碧海のサルティーナ

あんさん

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第1章 邂逅

第7話 再会

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「いらっしゃい! 空いている席へどうぞ」

 カフェに入ると、店員が明るい声で迎えてくれた。アリスは港が見える窓辺の席に座り、メニューを見る。ドリンクと軽食が中心の普通の喫茶店だった。

「何かお勧めはありますか?」

「そうね、今日の特製サンドイッチと新しいブレンドの珈琲のセットがあるわ。珈琲が苦手ならフルーツのミックスジュースも出来ますよ」

 アリスが勧められるままに注文を終え、しばらく店内を見渡していると店員と目が合う。にっこりと微笑んだ彼女は近寄ってきて、陽気な声で話しかけてきた。

「ねぇちょっといい? 最近このエレミーナ島に飛び切り美人の女の子が来たって話題になっているのよ。それ絶対あなたの事よね?」

 アリスは突然の話しかけに驚き軽く狼狽えながら返事をする。

「ええ? そんな噂があるのですか?」

 旅客便も使わずこっそりとやって来たはずなのに、そこまで話題になっているとは想像もしていなかった。

「そりゃぁもう、こんな特別な娯楽も何もない島でしょ。旅客便じゃない普段その手の依頼を断っていたが人が連れて来たから、みんな興味津々よ! あ、私はジュリアよ、よろしくね」

 ジュリアは興味津々にアクセントを入れて話を続け、右手を差し出した。アリスもつられて握手し挨拶をする。

「アリスと言います。よろしくお願いします」

「そんなに堅苦しくなくていいわよ。 でね、良ければあなたがここに来た理由を聞かせてくれない?」

 警戒心を簡単に突破する人懐っこい笑顔に油断して、思わず身の上を思わずしゃべりそうになる。ぐっとこらえて少し躊躇いながら長期休暇で祖父の別荘に来ているとだけ説明した。

「なるほど、それで別荘のあったエレミーナ島に来たって訳ね」

 実際は家出同然で逃げ出して来ているのだが、黙っておく。それにしても旅客便を使わないことで逆に目立っていたとは…そこまでは考えが至っていなかったことに少し落ち込む。
 その時、カフェの扉が開き、客が入ってきた。

「おはよう、ジュリア。いつものを頼む」

 慣れた感じで注文しながらカウンターに座る。その顔を見たアリスは驚きと喜びの表情を浮かべた。

「フィンさん!!!」

 フィンもアリスに気づき、驚いた顔をした。

「え!? アリス…さんか! どうしてここに?」

 アリスは港で飛行機を見つけた後、たまたま立ち寄ったカフェだったと事情を説明した。

「そりゃ偶然だな。でも狭い町だしそう言う事もあるか…エレミーナはどうだ? 少し慣れたか?」

「素晴らしい島です! でも本当を言うとちょっと退屈してきました…話し相手も居なくて」

「そりゃ、そうだろうな。 何もない所だから若い娘が過ごすには退屈だろうなぁ」

「フィン、私も若い娘ですよー!」

「ジュリアはここの生まれ育ちで、話し相手はたっぷり居るだろ… それに普段から仕事中に喋りまくっている訳だし」

「むぅー」

 ちょっと呆れたように言うフィンの言葉にジュリアは可愛くむくれて見せる。それを見たアリスは彼女をとても魅力的だなと思った。

「そうなのですね」

「ああ、とてもお喋りなんだよ。喋ってないと窒息するんじゃないかってくらいにな。そうだ、アリスさんさえ良ければ時々ここにきてジュリアの相手をしてやってくれないか」

「勿論、私で良ければお願いします」

「ほんと! 嬉しい! ってフィン! 何で私を残念な娘の様に言うのよ!」

「そらそうだろ、そうしたら俺は静かに食事が出来るから助かる」

「フィン、酷いわよ! アリスもそう思うでしょ? 覚えてらっしゃい!」

 もう呼び捨てかよ、ジュリアのこの距離間は賞賛に値するわ…と密かに思う。

「お二人は仲いいのですね」

「結構付き合いが長いからね。フィンが島《エレミーナ》に来てからだから五年くらい?」

「ジュリアもまだまだ子供だったからな、それくらいにはなるか」

「えー! 酷い!」

「見知らぬ俺に物怖じせず、飛行機に乗せてくれって言ってきたのにはびっくりしたな。まぁそれからの付き合いだ」

「結局乗せてくれなかったじゃない! ケチ!」

「誰かを乗せて飛ぶのは性に合わないんだよ。だから、全部断っているじゃないか」

「そうだわ、アリス。フィンに飛行機に乗せてくれるように頼んでみたらどう? ちょっと退屈してきているのでしょ」

「え! そんなこと出来るのですか?」

 俄然アリスの顔が輝く。

「ねぇフィン、折角の縁だから近くの島に行く時にでもちょっと乗せてあげてよ」

「お願い、フィンさん。もう一度飛行機に乗せて。あの時みたいに空を飛びたいの」

 フィンは困った顔をして答えた。

「いや、今性に合わないから乗せないって言ったよな……」

 アリスはがっかりした表情を浮かべた。

「そうなの……でも、他に頼める知り合いは誰もいないし……」

「アリスの辛そうな表情を見てみなさい。それに旅客じゃなければいいのでしょ? 手伝いとか臨時従業員手事にしてしまえば問題ないじゃない」

「いや、ジュリアそういう問題じゃないから…それにお嬢さんを乗せて何かあった時に責任問題になるだろ」

 その時、カフェの扉が再び開き一人の男が入って来た。

「いらっしゃい…」

 振り向いて明るくあいさつしたはずのジュリアのトーンが急に下がる。フィンはあからさまに嫌な顔をして横を向く。
 流石にアリスもあまり歓迎されない客だと空気を読めた。ジュリアが奥のテーブルに案内しようとしたのを、遮ってカウンターに腰を掛ける。

「ジュリア、僕の為のスペシャル珈琲を頼めるかな?」

「…マスター! 珈琲1つです」

 取って付けた笑顔でジュリアがオーダーを受ける。

(…どちら様でしょうか?)

 フィンさんにそっと耳打ちする。

(パイロットでな、ルーカスっていう。キザで女たらしで嫌味な奴だ)

 どうやらフィンとは対極の性格で、二人からの評価は非常に低いみたいだとアリスは理解する。

「おやおや、フィン。お嬢さんを困らせているのかい?」

 ルーカスは嫌味たっぷりに言った。

「お嬢さん、俺が乗せてあげようか? 美しいお嬢さんを安全に運ぶのは俺の得意技だ」

 ルーカスは、どこか得意げな笑みを浮かべながら、そう言った。

「外で聞いていたのか、お前…変わらず嫌な奴だな」

「何の事だね? 困っている人を見たら助けるのが男ってものだろう?」

 ルーカスはニヤニヤ笑いながら芝居がかった態度で否定して見せた。ルーカスの視線を受けたアリスはフィンに助けを求めるような目で見つめた。

「お前が助けるのは、お前の都合がいい時だけだろうが…」

「おやおや、酷い言葉だな。だから女にモテないんだよ、お前は」

「フィン、考えてみてちょうだい……あれルーカスにアリスを任せたら酷いことになるわよ」

 ジュリアから耳打ちされるが、言われるまでもなくフィンはルーカスに任せる気はない。

「ああ、ジュリア、相変わらず酷い言葉だね。そういうところも嫌いじゃないが、傷つくじゃないか」

 ルーカスは大仰なジェスチャーで悲しんでみせる。

「で、君はアリスって言いうんだね。僕はルーカス、諸島サルティーナで一番のパイロットだ、以後お見知りおきを」

 気取った態度でルーカスが挨拶をする。アリスは、彼の自信過剰な態度に不快感を覚えつつも、彼の提案を断る。

「ごめんなさい、でも、フィンさんに先に声を掛けているので彼に頼みたいの」

 アリスは、ルーカスを見ながらきっぱりと断った。ルーカスはアリスの反応に少し驚きながらも、しかし諦める気配はなかった。

「ふむ、それは残念だが、フィンは断っていただろう? なら君を僕の飛行機に乗せてあげるのには問題ないはずだよ」

「あら残念ね、フィンとはまだ交渉中だわ」

 ジュリアが割り込みフィンの方を見る。 フィンはしばらく考え込んだ後、両手を上げて降参のポーズをとりアリスを乗せることを承諾した。
 が、当然ルーカスはそれくらいでは引き下がらない。しばらくの押し問答の後、ようやく引きさがった。

「ははは、今回は残念だ。でも、いつか必ず君を僕の飛行機に乗せてあげるよ」

 そう言うと、ルーカスは珈琲を飲み干しカフェを出て行った。アリスは、彼の後ろ姿を見送りながら、安堵と同時にフィンの乗せて貰えることになった幸運きっかけに感謝した。

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