恋にするには苦しくて

天海みつき

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 カンカンカンカン。静かな離宮に、修繕の音が響いている。左程被害が出ていないとはいえ、やはり破壊された部分は少なからずある。その修繕に、ここしばらくは皆がバタバタとしていた。

 そんな中、エルドレッドは自室でぼんやりと外を眺めていた。その傍らには、いつもあった長身の姿はなく。遠ざけようとしたのは自分にも関わらず、その虚無感に襲われていた。ルーナたちの心配が的中し、食事量も睡眠量も減っていた。どのように声を掛けても弱弱しく微笑まれるだけで、ルーナたちは打つ手がなく歯噛みしていた。

 「エルドレッド」

 突如開いた扉と穏やかな低い声。聞こえるはずもない声に、目を見開いたエルドレッドはパッと振り返る。

 「とぉさま」

 そこに居たのは、父王だった。優しい笑顔を目の当たりにして、視界が滲む。慌てて目元をこすると、そっとその手を押さえられた。

 「こらこら。そんなに擦ったら赤くなるだろうが」
 「とぉさま」

 子供に戻ったかの様に頼りない姿。でも、父王はそんな息子を見て安心した様だった。

 「よしよし。ちゃんと、泣けた?」
 「っぅ。ぅん」

 声もなく頷く息子の頭を優しく撫でて、もっと泣いていいよと促す。ぐずぐずと鼻を鳴らしてしがみついてくるのを目を細めつつ受け止める。

 「ずっと泣けなかったね」
 「ぅん」
 「泣きたかったね」
 「ぅん」
 「よく頑張ったね」
 「ぅんっ」

 自分を責め、その無意味さを嘆き、理不尽を受け入れられず。その結果、混乱した心は泣く事も出来なかった。泣いて感情を爆発させて、そうしてやりきれない想いを時と共に整理する。それはとてもスタンダードな感情の整理方法で、受け入れ方の一つ。勿論、他に方法もあっただろう。でも、幼子にとってはこれが一番分かりやすい方法だったはず。でも、出来なかった。故に、幼子の欠片を残したまま大人になってしまった。それを皆が心配していたのだ。

 しかし、偶然が重なった結果、ついにエルドレッドは泣く事が出来た。無駄に現実を見てしまう頭を横に置き、感情のままに泣き叫ぶことが出来たのだ。その事実に、王城の皆で胸を撫でおろした。

 ようやく、前に進めるのではないか。その期待を胸に、でも察しの良い彼に悟られて重荷にならないように。そっと見守る事に決めた。

 暫くして、泣き止んだ息子の赤らんだ顔に微笑みが漏れる。むっとした顔をされ、軽く謝るとルーナから冷たいタオルを受け取り、そっと瞼に押し当てる。

 「食事してないって聞いた」
 「お腹すいてない。食べようとしても、入らない」
 「睡眠もとれてないのか」
 「眠れない」
 「ルイスの偉大さが分かったか?」
 「!」

 揶揄うように告げると、細い体が飛び上がった。目元は隠されていて分からないが、その耳が赤く染まっている。初々しい様子にクスクス笑うと、少しタオルをずらした黒曜の瞳に不満を訴えられる。そっと手をとって元に戻しつつ、笑みを含んだ声で話しかける。

 「寂しいんだろう」
 「っ、別に」
 「ルイスはすさまじい形相をしていたけどなぁ」
 「ぅぅ」

 居心地悪そうな息子を愉し気に見つめていたが、王城で鬼の形相をして走り回る若い騎士が脳裏に浮かび吹き出した。エルドレッドは邪魔そうにタオルを放り出すと、もの言いたげに父王を見やる。はぐらかして揶揄おうと思ったが、へそを曲げられては敵わない。笑いをかみ殺す。

 襲撃後、賊の護送や後始末の為にアルバートに引きずられていったルイス。必死で抵抗するも、何回かぶん殴られた結果、何事か耳打ちされて放心状態となった所を拉致されていった。エルドレッドがあっけに取られている僅かな瞬間の出来事だった。

 「何で俺が、ってさけびながら、いろんな仕事に付き合わされてるらしい。まぁ、父さまもしれっと便乗したから同罪だが」
 「いいんじゃない。偶には思いっきりこき使われるといい。普段暇そうだもん」
 「言うねぇ」

 二人してこき下ろす。いい加減ルイスが可哀想になってくる、と周囲の視線は語るが主君親子には一切通用しない。性格の悪さは遺伝であり、その一家の特徴である。

 「イアリスも良くこき使ってたな。便利だって言いながら」
 「っ!」

 唐突に出てきた兄の名に、ピクリと反応する。それに気付きながらも、話を逸らす事はない。

 「あの頃が一番酷かったんじゃないか、ルイス。次々に余計な仕事回されて、凄い顔していたな。傑作だ」
 「兄さまはそんなことしない」
 「アイツの性格の悪さを知らないとは。幸せだな」

 何処か遠い目で羨む父王に、微妙な視線を向ける。何となく察しはつくが、如何せん弟に甘かった人である。エルドレッドにとっては優しい兄の思いでしかない。

 「しかも、エルドレッドに会いに行こうと必死に仕事を片付けても、イアリスの仕事を押し付けられて結局イアリスがエルドレッドに会いに行く時間を作って終わるなんて言う不憫な立ち位置だったし」
 「へ」

 一体誰の話だ、ときょとんとした顔を見せると、父王は悪戯っぽく笑って暴露する。

 「可愛かったぞあの頃のルイス。可愛いエルドレッドに会いに行こうと奮闘してもイアリスに邪魔されてなぁ。いつも二人で大喧嘩してたわ。配置を間違えたかと思うくらいには」
 「ルイスが?」
 「ああ。よくイアリスの罠に引っかかってはエルドレッドに会いに行けず絶望的な顔して走り回ってたぞ」
 「えぇ」

 知らない事実が出てくる出てくる。そこまでルイスに好かれていた事を恥じらうべきか、大人げないブラコンな兄に呆れるべきか。なんとも言い難い状況に言葉を濁らせる。

 「優秀さの無駄遣いだと何度思ったことか。ルイスをエルドレッド付きにするという話も出たが、結局、なんやかんや言いつついいコンビだって事で流れた」
 「……そのままの方が面白いと思ったからじゃなくて?」
 「それもある」

 しれっとルイスが聞いたら激怒しそうなことを告白する。初めて知る兄とルイスの姿、そして父のねじ曲がった性格に、一周回って感心するレベルである。

 「挙句の果てには、大決闘まで始めてな」
 「何したの……」
 「それぞれ、当時問題となっていた政務を任せた」
 「……まさかと思うけど、治水工事と経済都市問題じゃないよね」
 「ご明察」

 どちらとも、子供に任せる案件じゃない。しかも、その二つはイアリスの優秀さ、次期王としての器を世に知らしめた一大イベントだった。純粋に兄さま凄い!と思っていた当時だったが、そんなあほらしい背景があったとは。頭痛がしてくる。

 「で、結果は」
 「察しの通り。どっちも必死にやりすぎて上手く行き過ぎたんだよな。結果引き分け」
 「やっぱり」

 どう考えても優劣のつきにくい決闘である。大方口八丁手八丁で乗せられた二人——特にルイスが疑問に思う前に始めてしまったのだろう。気付いた時にはもう遅く、やるしかなかった結果、優秀と評された二人していい結果を出してしまったと。放心するルイスと遠い目をする兄の姿が目に浮かぶ。結局、一番性格が悪いのは父だろう。一人で美味しい思いをしているのだから。

 「いや、エルドレッドを理由にすると、まあ釣れること」
 「人をダシにしないでくれません?」
 「いいじゃないか。楽しめたし」
 「父さま……」

 シレっとした顔をする父に呆れた視線を送る。一切効果はないが。すっと優しい瞳を向けてきた父に、エルドレッドは目を伏せた。

 「ずっとルイスは、お前の傍に居ようとしてたんだ」
 「……そう、みたいですね」
 「イアリスの事も大事にしてた。仲のいい悪友として、戦友として、主従を越えた域で背中合わせで立っていた」
 「ええ」
 「お互いを尊重し、守り合いながら、お前を守ろうとしていた」
 「っ」
 「エルドレッド?」

 やさしく名を呼ばれ、視線を上げると、よしよしと頭を撫でられた。

 「ルイスは優しい。お前の事を何よりも大事にしてる」
 「知ってます」
 「イアリスと約束していたらしい。でも、それがなくてもルイスは、自分の意志で、お前の傍に居ただろうな」
 「信じて、いいのかな」
 「信じてやらないと哀れだな。あんなにも寂しがって、ここに戻ってくる為に必死に走り回ってる男が不憫だ」

 むぎゅっと鼻をつままれて、わざとらしく厳めしい顔をされる。

 「エルドレッド」
 「何ですか」
 「寂しいか?」
 「っ」
 「ルイスに、会いたく無いか」
 「でも」
 「でも、も、だって、もない。どうしたい?」

 自分の言葉で、望みを言え。厳しい顔で促され、そろそろと口を開く。

 「信じたい」
 「ああ」
 「傍に居てほしい」
 「そうか」
 「寂しい」
 「アイツもそう思ってるさ」
 「お前の所為で、って責められるのが怖い」
 「全くお前はまだそんな事を……。まあいい。その手の不安を取り除けて一人前の男だからな。アイツにそのままぶつけてやれ」
 「一緒に居たい」
 「今更離れられんだろうお前たちは」
 「すきって言って良いのかな」
 「本人に言ってやれ」

 ずっと封じ込められていた想い。幼い純粋な想いが心を傷つけた為に、表に出せなかった想い。たった一言をお互いに求めつつ、ずっと遠回りをしてきた。やっと一歩を踏み出す覚悟が出来たなら、背中を押してやろうという優しい父の愛情。ぎゅっとほっそりとした息子の体を抱きしめる。

 「素直になって、全部吐き出して。自分を自由にしてやりなさい」
 「はい」
 「そしたら、ひと段落したらでいいから、王城に戻って来なさい」
 「っはい」
 「ずっといなくてもいい。顔を出すだけでもいい。父と母に、会いに来てくれ」 
 「っはぃ」
 「ルイスに無体を強いられたら言いなさい。兄に変わって仕置きをしてやろう」
 「ふふ。お手柔らかに」

 暖かくて頼りになる腕の中で、そっと涙を一筋流す。涙もろくなって嫌だなぁと思いながらも、そんな自分が嫌いじゃない。暫く前とは大違いだ。

 「また、会いに行きます。今度は俺の方から」
 「楽しみにしてる」

 そして、すれ違っていた長い時を埋めるかのように、二人は話込んでいた。穏やかな春の風が二人を包みこんでいた。
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