7 / 12
デスマスク(6)
しおりを挟む
しばらく忙しい日々が続いた。母は葬儀やら親戚への連絡やらで忙殺され、理杏も何がなんだかわからないままに、それを手伝った。
とは言え、一週間もたてば日常は戻ってくる。もともと父とは没交渉だった理杏だ。日々の生活にはそれほど変化がなかった。
「けど、学費は自分で稼がないといけないかもなあ」
久しぶりに次郎を見舞いに来た理杏は、最近の状況を語ると最後にそう言って締めた。
「そうか、お前もついに独り立ちする時が来たか」
父を失った理杏に、次郎は慰めるでも叱咤するでもなく、そう言って笑った。
「生命保険は降りるらしいよ。しばらくはなんとかなりそうだけど、お金がなくなるのも時間の問題だよね。もしかしたら中退して働くことになるかも」
言いながらも、理杏は自分の働いている姿が想像もできなかった。
「僕が働けるところなんかあるのかなぁ」
「どこでだって働けるさ、お前なら。五体満足な体と、絵を描く力があるんだから」
五体満足と言ったときの次郎の悲しげな表情に、今の理杏は気づくことができない。
「絵を描く力って言っても、僕の画力なんて大したことないよ。たぶん仕事にはできないと思う」
美大にいるからこそ痛感することだった。そして、自分の書きたいことしか書かない、自分の書きたいようにしか書けない自分は、商業画家としては不適だと常々感じていた。
「誰もがお話しでるような、すごい迫力の絵が描ければ良かったんだけど」
理杏が思い浮かべていたのは、祇園社で見たスサノオだった。
「大丈夫だよ」
次郎は言う。
「お前なら、この先ちゃんと生きて行ける。俺が保証するよ」
「せめて何か根拠をつけてよ」
そう言いながら理杏は笑った。
学校には通っていたものの、理杏は激しいスランプに陥っていた。もともと好きなものしか描かず、真面目に課題をこなすほうではなかったが、まったく何も描けなくなってしまった。正確には、描きたいものが浮かばない。そして腕が動いてくれない。
理杏の心に押し寄せるのは空虚だった。何を見ても、何を聴いても、ひたすら虚しいばかりだった。
父の死がショックだったのだと、周りの目には映っただろう。事実、そう言って理杏に声をかけた者もいる。しかし、
「違うんだ。そうじゃないんだ」
理杏はこう答えた。父の死は切欠に過ぎない。あのときから、自分の中にあった何かが抜け落ちてしまったと、理杏は感じていた。
絵の中の誰かと語り合いたかった。しかし語り合うべき絵を、今の理杏は描くことができなかった。
とは言え、一週間もたてば日常は戻ってくる。もともと父とは没交渉だった理杏だ。日々の生活にはそれほど変化がなかった。
「けど、学費は自分で稼がないといけないかもなあ」
久しぶりに次郎を見舞いに来た理杏は、最近の状況を語ると最後にそう言って締めた。
「そうか、お前もついに独り立ちする時が来たか」
父を失った理杏に、次郎は慰めるでも叱咤するでもなく、そう言って笑った。
「生命保険は降りるらしいよ。しばらくはなんとかなりそうだけど、お金がなくなるのも時間の問題だよね。もしかしたら中退して働くことになるかも」
言いながらも、理杏は自分の働いている姿が想像もできなかった。
「僕が働けるところなんかあるのかなぁ」
「どこでだって働けるさ、お前なら。五体満足な体と、絵を描く力があるんだから」
五体満足と言ったときの次郎の悲しげな表情に、今の理杏は気づくことができない。
「絵を描く力って言っても、僕の画力なんて大したことないよ。たぶん仕事にはできないと思う」
美大にいるからこそ痛感することだった。そして、自分の書きたいことしか書かない、自分の書きたいようにしか書けない自分は、商業画家としては不適だと常々感じていた。
「誰もがお話しでるような、すごい迫力の絵が描ければ良かったんだけど」
理杏が思い浮かべていたのは、祇園社で見たスサノオだった。
「大丈夫だよ」
次郎は言う。
「お前なら、この先ちゃんと生きて行ける。俺が保証するよ」
「せめて何か根拠をつけてよ」
そう言いながら理杏は笑った。
学校には通っていたものの、理杏は激しいスランプに陥っていた。もともと好きなものしか描かず、真面目に課題をこなすほうではなかったが、まったく何も描けなくなってしまった。正確には、描きたいものが浮かばない。そして腕が動いてくれない。
理杏の心に押し寄せるのは空虚だった。何を見ても、何を聴いても、ひたすら虚しいばかりだった。
父の死がショックだったのだと、周りの目には映っただろう。事実、そう言って理杏に声をかけた者もいる。しかし、
「違うんだ。そうじゃないんだ」
理杏はこう答えた。父の死は切欠に過ぎない。あのときから、自分の中にあった何かが抜け落ちてしまったと、理杏は感じていた。
絵の中の誰かと語り合いたかった。しかし語り合うべき絵を、今の理杏は描くことができなかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ターゲットは旦那様
ガイア
ライト文芸
プロの殺し屋の千草は、ターゲットの男を殺しに岐阜に向かった。
岐阜に住んでいる母親には、ちゃんとした会社で働いていると嘘をついていたが、その母親が最近病院で仲良くなった人の息子とお見合いをしてほしいという。
そのお見合い相手がまさかのターゲット。千草はターゲットの懐に入り込むためにお見合いを承諾するが、ターゲットの男はどうやらかなりの変わり者っぽくて……?
「母ちゃんを安心させるために結婚するフリしくれ」
なんでターゲットと同棲しないといけないのよ……。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる