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黎明

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 時を遡る。

 体育祭終了後。どうしても片付けなければならない仕事だけを優先して終わらせた結果、その翌日には目途がついた。後回しに出来る物は問答無用で後に回し、竜崎は聖月の方に着手していた。

 「で、その一環として呼ばれたんだろうけど。どうするつもりさ」
 「我々の方でも協力はしますが、範囲は限られますよ」

 夜。竜崎は高宮と嵯峨野を呼び出していた。ここはorneriness。晴真の家でもあるこの場所は、情報的にも堅固なガードを誇る。相手が国家に等しい真宮と知った時から、相談は此処で行おうと決めていた。気休めにしかならなくとも、不特定多数の出入りがある学園よりも、聖月直伝のセキュリティを信用する事にしたのだ。

 竜崎は腕を組んで、うさ耳の少年を見下ろす。

 「どうだ」
 「真宮のプロテクトは固い。中身真宮本家がかっすかすでも、外側利用している人は優秀」
 「それが真宮のやり口ですからね。虚像であっても、その権力は絶大故に逆らう者はいません」
 「誰も、か?」

 嵯峨野が何気なく同意するが、竜崎は意味深に返す。不穏な色に、高宮が眉を顰めるが竜崎はそれは後回しだと言わんばかりに、晴真に報告を促す。

 「真宮のプロテクトは固い。でも、そこらに設置されている防犯カメラのプロテクトは普通」
 「……前々から言いたかったんだが、お前ら何なの?普通、国のシステムだからそれなりのプロテクトがあるはずだが」
 「普通にハッキングしては、しれっと活用してくれちゃってますね」

 仕掛けられていたカメラの映像を通して、聖月の位置は把握している。暗にそう告げる晴真。高宮と嵯峨野は実家の権力を通じて、国家のサイバーセキュリティ対策を向上させることを本気で思案しているようだ。竜崎は満足そうにうさ耳を弄っている。

 「出来るだろうと思って頼んだが、どうにかなったか」
 「龍が聖のウィッグを奪っていた事が功を奏したって感じ。あの時聖は体操服で特徴的な白髪を隠すものを持ってなかったみたいだし。連れていた男も学園の関係者っぽくなかったし。そこから車のナンバーを押さえられたから簡単だった」
 「ツッコミどころが多いが、大丈夫なのか?」

 ふと高宮に真顔で尋ねられ、晴真は首を傾げる。

 「聖……聖月君にとっては真宮実家は天敵。人間、イレギュラーとトラウマに対しては思考が鈍ります。でも、隠れていた聖月を探し出すほどの手腕を持つ猟犬追手が簡単に足取りを残すとは思えないのですが」
 「とりあえず、聖、じゃなかった、聖月?が連れて行かれたのは、真宮本家。国に登録されている住所だから間違いない」

 晴真の報告に、竜崎は険しい顔の下で思考を巡らせているようだ。

 「本家に連行し、軟禁するっていうのは特に違和感ないだろう。内部の人間が聖月の死を望んでいるとしても、当主が聖月の存在を望んでいる限り、結局は本家に連れて行かなければならないのは事実だ」
 「その一部を警戒すれば、ある意味一番安全な場所ではありますね。下手に聖月を手にかければ、当主が黙っていない」
 「となると、向こうとしては足取りを残しても問題はない訳だ。外部から手を出すのはほぼ不可能で、内部犯も当主の威光が圧を掛ける。問題は」
 「聖月が本家に入り、外部からの手だしが出来ない。それそのものにある」

 五大名家の跡取りとその従者たる高宮と嵯峨野はともかく、一般市民である竜崎と晴真、会話に出てきてはいないが黙って聞いている怜毅と颯斗は、真宮についての情報が余りにも少なく、その怖さを知らない。それ故に、しっかりと言語化して問題をつまびらかにしていく。

 すると、黙って聞いていた颯斗がふと声を上げる。

 「そう言えば、一つ聞いていい?」
 「なんだ?」
 「血統主義の真宮。あそこって血統は勿論、決められたレールに従って生きないとつまはじきにされるんじゃなかった?」

 真宮が囲う学園は、9つある学園の中でも特に歴史と権威を誇る第一学園。この学園をモデルに九つの学園が創設されたとされている。

 第一学園の特徴は"名門"。血統書付きの名家の人間のみが進学を許される。国内の有力者の子女は基本的には此処に通っている。ここに通う事は名誉とされ、卒業できれば一生安泰。正真正銘のセレブの仲間入りを果たしたとされ、社交界では一線を画す。分かりやすく言えば、貴族専門の学校で、例え他の学園を卒業したとしても、庶民と一緒にされるわけがないという事だ。

 真宮の人間は、その分家も含めて全てここに通う事が決められている。進学できなかった、もしくは卒業できなかった場合は真宮から追放されるしきたり。それ程に徹底しているのだ。

 「普通ならな。高宮みたいに、結果を出せばいいと言う訳でもない」
 「レールから外れた瞬間に、恥知らずとして追放される家ですからね」

 見栄と外面を何よりも重んじる家らしい。こんな家に生まれていたら息が詰まって死ぬ、と高宮は苦々し気だ。これ以上のプレッシャーなんていりませんからね、と嵯峨野も嫌そうだ。

 「でも、事情が事情だ」
 「それもあって第九に進学したのかもしれませんが。真宮当主の聖に対する執着はそれを一蹴するほどの物だったと言う訳でしょう」

 前例のない例外を作り出す程、聖月は飛びぬけていたという事だろう。確かに、傾いたという表現では可愛い所まで来ている真宮を立て直すには高宮でもしり込みする程。彼と同等の能力を持つと言ったら聖月や竜崎、古宮くらいだろう。その中で、素直に自分以上だ、と高宮が言えるのはそれこそ聖月位だ、と本人もあっさり言う。

 「それだけ執着されているとなると、手出しは困難。しかも、警戒される事を鑑みるとチャンスは一回。それも、聖月が手に入って浮足立っている今しかないだろう」

 高宮は沈黙する竜崎に鋭い視線を投げて低く問いただす。

 「策もなしに通用しない。俺に出来る事も限られる。どうするつもりだ」
 「それなんだが、お前が手出しできない理由は?」

 確認だが、と竜崎に問われ、高宮は眉を上げる。

 「五大名家の間では何らかの不戦協定があるとか」
 「いや。そもそも五大名家っていうのは、五つの家が他と隔絶した権力を持ったことから呼ばれるようになった俗称。それぞれ牽制し合う事はあっても、結局権力争いしているのは変わらないから不戦協定なんて成立しない」
 「実際、真宮にとってみれば、自分がトップで脅かす存在はないと決めつけていますし、確かにそれは正しいですからね」
 「つまり、真宮の権力が今のところはトップだから、下手に手を出してやけどをすることを避けたい、と」
 「ああ」

 それだけなら、と竜崎は不敵に笑う。名門高宮家を骨の髄まで利用してやる、と言わんばかりのその獰猛さに、嵯峨野が引いている。高宮は最早どうにでもなれ、と言わんばかり。ため息交じりに何をするつもりか問いただす。

 「簡単だ。ハリボテ権力が怖いなら、そのハリボテを引っぺがせばいい」
 「ハリボテはハリボテでも、コンクリートで出来たハリボテだぞ。簡単には壊せん」
 「確かに、一本の鶴嘴つるはしじゃあ不可能じゃなくとも、厳しいかもな。なら……二本用意したらどうだ?」
 「おいおい。急に呼び出したと思ったら、人の事を鶴嘴扱いか?良い度胸してやがる」

 カラン、と涼やかな音を立ててタイミングよく開いた扉。皮肉っぽい声をねじ込んできたその男。しっかりと筋肉の着いた男のがっしりした体躯が、徐々に光に照らしだされる。嵯峨野と怜毅が椅子を倒して立ち上がり、高宮がテーブルに突っ伏す。嫌そうな顔の晴真と颯斗の脇では、竜崎が悠然と男を待ち受けていた。

 「久しぶりだな、古宮」

 そこに立っていたのは、族、素戔嗚尊を率いるヤクザの総本山の跡取り。古宮巽だった。
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