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第一章
1-6 吹っ切れることなんて *
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いつもと同じように壱星を抱く。いつもと違うのは、俺が壱星を「砂原」と呼び、壱星が俺を「重森先輩」と呼ぶこと。存在しなかったはずの関係を演じること。
「あ、先輩っ、重森せんぱっ……あぁっ……」
全身を腰から揺さぶられながら、壱星はいるはずのない人の名前を叫ぶ。さっきまでその人のことで泣いていたとは思えないほど、壱星は俺との行為に溺れているようだった。
「どう?砂原、気持ちいい?」
「……っ、はいっ、先輩っ、すごっ……きもちいっですっ……」
重森というのがどういう人間なのか、俺にはさっぱりわからない。ただ、せっかくだから俺とは違う人間になってみようと思い、いつもより少し乱暴に壱星の体を突き上げる。
「あぁっ、やっあ゛っ……ぁうっ……」
「砂原、奥突かれるとすげぇ声出るんだな。エロい声……も、もっと聞かせろよ」
「あ、あぁっ……い、言わないで、くださっ……」
いつもなら言うはずのない気持ち悪いセリフも、俺ではなく「重森真宙」が言っているんだと思えば平気だった。
「あー、あーもうヤバい。あとちょっとでイけそう。……ほら、砂原、もっと中締めろよ」
ぎゅうっと絡みつくように壱星が俺を圧迫する。
「そうっ、気持ちいい。砂原、なぁ……俺のこと好き?」
今までも何度か行為中にこう問いかけたことがある。壱星の回答は当然いつも「好き」だ。
「すっ……好きですっ……先輩、俺っ……重森先輩のこと、ずっと……」
だけど、こんなにも熱の籠もった声で名前を呼ばれたことはあっただろうか。
あぁ、ほんとに好きだったんだな。重森のことが。そう思うと、なんかもっと興奮する。
ずっと好きだった奴に、近くにいても触れることもできずに、ただ見ているだけだった奴に抱かれるのってどんな気持ちなんだろう。
そう。それは、きっと、どうしようもなく気持ちいいのに、どうしようもなく切なくて――。
「あ、ヤバ、イきそっ……イクっ」
「あぁっ……せ、先輩っ、俺もっ……」
ほとんど同時に果てて、俺はしばらく繋がったまま壱星のことを眺めていた。壱星とのセックスは終わった時なんか虚しいけど、今日のそれはいつも以上だった。
壱星とのセックスは――今しがた自分が思い浮かべた考えを反芻し、心の中で苦笑する。だって、俺はこいつとのセックスしか知らないから。
他の人とのセックスは、虚しさなんてないんだろうか。
「……あ、あの、せ、先輩……?」
俺の下で、壱星がおずおずと呼びかけてくる。
「何?ってか、もういいよ。智暁で」
体を離していつものように後始末をしていると、壱星がうっとりとした表情で話しかけてきた。
「……ねぇ、智暁君。なんていうか、すごかったね。激しくて、俺、こんなの初めてで……」
何言ってんだよ、こいつは。イライラする。俺だってイク瞬間は気持ちよかった。でも、俺と一緒に傷口を抉りあったはずの壱星がスッキリとした表情なのが納得いかない。好きだった相手をプレイに使われて何とも思わないんだろうか。
「なぁ、お前……重森真宙と、ほんとはどういう関係だったの?」
俺の問い掛けに壱星の表情が少しだけ曇る。
「……ただの先輩と後輩だよ。生徒会の」
「好きだったんだろ?」
「うん……。でも、重森先輩は皆の憧れだったから、俺なんか見向きもされなかったよ」
「そいつ、今はどうしてんの?」
「さぁ……。県外の大学に行ったらしいけど、どこにいるのかも知らない」
寂しそうに視線を落とす姿に、俺は少しだけ安心する。
「今そいつに会えたらどうする?」
「……どうもしないよ。だって、俺には智暁君がいるから」
壱星の細い指先が俺の腰をゆっくりとなぞった。くすぐったくてその手を掴むと、大きな瞳が真っ直ぐ俺の方へと向けられた。さっきまで重森の名を呼んでいたのと同じ口で、俺の名を呼ぶ。
「智暁君、さっきは泣いたりしてごめんね……。でも、お陰でほんとに吹っ切れたよ。俺はもうあの人のこと何とも思ってないみたい。何て呼び合っても、智暁君は智暁君だね。智暁君さえ傍にいてくれれば、俺は……。ねぇ、大好きだよ。ずっと一緒に居てくれるよね、智暁君」
そう言った途端、壱星の顔から恍惚とした雰囲気が消えた。作り物みたいなその顔にゾクッと背筋が冷たくなる。
まるで何かを見透かしているかのようなその視線に耐えきれず、俺は壱星の手を離すと逃げるように立ち上がった。
「えっと、その……シャワー借りるわ」
「どうぞ、智暁君。タオルそこにあるやつ使って」
窓際の物干しに干しっぱなしのバスタオルを掴むと、俺は脱ぎ捨てた服を拾い集めながら浴室へと向かった。
「あ、先輩っ、重森せんぱっ……あぁっ……」
全身を腰から揺さぶられながら、壱星はいるはずのない人の名前を叫ぶ。さっきまでその人のことで泣いていたとは思えないほど、壱星は俺との行為に溺れているようだった。
「どう?砂原、気持ちいい?」
「……っ、はいっ、先輩っ、すごっ……きもちいっですっ……」
重森というのがどういう人間なのか、俺にはさっぱりわからない。ただ、せっかくだから俺とは違う人間になってみようと思い、いつもより少し乱暴に壱星の体を突き上げる。
「あぁっ、やっあ゛っ……ぁうっ……」
「砂原、奥突かれるとすげぇ声出るんだな。エロい声……も、もっと聞かせろよ」
「あ、あぁっ……い、言わないで、くださっ……」
いつもなら言うはずのない気持ち悪いセリフも、俺ではなく「重森真宙」が言っているんだと思えば平気だった。
「あー、あーもうヤバい。あとちょっとでイけそう。……ほら、砂原、もっと中締めろよ」
ぎゅうっと絡みつくように壱星が俺を圧迫する。
「そうっ、気持ちいい。砂原、なぁ……俺のこと好き?」
今までも何度か行為中にこう問いかけたことがある。壱星の回答は当然いつも「好き」だ。
「すっ……好きですっ……先輩、俺っ……重森先輩のこと、ずっと……」
だけど、こんなにも熱の籠もった声で名前を呼ばれたことはあっただろうか。
あぁ、ほんとに好きだったんだな。重森のことが。そう思うと、なんかもっと興奮する。
ずっと好きだった奴に、近くにいても触れることもできずに、ただ見ているだけだった奴に抱かれるのってどんな気持ちなんだろう。
そう。それは、きっと、どうしようもなく気持ちいいのに、どうしようもなく切なくて――。
「あ、ヤバ、イきそっ……イクっ」
「あぁっ……せ、先輩っ、俺もっ……」
ほとんど同時に果てて、俺はしばらく繋がったまま壱星のことを眺めていた。壱星とのセックスは終わった時なんか虚しいけど、今日のそれはいつも以上だった。
壱星とのセックスは――今しがた自分が思い浮かべた考えを反芻し、心の中で苦笑する。だって、俺はこいつとのセックスしか知らないから。
他の人とのセックスは、虚しさなんてないんだろうか。
「……あ、あの、せ、先輩……?」
俺の下で、壱星がおずおずと呼びかけてくる。
「何?ってか、もういいよ。智暁で」
体を離していつものように後始末をしていると、壱星がうっとりとした表情で話しかけてきた。
「……ねぇ、智暁君。なんていうか、すごかったね。激しくて、俺、こんなの初めてで……」
何言ってんだよ、こいつは。イライラする。俺だってイク瞬間は気持ちよかった。でも、俺と一緒に傷口を抉りあったはずの壱星がスッキリとした表情なのが納得いかない。好きだった相手をプレイに使われて何とも思わないんだろうか。
「なぁ、お前……重森真宙と、ほんとはどういう関係だったの?」
俺の問い掛けに壱星の表情が少しだけ曇る。
「……ただの先輩と後輩だよ。生徒会の」
「好きだったんだろ?」
「うん……。でも、重森先輩は皆の憧れだったから、俺なんか見向きもされなかったよ」
「そいつ、今はどうしてんの?」
「さぁ……。県外の大学に行ったらしいけど、どこにいるのかも知らない」
寂しそうに視線を落とす姿に、俺は少しだけ安心する。
「今そいつに会えたらどうする?」
「……どうもしないよ。だって、俺には智暁君がいるから」
壱星の細い指先が俺の腰をゆっくりとなぞった。くすぐったくてその手を掴むと、大きな瞳が真っ直ぐ俺の方へと向けられた。さっきまで重森の名を呼んでいたのと同じ口で、俺の名を呼ぶ。
「智暁君、さっきは泣いたりしてごめんね……。でも、お陰でほんとに吹っ切れたよ。俺はもうあの人のこと何とも思ってないみたい。何て呼び合っても、智暁君は智暁君だね。智暁君さえ傍にいてくれれば、俺は……。ねぇ、大好きだよ。ずっと一緒に居てくれるよね、智暁君」
そう言った途端、壱星の顔から恍惚とした雰囲気が消えた。作り物みたいなその顔にゾクッと背筋が冷たくなる。
まるで何かを見透かしているかのようなその視線に耐えきれず、俺は壱星の手を離すと逃げるように立ち上がった。
「えっと、その……シャワー借りるわ」
「どうぞ、智暁君。タオルそこにあるやつ使って」
窓際の物干しに干しっぱなしのバスタオルを掴むと、俺は脱ぎ捨てた服を拾い集めながら浴室へと向かった。
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