上 下
28 / 57
第三章

3-2 流されないように *

しおりを挟む
 クチュクチュという水音と、肌を打ちつるける音、それから俺たち2人分の荒い息遣いが壱星の部屋に響く。

「智暁君っ、ねえっ……もっと、激しくしてっ……」

 自ら腰を揺らして上ずった声を出しながら、壱星は白くて細い腕を俺の首に絡めてきた。

「いっ、壱星……」
「智暁君、ここっ……ここ噛んで」

 壱星の肩に押し付けられた頭を上げることができない。いつの間にこんなに力が強くなったのかと驚くが、恐らく今までは俺が気が付かなかっただけだろう。

 薄く口を開いて甘噛みのようなことをしてみるが、壱星は満足してくれない。

「お願いっ……もっとっ……」

 もう二度とこんなことしないって決めたばっかりなのに……。

 ぐっと歯を食い込ませると、壱星の爪が俺の首へと立てられる。

「ああっ……智暁君っ」

 薄い爪が刺さって痛い。でも、気持ちがいい。壱星の脚が俺の腰に巻き付き、さらに奥へと誘導される。繋がった部分がどんどん熱くなり、ドクドクと血が流れて溜まっていくのを感じる。

「壱星、これがいいの?」
「うんっ……智暁君っ……きもちいっ……」
「俺もだよ、壱星……あっ、もうイキそう……」

 どうしてこうなったんだろう。ちゃんと話をしようと思ったはずなのに。でも、今はそんなことどうでもいい。うねる体が気持ち良すぎて、何もかもどうでも……。

◇◇◇

 服も着ないままベッドに横たわり、壱星の柔らかな髪を撫でる。

「なぁ、壱星……」
「どうしたの、智暁君?」

 あからさまに機嫌のいい壱星に対して、昨日のことを蒸し返していいものか躊躇ってしまう。本当はヤッてしまう前に話すべきだったのに……。

 今日、壱星はこの部屋に着くなり俺を求めてきた。キスをして、服に手を入れて、俺が何かを言おうとするのを遮り「お願い、早く」って。俺をその気にさせるとすぐにシャワーを浴びてきて。逆らうとまた泣かせてしまいそうだったから、俺は流されるように壱星を抱いてしまった。

 薄っすらと歯型の残る壱星の肩に触れながら、欲望に流されたり、求められるがままに行動したりすることの危うさを思い返し、覚悟を決める。

「壱星、これからは痛いこととか、痕が残るようなことはしないでおこう」
「どうして?」

 壱星は間髪を入れずに尋ねてきた。相変わらず嬉しそうにニコニコと笑っている。

「壱星のこと傷付けたくないから」
「智暁君になら何されても嬉しいよ」

「そういうことじゃなくて。ってか、俺が嫌なんだよ」
「嫌なの?前は智暁君からしてきたよね?」

「そうだけど……。後悔してる。俺ちょっとおかしくなってたんだと思う。でも、今はもう大丈夫だから……」

 そう言い終わる直前、俺を見上げるように横たわっていた壱星がくるりと仰向けになるよう向きを変えた。

「そっか……。智暁君は……」
「……壱星?」

 壱星の声が聞き取れず、上体を起こしてその顔を覗き込んだ。壱星は無表情のまま虚空を見つめている。

 額を流れる黒くてしなやかな髪、陶器のように白くて滑らかな肌、長くて量の多い睫毛に覆われたガラス玉のような瞳――全てが作り物のようで、俺はなぜかゾッとした。絵の具を薄く溶いたようなピンク色の頬も、薄く小さいが形のいい唇も、何もかもが嘘くさい。

 俺はこんな男を抱いていたのか。こんなにも美しく整った存在が、果たして俺なんかを心の底から求めるだろうか。

「わかった、智暁君。もうやめよう」

 丸みのあるアーモンド型の目がゆっくりと曲がり、見慣れた微笑みが俺に向けられた。

「智暁君は智暁君だもんね。俺は智暁君が傍にいてくれれば、他には何もいらない。……ねぇ、大好きだよ。ずっと俺の傍にいてね、智暁君」

 そう言い終わる頃にはすっかり違和感が消え、いつもの壱星に戻ったような気がした。健気で、従順で、俺に夢中な壱星に。

 俺はそのことに安心して、壱星の頭を撫でると再びその隣に体を倒した。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

ストロボ

煉瓦
BL
攻めの想い人に自分が似ていたから、自分は攻めと恋人同士になれたのでは? と悩む受けの話です。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

アルファとアルファの結婚準備

金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。  😏ユルユル設定のオメガバースです。 

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...