上 下
7 / 9

乾いた日々

しおりを挟む
 無味乾燥な日々には慣れているはずだった。もっと痛みに満ちた日々を知っていたはずだった。けれど、優しくて暖かな日々のせいで、思いのほか僕は弱くなっていたらしい。

 昼休み、僕はとある空き教室で昼食代わりの野菜ジュースを手に、壁を背にしてズルズルと崩れ落ちていた。

 夕暮れのあの日から、僕の世界は薄膜一枚かかったようだった。何をしても、何処か現実味がなくて。なのに、泣き叫ぶ「僕」の欠片は、生々しく僕の中で主張していた。一気に体重の落ちた僕を、家族が酷く心配している事を申し訳なく思いつつも、僕の体は何も受け付けなくなっていた。

 「……どんな子なのかな」

 「彼」にあんな顔をさせるなんて、羨ましい。どんなに振り払っても、どうしてもその想いだけは消えなくて、未練がましいと僕は項垂れた。

 それにしても、と僕はノロノロとスマホを取り出しため息をついた。偶には違う所で食べようぜ、と誘ってきた友人は、直前に教科担当に連行されたまま帰って来ない。課題何て、ちゃんと提出すればいいだけなのに、馬鹿な奴。やさぐれた頭で、凄まじい量の罵詈雑言を脳裏の友人にぶつけてストレスを発散する。その時、すぐ脇の窓から冷たい空気が入り込んできて、僕は体を震わせた。

 そう言えば、空気を入れ替えようと思って、少しだけ窓開けたんだっけ。

 ぼんやりしている内に、教室内は冷たい空気で満たされており、思った以上に体が冷えていたらしい。戻るか、とため息をついて腰を上げようとした瞬間。

 「好きです!付き合ってください!」

 窓の外から可愛らしい声が聞こえてきて、僕の体から力が抜けた。気付かぬうちに、外が告白会場と化していたらしい。人の恋路に首を突っ込んでいい事はない、とため息をついてもう一度立ち上がろうとしたのだが。

 「ありがとう」

 聞こえてきた別の声に、僕はもう一度硬直する羽目になった。

 ――間違いない。間違えるはずがない。悠真が、すぐ傍に居る。

 祐真の優しい声に勇気づけられたのだろうその子は、緊張した声音で、それでも一生懸命に祐真の良さを語っている。優しい、かっこいい、あの時の祐真君が、友達も祐真君いいよねって言ってて。

 聞きたくないにも関わらず聞こえてくるその内容に、祐真と過ごした僅かな日々が脳裏に浮かぶ。そして、優しいよね、かっこいいよね、と無意識に頷いていたのだが、徐々に表面的な事しか言わないじゃないかとか、ステータス目的じゃないかとか思えない内容にむかむかしてくる。

 ちがう、祐真はそんな人じゃない。完璧って言ってるけど、本当はうっかり屋なんだ。クールとか言ってるけど、子猫にそっけなくあしらわれて拗ねる子供みたいなやつだ。大好きな子がいなくて、寂しいって泣いちゃう一途なやつだ。友達が祐真について言ってたとか、そんなのどうでもいいじゃん。悠真は、祐真は。

 壊れたとばかり思っていた感情が、実は小さな箱に押し込められていただけだと気付いた。優しく相槌を打つ愛おしい声に、その小さな箱がギシギシと悲鳴をあげるのが分かる。

 ずっと望んでいた事。「彼」が「僕」を忘れ、誰か大事な人と幸せになる事。

 でも、現実に形となって現れた時、どうしても心が叫ぶのだ。寂しい、悲しい、どうして君は一緒に居ないの、君がいないと僕は。僕じゃダメなの、僕を選んで、


――僕に気付いて。置いて、行かないで。



 どうしようもなく膨れ上がる感情が箱を破って。

 「ありがとう。でも、ごめんね。好きな子が、大事な子がいるんだ」
 同時に、優しい声で悠真がそんな事を言うから。安堵と「大切な子」への嫉妬までもが混じり込んで。ぐちゃぐちゃになった感情が、涙となって形になり。小さく体を丸めて、声を殺して泣きじゃくる。

 「まったく。そんなに苦しそうに泣くなら、アレコレ考えすぎなければいいのに」

 からりと音を立てて窓が開き、やれやれと祐真は苦笑した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。

にゃーつ
BL
真っ白な病室。 まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。 4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。 国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。 看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。 だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。 研修医×病弱な大病院の息子

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

仮面の兵士と出来損ない王子

天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。 王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。 王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。 美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...