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side α

前編

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 想像以上の反響をいただきまして、驚きを通り越して戦慄してしまいました。底辺作家からしてみれば、晴天の霹靂、この上なく光栄に思います。
 「僕」視点のみで十分、これ以上は蛇足だという方はブラウザバックして頂けると幸いです。

**********

初めてあった時、すぐに君が俺の運命だと気付いた。

 君と初めて会ったのは、君の国で開かれた舞踏会であった。その後の様子から察するに、気付いていなかったのだろう。それも仕方のない事、あの時の俺は人に傅かれ人の輪の中心に居たのだから。悪趣味な程に飾り立てられ眩しい光に満ちたその場所で、君に気付いたのは奇跡――いや、運命だったと断言できる。

 優しくも厳しい家族の元に生まれた俺は、皆の期待通りにαであった。次期皇帝としての期待を一身に寄せられ、同時に大切に守られ育てられていた。己の立場を理解できるようになると同時に、己の責務と向き合う事を覚え、そして欲に淀んだ者達の視線の意味を知った。君の国の王侯貴族たちのような。

 そんな中、闇夜に紛れるように佇んでいた君は、痩せ細り、といった感じの姿をしていた。垣間見える顔も特筆すべきところはない平凡なもの。

 その一方で、ザンバラな髪から覗く、凛とした光を湛えた瞳が酷く印象的出会った事を覚えている。人工的な重甘い匂いに紛れて鼻孔をくすぐる優しい匂い。爽やかな朝に咲く、朝露に濡れた儚げな花を体現したような君の匂いに導かれた出会い。俺の本能は、君が俺の運命である事を雄弁に叫んでいた。

 そんな君の存在に、俺は一目で囚われたのだ。

――――――――――

 「やっていられるかチクショウ……!」
 「口を動かす暇があったら手を動かしてください」

 崩せど崩せど減らない書類の山。俺は沸騰しそうになる心を押さえつけて、必死に政務を片付けていた。それでも零れる怨嗟じみた呻き声。それを丁寧に拾った側近が冷やかに切り替えしてくる。皇太子である俺の傍には常に人が居る。その中でも一番長い付き合いの男を睨みつけ、込み上げる激情を飲み下す。

 言いたいことは山とあるが、今はそれどころではない。手にしたペンを握りつぶさん程に握りしめ強く目を瞑る。そうして意識を切り替えて、俺は再び政務にいそしむのだ。

――――――――――

 自惚れを抜きにしてもαの中でも最上位に位置するであろう俺は、今も昔も縁談が鬱陶しい程に舞い込んでくる。事故を装ったΩの発情期逆レイプ未遂も、数える方がうんざりするくらいだった。何時しか俺はΩを疎い、その匂いすらも嫌悪するようになっていった。そんな俺の姿を、両親は酷く心配し、嘆いていた。

 名君と名高い両親を心の底から敬愛していた俺は、その事について心苦しく思いつつも自分ではどうしようもないことだと諦めていた。そんな中、君に出会い、君に惹かれた俺の事を一番喜び祝福してくれたのもまた、両親であった。

 「君の人生は君のモノではないといって過言ではないだろう。それが王族としての務めだ。だから、せめて一生を寄り添う人は己の意思と感情で決めなさい。例えそれがどのような道であろうとも」

 両親は、彼の国の実情を、彼の国の者達よりも理解し嘆いていた。そして、彼との縁は決して国の為にならないと俺が二の足を踏んでいた事も察していた。それでも両親は俺を信じ、背を押してくれたのだ。

 「彼が欲しい。でも、彼との縁は彼の国との縁でもある。皆に受け入れられないだろう、それに万一があれば」
 「だとするならば、そのすべてを踏み倒して見せなさい。彼については己の意思を通すのだ、と。それについては他の意見を一切聞かないのだと言っても皆にそれくらいならば、と言わせるほどになればよいだけの話だ」

 王としての務めはきちんと果たす。どの王よりも国を盛り上げ、名高き名君として君臨しよう。その代わり、心の一番柔らかな場所だけは己のものにさせてくれ。その程度の無茶を通さずしていかにする。両親の目はそう語っていた。両親の側近たちもまた、暖かな瞳をして俺を見守ってくれていた。民を愛し、誇り高く生きながらも、俺の事を真っすぐ一人の人間として見てくれる彼らの事を、俺は誇りに思っていた。

 「貴方はいずれ王になる。家臣ではない。だったら、望むもの全てを手にして然るべきでしょう」

 そう言葉を掛けられた直後、俺の世界は一変した。

――――――――――

 「そう言えば、そろそろではありませんか?」

 そう声を掛けられて、俺は意識を思考の海から浮上させた。一瞬なんの事か分からずに首を傾げた俺をみて、側近の男はため息をついた。つい、と視線をとある方向に向けられて初めて、その意図を悟った。

 「……流石に彼の発情期は俺も休むからな」

 低く唸って牽制していると、再び目の前が真っ白に染まった。休みが欲しければキリキリ働けという事らしい。経験を積むと比例して増える仕事。容赦なくも気心知れた仲間は、手伝う一方で若干の嫌がらせも込めて仕事を持ってくる。将来を思っての事が大半であれど、片しても積み上がる一方の書類の山を前にため息をかみ殺すと、すっと俺は窓の外を見た。正確には方角の先にある後宮の一室を。

 彼の発情期を思うだに、体が熱を帯びる。強烈な快感に怯え切って泣きながらも、細い体で必死に受け止め縋り付いてくる彼の甘さを、舌に体に感じた気がして俺はフルりと体を震わせた。

――――――――――

 両親とその側近たちに背を勢いよく蹴り飛ばされてからというものの、俺の生活は一気にせわしなさを増した。学業に武術に、王となる為の深く広い知識を詰め込まれていったのだ。その一方で、経験を積むために公務に出たりと、休む暇もなかった。

 見ようによっては地獄にも感じられる環境だったが、俺にとってはただただ恵まれた環境だった。それまではどこか惰性で行っていたことが、いつか彼を迎え入れる為の準備だと思えばこそ、力が湧いてきた。泣く暇どころか寝る暇も惜しんだ日々は続き。俺は一回りも二回りも成長した。

 その証として、いつしか俺は敬意と信頼を得ていた。

 そうこうしているうちに、彼の国を再び訪れる機会がやってきた。俺はずっと考えていた。

 彼を手に入れるためにはどうすればよいのか。彼はきっと、いや、間違いなく俺の運命だ。ならば、いっそのこと出会ったそのままに首を噛むべきか。いや、成長したからこそわかる。下手に彼に手を出す事は、彼を永遠に失う事を意味する。彼の心だけでも、彼の体だけでも、ダメだ。俺は彼の心と体の両方を渇望していたのだから。

 俺の両親もまた、運命の番であった。俺もまた、俺の唯一と出会っていた。だからこそ、運命の番について改めて教えられた時、ただただ納得し、歓喜した。これから迎え入れようとしていた相手が、奇しくも運命を感じた相手だったのだ。穏やかに時を刻む両親に自分と彼の未来を夢見た。

 全身が燃え上がるような激情に支配されて、これが恋かと泣きたくなった。初めての感情を持て余し、それでも胸の内で最も大事な場所に、その感情を大切に飾った。その存在を感じるだけで、幸せになった。

 そして、強く決意した。彼を手に入れるのだと。あの時目が合った彼ならば、きっと自分が彼の運命である事に気付いたはずだ。きっと彼は俺を待っている。どうしようもない泥沼の世界で、ただひたすらに俺を待っているのだと思った。そうであって欲しいと願った。

 そして願わくば、その美しい瞳に俺を移し、俺に心を向けて欲しかった。それだけを考えていた。

 そして次にあった時の彼は、

 彼の国を再び訪れた俺は、盛大に歓迎された。一刻も早く彼に会いたい俺の焦燥を他所に、宴は夜遅くまで続けられた。重ねられる杯に酔ったのだとどうにか抜け出して。俺は漸く彼を探しに行くことが出来た。取り返しのつかない過ちを犯してしまう事を夢にも思わずに。

 彼を求めてさまよい歩くうちに、何処か気になる、しかし、これではないと全身が叫ぶ様な甘い匂いがして足を止めた。あたりを見回したその時。近くの扉が開いて、一人の華奢な人陰が崩れ落ちるように転がり出てきた。一瞬でΩだと察して物陰に隠れて様子を伺っていたのだが、すぐに飛び足していく羽目になった。蹲って震えていたのは、彼だったのだ。

 怖がらせないようにそっと近づいて声を掛けると、ゆるりと彼は顔を上げた。俺を魅了してやまない瞳が、熱に浮かされ涙を湛えて見上げてきた。俺の鼓動が跳ね、一挙に体の熱が上がるのを自覚した。しかし、俺の鼻腔をくすぐる匂いは、あの時の匂いではない。

 何故だ、なぜあの匂いがしない。まさか、あの時彼のだと思った匂いは別人のものだったのか。いや、それにしては彼から漂う匂いは余りに人工的だ。一体何が。必死に頭を働かせるも、その動きは徐々に鈍くなっていく。服用しているはずの抑制剤が全く役に立っていない。果たしてそれは、彼が運命だからか。それとも――。

 そこまで来た時点で、俺の理性は限界を迎えた。目の前のΩを蹂躙しろ、モノにしろと本能が暴れる。大粒の涙を零して苦痛に耐えるような顔をしている彼を見て、俺は唯々謝る事しか出来なかった。そして俺の記憶はそこで途絶えた。

 かすむ記憶の片隅で、泣きじゃくる彼の悲痛な声が聞こえた気がした。

 「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 ああ、そんなに悲し気に泣かないで。謝るべきは俺の方なのに。こんなつもりじゃなかったんだ。ただ、君と愛し合いたかっただけなんだ。その想いを最後に、俺たちは熱に呑まれた。

 次に意識を取り戻した時には、彼の首筋は紅く染まっていた。痛々しいまでに印づけられた彼の項は、申し訳なさと同時に、堪えようもない高揚感と充足感をもたらした。そして、その事実が更に俺を罪悪感で締め上げた。彼の父王からの半ば強迫的な王宮への引き留めには甘んじて受け容れる事にした。

 幸福感と絶望感、相反する二つの感情が一挙に去来する言葉に出来ないあの感覚を、俺は一生忘れない。
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