋がった部分がどんどん熱くなり、ドクドクと血が流れて溜まっていくのを感じる。
「壱星、これがいいの?」
「うんっ……智暁君っ……きもちいっ……」
「俺もだよ、壱星……あっ、もうイキそう……」
どうしてこうなったんだろう。ちゃんと話をしようと思ったはずなのに。でも、今はそんなことどうでもいい。うねる体が気持ち良すぎて、何もかもどうでも……。
◇◇◇
服も着ないままベッドに横たわり、壱星の柔らかな髪を撫でる。
「なぁ、壱星……」
「どうしたの、智暁君?」
あからさまに機嫌のいい壱星に対して、昨日のことを蒸し返していいものか躊躇ってしまう。本当はヤッてしまう前に話すべきだったのに……。
今日、壱星はこの部屋に着くなり俺を求めてきた。キスをして、服に手を入れて、俺が何かを言おうとするのを遮り「お願い、早く」って。俺をその気にさせるとすぐにシャワーを浴びてきて。逆らうとまた泣かせてしまいそうだったから、俺は流されるように壱星を抱いてしまった。
薄っすらと歯型の残る壱星の肩に触れながら、欲望に流されたり、求められるがままに行動したりすることの危うさを思い返し、覚悟を決める。
「壱星、これからは痛いこととか、痕が残るようなことはしないでおこう」
「どうして?」
壱星は間髪を入れずに尋ねてきた。相変わらず嬉しそうにニコニコと笑っている。
「壱星のこと傷付けたくないから」
「智暁君になら何されても嬉しいよ」
「そういうことじゃなくて。ってか、俺が嫌なんだよ」
「嫌なの?前は智暁君からしてきたよね?」
「そうだけど……。後悔してる。俺ちょっとおかしくなってたんだと思う。でも、今はもう大丈夫だから……」
そう言い終わる直前、俺を見上げるように横たわっていた壱星がくるりと仰向けになるよう向きを変えた。
「そっか……。智暁君は……」
「……壱星?」
壱星の声が聞き取れず、上体を起こしてその顔を覗き込んだ。壱星は無表情のまま虚空を見つめている。
額を流れる黒くてしなやかな髪、陶器のように白くて滑らかな肌、長くて量の多い睫毛に覆われたガラス玉のような瞳――全てが作り物のようで、俺はなぜかゾッとした。絵の具を薄く溶いたようなピンク色の頬も、薄く小さいが形のいい唇も、何もかもが嘘くさい。
俺はこんな男を抱いていたのか。こんなにも美しく整った存在が、果たして俺なんかを心の底から求めるだろうか。
「わかった、智暁君。もうやめよう」
丸みのあるアーモンド型の目がゆっくりと曲がり、見慣れた微笑みが俺に向けられた。
「智暁君は智暁君だもんね。俺は智暁君が傍にいてくれれば、他には何もいらない。……ねぇ、大好きだよ。ずっと俺の傍にいてね、智暁君」
そう言い終わる頃にはすっかり違和感が消え、いつもの壱星に戻ったような気がした。健気で、従順で、俺に夢中な壱星に。
俺はそのことに安心して、壱星の頭を撫でると再びその隣に体を倒した。
「智暁君っ、ねえっ……もっと、激しくしてっ……」
自ら腰を揺らして上ずった声を出しながら、壱星は白くて細い腕を俺の首に絡めてきた。
「いっ、壱星……」
「智暁君、ここっ……ここ噛んで」
壱星の肩に押し付けられた頭を上げることができない。いつの間にこんなに力が強くなったのかと驚くが、恐らく今までは俺が気が付かなかっただけだろう。
薄く口を開いて甘噛みのようなことをしてみるが、壱星は満足してくれない。
「お願いっ……もっとっ……」
もう二度とこんなことしないって決めたばっかりなのに……。
ぐっと歯を食い込ませると、壱星の爪が俺の首へと立てられる。
「ああっ……智暁君っ」
薄い爪が刺さって痛い。でも、気持ちがいい。壱星の脚が俺の腰に巻き付き、さらに奥へと誘導される。繋がった部分がどんどん熱くなり、ドクドクと血が流れて溜まっていくのを感じる。
「壱星、これがいいの?」
「うんっ……智暁君っ……きもちいっ……」
「俺もだよ、壱星……あっ、もうイキそう……」
どうしてこうなったんだろう。ちゃんと話をしようと思ったはずなのに。でも、今はそんなことどうでもいい。うねる体が気持ち良すぎて、何もかもどうでも……。
◇◇◇
服も着ないままベッドに横たわり、壱星の柔らかな髪を撫でる。
「なぁ、壱星……」
「どうしたの、智暁君?」
あからさまに機嫌のいい壱星に対して、昨日のことを蒸し返していいものか躊躇ってしまう。本当はヤッてしまう前に話すべきだったのに……。
今日、壱星はこの部屋に着くなり俺を求めてきた。キスをして、服に手を入れて、俺が何かを言おうとするのを遮り「お願い、早く」って。俺をその気にさせるとすぐにシャワーを浴びてきて。逆らうとまた泣かせてしまいそうだったから、俺は流されるように壱星を抱いてしまった。
薄っすらと歯型の残る壱星の肩に触れながら、欲望に流されたり、求められるがままに行動したりすることの危うさを思い返し、覚悟を決める。
「壱星、これからは痛いこととか、痕が残るようなことはしないでおこう」
「どうして?」
壱星は間髪を入れずに尋ねてきた。相変わらず嬉しそうにニコニコと笑っている。
「壱星のこと傷付けたくないから」
「智暁君になら何されても嬉しいよ」
「そういうことじゃなくて。ってか、俺が嫌なんだよ」
「嫌なの?前は智暁君からしてきたよね?」
「そうだけど……。後悔してる。俺ちょっとおかしくなってたんだと思う。でも、今はもう大丈夫だから……」
そう言い終わる直前、俺を見上げるように横たわっていた壱星がくるりと仰向けになるよう向きを変えた。
「そっか……。智暁君は……」
「……壱星?」
壱星の声が聞き取れず、上体を起こしてその顔を覗き込んだ。壱星は無表情のまま虚空を見つめている。
額を流れる黒くてしなやかな髪、陶器のように白くて滑らかな肌、長くて量の多い睫毛に覆われたガラス玉のような瞳――全てが作り物のようで、俺はなぜかゾッとした。絵の具を薄く溶いたようなピンク色の頬も、薄く小さいが形のいい唇も、何もかもが嘘くさい。
俺はこんな男を抱いていたのか。こんなにも美しく整った存在が、果たして俺なんかを心の底から求めるだろうか。
「わかった、智暁君。もうやめよう」
丸みのあるアーモンド型の目がゆっくりと曲がり、見慣れた微笑みが俺に向けられた。
「智暁君は智暁君だもんね。俺は智暁君が傍にいてくれれば、他には何もいらない。……ねぇ、大好きだよ。ずっと俺の傍にいてね、智暁君」
そう言い終わる頃にはすっかり違和感が消え、いつもの壱星に戻ったような気がした。健気で、従順で、俺に夢中な壱星に。
俺はそのことに安心して、壱星の頭を撫でると再びその隣に体を倒した。
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