幻飾イルミネーション

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独りただこの荒野を歩く

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転びながら風呂場に向かう。
いそいで蛇口をひねって水を出す。

「洗面器どこ!?」

叫ぶと同時に、すぐそばに転がっているのを発見。
蛇口の下につっこむ。

水が冷たいが、そんなことで音を上げている暇はない。
洗面器に水をためると、チャプチャプ言わせながら布団のほうに戻り、そのままぶちまける。

1杯じゃ足りない。もう1回。

2回かけたところで火は収まったように見えた。
しかし安心できない。

それから真理は風呂場との往復を5回ほど続けた。

「はあ……」

なんとか消火できたか。
しかし布団の中で燃え続けていることもあるという。油断できない。

最終的に布団を抱えてバスタブの中に放り込んだ。
蛇口の水は出しっぱなし。
布団をみずびたしにする作戦だ。

「ああ、水代がもったいない……」

風呂場を後にすると、まだハロゲンライトがつきっぱなしなことに気づき、
いそいで電源をOFFにした。

部屋は真っ暗だが、もうどうでもいい。
目が慣れてしまった。

「ああ疲れた」

ふうと息をつきながら扉のほうを見る。
誰かが入ってきた形跡はない。
そういえば、鍵はかけていただろうか。
確認しに行ってみると、しっかりかかっていた。

ということは、

(夢だったのだ)

真理は改めて思った。

(現実のわけがない。だって、先輩は……)

なぜ思い出せなかったのだろう。
彼はすでにこの世にいないということを。


田平と別れた次の日、真理はバイト先のおばさんから久しぶりの電話をもらった。

『田平くん、亡くなったんですって』

そんなばかなと思った。
昨日まで、あんなに元気だったじゃないかと。

おばさんからの電話は、葬式の日程を伝えるもので、亡くなったときの状況は伝えられなかった。

葬式の席で、なんとか親族から聞き出したところによると、あの日の夜、公園の近くでトラックにはねられたらしい。

(もしかしたら)

もしかしたら、真理を追いかけて道路に飛び出したところをはねられたのでは……。
そんなことを考えてしまう。

本当のところはわからない。
だが、真理は自分のせいだと思うことにしていた。


(ごめんなさい。私、またいっしょにいけなかった)

夢の中の田平に謝った。

あのとき、大きな物音がしなければ、真理は燃え死んでいて、田平のところに行っていたかもしれないのに……。

そういえば、あの音は何だったのだろう。
外から聞こえた気がするが。

真理は窓を開けて外を確認した。

そこには一面の雪景色が広がっていた。
そして向こうのほうにはキラキラとした街の明かりが見える。

そして窓の下には雪の山ができている。
屋根の上に積もった雪が、重みに耐えきれずに落ちてしまったのだろう。

その雪のすベり落ちる音が真理の目を覚ましたのだ。

(なあんだ)

たいしたことじゃなくて、拍子抜けした。

(それにしても……)

もう一度景色を見る。
窓から見える街の明かりが美しい。

光の中に、高く突き出ているツリーが見える。
今日、真理が作業した公園のツリーだ。

真理が取り付けた電飾はここからでも輝いて見えた。

(綺麗だな)

そう思うのは、自分が作業したという自負があるからだろうか。

(あれ?)

よく見ると、ツリーのてっぺんに誰かが立っているように見える。

(誰?)

と、思っとき、その人影は、ツリーのてっぺんからはなれ、ふわふわと、空へ空へと飛んで行った。

(見間違い?)

それとも電飾が風に飛ばされて飛んでいっただけなのか。

(……考えてもしかたないか)

きっとこれは、あれだ。
サンタクロースがプレゼントを届けに来て、そして帰っていったのだ。

今日一日、飢え死ぬこともなく、凍え死ぬこともなく、焼け死ぬこともなかった

それがきっとプレゼント。

(サンタが雪の音で起こしてくれたのね)

彼氏とともに逝けないことが、プレゼント。
なんて皮肉なサンタクロースだろう。

(だけどありがとう)

「どんなに苦しくても生きるように」
サンタクロースから、そう言われた気がした。

そのプレゼントを胸に、明日も生きよう。

「メリークリスマス」

燃えた布団の代わりに毛布をとりだすと、暗闇のなか、真理は眠りについた。

(明日も……頑張ろう……)
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