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暗雲
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しおりを挟む「何処まで掴んだ?」
どっかりと椅子に座り込んだ高宮の瞳が颯斗をすっと射抜く。普段は見せない覇気が颯斗を襲うが、ぐっと奥歯を噛みしめて真っすぐに見返す。
「最初に気になったのは、真水という名字。普通は清水とするのが一般的。そうそうある名前じゃない」
「だろうな。それで?」
「記憶を頼りに調べた。でも、ダメだった。誰も彼もが知らないって答えた」
「そうだろうな」
あっさりと同意する高宮。話が読めずに困惑する竜崎と怜毅。颯斗は既に顔色を失っている。高宮の態度こそが、颯斗の辿り着いた真実に、裏付けを与えていた。
「だから時間がかかった。一ヶ月以上も調べたよ」
「寧ろ、よくソレで辿り着いたな。そっちに感心する」
「ええ。我々の様な者であればすぐに辿れますが、一般的な資産家程度ではまず追えません」
「おい、さっきから話が分からん。もったいぶらずに教えろ」
苦笑気味に肩を竦める高宮。その背後では、困ったような、称賛するようなため息を漏らす嵯峨野がいる。そんな彼らにしびれを切らした竜崎が割り込む。高宮を相手にしては分が悪い、と颯斗を睨む。
「ちょっと、睨まないでよ。ちゃんと話すから」
なんか、これ以上踏み込みたくない気もするけど。そう言って颯斗は苦々し気に眉を寄せた。高宮が同情するような視線を向ける。
「無理もない。相手が悪い」
「だから、何の話だって」
「真水って書く真水家って特別なんだ」
「特別?」
ゆっくりと口を開いた颯斗はためらいがちに、調査結果を報告する。怜毅も眉をひそめて身を乗り出す。
「正確に言うと、この国で真って付く家は特別って事。何せ、真ってつく家と言ったら一つでしょ」
そこまで言われた竜崎がはっと目を見開いた。怜毅も思い至ったのか顔色を変えた。
「五大名家の一つ、真宮家。真水家っていうのは、そこの有力分家の一つだったんだ」
室内に重々しい沈黙が落ちた。
「思い至らなかったのも無理はない。確かに、あの家の分家は全て真っていう文字がつくが、其の事実は余り知られていないからな」
高宮が口を開いた。説明を求めて視線を向けると、高宮家の後継者は真剣な顔をしていた。
「例えば、ウチであれば別に分家に同じ漢字を使うとかそういう縛りはないし、そもそも縁者になるのに血縁はさほど関係ない」
嵯峨野もそうだしな、と高宮に視線を向けられ、嵯峨野が頷く。
「嵯峨野家は、私の祖父が偶然にも高宮の直系の方に気に入られ、その縁でお近づきになりました。そして、偶然にも同じ年に生まれたという事でこの方の従者になりましたしね」
ただ、と険しい顔をした嵯峨野が言いよどむ。その先を引き取ったのが高宮。
「五大名家の一つ、真宮家。あそこは、五大名家の中でも一際異彩を放つ。理由は至極単純。昔の貴族さながらなその古い体質にある」
真宮家が代名詞としているのは、血統主義。古くはこの国の王侯貴族であったとされる、この国随一の古代血統。そこに誇りを見出す彼らは、自分達こそが高貴なる存在と豪語してはばからない。
「質悪いことに、その血統は確かに公文書に記されていて、奴らの主張は間違っていないんだよなぁ」
「また、古来から存在する血統である為、有力者に対して太いパイプが存在します。その為、真宮家に睨まれるという事はこの国……いえ、世界的にも破滅を意味します」
婚姻等の手段を使用してこれまで築き上げた権力は、並の物ではない。社会的地位が高くなるほど、色濃くなる空気に、真宮家に触れてはいけないという不文律がある。それを知っているから、真水に関して調べたとしても、誰一人として知っているという返答は返さないのだ。どのような返事をすれば逆鱗に触れるか分からない。ならばいっそ知らない関わっていないフリをしよう、そういう事だ。
「実際、真宮と聞いた瞬間に顔色を変える奴なんてざらだ」
「あの家に巻き込まれたくないですからね」
寧ろ、どうやって調べたんですかと嵯峨野に聞かれ、颯斗は苦笑する。
「詳細は伏せるけど、どうしてもって頼み込んだんだ。その手の事に詳しそうな人に。そしたら、自分からは何も言えないけど、調べたら出てくるかも知れないルートを教えてくれた」
そして出てきたのが、コレ。そう言って見せてきたパソコンには、"五大名家の相関図"が示されていた。その内の真宮家の部分には、分家として真水の文字があった。じっと聞いていた竜崎が険しい声で訪ねる。
「……真宮家は"触るな危険"って言われているのを耳にしたことはある。それは高宮でもか」
「半分正解。半分外れ」
なんとも微妙な回答に、相関図に向けていた視線を巡らせる。これはオフレコなんだけどな、と高宮は言葉とは裏腹に随分と気楽に答える。
「そもそも実力主義のウチとは相性が悪いからな、真宮は。ずっと権力争いみたいなことをしていたんだ。で、その権力をそぐことに注力してきた。総力を挙げて。勿論、真宮には気付かれないように、だがな。流石に体勢が整わないまま相手にするには分が悪い」
「よろしいのですか」
「構わん。ここまで来たら変わらないし、離しておいた方が良い。どうせ他に漏らす様な奴らじゃない」
内部機密情報だ、と嵯峨野が窘めようとするが、高宮は簡単に言う。聖月にも関わる事だ、と視線だけで言われ、嵯峨野は黙って後ろに下がる。
「だが、最近になって問題が生じた」
「何があった」
「簡単に言えば、真宮が暴走を始めたってところだ」
真宮は古い血筋を持っているが、ハッキリ言ってそれまでの家。それ以外は何ら特徴がない。古くからの権威を持ち合わせていた家特有の傲慢さから、自らを磨くすべを忘れたのだ。高宮とは真逆の存在。しかし、古の権威に縋って生きるには年月が経ちすぎた。
現に、真宮を追い落とそうと画策する高宮という同格の家柄が出てくる始末。実力主義を掲げる家が、血統に重きを置く訳がない。お互いの主張が受け入れられないのは必然。その上、それ以外の家も、虚構の権力に勘づき始めた。真宮家が主人格としての能力を持ち合わせれば、今でも敬意を集められただろうが、腐敗した名家崩れでは無理な話。実のところ、徐々に力を落としているのだ。
「古宮には、一人直系がいる。だが、絵に描いた放蕩息子でな。老いさらばえたジジイ、もとい当主にも危機感ってものが生まれたんだろう。最近は、有力分家の子息令嬢を兎に角集めまくって能力試験をしているらしい」
「実力主義の方向に梶を切ったという事か」
「まぁ、間違ってはいない。ただ、その篩にかけるのは血族のみってところがウチとは違うがな」
「おい、それじゃあ、マズいんじゃないか」
いいお家のお家騒動は理解できん、と微妙な顔をしながらもなんとか理解しようとする怜毅。その程度の理解でいいと高宮が頷くが、そこに険しい顔で入ってきたのは竜崎。相変わらず察しが良いと嵯峨野が笑う。
「ええ。その篩に掛けられた血族に、聖、もとい真水聖月が入り込んでいる事が大問題なんですよ」
ここまで来れば怜毅も理解したようだ。颯斗がくっと顔を歪める。
「あの聖の能力を目にすれば、喉から手が出る程欲しくなるって事だよね?」
「そう。高宮の次期当主としては頭が痛い位の問題って事。何せ、頭脳に関しては下手をすれば俺以上。そんな奴が仇敵の家の当主に収まってみろ。計画崩れもいい所だ」
だが、と高宮はため息をつく。嵯峨野が労し気な視線を向けるのを見て、風紀三人の顔が引きつる。まだ嫌な話が続くのかと言いたげだ。お手上げだとでもいうように手を上げた高宮が説明を続ける。
「ここまでは、高宮としての俺からの説明。で、これは聖の友人としての説明だが」
「所謂御家争いが始まったころから、真宮家には適齢の男女10名程度が集められたそうです。そして、その内の二人を除いた全員が」
変死したそうです。
淡々と告げる嵯峨野。最早言葉が出ない風紀のメンツ。深い泥沼に引き込まれていく。
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