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108:皇女ルサルカ・トリトーネ
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「陛下、最後の姫様が生まれました!」
「…そうか」
喜ばしい報告にもかかわらず、ぺルラ皇帝ランチャの表情は暗かった。皇帝の座は女性でも継げるので、また女児であったことに不満というわけではない。娘が6人できることは、結婚前から知っていた。
可愛い娘が増えることは嬉しいことで、他の娘たちも喜びを隠さないだろう。
ランチャが重苦しい顔をしているのは皇后の身を案じてのことであった。
「それで、皇后はどうだ」
「皇后さまは…」
「お会いになられますか?」
「いいや、約束させられたからな。私が死んでも分娩室には入るなと。『入ったら誰が娘たちの面倒を見るの?』と言われたからな」
「ストレガ様とアケロン様が努力をしておりますが…もはや奈落の船に乗りかかっているそうです」
「そうか…」
ランチャは走り出してしまいたい己の足を、その強靭な精神力で何とか止め、妻と過ごした日々を思い返した。出会った時から不思議な娘で、巨大な力のせいで誰も近寄ってこなかった自分と初めて出会った時に『あなたと結婚する未来が見えるわ。子供は、女の子が6人ーーまぁ、私たち頑張るのねぇ』なんてあっけらかんと言いはなった。
その口調を思い出すと、こんな状況でも苦笑が漏れだす。
あの時の私の侍従と妻の侍女の顔と言ったらなかった。
現実逃避のように、妻との思い出に浸っていると目の前に赤子を抱いたアケロンが現れると、その表情ですべてを悟った。
「ランチャごめんね……」
「いや、わかっていたことなのだ、どうすることもできない。妻からも10年以上聞かされていたからな。おお、私の末娘」
「名前なんだけどね、皇后が『ルサルカ』って」
「ルサルカ・トリトーネか、きれいな名前だ。ぺルラ皇女ルサルカ!私はお前を守ると約束しよう。お前を苦しめた者があれば、私が代わって罰しよう。私が無理なら、このアケロンが代わりとなろう」
娘を抱きしめたランチャからは、一筋の涙が零れ落ちていった。
◆◆◆◆◆◆
皇女の処刑で己の無力感を感じていたアケロンは、切られた首が大衆の前に晒されるのを見ながら、ルサルカが生まれたときの話を思い出していた。
あの時、小生は「皇后が生む時に立ち会ってしまったから、今後はルサルカ皇女とは合わない方がよさそう」と思って距離ととってしまったけれど、それが間違いだったのではないだろうか。皇后はルサルカの運命は『己の家系の呪い』と言っていた。臨月が近づくと、まるで腹の中にいる子供そのものが呪いであるというように、周囲に人を寄せ付けなくなった。
しかし、皇后はルサルカを愛していなかったわけではない。
皇后は自身の命を懸けてルサルカの運命を救おうとさせたのだ。
掲げられたルサルカの首に完成や雄たけびを上げている民衆の声が足元からかすかに聞こえてきていた。
『アケロン、同じネレウスの血を引くあなたにお願いよ』
『皇后さま、小生はネレウスの本筋の血ではございませんよ』
『少しでも入っていれば同じよ。まったく、本筋でないとか言いながら私より魔力があるなんて…』
『はいはい。小生がぺルラにいるのも皇后さまの縁ですからね。何をすればいいんでしょうか』
『ネレウスの血での魔法はネレウスの人間にはかからないわ。だから、ルサルカが死んでやり直しをする時に同じ轍を踏まないように見守ってあげて』
『わかりました』
おそらく、皇后はレドビラに降りかかる悲劇も知っていたのかもしれない。今となっては想像するしかないけれど。
これから起こる惨状を直視したくなかったアケロンは空中に浮かび、これからのことを考えていると点を切り裂くような雷鳴が地響きとともになり始めていた。
「終末の音とはこんなに物騒なのか」
アケロンの独り言は彼と一緒に時空のはざまに消えていくのだった。
「…そうか」
喜ばしい報告にもかかわらず、ぺルラ皇帝ランチャの表情は暗かった。皇帝の座は女性でも継げるので、また女児であったことに不満というわけではない。娘が6人できることは、結婚前から知っていた。
可愛い娘が増えることは嬉しいことで、他の娘たちも喜びを隠さないだろう。
ランチャが重苦しい顔をしているのは皇后の身を案じてのことであった。
「それで、皇后はどうだ」
「皇后さまは…」
「お会いになられますか?」
「いいや、約束させられたからな。私が死んでも分娩室には入るなと。『入ったら誰が娘たちの面倒を見るの?』と言われたからな」
「ストレガ様とアケロン様が努力をしておりますが…もはや奈落の船に乗りかかっているそうです」
「そうか…」
ランチャは走り出してしまいたい己の足を、その強靭な精神力で何とか止め、妻と過ごした日々を思い返した。出会った時から不思議な娘で、巨大な力のせいで誰も近寄ってこなかった自分と初めて出会った時に『あなたと結婚する未来が見えるわ。子供は、女の子が6人ーーまぁ、私たち頑張るのねぇ』なんてあっけらかんと言いはなった。
その口調を思い出すと、こんな状況でも苦笑が漏れだす。
あの時の私の侍従と妻の侍女の顔と言ったらなかった。
現実逃避のように、妻との思い出に浸っていると目の前に赤子を抱いたアケロンが現れると、その表情ですべてを悟った。
「ランチャごめんね……」
「いや、わかっていたことなのだ、どうすることもできない。妻からも10年以上聞かされていたからな。おお、私の末娘」
「名前なんだけどね、皇后が『ルサルカ』って」
「ルサルカ・トリトーネか、きれいな名前だ。ぺルラ皇女ルサルカ!私はお前を守ると約束しよう。お前を苦しめた者があれば、私が代わって罰しよう。私が無理なら、このアケロンが代わりとなろう」
娘を抱きしめたランチャからは、一筋の涙が零れ落ちていった。
◆◆◆◆◆◆
皇女の処刑で己の無力感を感じていたアケロンは、切られた首が大衆の前に晒されるのを見ながら、ルサルカが生まれたときの話を思い出していた。
あの時、小生は「皇后が生む時に立ち会ってしまったから、今後はルサルカ皇女とは合わない方がよさそう」と思って距離ととってしまったけれど、それが間違いだったのではないだろうか。皇后はルサルカの運命は『己の家系の呪い』と言っていた。臨月が近づくと、まるで腹の中にいる子供そのものが呪いであるというように、周囲に人を寄せ付けなくなった。
しかし、皇后はルサルカを愛していなかったわけではない。
皇后は自身の命を懸けてルサルカの運命を救おうとさせたのだ。
掲げられたルサルカの首に完成や雄たけびを上げている民衆の声が足元からかすかに聞こえてきていた。
『アケロン、同じネレウスの血を引くあなたにお願いよ』
『皇后さま、小生はネレウスの本筋の血ではございませんよ』
『少しでも入っていれば同じよ。まったく、本筋でないとか言いながら私より魔力があるなんて…』
『はいはい。小生がぺルラにいるのも皇后さまの縁ですからね。何をすればいいんでしょうか』
『ネレウスの血での魔法はネレウスの人間にはかからないわ。だから、ルサルカが死んでやり直しをする時に同じ轍を踏まないように見守ってあげて』
『わかりました』
おそらく、皇后はレドビラに降りかかる悲劇も知っていたのかもしれない。今となっては想像するしかないけれど。
これから起こる惨状を直視したくなかったアケロンは空中に浮かび、これからのことを考えていると点を切り裂くような雷鳴が地響きとともになり始めていた。
「終末の音とはこんなに物騒なのか」
アケロンの独り言は彼と一緒に時空のはざまに消えていくのだった。
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