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第3章 狂いに至る過去
第16話
しおりを挟むいつも通りに彼が仕事から帰ってきて、しばらくした後、彼の部屋がある二階から何か激しく物を打ち付ける音と奇声が、家中に響いた。
おそるおそる父親と母親が、息子の部屋にかけつけた時、
キーボードに狂ったように頭を打ち付ける六地蔵の姿があった。額に割れたキーの破片がいくつも突き刺さって血が吹き出ている状態で、なおも打ち付け続けている。
制止しようとする両親を、彼は乱暴に振り払って立ち上がった。
「アマチュアは好きに書くんじゃああ! 好きを詰め込むんじゃああ!」
「サタンビッチどもを虐殺するんじゃああッ! 死にさらせええッ!」
「趣味で書いておりますのでッ! PVや評価は気にしておりまッせんッ!」
彼は血だらけの顔面で、そう絶叫したのを最後に意識を失った。
すぐさま救急車が呼ばれ、うちの大学病院で検査と処置がほどこされた。幸いにも大事には至らなかったが額の裂傷もひどく、精神状態を鑑み、措置入院となった。
彼は非常に危険な精神状態にあった。己の頭をキーボードに叩きつけ続けたように、誰かの腹部を刃物で刺し続ける、そんな最悪の事態も想定された。ご両親、警察、勤務先に協力をあおぎ、今後の対応を練った。そして、このセンターの管理下に置く事が決まった。
彼の意識が戻った時から、私は外科の担当を装い、世間話の体でカウンセリングを進めた。時には催眠療法をほどこし、彼の深層心理をさぐった。
そして彼をここに入所させるために、一旦彼が大学病院を退院した後、彼が利用しているカコヨモのKADOYAMA出版に協力を要請し『新しい才能を囲い込むための特別プロジェクト』に選抜された旨のメールを出してもらった。
君が今日使った名刺もKADOYAMAから正式に発行されている。臨時職として籍だけ設けてね。このセンターは国が推進しているプロジェクトだ。多少の事は都合がつく。
六地蔵は今、勤務先から特別休暇を与えられ、カコヨモが用意したマンションで執筆に専念していると思い込んでいる。
通常なら、そんなあやしい話は通用しない。だが彼は、その通常の状態にない。どっぷりとカコヨモに依存している上に自己評価も高いからね。二つ返事で入所してきたよ。家賃も食事も光熱費も無料、好きなだけ執筆に専念できる。彼にとっては願ってもなかったろう。
世間を見渡してみてもそうだ。結婚詐欺、最近は国際ロマンス詐欺なんてものもあるが、普通ならあり得ないと判断できる事も、依存が強すぎると判断がつかない。簡単に騙されてしまう。依存対象を失いたくないばかりに。
だから今、彼は有頂天だろう。やっと自分の才能が認められたと。かつては一次選考すら通らなかったKAKOYOMO出版が自分にひれ伏した――と。
それが彼がここに来た経緯だ。
真木は、息を呑んだ――。
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