刃に縋りて弾丸を喰む

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Episode〈9〉唯心 ⑶

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 カタナが千葉県某所にあるアパートへ辿り着いたのは、翌日の朝だった。
 車から降りたカタナに、一人の男が歩み寄る。『送迎係』を任せていたその男にボディーチェックを受けながら、カタナはぽつりと呟いた。
 「お前が、裏切り者だったとはね」
 3年半前、片桐組の構成員となった男の運転技術は組の中でも高く評価された。男は自らカタナの運転手になることを志願し、カタナも好んでその男を使うようになった。
 ───カタナは、星子と風馬を空港に送り届ける役目もその男に任せていた。
 「やられたね、まさか身近にネズミが潜り込んでいたとは」
 ボディーチェックを終えた男はカタナの言葉に何も反応を示さぬまま、アパートの一室へとカタナを先導した。
 古く重い扉を開けて中へと入ると、居間には風馬の姿があった。
 「どうも、元気そうでなにより」
 「お前は元気そうに見えないな」
 風馬に促され、カタナが畳の上に腰を下ろす。二人の男は、ちゃぶ台を挟んで対峙した。
 「驚いたよ。運転手の男、お前の部下だろう」
 「あの辺では片桐組が力を持ち始めていたのは知っていた。保険のつもりで潜り込ませたが、正解だったな」
 お互いを探るように視線と言葉を投げかけ合っていた男たちは、一度沈黙した。そして、風馬が口火を切った。
 「葛井飛鳥を解放しろ」
 窓の外から、子供たちの遊ぶ声がのどかに部屋の中へと響く。
 「……できない。オレに、何のメリットもない」
 返事をするカタナの声は、わずかに震えていた。
 その様子をみとめて、ふっと風馬はほくそ笑んだ。
 「ここまで来ておいて・・・・・・・・・、強情を張るなよ」
 「……」
 黙り込んだカタナに、風馬はたたみかけるようにして声をかけた。
 「お前は葛井飛鳥の身柄を抑えてなお、彼女の存在も、彼女と婚約する旨も公表しなかった───いや、できなかった・・・・・・んだろう」
 風馬はカタナを真っ直ぐに見つめたまま、す、と短く息を吸った。それから、力強い声で言葉を続けた。

 「高木星子を、愛しているから」
 カタナの瞳が、かすかにたわんだ。

 その姿に確信を得た風馬が、再び口を開いた。
 「葛井飛鳥が解放されたことを確認したら、高木星子に会わせてやる」
 「……つまり、葛井飛鳥の代わりに星子を引き渡すから、また彼女を美空の代役に戻して偽の婚姻関係を続けさせろということか。あんた、仮にも星子の友人でしょう。薄情だね」
 その言葉を聞いて、風馬は苦笑した。
 「もうそんなこと、できない・・・・だろう。お前に」
 それから、風馬は机の上に一枚の封筒を差し出した。
 「返すよ、旅券これ。使うべきなのは、じゃない」
 その封筒を眺めながら、カタナは、ふー、と長いため息をついた。
 「……星子には、いつ会わせてくれるの」
 「葛井飛鳥の解放を確認したら、すぐにでも」

 その言葉を聞いたカタナの頭に、今朝東京を出発したときの映像がよみがえる。
 明け方の空の下、一人車に乗り込んだカタナに、松元は声をかけた。
 「さようなら、お元気で。“名月”さん」

 カタナは一度、ゆっくりと瞬きをした。そして、静かに口を開いた。
 「……もう、とっくに解放されてると思うよ。オレには、お節介な部下がいから」
 その言葉を聞いて、風馬はスマートフォンを取り出した。何やら画面を操作した後、彼は畳から腰を上げた。そしてそのまま、玄関へと向かいながらひらひらと手を振った。
 「どうか、お幸せに」

 玄関のドアが開いて、それから閉まった音がした。そして、隣の部屋へ続くふすまが引かれた気配があった。

 「……カタ、ナ」

 カタナの鼓膜に届いたのは、彼が何よりも求めていた声だった。
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