恋するαの奮闘記

天海みつき

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混ぜるな危険

混ぜねば分からぬ事もある(後編)

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 「というと?」

 そこまで来て、二人の様子が普段とは違う事に気付いたのだろう。メイドたちの様子が一変する。気配を消しつつ様子を伺っているようだ。ゆったりした動作で起き上った紫は、そっと微笑んで碧を手招きした。逆らわずベットの端に腰を下ろした碧の傍ににじりより、そっと体を寄り添わせる。

 「囲まれる事が羨ましかったのは事実。でも、違うのは理由。一般的にハーレムを望む理由って何だと思う?」
 「……欲、ですかね?」 
 「うん。そんな所だと思うよ。自己顕示欲、自己承認欲、もっと言えば、低俗的な性的欲求、とかね」

 華奢な二人で寄り添い、肩を触れ合わせる。そっと目を閉じて体を預けてきた紫を、碧は困惑しつつも受け入れる。ためらいがちにそのほっそりした形の良い手を取ると、やんわり握り返される。

 「俺が羨ましかったのは、一種の自己承認欲。単純に、色んな人から愛されている主が羨ましかったって事。構成員の女性やΩ達も、お互いに足を引っ張ったりもする話もあれば、お互いにライバルと認めて切磋琢磨する話もあった。お互いが愛し、愛される、たった一人から愛されるってのがスタンダードなのは分かってる。でも、僕にとっては皆で愛しあうその環境が、そんな関係を作れる彼女達が羨ましかったんだ」

 困ったように微笑む紫。そっと身を乗り出して、碧の耳にささやきかける。

 「コレは青河しか知らない事。僕、ネグレクト経験者だから、愛ってのが分からないの」
 「?!」

 思いがけない台詞に、碧が肩を揺らす。クスクス笑った紫がそっと体を離す。そんなに動揺しないの、と甘く笑った紫はそっと碧の頬に手を伸ばし、額を重ね合わせた。

 「いいんだよ。今が幸せだから。青河に愛されてるの、ちゃんとわかってるもん。でも、昔は、そういう愛がほしかったの。だれも、そういう愛をくれなかったから。寂しがり屋には、いっぱいの愛が欲しかったってだけ」

 もしかしたら青葉も知ってるかも知れないけど、人には内緒ね。そういって微笑んだ紫は、傷ついた人特有の瞳に、傷ついた人特有の強さを湛えて微笑んでいた。

 「変に話が広がって同情されるなんてまっぴら。僕はそんな同情は抜きにして這い上がるんだって決めてたからね」
 「紫さん……」

 そっと離れていくその指を握る。今度は碧の方から近づいて、紫の瞳を覗き込む。

 「今は?」
 「ふふ。言ったでしょ?幸せだって。青河もいるし、青葉や碧ちゃんもいる。司東の親御さんも良くしてくれるし、小言の多いのが欠点だけど優しいメイドたちもいる。寂しくないよ」

 そっか。呟いて、碧は微笑む。紫も笑い返し、二人は暫くクスクスと笑い合っていた。

 が。碧は気付いた。

 「あれ。でも、寂しくないならハーレム計画いらなくない?」
 「……ええ、そこ気づいちゃう?」

 ふと疑問を零すと、紫の笑みが意味合いを変える。幸せそうな笑みから、悪戯っぽい何かを企む笑みに。あ、この人やっぱり学習してない。思わず碧が遠い目をするが、紫はぐっと拳を握りしめ高らかに宣言する。

 「それとこれとは話が別なのさ!幼い頃の憧れ!すなわちそれは人生における絶対的な趣味、もとい命題なのである!いざや成就させん!我が念願のハーレム開設計画!」
 「いい加減にしねぇかこの馬鹿が!てめぇのその無駄に回る頭を別方向に向けんかアホ!」
 「ギャーーーーーー!」

 タイミングよく扉を蹴破るのは勿論青河。飛び込んできた彼は勢いそのままに紫に詰め寄り抱え上げる。
 「ぐぇ」
 「紫義兄にいさん。いい加減ウチの恋人巻き込まないでもらえますかね……」
 「青葉。この件、謝罪はまた後で」

 ジタバタ暴れる紫を押さえつけた青河はそれだけ言うと踵を返した。この屋敷って地味に強度が高いって言うか、毎回蹴破ってよく耐えられるな、と全く別の事を考えながら見守っていた碧。しかし、部屋の入口で振り返って視線を向けてきた義兄に首を傾げて見せる。

 「騒ぎ立ててすまんな。まぁコイツも色々あったのは確かだが……単純に馬鹿なだけだ。許せ」
 「はぁ」

 要するに、切っ掛けはシリアスだが、そこから脱却した後は完全に馬鹿騒ぎをしているだけだという事だろう。言葉少ない台詞からそう読み取って、碧は何とも言えない顔で見送る。どこから聞いていたのか、そもそもこの屋敷って防音設備どうなっている、と疑問に思っていると、青葉がすっと隣に並んできた。

 「紫義兄さんの声は通るからな。"それとこれとは"以降は外に居ても聞こえる」
 「なるほど。そういう」

 叫び声の内容から、話の内容を推測したのだろう。寸分たがわぬ推測に、末恐ろしいものを感じ身震いする。色々と残念な所しか見ていない気もするが、あれでいて司東家の次期当主である。隣の次期当主補佐も含め、普通の人間じゃないのは確かなのだ、と再認識してため息をついた碧。

 「ちなみに、話をしていたのは不可抗力だよ?」
 「ああ。見た感じそんなところだろう」

 恐る恐る様子を窺うと、苦笑が返される。おっと今回はお仕置きが無い様だ、と今頃お仕置き真っ最中であろう紫を放っておいて安堵する。

 が。

 「で、どうしてこうなったの?あお?」
 「仕置きは必要ないのは確かなんだ。なら、褒美が必要だろ?」
 「え、なに、どうすればそんな思考に?!」

 気付いたら柔らかな何かに背を支えられ、男らしく整った顔が状況になっていることに気付き、碧の顔が引きつる。そっと退出していくメイドが視界の隅に映っている。どうにか抜け出せないかともがくも、力の関係で抜け出せず。寧ろ拘束が強まっていき。

 「ちょ、ま、そんな褒美いらないぃ!」
 「遠慮するな」

 悲痛な叫びがこだました。


 今日も今日とて、不憫なαたちは自由奔放な恋人たちに愛を乞う。

 なにせ、英雄たちは色を好む気など一切ないのだ。溺愛する唯一を除いて。
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