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おもてなし

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 マクドナルドへ行ってから、二日経った日曜日。
 レイの家にお呼ばれした。学校から支給されたタブレットに連絡が来て、会う日はすぐに決まった。
 高校用のタブレットをあんなにチェックするなんて滅多にない。
 
 レイの家は地下鉄で15分ほどの所にあるらしい。送られてきた目的地は高級住宅街の中にあった。レイの家は金持ちらしい。
 日曜日の午後の地下鉄はそれなりに人が多かった。
 落ち着いたベージュの服を着ている男子大学生。大学生くらいの年代は男女ともにスマホを見るのが定番だ。
 カップルも多い。向かいの老夫婦は何も話していないのにお互い笑顔だ。
 
 俺はどんな風に見られているだろう。
 車窓に反射する自分。金髪は左に流した。ジェルはあまり使っていない。やり過ぎるとワザとらしいから。眉毛は緩やかな吊り上げだ。
 
 視線を窓から体に移す。
 ベージュのチェスターコートに青いジーパン。たぶん、悪くない。
 
 見た目に気を使って外出するのは久しぶりだ。遊びに行くとよくシュンに、オシャレすれば女子を100人口説ける、なんて言われた覚えがある。今大事なのは女子受けよりレイ受けだ。
 
 指定された駅で降りると、人だかりの黒とビルの窓の青ばかりが目に入る。ビジネス街と住宅街の境界らしい。3分ほど歩くとすぐに洋館風の家屋が目に付くようになった。

 Ohhira.と書かれた表札。その下のインターフォンを押した。

「どうぞ」
 真っ黒な扉が開いてレイが顔を出す。
「おはよう。いや、こんにちはか」
 今見えているのはレイの顔だけで扉は少ししか開いていない。それでも分かるこの香り。あのレモンの香水だ。

「どうかな?」
 扉が完全に開いてレイの全体がようやく見れる。今日のレイは完全にレイだった。ゲームセンターで見た時の綺麗な黒いロングヘアー。フリルの付いた長袖の白いトップス、それをベージュのスカートに入れている。ウエストは引き締まってカーブを描いている。

「すごい。可愛いよそれ。凄く似合ってる」
「そう? 嬉しいな。ハヤトの組み合わせも好き。素敵だよ」
 笑うレイの唇はいつもより赤かった。口紅を塗ったらしい。
「まぁ入ってよ」
 
 それからレイの部屋に通された。子供部屋にしては随分広い。白を基調とした部屋で、特に目立つのは本棚とベッド、それからピアノだ。茶色の本棚にビッシリ本が詰まっている。ベッドの方は薄っすらピンクでフリルが付いていた。向かいにあるのは場所を取らない電子ピアノ。

「はい。コートを脱いで」
 サラリとコートを脱がされた。すぐにコートハンガーに掛けられる。

「どうぞ座って。コーヒーと紅茶はどっちがお好き?」
 スカートを揺らしながらドアの近くで聞いてくる。質問する手の動きまで可愛らしい。
「うーん。紅茶で」
 いつもなら“どっちでもいい”なんて言って終了だ。レイの前ではしっかり選びたい。何が好きなのか見つけたい。

「はーい」
 弾む様な声で答えて行ってしまった。勧められたレザーのソファは柔らかい。
「ハイ。お待たせしました」
 トレイには透明なティーポット。それから赤と青のカップとソーサー。ソファの前の丸いガラステーブルにゆっくり置かれた。

「茶葉が浮いていて綺麗だね」
「ね。透明なのを選んで正解だったよ」
 
 会話を続けながらカップに網状のボウルを設置する。
「これはティーストレーナー。茶葉をこすの」
 注がれる紅茶。色は薄くて匂いが良い。
「ぼくが赤ね。ハヤトは青で」
 暖かいのに爽やかな味。渋みも想像より全くなかった。

「それじゃあ、さっそく始めよう」
 今日来たのは俺の好みを探るため。漫画、本、映画、音楽。醒めていると言われ続けた俺の好きを探しに来ていた。
「『エリーゼのために』を聞いてみた」
「えぇ。なんだか嬉しいな。どうだった?」
「眠くなった」
「ハハハハ。ハヤトは正直だね。それで、好き? 嫌い?」
 レイは笑う時、左手を口元に持っていく。小さな手からはみ出た唇がなんとなく好きだった。そう思いつつ答える。

「それさえよく分からなかったんだよ。でも出だしは格好良いと思ったな」
「おぉ。素敵。そんな感じでお互いの好きを紹介し合おう」
 
 それから数時間、お互いの好みについて話し合った。もちろん俺が聞くシーンの方が多かった。まだ何が好きかハッキリ言えない。それでも話を聞くのは面白い。

「マンガなんだけど、大英帝国時代の恋愛を描いたモノがあるの。セリフは少なめ、風景はビッシリ。サブキャラクターまで作りこまれてるんだ」
 すぐに漫画を見せてくれる。中を見て好きか嫌いか言い合った。気が付くと窓の外は真っ暗だ。

「もう真っ暗だね。ウチに人が来たのなんて久しぶりだから。テンション上がっちゃった」
 あれだけの丁寧なもてなしの理由はそれだったのか。

「今日は楽しかったよ。レイ。ほんと、ありがと。友達になってくれて嬉しいよ」
 正直な感想だ。今日、楽しかったことは疑う余地がまったく無い。
「ねぇ? 友達として相談があるんだけど」
 さっきまでの笑顔とは違う、真剣な声。背筋も伸びている。

「明日、スカートで学校に行こうかなって」
 そうだった。校則でハッキリ可能になったんだ。でも、それはかなり厳しい。ルールが良くても人が悪い。桜子先生の報告の時。クラスの雰囲気は悪かった。簡単にそうしようとは言い難い。

「それは……。今はどうだろう」
 高校生男子なんてまだ子供。簡単に悪口を言うし、簡単に人を傷つける。
「まだ、様子を見てみないか?」
 当然、レイは俯いて黙ってしまう。

「……うん。そうだね。明日はフツーに制服で行くよ」
 普通。そう言ったとき悲しそうだった。彼にとっては普通じゃないのに。

「今日はありがとね。来てくれて嬉しかったよ」
 
 そこから帰るまでは早かった。気の利いたことは言えずに終わってしまった。
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