上 下
23 / 84
邂逅

9

しおりを挟む
 薄暗い闇に沈み、鉄の匂いが蔓延する戦場。そこに突如響いた声は、凛とした色を含んで、左程大きな声ではなかったにも関わらず聞いた者達の動きを止めるに十分な威力を持っていた。それらの者達に釣られるように動きを止める者が続出し、徐々に中心から外側に向かって静寂が広がっていった。

 その声に覚えがある者は驚愕に目を見開き、覚えがない者は不思議そうな顔であたりを見回し始めた。中でも竜崎と怜毅の驚き様は他と一線を画していた。驚きに硬直した体の自由が戻るなり、一心不乱に周囲を見渡した。

 「龍!上だ!」

 先に見つけた怜毅が悲鳴にも似た声を上げる。パッと見上げた先には彼らが待ち続け、焦がれた姿があった。

 解体中なのか、崩れたのか定かではない、少し背の低い建物。偶然にもその周囲には光を遮る物がないせいで、雲一つない夜空に輝く月明りに照らされている。そこには、白銀に輝く満月を背に立つ華奢な人影。風に靡く腰付近まで伸ばした銀糸の髪。目深に被った黒キャップの所為でその容貌は窺う事は出来ないが、トレードマークとも目される全身黒の装束と相まってそれが誰だかその場にいる者全員に知らしめていた。

 「……ひじりっ!?」

 竜崎の口から絞り出すように、その人影の名が呼ばれる。すぐそばにいた古宮は怪訝そうな顔で竜崎と人影を交互に見やっていたが、周囲が声を漏らし始めるのを聞き、目の色を変えた。

 「嘘だろ……」
 「帰ってきた……?」
 「聖さん……皇帝っ!」

 その一言を皮切りに、一気に歓声が沸き上がる。皇帝、帰ってきた、お帰りなさい。そんな言葉が周囲を満たし、NukusとKronousには歓喜を、素戔嗚には驚愕と困惑を齎した。

 「あれが……皇帝、だと?」

 思わず古宮が呟く。それが聞こえたのかそうでないかは定かではないが、その人物の口元に笑みが浮かんだ気がした。優雅な動作でスッと手を上げた人影は、パンっと音を立てて手を打ち鳴らした。すっと鎮まった眼下の広場を見渡して満足そうに頷いた彼は、ふふふっと笑った。

 「はぁい。随分と楽しそうなことしてるねぇ。混ぜてほしいなーなんて思ったり?」

 低すぎず高すぎず。涼やかな声がコロコロと笑う。ああ、でも。そう言った彼はほっそりした白指を顎に当てて小首を傾げた。

 「一つだけ言いたいことがあるんだけど?」
 「お前が噂の皇帝か。この状況で出てきて何が言いたい?」

 即座に食いついたのは古宮。爛々と輝く目で挑発的に見上げる。ふと、竜崎の頭に嫌な予感がよぎる。いつの間にか傍に来ていた怜毅もそこはかとなく心配そうな、不安そうな顔をしている。割って入ろうとした竜崎だったが、人影の方が一歩早かった。ふふん、と薄い胸を張って堂々と言い放ったのは。

 「俺は皇帝なんて名乗った事はない!人違いだ!」
 「空気を読め馬鹿!今そんな話をしている場合か!」

 思わず竜崎が頭を抱えて叫んだのも無理はないだろう。



 あーらよっと、と気の抜けた声と共に危なげなく降り立った聖月は、軽い足取りで竜崎と古宮のいる場所に向かってきた。

 「ふふふ。人込みがきれいに分かれるなんて、モーセの気分?」
 「ちょっと黙れお前は」
 「……なるほど。馬鹿アホ間抜けの三拍子そろったクソガキ、ねぇ」

 鼻歌を歌いそうなくらいに上機嫌な聖月と頭痛を堪えるような仕草をする竜崎とあっけに取られたのちに苦笑する古宮。三者三様のリアクションに、周囲の方が戸惑い気味だ。

 「ちょっと、聞き捨てならない言葉あったけど?誰が馬鹿アホ間抜けの三拍子そろったクソガキだって?」
 「竜崎がそんな事を言っていたのを聞いたんでな。何となく納得したわ」
 「それ以外に言いようがないだろうがこの馬鹿」
 「ふーんだ。龍ちゃんなんて嫌いー。罵倒のレパートリー少なくなったんじゃない?」
 「てめぇ」

 いじけたようにそっぽを向く聖月。青筋を立てる竜崎。探していた人物が目の前にいるにも関わらず、予想の斜め上を突っ走る本人に流石の古宮もどう対応したものか悩んでいるようだ。わずかに言いよどむ古宮。そんな男を横目で見やった聖月は、ふわりと口元に笑みを浮かべる。妖艶で、挑発的な笑みを。

 「まぁ、そうは言っても仲間だしねぇ。龍以外にもいっぱいいるみたいだしぃ……身内に手を出されて黙っている訳には、行かないよねぇ?」

 古宮の背筋にゾワリとしたものが走る。無意識に身構え、油断なく華奢な人影を見つめる。単純に力比べをすれば間違いなく勝てるだろう。にも拘らずどうしようもなく警戒心を掻き垂れられる。知らず知らずのうちに気分が高揚し、獰猛な笑みが浮かぶ。

 「なら、どうする?一戦やるか?」

 ぱっと聖月の前に竜崎と怜毅が立ちはだかる。番犬さながらに威嚇する二人を押さえたのは聖月だった。スルリとその間をすり抜けて古宮の前に立ち、その巨体を見上げる。

 「うーん。それも楽しそうだけどぉ」

 そう言った次の瞬間、聖月の姿が消えた。実際には古宮の死角に入った事でそう見えただけだが、咄嗟の事に古宮の対応が僅かに遅れる。常人相手であればそれで間に合っただろうが、聖月もまた常人のそれを遥かに超える。一瞬の隙をついて足払いをかけた聖月は、その勢いを利用して古宮を投げた。倒れ込んだ男に跨ると、その胸倉を掴み、ずいっと顔を近づけた。

 「いま、けっこう、きれてんの。だからさ、じぶんでも、どうなるかわかんないし」

 ひいて、くれない?

 耳元に甘く囁きかける。まるで恋人同士のような体勢だが、その身に纏うは触れれば切れんばかりの殺気。矛盾したそれらと、冷たく輝くキャップの奥の碧い瞳。息をのんだ古宮は、くくくっと笑い目元を覆った。

 「いいねぇ。益々興味が出た」

 ひとしきり愉し気に嗤った男は、予備動作なく聖月に殴り掛かる。予期していたようにスルリと逃げた彼を負うことなくゆっくりと状態を起こした男は、ニヤリと笑った。

 「てめぇら。今夜はここまでだ」

 声を張り上げて周囲に命令する。引き下がると思っていなかったNukusとKronousのメンツは動揺し、しかし、それ以上に動揺したのは素戔嗚の者達だった。

 暴れたりない、と不満の声を上げる男たち。されど、鋭く睨みつけた古宮のまえに屈する以外はなかった。

 「俺の命令が聞けないとはなぁ?」

 リーダーの圧力に渋々ながらも引く。一人また一人と姿を消す中、ゆったりとした動作で立ち上がった古宮は踵を返した。男は一歩歩いて顔だけ振り向いた。

 「今回はてめぇの面を立ててやる。だが、次は、思いっきり可愛がってやるよ」
 「お手柔らかに?」

 獰猛な笑みと妖艶な笑みが交わって、その夜の闘いは幕を下ろした。


***********
何故か皆、上から登場したがる謎……。
やられっぱなしの描写しかない古宮さんですが、実際には竜崎と同等以上の実力者です。気まぐれで粋と言う設定ののですが……残念。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...