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再び出会った日々

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交通事故の表現があります。流血等はありませんが、苦手な方はご注意ください。
勿論、不法行為等を推奨する意図はありません。

**********

 図書館へと移動する道すがら、恭平と別れた僕は黙々と歩みを進めていた。街中にあるにしては緑豊かな公園に沿って歩いていたが、おり悪く赤信号に止められてしまう。ふぅ、と思いカバンを揺すり上げ顔を上げた瞬間、法定速度より早いスピードで目の前を通過していく車が巻き上げる風にあおられ、顔を顰める。その道は道幅は狭いが車通りが少なく、スピードが出しやすい道なのだろう。流石に猛スピードという訳ではないが、もう少し速度落とした方が安全ではないかと胸中で毒づく。

 その時、僕のすぐ傍の茂みががさりと音を立てて、小さな黒い影が飛び出してきた。反射的に目を向けた先で、僕は息をのんだ。それまで視界の悪い茂みにいたはずが、突然開けた道路に飛び出したためか、どこか呆然と周りを見回す小さな白茶虎の子猫。また、かつての光景がぶれて重なる。

 次の瞬間、僕の脇を車が駆け抜け、飛び出してきた子猫に驚いたように急ブレーキをかける。しかし、かなりスピードは落ちたものの、咄嗟の事でギリギリ止まり切れない。カラスにつつかれてぐったりしたあの子の姿がちらつく。助けたいのに体が竦んで動かない。あわや、と目を閉じかけたその時。反対側から飛び出してきた影が、子猫を拾ってその体で庇い、車と接触した。ドン、と音を立てて僅かに跳ね飛ばされる。

 「大丈夫ですか?!」

 止まった車から飛び出してきた運転手が、慌てて駆け寄っていく。急ブレーキのお陰で接触の際にはほぼスピードはなかった状態だが、それでも衝撃を受けて倒れ込んだその人影は、呻き声を上げていた。そこまで来てはっと我に返った僕も駆け寄り様子を伺う。

 「いってて……。何とか……。」
 「きゅ、救急車。救急車呼ぶから待ってて」
 「あ、いや、別に……。っっ」

 思いのほか意識がしっかりしているその人は、僕と同じくらいの若さだった。救急車までは、と頭を振るその青年に、運転手の方が目を吊り上げて大人しくしているようにと叫んで救急車を呼んでいた。そんな青年の顔を見て、僕は再度金縛りにあったように立ち竦む事になる。

 ――魂が叫ぶ。「彼」だ、と。

 顔も気配も、纏う雰囲気も別人。けれど、かつて恋い焦がれたが、「彼」に違いないと叫ぶのだ。また、彼の姿がぶれて浮かぶ。

 「すんません、その前にコイツを……」

 痛みに顔を顰める「彼」は、それでも自分より先にとばかりに腕の中を気にしている。微かに焦点が合っていない瞳が辺りを見回し、僕の所で止まった。心臓が音を立てて飛び上がる。

 「――っ」

 コイツを頼む。声なく呟いた「彼」に、ふらりと近寄る。その腕の中でパニックに陥り盛んに暴れて鳴く小さな命を受け取ると、「彼」は安心したように目を閉じた。慌てて子猫を片手で抱いて、もう片手で脈と呼吸を確かめる。冷たく震える手で何とか触れた「彼」が、確かな脈と息をしている事に、泣きたくなる程の安堵を覚える。まもなく到着した救急車に乗せられ、「彼」は病院へと運ばれていった。



 その後の事はぼんやりとしか覚えていない。「彼」は病院へと運ばれ、車の運転手は警察の事情聴取に呼ばれていた。僕はひとまず病院近くの動物病院へと駆け込み、子猫を預けた。「彼」に託された命をないがしろにするわけにはいかなかったからだ。そのままいてもたってもいられず、病院へと向かった僕は待合場所でウロウロと落ち着きなく動き回っていた。やってきた警察にも、目撃者として話を聞かれたが、正直上の空で答えていた。ただただ、「彼」の事が心配だった。

 どこまでも「僕」の世界は「彼」中心で回っていたのだ。「彼」が失われる、と思うだけで、「僕」の全身から血の気が引く様だった。

 もう一人の当事者である運転手も気が気でないのだろう。落ち着きない重い空気が僕達を飲み込んでいた。

 どれくらい経っただろうか、突然処置室の扉が開き、疲れた表情の医者が姿を現した。僕らはパッと顔を上げ、縋り付く様な顔で医者を振り返った。医者はふわりとその顔に笑みを浮かべて一言告げた。

 「大丈夫です。命に別状はありません。スピードが大して出て居なかったの功を奏した様です。念のため検査をしますが、数か所の打撲程度なので、特に問題ないでしょう」

 その言葉に、僕は崩れ落ちた。「彼」を失わずに済んだ、と涙が込み上げてくるのを必死で散らした。運転手も安心したように、よかった、と何度も呟いていた。苦笑気味に運転手を見つめていた医者は、ふと僕を見て首を傾げた。

 「お友達?ご兄弟?」

 ただ居合わせただけにしては過剰な反応を示した僕を訝しんだのだろう。「彼」との関係を聞かれ、僕は狼狽えた。先程警察にも同じことを聞かれたはずだが、何と答えたのだったか。一安心してようやく動き出した頭だったが、いまいち混乱して答えが出ない。軽いパニックにおちいる僕を見て、不思議そうな顔をした医者だったが、駆け寄ってきた看護師に呼ばれそちらに意識が向いた。

 「ご家族が到着されたそうです」
 「分かった。今行く」
 「っ!すみません、僕帰ります!」
 「あ、ちょっと!」

 僕は慌てて走り出し、呼び止める声を無視して病院を飛び出した。「彼」にもう一度で会えた歓喜、「彼」を失いかけた恐怖、「彼」を失わないで済んだ安堵……その他色々な感情と、「僕」の記憶と感情がまじりあって、僕の心はちりぢりに乱れて今にも叫び出しそうになった。込み上げる感情を必死で飲み込んで、眦の熱には気付かないふりをした。





 「……っ」
 「祐真君?祐真君、聞こえる?」

 目を開けると、白衣を着た人影が「彼」を覗き込んでいた。病院特有の消毒の匂いがして、鼻の奥が微かに痛む。

 ――なぜだろう。酷く懐かしい、忘れたくない、忘れてはいけない夢を見た気がする。

 ところどころ痛みを訴える体に呻き、何度も瞬してようやく状況を思い出す。

 「車にひかれて……」
 「そう。記憶は大丈夫そうだね。幸いにも軽いけがで済んだから安心して大丈夫。念のため、経過を診させてもらうのと、暫くは定期的に通院してもらうけどね」

 手際よく診察した医者は、安心させるように微笑んだ。顔を顰めた「彼」は、ややあってはっと目を見開いた。

 「猫……!」
 「ああ、子猫の事なら心配ないよ。お友達が動物病院に連れて行ってくれたって聞いてるよ」
 「友達……?」

 首を傾げる「彼」に、医者も不思議そうな顔をする。近くの高校の制服を着た子で、先程まで心配そうに付き添っていたから友達だと思ったけど違うの?と聞かれ、意識を失う前に子猫を託した同じ年くらいの少年の顔が思い浮かぶ。

 「友達……いえ、はい、友達、です」

 本当は初めて会った人。でも、何故か知っているような、――泣きたくなる程懐かしい人の様な感じがして。どうしても知らぬ人とは思えなかった。親御さん呼んでくるね、と出て行く医者を見送り、「彼」は目を閉じた。付近の高校は1つしかない。であれば、

 無意識に口元に笑みを浮かべながら、「彼」は見知らぬ懐かしい人へ思いを馳せた。
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