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狙撃手

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 指先で感じる引き金が普段よりも冷たかった。
 スコープの中に居る女は人質を取り、銀行内に立て籠っている。
 
 ターバンを巻いた彼女の望みは夫の復讐。彼女の夫は政府が行った空爆で死んだそうだ。それで彼女は我が国のリーダーを差し出せと言っていた。
 死んだ彼女の夫はテロリストでもなんでもない、一介のパン屋であったらしい。
 
 一市民を政府が殺した。
 自国の死刑制度についてはあれこれ議論をするくせに、他国の市民が死んだとしても気にしない。すぐ記憶から消されてしまう。
 命には明確に差があるように感じられた。
 
 彼女の復讐対象は我が国のリーダーだけでなく、無関心な国民なのではないだろうか?
 これらの黒い雲の様な感情を頭から叩き出すのに数秒かかった。
 
 改めて彼女を覗く。
 涙を流す彼女が見えた。
 
 そして私は撃てなくなった。
 
 その後、上官からの命令で、他の狙撃手が彼女を殺した。
 きっと彼女は私たちを覗いていたに違いない。無関心な私たちを。
 
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