死せる聖堂とガーゴイル

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デスマスク(6)

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 しばらく忙しい日々が続いた。母は葬儀やら親戚への連絡やらで忙殺され、理杏も何がなんだかわからないままに、それを手伝った。
 とは言え、一週間もたてば日常は戻ってくる。もともと父とは没交渉だった理杏だ。日々の生活にはそれほど変化がなかった。
「けど、学費は自分で稼がないといけないかもなあ」
 久しぶりに次郎を見舞いに来た理杏は、最近の状況を語ると最後にそう言って締めた。
「そうか、お前もついに独り立ちする時が来たか」
 父を失った理杏に、次郎は慰めるでも叱咤するでもなく、そう言って笑った。
「生命保険は降りるらしいよ。しばらくはなんとかなりそうだけど、お金がなくなるのも時間の問題だよね。もしかしたら中退して働くことになるかも」
 言いながらも、理杏は自分の働いている姿が想像もできなかった。
「僕が働けるところなんかあるのかなぁ」
「どこでだって働けるさ、お前なら。五体満足な体と、絵を描く力があるんだから」
 五体満足と言ったときの次郎の悲しげな表情に、今の理杏は気づくことができない。
「絵を描く力って言っても、僕の画力なんて大したことないよ。たぶん仕事にはできないと思う」
 美大にいるからこそ痛感することだった。そして、自分の書きたいことしか書かない、自分の書きたいようにしか書けない自分は、商業画家としては不適だと常々感じていた。
「誰もがお話しでるような、すごい迫力の絵が描ければ良かったんだけど」
 理杏が思い浮かべていたのは、祇園社で見たスサノオだった。
「大丈夫だよ」
 次郎は言う。
「お前なら、この先ちゃんと生きて行ける。俺が保証するよ」
「せめて何か根拠をつけてよ」
 そう言いながら理杏は笑った。

 学校には通っていたものの、理杏は激しいスランプに陥っていた。もともと好きなものしか描かず、真面目に課題をこなすほうではなかったが、まったく何も描けなくなってしまった。正確には、描きたいものが浮かばない。そして腕が動いてくれない。
 理杏の心に押し寄せるのは空虚だった。何を見ても、何を聴いても、ひたすら虚しいばかりだった。
 父の死がショックだったのだと、周りの目には映っただろう。事実、そう言って理杏に声をかけた者もいる。しかし、
「違うんだ。そうじゃないんだ」
 理杏はこう答えた。父の死は切欠に過ぎない。あのときから、自分の中にあった何かが抜け落ちてしまったと、理杏は感じていた。
 絵の中の誰かと語り合いたかった。しかし語り合うべき絵を、今の理杏は描くことができなかった。
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