103 / 111
前の時間
102:宰相フェルム・サングイネム・エッセ
しおりを挟む
セールビエンスの指摘によりテンペスタス家の昇爵を知ったエッセ侯爵は、日が暮れてだいぶ経っていることもお構いなしに再び宮廷に戻りオケアノスの執務室へと向かった。
「殿下にお会いしたい」
「宰相殿!?どうかなさったのですか?少し前にお帰りになったと聞いておりましたが」
「ニックス、殿下は部屋にいるか」
「少し前はよくこういったこともありましたね。懐かしい」
「ニックス!はぐらかすな!殿下は部屋にいないのか?」
「……おりません」
「今日も公務や議会にも出ていなかったが、どこにいるんだ」
「…お伝えするなと言われておりまして…」
「もう結構だ!国王陛下に目通りを頼むことにする」
「なりません」
立ち去ろうとした侯爵の後ろ姿に投げられたニックスのその言葉に、侯爵は眉を顰めながら振り返った。
「私は宰相だ。なによりも私は彼の幼いころからの友人だ。それなのにこの2年、まったく会わせてもらえないというのはどういう了見だ」
厳しい表情でニックスにそう詰め寄ると、後ろから別の声が聞こえた。
「陛下が弱っている姿を友人に見せたくないというのだ。友人ならば理解すべきではないのか?エッセ侯爵」
「ーーポリプス公爵、珍しいこともあるな」
「親戚として見舞いに来ているだけだ。娘も夫の状況を不安がっているのだ、私が懇意にしている医師を紹介したのだよ」
「さようでございますか。それは忠義に厚いあなたらしい。して、陛下の体調は?」
「まったくもってよくないな。…それで、君はこんな時間にオケアノスに何の用だ?」
侯爵は公爵からの質問に答えるのを躊躇した。テンペスタス子爵がポリプス側の人間であることなど周知の事実で、今回の件に公爵が絡んでいないとは考えられなかった。何か言えばもっともらしい答えを返されるだけ、むしろ反対している自分の立場が危うくなる。
しかし、公爵の眼力がそれを否とは言わせない。
「聞いていない議題が通っていたようでしてね」
「宰相である君がか?……ああ、オケアノスも君が愛娘の件で大変だろうと気を使って些末な件については私に確認をして対応しているよ。あいつも成長したものだ」
「議会に通さずに法案や昇爵を決められたと?」
「外交的な問題ではないしな、良いだろう?何よりも、未来の花嫁が子爵家出身であることに心を砕いているとなればオケアノスも男を見せたくなったのだろう」
「…殿下にはまだ王妃がいらっしゃる」
侯爵は愛娘に最後の引導を渡したルサルカ皇女を嫌っていた。加えて昔はサラ・テンペスタス子爵令嬢のことを好意的に見ていたので、客観的に見ればルサルカ王妃よりもサラ王妃の方が喜ばしいと言いそうに思えた。しかし、何度か娘の元に遊びに来たサラとの会話を聞いていた侯爵は、サラの言動に違和感を感じることがしばしばあった。
何かと娘におねだりをしたり、娘に対して上から目線でのアドバイスをしたり、娘の趣味や食べ物の好みなどを遠回しに否定していく言い回しを聞いていくうちに娘に会わせたくないとおもうようになり、裏で訪問を断らせていった。親として子供の交友関係に口を出すことは褒められはしないが、それでも娘を守りたかった。
「おや、君は愛娘に嫌味を言った悪女を嫌っていただろう?それに陛下が倒れたのも彼女の歌による呪いだろう」
「好いてはいないが、王妃であることは事実だ。離婚も成立していない中で、すでに次の王妃を決めているのは外聞がよくないだろう。ぺルラとの関係もある」
「ぺルラなど!あのように小さな国にこのカエオレウムが気を使う必要はあるまい!オケアノスが王になって独身では箔もつくまい」
「それで、殿下の一存で子爵家を侯爵家にしたのですか」
「一存ではない。私も賛成している。テンペスタスの功績は誰が見ても明らかだろう!」
テンペスタス子爵の功績と言われて、思いつくのは民衆向けによくわからない薬を販売したことか、それともシュケレシュとの交流で大量に手に入れた武器であるか。元々軍事に秀でていた国ではあるが、最近、より一層その傾向が強くなっている。
諸外国からもその点について苦言を呈されることもしばしばあった。
『カエオレウムは周辺国に攻め入るつもりではないか?』
外交としてそのような脅威的な国になることは、今のカエオレウムにとって良いことではなかった。
けれどもそれを言っても、目の前のポリプス公爵にはわからないだろう。公爵は領土を広げ、富める国から略奪していくことこそが重要だと考える強硬派である。
協調派であるエッセ侯爵とは真逆の考え方であった。
エッセ侯爵はあきらめたように息を吐き、公爵に尋ねた。
「テンペスタス侯爵の件は承知しました。ポリプス公爵もう一度質問をさせていただきますが、国王陛下のご容体はいかがでしょうか」
「よくないな。オケアノスが継ぐ日も近いだろうよ」
「…そうですか。私も最早不要でしょうな」
エッセ侯爵はそう言って宮廷から館に戻り、二度と宰相として王宮に行くことはなかった。
「殿下にお会いしたい」
「宰相殿!?どうかなさったのですか?少し前にお帰りになったと聞いておりましたが」
「ニックス、殿下は部屋にいるか」
「少し前はよくこういったこともありましたね。懐かしい」
「ニックス!はぐらかすな!殿下は部屋にいないのか?」
「……おりません」
「今日も公務や議会にも出ていなかったが、どこにいるんだ」
「…お伝えするなと言われておりまして…」
「もう結構だ!国王陛下に目通りを頼むことにする」
「なりません」
立ち去ろうとした侯爵の後ろ姿に投げられたニックスのその言葉に、侯爵は眉を顰めながら振り返った。
「私は宰相だ。なによりも私は彼の幼いころからの友人だ。それなのにこの2年、まったく会わせてもらえないというのはどういう了見だ」
厳しい表情でニックスにそう詰め寄ると、後ろから別の声が聞こえた。
「陛下が弱っている姿を友人に見せたくないというのだ。友人ならば理解すべきではないのか?エッセ侯爵」
「ーーポリプス公爵、珍しいこともあるな」
「親戚として見舞いに来ているだけだ。娘も夫の状況を不安がっているのだ、私が懇意にしている医師を紹介したのだよ」
「さようでございますか。それは忠義に厚いあなたらしい。して、陛下の体調は?」
「まったくもってよくないな。…それで、君はこんな時間にオケアノスに何の用だ?」
侯爵は公爵からの質問に答えるのを躊躇した。テンペスタス子爵がポリプス側の人間であることなど周知の事実で、今回の件に公爵が絡んでいないとは考えられなかった。何か言えばもっともらしい答えを返されるだけ、むしろ反対している自分の立場が危うくなる。
しかし、公爵の眼力がそれを否とは言わせない。
「聞いていない議題が通っていたようでしてね」
「宰相である君がか?……ああ、オケアノスも君が愛娘の件で大変だろうと気を使って些末な件については私に確認をして対応しているよ。あいつも成長したものだ」
「議会に通さずに法案や昇爵を決められたと?」
「外交的な問題ではないしな、良いだろう?何よりも、未来の花嫁が子爵家出身であることに心を砕いているとなればオケアノスも男を見せたくなったのだろう」
「…殿下にはまだ王妃がいらっしゃる」
侯爵は愛娘に最後の引導を渡したルサルカ皇女を嫌っていた。加えて昔はサラ・テンペスタス子爵令嬢のことを好意的に見ていたので、客観的に見ればルサルカ王妃よりもサラ王妃の方が喜ばしいと言いそうに思えた。しかし、何度か娘の元に遊びに来たサラとの会話を聞いていた侯爵は、サラの言動に違和感を感じることがしばしばあった。
何かと娘におねだりをしたり、娘に対して上から目線でのアドバイスをしたり、娘の趣味や食べ物の好みなどを遠回しに否定していく言い回しを聞いていくうちに娘に会わせたくないとおもうようになり、裏で訪問を断らせていった。親として子供の交友関係に口を出すことは褒められはしないが、それでも娘を守りたかった。
「おや、君は愛娘に嫌味を言った悪女を嫌っていただろう?それに陛下が倒れたのも彼女の歌による呪いだろう」
「好いてはいないが、王妃であることは事実だ。離婚も成立していない中で、すでに次の王妃を決めているのは外聞がよくないだろう。ぺルラとの関係もある」
「ぺルラなど!あのように小さな国にこのカエオレウムが気を使う必要はあるまい!オケアノスが王になって独身では箔もつくまい」
「それで、殿下の一存で子爵家を侯爵家にしたのですか」
「一存ではない。私も賛成している。テンペスタスの功績は誰が見ても明らかだろう!」
テンペスタス子爵の功績と言われて、思いつくのは民衆向けによくわからない薬を販売したことか、それともシュケレシュとの交流で大量に手に入れた武器であるか。元々軍事に秀でていた国ではあるが、最近、より一層その傾向が強くなっている。
諸外国からもその点について苦言を呈されることもしばしばあった。
『カエオレウムは周辺国に攻め入るつもりではないか?』
外交としてそのような脅威的な国になることは、今のカエオレウムにとって良いことではなかった。
けれどもそれを言っても、目の前のポリプス公爵にはわからないだろう。公爵は領土を広げ、富める国から略奪していくことこそが重要だと考える強硬派である。
協調派であるエッセ侯爵とは真逆の考え方であった。
エッセ侯爵はあきらめたように息を吐き、公爵に尋ねた。
「テンペスタス侯爵の件は承知しました。ポリプス公爵もう一度質問をさせていただきますが、国王陛下のご容体はいかがでしょうか」
「よくないな。オケアノスが継ぐ日も近いだろうよ」
「…そうですか。私も最早不要でしょうな」
エッセ侯爵はそう言って宮廷から館に戻り、二度と宰相として王宮に行くことはなかった。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
ハズレの姫は獣人王子様に愛されたい 〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜
五珠 izumi
恋愛
獣人の国『マフガルド』の王子様と、人の国のお姫様の物語。
長年続いた争いは、人の国『リフテス』の降伏で幕を閉じた。
リフテス王国第七王女であるエリザベートは、降伏の証としてマフガルド第三王子シリルの元へ嫁ぐことになる。
「顔を上げろ」
冷たい声で話すその人は、獣人国の王子様。
漆黒の長い尻尾をバサバサと床に打ち付け、不愉快さを隠す事なく、鋭い眼差しを私に向けている。
「姫、お前と結婚はするが、俺がお前に触れる事はない」
困ります! 私は何としてもあなたの子を生まなければならないのですっ!
訳があり、どうしても獣人の子供が欲しい人の姫と素直になれない獣人王子の甘い(?)ラブストーリーです。
*魔法、獣人、何でもありな世界です。
*獣人は、基本、人の姿とあまり変わりません。獣耳や尻尾、牙、角、羽根がある程度です。
*シリアスな場面があります。
*タイトルを少しだけ変更しました。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる