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知らない時間
57:古めかしいドレス
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「あらスブリ、せっかくジェーン伯母さまが来ているのにでてしまうの?」
「ごめんなさいお母様、サラ様や皆様に誘われていまして…」
「そうなの。リークエ伯爵令嬢としての節度を持って楽しむのよ…?あまり言いたくないけれど、最近のあなたは…」
「まぁまぁ姉さん、いいじゃないの」
不満げに娘のスブリに言い聞かせようとする姉に、ドゥ伯爵夫人はなだめに入る。
「ドゥ伯爵夫人、御機嫌よう」
「御機嫌よう。スブリはーー少し見ない間に変わったのね」
「ええ!サラ様達に色々教えていただいていますわ!ああっ、もう時間が。伯母さま、失礼いたしますわ」
スブリは形式的な挨拶だけを済ませると、待たせている馬車へ飛び乗って行った。そんな慌ただしい令嬢の動作を、サロンの窓から眺めていた姉妹はどちらかともなくため息を着いていた。
「ごめんなさいね。なんだか最近のスブリはおかしいのよ」
「そうね。大分身につけているものも、振る舞いも変わったわ」
「でしょう?宮廷でマナーを教えているドゥ伯爵夫人の姪とは思えないわ」
リークエ伯爵夫人はそう言って再びため息を着いてから、紅茶に砂糖を落としてかき回す。かちゃかちゃと少し雑な動作からドゥ伯爵夫人は姉である彼女の苛立ちを感じ取った。
「サラ様ということはテンペスタス子爵令嬢ということでしょう?リークエ伯爵家との付き合いがあるとは知らなかったわ」
「ないわよ。リークエ伯爵は陸軍ですもの。テンペスタス子爵はーー宮廷官職の方でしょう?」
「最近副大臣になったそうよ。ドゥ伯爵は内務系ですから、接点がないのが救いだわ」
「へぇーっ。しがない地方貴族だったのに妹を王子の乳母にしたりといろいろと手を回して、とうとう副大臣までのし上がったのね。ーーあれが財務大臣になったら国はおしまいよ」
「財務大臣どころか、狙いはもっと上だと思うけども…」
ドゥ伯爵夫人が含みのある表現で言葉尻を濁せば、リークエ伯爵夫人は察したように頷いていた。テンペスタス子爵の狙いは「娘のサラを王妃にすること」なのだろうと声に出すのは、たとえ自宅のサロンでも危険すぎるのだ。
誰もいないことを確認するようにドゥ伯爵夫人は視線を左右に巡らせて、話題を変えるように手を叩いた。
「ところで、スブリは趣味が変わったの?大分…古めかしい服を着るようになっている気がするけど」
「あー、あれね。あなたからも変だって言ってあげて頂戴!テンペスタス子爵令嬢達とつるむようになってから、やれ昔の服がこれからの流行だ、化粧品はカリドゥスを使っていないと、って酷いのよ。『そんなのどこで流行っているの?』って聞いたら『これから流行るのよ』って言うのよ」
「宮廷や、先日の陛下の誕生パーティーでもあのような格好をしている人は見た事がないわねぇ」
「陛下のパーティーと言えば!噂を聞いたけど、ペルラの皇女様が素晴らしかったそうね!」
「ええ。私もご相伴に預かれて、耳が幸せになったわ」
「流行なんてそれこそ、今のご時世なら皇女様から発進されると思うけど、皇女様がスブリのような」
「それは全くないわね。皇女様は控えめながらもロマンっぽい格好をされているわ」
「では一体スブリはどうしてあんな格好をしているのかしら…?」
リークエ伯爵夫人は、今日一番深いため息を吐き出すと冷めた紅茶を一気に飲み干した。
◆◆◆◆◆◆
「スブリ様!」
「サラ様!今日もお誘いありがとうございます!」
「あら、スブリ様、先日私が差し上げたカリドゥスの頬紅は塗っていらっしゃらないの?」
「マリ様…せっかく頂いたのに申し訳ございません。母が『そんなに丸く、しかもショッキングピンクを頬に塗りたくるなんてピエロみたいよ』って言ったので…。それにマリ様も、サラ様もフルストラ様や他の皆様もやっていらっしゃいませんし…」
「これから流行りますのよ?オペラピンクの唇にチークを塗るのが。リークエ伯爵家のご令嬢であれば、最先端をしていても誰にも咎められませんでしょう?本当は私もしたいのですが、カリドゥス子爵家ごとき下級貴族の娘が先取りをすると後ろ指をさされてしまいますからね」
マリが悲しげな顔をすると、サラがその背中を撫でて慰める。そして恐縮したような愛想笑いを浮かべながらサラがスブリに言った。
「伯爵令嬢であるスブリ様には下級貴族の私たちのやり切れなさはお分かりにならないでしょが…。身分という物で出来ること出来ないことがあるのです。分かって下さいませ」
「「「さすがサラ様、私たちの代わりに言いにくいことを言ってくださるなんて。お優しい上にご自分の意見を目上の方にも言える自分がある姿素敵ですわ」」」
サラの言葉にわざとらしい程にフルストラ含めた他の取り巻きが喜んでいた。
「そ、そんな。私そんなつもりでは…マリ様、サラ様、お許しくださいね。次回は必ずご紹介いただいたお化粧をして来ますわ。でっですが、ドレスはホラっご覧ください!先日皆様に見立てていただいたアンティークドレスを着て来ましたのよ」
「ええ、ええ。クラシカルな雰囲気でとっても良くお似合いですわ。殿下も言ってらっしゃいました。『最近の令嬢はウエストを強調しすぎている気がする。皇女のような服装を真似ている人間が多い気がするが品がない』と。あ、『品がない』は私の意見ではないのですよ?私は素敵と思いますが、殿下のお気に召さないようなので、私達カエオレウムの同世代の令嬢は殿下のお好みを汲んだ方が良いと思いますの」
サラの言葉にマリが続ける。
「ですわね。しかし、アンティークドレスも高級品ですから中々手に入りません。スブリ様のような上級貴族の方が流行を作ってくだされば、私達下級の身分の娘にも手に入り易くなると言うものですわ!!さぁ、今日もお買い物に参りましょう」
令嬢達の集団はそう言ってスブリが返事をする前に呼び出していた宝石商の商品を吟味し出した。残されたスブリは自分の地味でおばあちゃんのようなドレスと、前に広がる他の令嬢の身につけている華やかな色味で広がった裾のドレスを見比べて、妙に悲しい気持ちが湧き上がる。
「本当に皆さんはこのドレスを着たいのですか?」
スブリの小さな質問は、はしゃぎながら宝石を眺めている他の令嬢達には届かなかった。
「ごめんなさいお母様、サラ様や皆様に誘われていまして…」
「そうなの。リークエ伯爵令嬢としての節度を持って楽しむのよ…?あまり言いたくないけれど、最近のあなたは…」
「まぁまぁ姉さん、いいじゃないの」
不満げに娘のスブリに言い聞かせようとする姉に、ドゥ伯爵夫人はなだめに入る。
「ドゥ伯爵夫人、御機嫌よう」
「御機嫌よう。スブリはーー少し見ない間に変わったのね」
「ええ!サラ様達に色々教えていただいていますわ!ああっ、もう時間が。伯母さま、失礼いたしますわ」
スブリは形式的な挨拶だけを済ませると、待たせている馬車へ飛び乗って行った。そんな慌ただしい令嬢の動作を、サロンの窓から眺めていた姉妹はどちらかともなくため息を着いていた。
「ごめんなさいね。なんだか最近のスブリはおかしいのよ」
「そうね。大分身につけているものも、振る舞いも変わったわ」
「でしょう?宮廷でマナーを教えているドゥ伯爵夫人の姪とは思えないわ」
リークエ伯爵夫人はそう言って再びため息を着いてから、紅茶に砂糖を落としてかき回す。かちゃかちゃと少し雑な動作からドゥ伯爵夫人は姉である彼女の苛立ちを感じ取った。
「サラ様ということはテンペスタス子爵令嬢ということでしょう?リークエ伯爵家との付き合いがあるとは知らなかったわ」
「ないわよ。リークエ伯爵は陸軍ですもの。テンペスタス子爵はーー宮廷官職の方でしょう?」
「最近副大臣になったそうよ。ドゥ伯爵は内務系ですから、接点がないのが救いだわ」
「へぇーっ。しがない地方貴族だったのに妹を王子の乳母にしたりといろいろと手を回して、とうとう副大臣までのし上がったのね。ーーあれが財務大臣になったら国はおしまいよ」
「財務大臣どころか、狙いはもっと上だと思うけども…」
ドゥ伯爵夫人が含みのある表現で言葉尻を濁せば、リークエ伯爵夫人は察したように頷いていた。テンペスタス子爵の狙いは「娘のサラを王妃にすること」なのだろうと声に出すのは、たとえ自宅のサロンでも危険すぎるのだ。
誰もいないことを確認するようにドゥ伯爵夫人は視線を左右に巡らせて、話題を変えるように手を叩いた。
「ところで、スブリは趣味が変わったの?大分…古めかしい服を着るようになっている気がするけど」
「あー、あれね。あなたからも変だって言ってあげて頂戴!テンペスタス子爵令嬢達とつるむようになってから、やれ昔の服がこれからの流行だ、化粧品はカリドゥスを使っていないと、って酷いのよ。『そんなのどこで流行っているの?』って聞いたら『これから流行るのよ』って言うのよ」
「宮廷や、先日の陛下の誕生パーティーでもあのような格好をしている人は見た事がないわねぇ」
「陛下のパーティーと言えば!噂を聞いたけど、ペルラの皇女様が素晴らしかったそうね!」
「ええ。私もご相伴に預かれて、耳が幸せになったわ」
「流行なんてそれこそ、今のご時世なら皇女様から発進されると思うけど、皇女様がスブリのような」
「それは全くないわね。皇女様は控えめながらもロマンっぽい格好をされているわ」
「では一体スブリはどうしてあんな格好をしているのかしら…?」
リークエ伯爵夫人は、今日一番深いため息を吐き出すと冷めた紅茶を一気に飲み干した。
◆◆◆◆◆◆
「スブリ様!」
「サラ様!今日もお誘いありがとうございます!」
「あら、スブリ様、先日私が差し上げたカリドゥスの頬紅は塗っていらっしゃらないの?」
「マリ様…せっかく頂いたのに申し訳ございません。母が『そんなに丸く、しかもショッキングピンクを頬に塗りたくるなんてピエロみたいよ』って言ったので…。それにマリ様も、サラ様もフルストラ様や他の皆様もやっていらっしゃいませんし…」
「これから流行りますのよ?オペラピンクの唇にチークを塗るのが。リークエ伯爵家のご令嬢であれば、最先端をしていても誰にも咎められませんでしょう?本当は私もしたいのですが、カリドゥス子爵家ごとき下級貴族の娘が先取りをすると後ろ指をさされてしまいますからね」
マリが悲しげな顔をすると、サラがその背中を撫でて慰める。そして恐縮したような愛想笑いを浮かべながらサラがスブリに言った。
「伯爵令嬢であるスブリ様には下級貴族の私たちのやり切れなさはお分かりにならないでしょが…。身分という物で出来ること出来ないことがあるのです。分かって下さいませ」
「「「さすがサラ様、私たちの代わりに言いにくいことを言ってくださるなんて。お優しい上にご自分の意見を目上の方にも言える自分がある姿素敵ですわ」」」
サラの言葉にわざとらしい程にフルストラ含めた他の取り巻きが喜んでいた。
「そ、そんな。私そんなつもりでは…マリ様、サラ様、お許しくださいね。次回は必ずご紹介いただいたお化粧をして来ますわ。でっですが、ドレスはホラっご覧ください!先日皆様に見立てていただいたアンティークドレスを着て来ましたのよ」
「ええ、ええ。クラシカルな雰囲気でとっても良くお似合いですわ。殿下も言ってらっしゃいました。『最近の令嬢はウエストを強調しすぎている気がする。皇女のような服装を真似ている人間が多い気がするが品がない』と。あ、『品がない』は私の意見ではないのですよ?私は素敵と思いますが、殿下のお気に召さないようなので、私達カエオレウムの同世代の令嬢は殿下のお好みを汲んだ方が良いと思いますの」
サラの言葉にマリが続ける。
「ですわね。しかし、アンティークドレスも高級品ですから中々手に入りません。スブリ様のような上級貴族の方が流行を作ってくだされば、私達下級の身分の娘にも手に入り易くなると言うものですわ!!さぁ、今日もお買い物に参りましょう」
令嬢達の集団はそう言ってスブリが返事をする前に呼び出していた宝石商の商品を吟味し出した。残されたスブリは自分の地味でおばあちゃんのようなドレスと、前に広がる他の令嬢の身につけている華やかな色味で広がった裾のドレスを見比べて、妙に悲しい気持ちが湧き上がる。
「本当に皆さんはこのドレスを着たいのですか?」
スブリの小さな質問は、はしゃぎながら宝石を眺めている他の令嬢達には届かなかった。
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