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第一章

1-3 好きだった人

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 ガタン、と音がして、靴箱の扉が揺れる。

「んぅ……ちあ、き、くん……」

 靴箱に背中を預ける壱星の腰を引き寄せ、もう一度唇を重ねる。

「んんっ……」

 壱星は何か言いたそうだったが、逃げることもせず、ただもぞもぞと俺の下で動いている。薄く開いたその隙間に舌を挿し込むと、硬い歯が上下に退いて俺を受け入れた。

 腰に触れていた手を少しずつ下ろしていき、その柔らかな膨らみを楽しむこともせず割れ目をなぞる。

「智暁君……ま、待って……」

 弱々しく胸元を押し返されるが、俺はそれを気にせず壱星のズボンのボタンを外した。オーバーサイズのそれはチャックを下ろすとともにするりと膝まで滑り落ちる。

「何を待つんだよ?」

 耳元で囁くと小さな体が上下に跳ねる。

「そ、その……」

 壱星は真っ赤になった顔を背け、俺のTシャツの胸元をきゅっと握り締めた。人形みたいに長いまつ毛が何度も何度も揺れ、ようやく再び口を開く。

「あの……シャワー浴びるから、待って……」
「たまにはこのままじゃダメ?ゴムするし」

 三度唇を重ねようとすると、顔を背けて抵抗された。潤んだ瞳が一度俺を見て、それからぎゅっと閉じられる。僅かな沈黙の後、壱星は苦しそうに眉を顰めて左右へ小刻みに首を振った。

「そっか。ごめんな、変なこと言って。じゃあ、向こうで待ってるわ」

 触れていた手を離し、壱星の小さな拳を振りほどくと俺は靴を脱いで部屋の奥へと歩き始めた。

 本気で玄関でおっぱじめようと思っていたわけじゃない。ただ、からかった時の壱星の反応を見てみたかっただけ。見るからにひ弱で大抵のことは聞いてくれるのに、こういうところは譲らない。その性格はからかい甲斐があるし、俺は壱星のそんなところが好きだった。

 シャワーを浴びる壱星を待つ間、部屋の中を見渡していると、ある物が目に留まった。高校の卒業アルバムだ。小綺麗な外見とは裏腹に散らかった壱星の部屋で、本棚の中だけが唯一整然としているのは、恐らく引っ越し当初から触れていないせいだろう。

 分厚くて重いアルバムを引き抜くと、ベッドに腰掛けてそれを開いた。私立の男子校らしく、ブレザーの制服をきちんと着こなした生徒の顔写真が並んでいる。

 3年1組から順にサ行の辺りを探して、4組のページに一際目を引く整った顔を見つけた。人形のように無表情のまま前を見つめているのは、髪が短いことと服装以外は今と全く変わらない高3の頃の壱星だった。

 この時も友達いなかったのかな……。そう思いながらパラパラとページを捲っていると、プリントの切り抜きのような1枚の紙切れが落ちてきた。手書きされた物を印刷したその紙には、育ちの良さそうな達筆な文字で「公約」と書かれている。

「お待たせ、智暁君。何見て――」

 ふいに声を掛けられて顔を上げると、部屋着に着替えた壱星が俺の手元を見て、驚いたような表情で固まっていた。

 どうやらこれは壱星にとって見られたくない物だったらしい。

「壱星、これ……生徒会長選挙の公約?何でこんなの挟まってんの?」
「さ、さぁ、何でかな。たまたまじゃないかな」
「この重森真宙しげもり まひろって奴は何組?どんな奴?」

 そう言いながら再びアルバムに視線を落とす。重森真宙、その名前にはどこか聞き覚えがあった。壱星から何か聞いたのか、それとも……。そんなことを考えながらページを捲ると、壱星の手が伸びてきて公約の切り抜きを掴んだ。

「……ねぇ、それ返して、智暁君」
「あれ、どこにも重森いないけど……何で?」
「いいから。何で気にするの?」
「あ、わかった。学年が違ったのか。先輩?」

 壱星は何も答えず、俺の手を引き剥がそうと指に力を込めてくる。しかし、非力な壱星に俺が負けるはずもなく、手の中では小さく音を立てながら紙が少しずつ折れ曲がっていく。

「ち、智暁君……離して」
「何で?これ、大事なもんなの?」
「そうじゃないけど……もういいでしょ、こんなの」
「お前、何でそんな必死なの?もしかして、壱星……こいつのこと好きだった?」
「それはっ……」

 黒い髪が揺れて、大きな瞳がさらに大きく見開かれる。図星のようだ。


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