書架の褥に囀る寵花

日野

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12 後悔はなく

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「きみが外してくれ」
「えっ……そ、そんなことは……」
「ふたりだけなんだ、そんなに恥ずかしがらなくていい」
 仰臥したアレックスの胸板に、おそるおそる手をのばした。
 ボタンを外していくと、なめらかな肌が露わになっていく。ふれてみたい、と思ったときには、クレアは指先でそっとなでていた。
「もっと下まで」
 まだボタンは残っていた。
 これ以上開いていくと、アレックスの下腹部がのぞいてしまう。
 以前の夜の部屋の乏しい光のなか目にした、彼の引き締まった身体――それを十分な光量のある部屋で目に焼きつけたい、そんな衝動があった。
 ひとつずつボタンを外すクレアの指先はぎこちなく、ちらちらとアレックスをうかがうと、彼は楽しげに目をほそめていた。
 シャツはくつろげてしまった。あとはズボンしか残っておらず、クレアは手を引っこめようとしていた。
「まだ、残ってるよ」
「シャツは……もう」
「シャツは終わったよ、さあクレア」
 アレックスが先に進むよう望んでいるのはわかる。でもクレアにはそこを直視できなかった。
 やわらかい布地に隠されたそこが、内側でかたくふくらんでいることをクレアは知っていた。
 夜に見た屹立が、まざまざと思い出される。明るい部屋のなかであんなにも淫靡なものを目にしたら。そう思うと胸の奥がざわついて落ち着かない。
「クレア、きみにばかり恥ずかしい思いをさせたくないから、先に僕がこうして我が身を差し出してるんだよ」
「は……恥ずかしいことなら、ふたりしてしなくても……」
 アレックスの指先がクレアのくちびるを封じる。
「はやくしないと、様子を見にシンシアがくるかもしれない」
 呼ばなければそんなことは起こらない――はずだが、クレアはもしかしたら起こるかもしれない、と不安を覚えてしまう。
 彼の着衣をくつろげている自分を自覚し、クレアは羞恥心をかき立てられていた。
 手を動かしていくと、ばね細工の玩具のように彼の屹立が飛び出してきた。そのときクレアはちいさな声を上げていた。
 赤い蛇に視線が釘付けになったクレアの手を取り、アレックスはそこへと導く。
「きみが愛おしいから、こんな節操のないことになるんだ」
「私は……」
「なでてやってよ。遊んでほしくて、こんなに興奮してる」
 アレックスの手に誘導されたクレアの手指が、熱く脈打つ肉茎を上下する。
 低いため息を落とすアレックスの手が、クレアの手指を解放した。それでもクレアの手は愛撫を続ける。赤銅のそれは時々身じろぎ、先端にはとろけた蜜を戴いていた。
「とてもいいよ、クレア。僕にもきみと遊ばせてくれ」
 彼の腕に引き上げられ、クレアはアレックスののばした足に横座りになっていた。
「アレックス、なにを……するつもり――」
 尋ね終わるより先に、アレックスの鼻先がクレアのうなじに吸いついた。舌が這い、背中をぞくりとした波が通り抜ける。
「クレア、続けて」
 アレックスの手がクレアの部屋着を解いていく。クレアがそうしたように、ボタンを外して胸元にふれてきた。
「あ……っ」
 彼の舌はクレアのうなじを楽しんでいた。なのにその指先は、乳房をほぐすようになでたと思うや、乳首をとらえていたぶりはじめる。
「待ってアレックス……あぁ……あ、ぅ……んっ」
 強い刺激にクレアが充血した猛りから手を離してしまうと、アレックスは首筋に歯を軽く立てる。クレアは彼のこぼすくぐもった笑いを耳元で聞いた。
「もっとかわいがってくれなかったら、クレアが恥ずかしくて死んでしまうようなことをするかもしれないよ」
 乳房を弄びはじめた手を眼下に、クレアは狼狽していた。痛々しいほど乳房の先端は赤くかたく尖っている。そこが疼いていることにクレアは気がついていた。それがアレックスのさらなる愛撫を待っているものだとも。
「も、もう恥ずかしいのに……これ以上だなんて」
「ためしてみようか?」
「それ……は」
 クレアは屹立から離れていた手を戻し、滴り落ちた蜜で濡れた幹をなぐさめはじめる。くちゅくちゅと音を立てるほど流れ落ちている蜜が、摩擦を軽くする助けになっているのかはわからない。クレアの手で蜜は幹全体に広がり、まるで飴細工のようにつややかになっていた。
「続けてくれ、クレア。もっとだ」
 ささやくようなアレックスの声とともに、彼の指がクレアを刺激する。乳房から乳首に移り、そのかたさを楽しむような動きにクレアの性感は高まっていた。
「あ……ぁあっ」
 さらに下方へ。
 腹部の柔肌をたどり、クレアの和毛に守られた敏感な部分にたどり着く。
「アレックス、だめ……恥ずかしい、こと……ためさないって」
 クレアの手元で上がっている、ぬかるんだ音――それとよく似た音が、淫裂からも聞こえる。
「ひっ……あぁっ」
 悲鳴に似た声を上げ、クレアは腰を蠢かせていた。
「だ、めぇ……っ、いやっ……あぁっ」
「ためさないなんて、ひとことも僕はいってないよ。手を休めないで、僕もきみの蕾をかわいがるから」
 指先の動きはゆっくりで、とても優しかった。なのにそこから得る快感は強く、クレアはうつむいて首を振っていた。噛みしめていたくちびるから、はしたない声を漏らしてしまわないよう懸命になっている。明るい部屋というだけでなく、こんな間近で、普段はまったく出さない嬌声を上げている姿を見られたくない。
「……ふ、っう……ぅん……っ」
「胸だけじゃなくて、ここまでこんなにかたくして」
 ぐっとアレックスの指に力が入り、クレアは腰を浮かせてしまう。
「あぅ……っ、やぁ……あ……っ」
「クレア、僕の肩につかまって」
 快感に腰を揺らしながら、クレアは彼の言葉にしたがっていた。
 ひざ立ちになりアレックスの肩に手をまわして向き合い、こまやかな動きで蕾を愛されるに任せる。
「っあ……あぁっ……あっ……」
 彼の指に合わせ、腰が艶めかしく動く。内股が濡れていく感覚があり、クレアはアレックスの肩口、ガウンを軽く噛んだ――絶頂に達しようとしていた。
 達しようとする瞬間、クレアは肩にまわしていた力を強くする。しがみつき、のどの奥でくぐもった声を漏らす。
「うっく……うぅん……っ」
 腰が制御から外れた跳ね方をし、やがてクレアはアレックスの胸に崩れ落ちていた。
 身体の力が抜け、ぐったりとしたクレアを彼はベッドに横になるよう介添える。下半身が重く感じられた。彼に愛撫されていた蕾を中心に、快感の縄が縦横無尽にクレアを縛りつけている。
「ん……」
 胸が上下するような息をくり返すなか、アレックスがのしかかってくるに任せた。見上げた彼の顔は影になっているが、淫靡な色が消えていないのがわかる。
「アレックス、どうか……」
 したの、と尋ねる声は、彼の手がひざにかかって飲みこんだ。
「いや……っ」
 足が左右に大きく開かれ、クレアが反応するより先にアレックスがその間に割り入ってくる。
「あ……アレックス……?」
「きみの深いところを感じたい」
 淫裂に鈴口があてがわれていく。クレアがとっさに目を閉じると、まぶたにアレックスのくちびるが押し当てられた。
「クレア……きみは僕だけのものだ」
 なにものも受け入れたことがないそこに、アレックスの重さがかけられる。
「……っ、あ……っ」
 ずるり、と長大なそれをクレアは飲みこまされた。
「やっ……あ……あぁ……」
「クレア、ほら、こんなにきみは熱い」
 鈍い痛みがそこにあった。クレアは抱きすくめてくる胸にすがりつき、動き出した彼の腰に翻弄されていく。
 痛みは強くなっていった。
 意識が攪拌されていく感覚に飲まれたくなかった。彼に痛みを訴えれば、きっと抽挿を止める。
 確実な痛みのなかであっても、クレアは交歓を止めてほしくなかった。
 目を閉じ、しっかりと腕に捕らえられたクレアにとって、いまは彼の荒くなった吐息と激しい腰使いだけがすべてだった。
 アレックスがしきりにクレアの名を呼ぶ。胸にこみ上げる愛しさだけを頼りに、クレアは痛みを耐えていた。あんなにも大きなものが打ちこまれているのだ、痛みがあるのはしかたのないことかもしれない。
「ぅ、っあ……」
 浮かんできた涙が粒になってひとつ目尻からこぼれ落ちたころ、アレックスの動きが止まった――クレアを穿った最深で、アレックスの大蛇が炎を吐き出しているようにさえ感じた。アレックスのため息が聞こえる。そわそわと胸中に甘いものが広がった。
 破瓜の痛みに言葉もなく、硬度を失いつつある彼が引き抜かれると、ふるえた吐息だけがクレアのくちびるから出ていった。
 彼の重みが身体にかかり、クレアは自然と抱き止めていた。やわらかい茶色の髪をなで、クレアは自分が純潔を失ったのだとぼんやり思う。愛しいひととの交わりは喜ばしい、だがそこにクレア自身の居場所がない。
 アレックスが身を起こし、衣類を整えはじめた。クレアはガウンの前を簡単に合わせ、手足を投げ出す。身体の中央の鈍痛に、起き上がるのが億劫でならない。
「クレア」
 瞑目したまぶたの暗闇のなか、彼の問いかけめいた声がする。なんとこたえればいいのかわからない。眠ったと思ってはくれないだろうか。
 こたえずにいると、わずかな衣擦れの音がした。なにを話したらいいのかわからず、クレアはそのまま眠ったふりをしていた。
 彼も眠ってしまったと思ったか、もう声はなく、ただクレアを抱きしめてきた。ベッドにふたりの重みがかかってきしんだが、その音さえもクレアには好ましい。
 腕のなかで目を閉じているうちに、どんどん意識がぼんやりしてくる。
 ――アレックスはどう思っただろう。
 彼が分け入った場所が、ひりひりと痛んでいる。
 はじめてだと伝わってしまったか、奥方ではないと発覚するのではないか、そればかりが心配になっていた。
 そんなことになったら、彼のそばにいられない。
 仕事であり、奥方のふりをする――そのことを時々忘れてしまいそうになる。
 一年間だけなのだ。
 どうにか彼をはぐらかし、情を交わさずにいればよかったのかもしれない。
 だが彼がクレアを求めてきたように、クレアもまた彼のぬくもりを感じたかった。
 彼の欲望が純潔を散らしたところで、悲しくもつらくもない。後悔していなかった。
 ――それをどう伝えたらいいのだろう。
 奥方としてではなく、クレア自身として伝えたいのに、それができない、クレアの言葉は、彼にはすべて奥方の言葉なのだ。
 アレックスの腕のなか、クレアはまどろみはじめていた。
「……愛してる……」
 彼に届かないのではないか、そのくらいちいさな声でつぶやくと、彼の腕が動いた気がする。
 しかしもうおたがいの声はなく、やがてクレアは眠ってしまっていた。
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